洋琴抄
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「暇なら、ポップコーンとジュース用意して映画観ませんか」
「……」
「映画研究、しましょうよ」
ルイが嬉しそうにそう言ってきたのは、投薬の量が少し減ってきて、拘束も以前より厳重ではなくなって──1日中怠くて寝ている、頭が働かないので点滴が落ちるのを見つめている──ということがなくなり、ルイへ暇を訴えた時だった。
ルイが軽音部で幽霊部員になっていたのを少々無理矢理同じ部活──映画研究会──に入れて、飲み物を用意し、同じ映画を視聴しながら喋り合っていた、あの日々を思い出す。
ヴィルの持ち寄る映画は名作と呼ばれるものが多いのに対して、ルイが持ち寄るものは──B級とすら言い難い、Z級の、予算0で自分たちが撮ってもこうはならない、何を考えたらこうなるんだ、何も考えていなくてもこうはならない──という内容のものばかりで、ヴィルはそれを部活で視聴するのを、最初は本気で嫌がっていたが。
チープすぎるCGや音楽や、会話にあいた謎の間などに、ひいひいと椅子から落ちて腹を抱えて笑っているルイの姿を見て、改めてコメディとしてそれを見てみると、本当にお腹が痛くなるほど笑えてしまって。
2人で、「カメラアングルが下手くそすぎる!」「今の効果音は何の効果音!?」「血糊が血の色じゃなさすぎて一瞬血の表現だとわからなかったわ!」「CGがチープすぎて登場する度に無理矢理笑わせられるのが悔しい……!」「演技が下手すぎて逆にリアルに見えてきたわ……」「思わせぶりな伏線を入れておいてあのキャラあのシーンにしか登場しませんでしたね……」と半ば叫ぶように言い合ったのは楽しかったと、素直にそう思えた。
その後に、挿入されていた安っぽすぎる曲をスマートフォンのピアノアプリでルイが繰り返し弾いてみせた時には、これ以上笑うと死んでしまうからお願いだからやめなさいと頼んだこともあったほどだった。
それに、ヴィルの持参した映画の続編を、「素敵だったので……」と持ってくるのも、普段Z級の映画ばかりを好むくせに名作の映画にちゃんと目を輝かせる感性があるのも、「ここで流れる音楽すごくかっこいいですね」とピアノで弾いて、即興でアレンジを入れて──のようなことをしてくるのも、本当に可愛らしくて。
幸せになってほしいと、才能が認められてほしいと、心から純粋に願っていた、願えた、最高にかわいい後輩だった。
頭の落ち着いてきた今になって、朧げに自分がどれほど錯乱して──どれほどこの、自分を助けようとしているだけの後輩へ当たり散らして醜態を晒したかを考えると溜め息が出る。
酷い言葉を投げかけたような気もするが、それが夢だったのか現実なのかすらわからない有り様だ。
「……アンタはまだ趣味の悪い映画が好きなの?」
「……うーん。……なんか、前は1人ででも楽しく観られてたんですけど、ヴィルさんと一緒に笑いながら観るのが楽しすぎて、1人で観ると物足りなくなっちゃったので、もう観てないです」
この子は。
まったく。
アタシの顔を真正面から見てそれを言っているのもよくない。今の自分の顔が酷く崩れている状態であることすら忘れさせるほどに──何の違和感もなく、いつものルイ。
ほんとにアンタって、そこまで人の外見が気にならないって、相貌失認とかそういう病気なんじゃないのって思うけれど。
でも、この子の目だけには、自分が以前と同じ状態に──同じ状態でしかない、というのは。
そして、今アタシの側に、この子以外の人間が存在しないというのは、本当に、心から安心できることだと、そう率直に──思ってしまって。
「……あんまり覚えてないんだけど、アタシから電話あった時、アンタどうしたの」
「すぐに水で洗浄することを指示して飛んでいって、最低限応急処置をして医者を家に呼んでヴィルさんを自宅に連れてきて事務所に連絡して、色々警察とかにも連絡して防犯カメラとか映像抜いてもらって……あと色々」
「……迷惑かけたわね」
「いえ。私、嬉しかったですよ。私が居なかったらヴィルさんどうしてたんだろうって思うと、人の顔が全然わからなくてよかった、って思いました」
「……」
「似てる背格好の人を間違えてしまうので、不便なんですけど」
「……アンタ、やっぱり相貌失認かなんかなんじゃないの」
「そうかもしれないです。でも、私はこのままでいいです。顔が本当に気にならない人が居ないより、居る方がいいでしょう」
「……」
「前からずっとそう思ってましたけど、今回で確信しました。ちょっと人を間違えるくらいですし、このままでいいです」
美しい、と、思ってしまった。
相変わらず感情を言語化するのが下手くそで、〝自分の存在が顔で困っている人の助けになれるので〟と簡潔に言えばいいものを、それを上手く言語化できず、その感情の周りだけをつらつらと。
その不器用さすら、美しい。美しくて美しくて。
「……ヴィル・シェーンハイトの美しさは、アンタの中では、まだ生きているの?」
「ヴィルさんは、今は疲れているので弱気になったり休んだりしているみたいですけど、ヴィルさんはタフな人ですし、私の中でのあなたの美しさは本当に何一つどこも欠けていないのです」
「……」
「たとえなおらなくたって、顔ごときの問題でそんなにいつまでもじくじくするような人ではないでしょう」
「……」
「むしろ、あなたは顔ごときと、一蹴して在り方の美を見せつけると私は予想しています」
「……」
まったく。
まったく、この後輩は。
どれだけアタシが今まで顔に気を遣ってきたと思ってるの。金を、手をどれだけかけてきたと思ってるの。
それをごときって、わからないからってそんな一言で済ませて、そんな。酷い。残酷だわ。酷くて、酷くて、アタシを見つめる瞳が純粋で。
アタシがどれだけのものを失ったと思ってるの。それをごときって、ヴィル・シェーンハイトは、美で、美貌で、美そのものでなければならなかったのよ。
でも、そうなのね。ルイ。あなたのヴィル・シェーンハイトには、あなたの美の判断基準には、ハナから顔の造形の美なんて含まれていなかったから、今でもアタシは美しいのね。美しさ、そのものなのね。
それなら。
「……ヴィルさん、気になってたサメ映画、何本もあるんですけど、一緒に観てくれませんか」
「……アナタ、正気で言ってるの?」
「ヴィルさん忙しいから、また一緒に観られるなんて思ってなかったので、今のうちに……ダメですか?」
「……好きになさい」
「やったぁ!」
それなら、まだ、この子にだけは、格好悪いところ見せる訳にはいかないじゃないの、って。