それでもあなたの痛みが美味しい
身体中に噛み跡、包帯、それでも隠し切れない吸盤型の痣、低体温の後遺症と貧血による、純粋な体調不良。
アズールさんをああして連れ帰った日の次の日にぼくがその様子で登校して来れば、誤解を招くことは必然だった。
アズールさんはぼくを気遣って『今日は休んでいなさい』と言ってくれたが、ここまでは予想がついていなかった様で、周囲からの視線を受けて先程からずっと恥ずかしそうに俯いている。
ぼくがアズールさんの命令を無視してまで学校に来たがった理由にも気付けたみたいで何よりだ。
それでも体調不良のぼくから離れて授業を受けることが出来なくて、結果的にただぼくの側でそわそわして、更に周囲の誤解を加速させてしまっているのがなんともアズールさんらしい。
ぼくに友達が居れば、体調不良など諸々の理由を聞かれた際に「アズールさんに食べられちゃったの」なんて、どことなく火照った口元で、目にハートを浮かべながら言ってやるところだけれど、生憎だがそんな友人は居ないし、誠に残念なことにアズールさんにもそう言った類の友人は居ない。
「アズールさん、今あなた、契約書を砂にされた腹いせに昨晩恋人を酷く抱いた男になってますね」
「黙りなさい!」
小さな小さな声で、アズールさん以外の誰にも聞こえない様に耳うちするとアズールさんがそう大声で言うから尚更クラスの視線を集めてしまう。
「きっとクラスの皆さんにはアズールさんの触手に手酷く蹂躙されるぼくの絵面が浮かんでいますよ。面白いですね」
「最悪です……」
頭を抱えるアズールさんに、ぼくは一つ提案をする。
「アズールさん、キスを一つ差し上げましょうか?」
「は?ふざけないでください」
「ふざけていませんよ、ぼくから優しくキスをアズールさんに差し上げれば、少なくとも同意の上の証左となるでしょう。先程大声を上げたこともあって、皆さんはきっとDVをぼくが受けていると思っていますよ」
「……」
「アズールさんの昨日の事件にかたがついていることの証左にもなりましょう」
アズールさんにキスして貰ったあの日から、ぼくは彼といつでもキスできる様に普段以上に唇のケアを怠らなかったのを気付いているのだろうか。
きっと彼は気付いている。気付いていて、それに言及しない様に心掛けている。
「アズールさん、如何いたします?」
にっこりぼくが笑うと、アズールさんは嫌悪感を露わにした瞳でぼくのことを見る。
「最近あなた、調子に乗りすぎですよ」
「こういうのはお嫌いですか?」
「僕に露出趣味はありません」
「そちらではなくてですね、ぼくをアズールさんのものだと、大勢に知らしめてやりたくならないのですか?と言う疑問です」
今までぼくが付き合ってきた人たちは、皆そうしたがったものだけれど、今回に限って言えばぼくは別に人気者ではないのでそうする必要もないのかもしれない。
「おまえが僕のものであると、このクラスの誰もが知っていますよ」
そうか、とぼくは妙に納得する。確かにそうだ。アズールさんとぼくは所属が他寮であるにも関わらずずっとべたべたしていて、その上で何度も言うようにぼくには友達が居ないから、それはそうだ。
もしもここが教室でなければ彼に唇を落としていたところだったけれど、ぼくはなんとか我慢した。