洋琴抄
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映画を観ながら談笑するにも慣れはじめ、拘束も殆どなくなった頃、ルイはコメディ映画を一緒に観ましょうと流した。
二人でひとしきり笑った後に、ルイは〝これからのお話をしたくて〟と一言断りを入れて、コーヒーを口に含んで、視線と耳を下げて、落ち着いて聞いてほしいんですがと前置きをし、ゆっくりと。
「あなたの顔にかけられたものはただの強酸性の液体ではなく……それもありますが、その上で非常に強い……刻印の呪いのかかった液体らしく」
「……」
「日常生活に支障のない状態へはあなたが寝ている間に手術と治癒魔法で移行させられましたが、……火傷跡を跡形もなく消すことは、既存の技術だと……ほぼ不可能であると」
でしょうね、というのが感想だった。
この後輩はなおせる医者を探していると言っていた。ただの硫酸であったなら、ここまで長引くはずがない。とっくに気付いていた。
「……、大丈夫ですか?」
ルイは心配そうにこちらの顔を覗き込む。
「……わからないわ。頭が追いついていないのかもしれない」
アタシがそう肩を竦めて微笑むと、ルイは再度まつ毛を伏せながら。
「あなたは事件直後は比較的冷静でした。でも、医師の診断によりなおる可能性が殆どないと知ると、……病院のベッドで自死を図りました。覚えていますか?」
「……、覚えてないわ」
「……強い精神安定の魔法をかけられたので、その魔法が記憶をセーブしているのだと思います。あなたが看護師や医師に顔を見られるのが嫌だと言うのでこちらに移して」
「……本当に全然覚えてないわね」
「魔法が忘れた方がいいと判断しているのなら、思い出さない方がいいと思います」
はぁ、とアタシは溜め息を吐く。
「……そのアタシは自分の顔を見て、見た後にそうなったのね?」
「はい。……」
「アタシは今自分の顔がどうなっているのか思い出せないのだけれど、それも思い出さない方がいいとして、この先どうやって生活していけばいい訳?」
意地悪のつもりで言った言葉に、しかしルイは以前からそれに対する回答を用意していたらしく。
「あなたは、胸を張って生きるのがいいと思います。混乱していたあの時ならともかく、胸を張って生きることを決めた後に顔を見たら、それは違う結果を生むでしょう」
「……どうして?どうやって?」
「あなたには……残酷なことを言っている確信があるのですが、本当に申し訳ないのですが、自死だけは許されない、と、思います」
「……はぁ。どうして?」
「アシッドアタック……そういった行動が効果的であると、証明してしまうのは。例えば生まれつきそういった顔の人に、有名人のあなたがそうなるなら自死すると、突きつけるのは」
「……」
「できれば私としては、どんなことを言われようが、今後も同じように活動を続けてほしいです」
「……仕事が来ないわよ」
「いえ。来ます。絶対に、世間はあなたの活動の味方をします。私も、します」
「……」
起用したならしたで、しないならしないで、多方面から腫れ物のように扱われるであろうことが想像に容易い。
けれど、ルイの言っていることにも──正当性は、ある。あってしまう。スターとは、そういうものだ。著名人が自死をすると、世間のその数も増加する効果が存在するのは、周知の事実で。
ヴィル・シェーンハイトが死ねば、今は統制されている情報も関係者の口から漏れ出すだろう。そしてそれが報道されて、それの原因が顔となれば、ショックは当然。
「あなたにはトーク力もあれば演技力もある。その上頭も良い。あなたは……あなたは、以前は完璧すぎたくらいです。だから悪役のオファーしかなかったのでしょう」
「……アンタ、そんなこと考えていたの」
「あなたそのものが本当に頭から足の先まで内面だって魅力的で、隙がなさすぎて、だから悪役を宛てがうしかなかったんですよ。あなたは悪役だって魅力的にこなしてしまうし、そもそもあなたほど完璧な人間が味方に最初からいたら、物語が転がらないですし」
「……アタシがアンタの中でとてつもない評価を受けてるってことだけはわかったわ」
溜め息を吐きながら首を振る。正直なところ、そこまで慕われていたなんて思いもしなかった。
心から信用されていることは知っていたけれど、あまり自分から接触しにくるタイプじゃないから。
「だから、あなたはこれから、顔で困っている人の希望になれるんです。それは以前のあなたより、むしろ純度の高い美しさであると、私は感じます。だから自死を選んで、絶望にだけは……ならないでください」
そう訴えるルイの顔が、あまりにも美しいので。
この子は悪魔もドン引きするほどの酷いことをアタシに要求してくるじゃない。このまま、それでも生きなきゃいけないっていう──呪いをかけてくるじゃない。誰よ無害だと思ってたのは!──と、口に出すでもなく、溜め息に混ぜ込んだ。
ルイが申し訳のなさそうな表情をしているのもまた残酷だ。アタシがどれだけ苦しむか──顔がわからないせいでなんとなく、だろうけど──わかっていて、アタシのことが好きで、それでも尚それを言ってくる。
ヴィル・シェーンハイトという偶像を求めて、アタシがひとりの人間でしかないなんてこと考えてない。いや──考えてるのだろうけれど、考えて、その上でそれを無視して、〝ヴィル・シェーンハイト〟を、美の体現を演じ続けることを、要求してきている。それ以外の道を、塞いでくる。
「……私は、ヴィルさんが好きなので」
「……わかっているわよ」
ぐぅ、と喉の奥に苦いものがあるのを感じる。美の体現を死ぬまで演じ切りなさいなんて──とんでもないオファーしてくるじゃないの。悪魔ね。
しかしそれに──やってやろうじゃないのと、少しだけ自分の役者魂が疼くのを感じて、ヴィル・シェーンハイトは思わず失笑した。
笑うヴィルに上目遣いに不思議そうな瞳を向けるルイ。額をつん、と指で突いてからその手を滑らせ頭を撫でてやると、耳がぴょんと下を向いて、撫でられるのを受け入れる。可愛い。本当に可愛い後輩。アタシによく懐いてて、優しくて、素直で、でもどこか不器用で、その不器用さすら含めて、ただひたむきで、真っ直ぐで。
だから、アタシは。
「……今のところは、アンタに絆されてやるわ」
耳がぴょん、と上向いて続いて顔が上がり、瞳がキラキラして。
「あ、ありがとう……ございます」
嬉しそうに微笑むルイに、尚更使命感が強まり、やっぱりこの子は悪魔ね、と再度笑いが溢れた。
酷く残酷な呪いをかけてくる──アタシのことが大好きな、びっくりするほどかわいくて、やさしい悪魔。