洋琴抄
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療養の宣言から1ヶ月と少しで、ヴィル・シェーンハイトは見事──役者へ復帰を果たした。筋肉が落ちてしまっているのでトレーニングに追われ様々な番組へ呼ばれ、連日てんてこ舞いだ。
世間は無論──非常に好意的にそれを受け入れた。ヴィル・シェーンハイトのアシッドアタックからの軽々とした復帰に酷く感激したと、──念願の、ヴィルを主役に据えた映画まで企画され。
「アタシの影響で顔の半分火傷風メイクが流行ってるって……どう、どう反応すればいいのよ」
「ええ、そんなのあるんですね。……ヴィルさんの件でバラエティー呼ばれてるんで、その時私もやろうかな」
「……アンタがやるとまたアンチって叩かれるわよ」
「あなたのおかげで、元々顔に火傷を負っている人が嬉々として顔を晒して自慢しているって聞きました」
「……、」
「あなたのおかげで」
ソファーで隣に座っているルイは非常に満足げにそう言った。この一件に関してヴィル・シェーンハイトとルイは、特に繋がりはなく、ルイが休止理由を尋ね、後から聞かされたという風に口裏を合わせることが決まっている。
ヴィル・シェーンハイトは顔に酷い、消えない火傷を負った〝程度のこと〟で、慌てふためくようなことはしないから。だって、顔に火傷を負ったところで、ヴィル・シェーンハイトは自らを美そのものであると──そのものでしかないと、自分を評価しているのだから。
そうでなくてはならないから。
「お疲れ様です」
「……本当、疲れるわ」
奇異の視線。好奇の視線。憐れみの視線。こそこそとこちらをチラチラと見ながら話している人ども。よく復帰できたなと小声で言い合う、人ども。
そんなものを全て跳ね除けて、今日もヴィル・シェーンハイトを演ってきたが。
「……アンタと居る時が一番落ち着く」
「嬉しいです」
自分の何もかもとっくに曝け出しきっていて、休憩も愚痴も甘えの八つ当たりも許す癖、しかし堕落することだけは許さないルイには──この子を隣に置いておけばアタシは大丈夫、と信じさせる力があった。
ただ甘やかされるより、よほど安心できた。まだ頑張ってくださいと叩かれるからこそ、お疲れ様ですと言われた時、ああ、アタシは頑張ったのだと、自分を心から認めることを許される心地。
自分がルイに依存しはじめていることに気付いたのは、数日前の車での移動中のことだった。
──でも、仕方ないわよね
ヴィルはその時、隣に座るマネージャーへ視線を向けていたが、いつもと違って目が合わないのだ。合っても、すぐに逸らされる。ヴィルの出会った人間は、全員そうした。──ルイただ一人だけを除いて。
当然だ。当然。仕方のないことだった。ヴィルとて、それを責める気など毛頭無かった。しかし、ずっと変わらず瞳を向けて甘やかしてくるルイのせいで、ああアタシはそれに傷付いてたんだわと気付かされてしまう。
そうなれば、心の拠り所をそこに定めてしまうのも当然のことだった。
ルイがただ肥え太らせるだけのタイプであったならそれでもヴィルは危機感を覚え離れることができただろうが、この後輩はしかし──思いの外悪魔のように、傷付いていても情け容赦なく鞭を打ってくるタイプであるが故に、尚更抵抗することもなく信頼信用の沼へずぶずぶと落ちていって、それが依存に変わりかけている感覚があって。
──……アンタに依存しかけてるわ、アタシ
ヴィルは気付いた日の夜に──素直に後輩へそう告げた。ルイの判断も仰がないといけない──自分がそう考えてしまっていることに、尚更依存度の高さを思い知らされて不安になる。
──少しでも支えになれるなら、いいですけれど
──……一緒に住んでほしいわ。プライベートの時にあなた以外に顔を見られたくないの。ハウスキーパーにも嫌
──いいですよ。ヴィルさんの前入ってた部屋がそのまま今あいてるんで、掃除しておきますね
ああ、ダメ。甘やかさないで、と思ったけれど。
──ヴィルさんと一緒に居られると私も楽しいです
続けられたルイの言葉に思考が止まり、気付けば荷物を持ってこちらへ移り住む手続きを終えて、家も引き払ってしまっていた。
「……笑えるわね」
昔から自分がこの後輩をどこか拠り所にしていた自覚はあったけれど、どうにか何本か拠り所を作って分散させ、依存に至らないようにできていた。しかしそれが全部なくなってしまって、残ったのがこの子だけだったから、本当に大切に思えて仕方がなくて。
「今日もお疲れ様です」
再度放たれたその言葉に、そっとルイの頭を撫でた。
頭をぐいと押し付けてくるので、くすくす笑って、もっと強く撫でて、首をくすぐってやった。楽しそうに目を細めるルイが本当にかわいらしくて、まだ大丈夫だと、──そう思った。