洋琴抄
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窓から差し込む淡い光が、セイロンティーの入ったカップの縁に反射する、黄金の午後。
古いソファーが二つと傷の多い机、高価そうな調度品と分厚い金の装飾が入った本が並ぶ棚、そして黒いアップライト・ピアノの置かれたルイの部屋。今日は窓が開いており、NRCが高い場所なのもあり冷たい風が時折ひゅうと通ったけれど、差し込む光のせいで肌寒くはなかった。
彼が鼻唄を歌いながらピアノを弾いているのを聞いていた。聞いたことのない曲だった。
ルイは、こちらを振り向いて。
「ヴィルさん、ピアノは弾けますか」
「え、えぇ……少しならね」
「連弾、しませんか」
彼はピアノ椅子の空いている部分を尚大きくする為に尻をずらした。
断る理由もなかったので、素直に従って彼の隣へ座る。
彼の次の動きを待っていると──「好きに弾いていいですよ」とルイが言う。
「合わせますので」
「……へぇ?見せて貰おうじゃないの」
頷いて、幼い頃父に教わった曲を弾く。久方振りのせいで辿々しい指遣いになったけれど、しかし彼は高音でオクターブのトレモロを入れ──アタシの弾いた音を追って、即興でジャズアレンジをしてくるものだから。
顔が自然に綻んだ。
アタシが弾いた音を耳で聞いて、その場でジャズアレンジ!テンション、裏コード、構成音を分散、音抜き、転回、と知識では知っていることをごく自然に──感覚的に、鼻歌混じりで目の前でしているのを見せられると──ああ、これは勝てないわね、と思ってしまう。
そもそもこの分野でこの子に勝つ気など無いけれど、こうも自然に寵愛を受けているところを見てしまうと、何よりも先に心地良い敗北感と微笑みが出た。
美しい、と思った。こんなに寵愛を受けていて、その道を歩む覚悟もあって、真っ直ぐ進んでいる様は。
ルイの指が鍵盤を滑って、アタシを追ってきてくれているのは──アタシが軽くミスをした音さえ追うのは──原曲を知らないからだわ!──あまりに心地が良くて、一つの美の集大成に触れているような気すらして。
興が乗ってきたのだろう。肩を入れて演奏し始めるので、彼の少し硬い、手入れのし甲斐のありそうな髪の先が自らの手の先に触れるのを見ても──ルイの楽しそうな、機嫌のいい横顔を見てしまったから──らしくもなく、それがあまり気にならず、笑みさえ浮かんだことに、また少しだけ笑えた。
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