洋琴抄
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「ちょっと、なんなのよコレ!!!」
ばさり、と乱暴に雑誌を台へ叩きつける音とヴィル・シェーンハイトの声が響く、楽屋裏。
同じスタジオに居たからと呼び出されたルイは、扉を開けて早々びくりと肩を揺らした。
「アンタ、新人の芸人にアタシに似てるって言ったそうじゃない!アンタみたいなアタシと古くからの知り合いが言うとそれだけで騒ぎになるってのに、見てみたら一体全体どこが似てるのよ!」
「えぇ……印象の、感想を求められたので、髪の色が、ヴィルさんに似てたので」
「本当に髪の色だけじゃない!!!いやよく見たら髪の色だって少し違うわよ!?そもそも芸風として美形ではないことを売りにしてたってのに……あなたアタシのアンチ認定されてるわよ!?でもそりゃそうよ!ああもうなんて酷い騒ぎ……」
この後輩の外見への頓着のなさと言ったらもう筋金入りだ。テレビに出演した大人数のアイドルグループへの第一印象を訊かれた際に「全員同じに見えます」と言い放ち大炎上を引き起こした過去もあり、ヴィルはルイへメディアへの露出は極力控えることを命じていたが。
ヴィル・シェーンハイトとの関係性、その上で音楽の分野に関しては間違いなく天才であること──これらの要素が、このツラの良い後輩から出てしまったら、メディア側も時折、炎上覚悟で表舞台へ無理矢理引っ張り出したくなってしまうらしく。定期的にこう言った騒動は起こっていた。
「そもそもアンタ、元々外見が良いから他の人間のも気にしなくて済んでるんだから……」
「なんで初対面での印象とか……外見のことばかり聞いてくるんですか、皆さん?私だって2時間話した後に会話の印象を聞かれたら少しは違う答えを出せると思うんですけどね」
「その方が撮れ高作れるからに決まってるでしょ!アンタもまんまとそれにハマってるんじゃないわよ!」
「ヴィルさんのアンチ認定されてるのは元々ですけど」
過去にルイが「ヴィル・シェーンハイトのことを美しいと思ったことなどない」と発言を切り取られ炎上したことは、2人の記憶に深く刻み込まれている。
「他人の外見の美醜が分からないので、美しいか醜いかもわかりません」『では、ヴィル・シェーンハイトの外見を美しいと思ったこともないのですか?』「はい。無いです」──といった誘導尋問のような形式であったことが発覚し、ルイ本人がヴィルに頬をつねられながら〝外見のことはやっぱりよく分からないけど、ヴィルさんの在り方は美しいと思います〟と語っている動画が──ヴィルのマジカメアカウントへ投稿されたことで──なんとか鎮火したが。〝恩知らず〟〝ヴィルさんが居なければ仕事無かったくせに〟とルイに対するバッシングは一時見るに耐えない有様だった。
「あなたのこと好きですけど、肌にそばかすがあったって、お腹が弛んでたってそれは全く変わらないじゃないですか」
「……この世がアンタみたいな人間ばっかりだったらそれも正しいのかもしれないけれどね、今の世界でアンタの立場からそれを言うのは一種の暴力よ」
「……」
「自分が外見に恵まれているから無頓着で居られるっていうことを自覚なさい。そして、それを面白がる下品な連中とは関係を断つこと。わかった?」
「……わかりました」
ルイはヴィルの言葉に頷く。納得しているのかしてないのか微妙なところだが、暴力だ、と言われて──理解できないなりに──少し反省しているのが雰囲気でわかる。これだから、とヴィルは危なっかしい後輩へ溜め息を吐いた。
天才だから、一芸に秀でるから、と逸脱した行為を許される空気はヴィルの好くものではなかったが、ルイに悪意はなく、また反省や自省も人並みに──いや、人並み以上にするところを知っているが故に。
「……、あなたのマネージャーにも言っておくわ。それと、この後2人でご飯行ってマジカメに写真あげるわよ」
「はい」
結局、ヴィルの方でルイへフォローを入れてしまう。個人的なやりとり以外のSNSの類を一切やっていないルイの代わりに。
アタシも大概甘いわね、とヴィルは再度溜め息を吐き、スマホの画面を消した。
「私はヴィルさんの仕草がかわいいところとか、そういうところが好きですよ」
「わかってるわ」
「ヴィルさんがわかってくれてるならいいんですけど」
よくないわよ、と言いそうになるが。それを呑み込む。
スタジオ近くの料亭街に存在する、隠れ家的な料亭にルイを連れ出したヴィルは、サングラスとマスクという出立ちでありながら──それらを外すことなく店員には正体を気付かれ、ちゃんと店員から顔が見えないように配慮する為の簾のある──有名人用の個室に通された。
ヴィルは溜め息を吐いて、後輩と自分が映り込むように写真を何枚か撮り納得のいくものを投稿した後──メイク落としシートでメイクを落としていく。この後輩の前以外では絶対に、絶対にやらないであろう行為だった。しかし明日も朝から収録があり、肌を休めるには早い方がいい。どうせマスクとサングラスはつける。
メイクを落とした顔を晒す。幾度も幾度もやっているこれにも未だ緊張感はあったが、この後輩が顔に対して何か頓着を見せてくれたら嬉しい──という段階まで来ている為に、躊躇はなかった。
ルイがこちらを眺め、何かを言いたそうにしているので、視線を向けてやると。
「ヴィルさん、この豆乳のお鍋、2人前なんですけどいっしょ食べません?美味しそう」
「……ああもう、好きになさい!」
「なんか怒ってます……?」
ルイは、ヴィルのメイクを剥がした姿を目に入れているにも関わらず、ただ〝ヴィルさんは何を怒っているのだろう〟という表情をしている。それしかしていない。
「……怒ってないわよ、この鈍感」
「怒ってたら理由言ってくださったら、改善できるように頑張りますんで」
「……わかってるわよ」
「それならいいんですが」
ルイが注文の紙を扉の隙間から外へ放る。そうしておけばそのうち、通りがかった店員が注文表に書かれた料理を持ってきて、簾越しにそれを置いて去っていく。ヴィルと共にこの料亭で食事することにようやく慣れたらしいルイの仕草に、少しだけ和んだ。
ヴィル・シェーンハイトに、もはやプライベートな時間というものは殆ど存在しない。他者との全ての会話に気を遣う必要がある。スターとはそういうものだ。それを覚悟して──覚悟したからこそ、ここまで上り詰められた。
だからこの、無口で口下手で隙だらけで──何より無害な後輩と2人きりで居られる状況というのは、少しだけ安心感があった。故に2人は定期的に──顔を合わせた際には、必ずと言って良いほど食事を共にする。
この後輩に怒りが湧いて、同時に安堵が湧いて。一緒にいると安心感があってしまうが故に。