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それでもあなたの痛みが美味しい




「人魚の方々の恋愛形態はどうなっていらっしゃるのでしょうか」


せっかく噂にもなったことだし、悪ノリでオクタヴィネルまで訪れ、アズールさんの寝室へ夜這いに行ってみると、なんと驚くほどすんなりと入れて貰えた。

そもそも何かする気は無いけれども。


「人間と同じく様々ですよ」


貝殻の形の背もたれをしたお洒落な椅子に座りながら、アズールさんは素っ気なく言う。ぼくが彼のベッドに腰掛けても文句を言われなかったので、そのまま会話を続ける。


「ああ……大きく一括りにしてすみませんでした。ではアズールさんが恋愛に対してどの様な価値観かをお聞きして宜しいでしょうか」

「おまえは僕と恋愛をしているのですか」


アズールさんがこちらの顔色を伺う……いや、こちらの考えていることを読もうとする様な視線を寄越すのでにこにことしてしまう。


「ぼくはアズールさんと恋愛していなくともよいです」

「……」

「よいですが、アズールさんがぼくと恋愛をしたいと思っているのにぼくが何らかの理由でそのお気持ちを踏み付けると言った展開になるのは、ぼくは我慢なりません」

「僕と恋愛しなくともよいのですね」

「ああ、いえ、語弊です。ぼくとしては常にあなたと恋愛関係になれるのであればなりたいです。ただ、あなたのお気持ちを優先し続けたいだけです」

「……」

「まずアズールさん、あなたは浮気についてどうお考えでしょうか。お聞きしたいです」


一番聞きたかったことを真っ先に聞いてみる。


「……いつだって有り得ることです。想定の範囲内すぎて裏切りとすら言えない」

「ぼくが聞いているのはそちらの意見ではないのですが」

「……わかっていますよ、うるさいですね」


アズールさんは舌打ちをして、ぼくを睨み付ける。


「……僕は、恋愛の経験に乏しいと思います」

「はい」

「なので……その、御伽噺ってほら、良く描かれているではないですか。実態に則していなくとも、形だけは綺麗に」

「そうですね」

「……」

「……わかりました、ありがとうございます。金輪際、あなた以外の方に愛を捧がないと誓います」


真っ赤になっているアズールさんの手の甲にキスを落とす。


「あなたが愛おしいです」

「ばっ……」

「あなたの放つ言葉の全てが堪らなく可愛らしいです。あなたの仕草も、声も、筋肉の動きも、ずっと見ていたいのです」

「……」

「許されるなら、これからぼくの人生で起こる全ての事柄とあなたを結び付けたいのです。林檎を見て、寒い日のあなたの鼻頭と、あなたがアップルパイを頬張っていた時の顔と思い出とその香り、あなたの表情の動きを思い出すように、これからぼくに起こる全てにあなたが居てくれたらどれほど素敵だろうかと思います」

「……」

「ぼくの過去と未来と現在の全てにあなたを、あなたの全てにぼくを置かせて欲しい。隣が許されるならぼくは泣いて喜びますが、斜め後ろだって良い。あなたの斜め後ろだって、例えようもなく贅沢だ」


確かに、本心だった。

よく回る口です、とアズールさんに度々言われるこの口は本当によく回ってくれて、いつも助けられている。


「……あなたも軽薄だと言われるのでしょうか」

「軽薄でしたか?本心なのですが」

「言い慣れている感が否めないですよ」

「ああ、それはそうでしょう。あなたに毎日愛している愛していると言っているのですから」

「ぐ」


ぐうの音も出ないと言った表情をしたアズールさんはしかしぐの音は出して机に突っ伏す。


「ただぼくはあなたと一緒に居たいのです」

「まだあるのですか」

「用意しているわけではありません、ぼくの心をそのまま文章にして声にしているだけです」

「……言えるだけ言ってください」

「あなたの頭の良いところを何より愛しています。あなたの痛烈なまでの洞察力と客観性は、いつもぼくに安心を与えます。あなたなら大丈夫だと、あなたの全てに対して思ってしまう程に、あなたは頭が良い」

「……」

「本質的に優しい所も愛しています。あなたはどこを切り取っても本当に可愛らしく美しい」

「……」

「ぼくはアズールさんの全てになりたいのです。あなたを独占したいと言う意味ではありません。あなたの恋人に、友人に、親友に、家族にペットに下僕に主人に、生き字引に理想に、反面教師になりたい。あなたの全ての感情を一緒に感じたい」

「……あなた、愛情の形が変わっていますよね」

「そうですか?確かに嫉妬をしないと言うのは珍しいかもしれませんね。実は嫉妬をしない訳ではなく、ぼくが嫉妬をする対象は浮気相手と言うよりぼくよりアズールさんのことを理解している人間で、嫉妬をする時点でそれはぼくの努力不足でしかないと言う話なのですが、……したとしても表に出さないのでしないと言うことにしても良いかと思われます」


別にアズールさんがぼくを一番に愛していなくともいいのだ。寧ろ、ぼくを一番に愛してくれると言う状況は、アズールさんの性質からして若干不自然な気すらする。不自然なことを愛している人に求めて縛り付けることを、ぼくは好まない。


「……あなた、僕の頭の良い所が好きだと言いましたね」

「はい。他にも好きな部分はそれこそ言い尽くせないほどありますが、まず第一はそれです」

「だからヴィルさんのことも好きなんですか?」

「そうですね。大きく言えばそうです。ヴィルさんはとっても頭が良い方です」

「それだと、他にも好きな方がいらっしゃるのではないですか。……例えばその、リドルさんは」

「ああ、好きです。ついつい目で追ってしまいますよね、彼。最初にマゾを擽られるのですが、時々サドも擽られるのでお話ししていてとっても楽しいです。これはアズールさんにも言えることですが」

「ジャミルさんは」

「好きですね。忙しなくなさっているので授業のこと以外であまりお話したことはありませんが、彼のように色々出来る人間になりたいですね。あと肌の色が魅力的すぎます」

「……この際です、好きな人間を全部並べてみなさい」

「……え、あ、……前述した方々とアズールさんを除けば……、まずルークさん、あとは……リリアさんとマレウスさんも好きですね。あとオルトさんもとっても可愛らしい」

「……あなたの好み、わかりやすいですね。品のある年上タイプが好きなのでしょう。となるとジェイドは?」

「年上好きなのよく気付きましたね。ジェイドさんもとっても好き……なのですが、正直好きの前に怖さが立ちますね。フロイドさんもジェイドさんもとっても可愛らしくて格好良いのですが、ふとした時に食われそうで……いや、よく考えたら別に食われても良いですね。そう考えると怖くなくなりました。お二方とも好きです」


「……その面子の中でも僕が一番好きだと」

「はい。あなたのことをぼくは一番に愛しています。一番に好きなのです」


いつの間にか机からこちらへ椅子ごと身体の向きを変えていたアズールさんの手に手をするりと絡めて、恋人繋ぎにする。予想外、アズールさんはその形にされても抵抗しようとしなかった。


「……そんなことを言われては」

「はい」

「……僕にだって、愛されたいと言う思いはあります」

「はい」

「おまえは、僕の、いつでもおまえを捨てられる所が好きだと言った」


アズールさんの言葉に、どうしようもなくきゅんきゅんしてしまう。この可愛らしいひとを今からどうしてやろう。どう甚振ってやろう。どう愛してあげよう。そう考えるだけで最高に素敵な気分になった。


「おまえのことを捨てられない僕は嫌いになるんですか」

「アズールさん」


ぼくはアズールさんと恋人繋ぎをしたまま、アズールさんの胸に飛び込む。そしてゆっくりと指を外し、アズールさんの背中へ手を回した。


「人間の身体は、人肌を求めるでしょう」

「……おまえのせいです」

「ぼくが教えてしまいましたか」

「黙りなさい」

「……ですから、ぼくの体温のあるうちは、利用価値があると考えてくださってもよいのですよ」


それはアズールさん次第ですが、とぼくが言うと、アズールさんはぼくの肩に顔を埋めた。


「おまえは、会話が上手です」

「そうですか?」

「全部おまえの考えている通りにことが運んでいる気がする」

「そんな筈がないではないですか」


一笑に付して、人間のアズールさんの体温を楽しむことに専念する。


「難しいことを考えすぎです、アズールさん。結論を急がないでください。ぼくが信用出来ないのはわかりますが……
まあ、アズールさんにご納得いただける様にひとつだけご説明しますと、ぼくは出来る限り苦痛を感じる存在を傷つけません。人間ですらない、昆虫の苦痛も尊重しています。アズールさんの苦痛も慮るのは自明です。ぼくはそう言う人間です。なので、裏切りません」

「では、僕はいつ、何をすればおまえの一番から外れるのですか」

「余計なことを考えないでください、ぼくはずっと一緒に居ます。そうすればその不安はきっと体温で融けて行きますから、それをいつまでも大事にしようとしないでください。はやく融かしてしまいましょう」



アズールさんに体温を分け与えるのは昨日ぶりだ。いちゃいちゃしすぎている気はするが、こう言うのはいくらやっても足りないものなのだ。

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