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それでもあなたの痛みが美味しい


「時にあなた、アレルギーだと言うのは本当ですか?その……僕はずっと、あなたのことを命を大事になされている方だと認識していたもので」


モストロ・ラウンジに訪れてすぐに、ぼくの隣に座ってくれたアズールさんにそう言われるものだから、ぼくは思わず苦笑いを浮かべる。


「錬金術の授業でも干したイモリなどの使用は完全に拒否なさっていますし」


その通りです。今だって、魚や肉料理が視界にちらちら映るのが結構しんどいです。

なんて言えるはずもなく肩を竦めると。


「……すみません、VIPルームの方に移りましょうか?」

「え?」

「ご不快でしょう、肉や魚料理」


心中を読まれたかのように言い当てられ目を見開く。

咄嗟にいや、大丈夫です、と口走りそうになり、不快ではないと言ってしまう権利がぼくにないことに気付き、黙ってしまう。


「……さあ、行きましょう!」


するとアズールさんは見かけに似合わず強引な手つきでぼくの手を握って立ち上がらせ引っ張るものだから、ぼくはごめんなさいと誰にともなく口の中で噛み殺した。







「よかったでしょう、ラウンジのあのアクアリウムの様なものは?あれはアクアリウムに見えていますが、実際には逆、海の中にこのラウンジがあるために、いっそ僕たちの方が閉じ込められているといった設計になっています」


ああ、その話題の選び方は、〝あなたの思想のことは理解しています〟と言う宣言だった。

よくぼくをそこまで見抜きましたね、なんて彼の慧眼に尊敬の念を覚える。


「〝世界中の動物の苦痛を無くして欲しい〟などと言った願いが叶えられないことは理解されていますよね?ああ、僕に叶える手段がないと言うのもまあある程度は正しいですが、何よりあなたはその願いを叶えるだけの対価を持ち合わせていない」


ぼくは眉を下げる。叶えられないなんて知っていた。でも、少しでもどうにかする方法があるというのなら、やらずには居られなかっただけだ。

結局自分の痛みのことを考えてしまって、ほかの人にはアレルギーだなんだと嘘を吐いて逃げ回ってしまっているけれど。


「しかしあなたの慈悲の心には感服致しました。僕個人としても、是非とも力になって差し上げたい。個人的な願いなどはありませんか?例えば、そう――好きな料理を植物性で再現して欲しい、とか」


それは酷く魅力的な誘いだった。実家暮らしの頃は母さんの為に、のついでに自分にご飯を作っていたけれど、自分一人の為にとなると料理する気が全く湧かなくて、植物性の栄養補助食品ばかりを、いやいっそ殆どそれしか食べていなくて、美味しいものが食べたいと震えることがあったからだ。

しかし、ぼくの本当の願いは、それじゃないのだ。


「……ぼくは、命を大切にしているわけではないんです」

「はい?」

「ある日突然、殺人と同じところに動物を食べることが降ってきてしまっただけで、本当はぼくは優しい人間なんかじゃないんです」

「なるほど、言っていることはわかります」

「むしろひどい人なんだ、ぼくは。ぼくは、他者に苦痛を与えるのが好きなんです」


ぼくの予想外であろう言葉に、アズールさんは眉を顰める。


「……どういうことですか?」

「本当にそのままの意味です。例えばあなたが異性愛者だったとして、魅力的な異性を誰彼構わず襲わないのは、刑法もそうですが、倫理観があるからです。動物を食べることに刑法は適用されませんが、ぼくには倫理観があるので、ただやらないんです。そうしないと落ち着かないから。それだけで、本質的な部分では、ぼくはやりたいんです。義務でしかありません。やらなければいけないから、やる以外の選択肢がないから、やっているだけで」

「……つまり、同意の上で苦痛をお与えになりたいと?」

「それだけじゃありません。ぼくは、他者の身体を食べることにもどこか仄暗い執着をしてしまっているみたいなのです」

「なるほど、同意の上で、他者に痛みを与えつつ、他者を食したいと」

「はい」

「はあ、あなたはお優しい方だと思っていたのですがねぇ…見込み違いでしたか」

「倒錯してしまっているでしょう?」


アズールさんはそう溜め息を吐き、がっかりだと言った仕草をする。


「……まあ、実行に移していませんので」

「でも今、実行に移そうと僕に相談をしているではありませんか」

「……うーん」


ぐうの音も出ない。


「同意の上で、と言うところが難しいですよね。多くの動物には同意がとれませんし、人間……うーん、治癒魔法を使えばどうにかなりますかね」

「……」

「……なんかすみません、勿論お断りいただいても大丈夫ですよ」


気まずい沈黙が流れた後、アズールさんが何かに思い至ったようにぼくに尋ねる。


「あなた、タコはお好きですか?」

「ええ、タコはとても頭の良い種族で大好きですよ。足も瞳も美しいですし、自傷行為をするところや、所によっては嫌われているところなんかに、勝手に親近感が沸きます」

「いえ、そんな話をしているのではありません。味は好きか、と聞いているのですよ。ああ、言及したくなければ口を噤んでいただいても良いですが、無論嫌がらせの質問ではないのでご安心ください」

「……食べたことないです。でも、ぼく、嫌いな食べ物無いですので、どうせ好きだと思いますよ」


ふむ、とアズールさんは腕を組んで首を傾げる。


「……、ふん、まあいいです。そして?その願いを僕が叶えて差し上げられるとして、あなたは僕に何を差し出せるので?」

「……」

「差し出せる物がないと言うことは無いでしょう?」

「あの……な、……何もかも、……です」

「……あなた、正気ですか?」


ここでこう言ったらどうなるんだろう、と破滅願望が疼いてしまった。

しかし本当に、その行為にそれだけの価値はあると思う。

だってそんな、痛いのに、自分を食べさせてくれるだなんて。そんなことをもししてくださる方が居るのなら、むしろぼく全部をあげても割りに合うのかがわからないくらいだ。


「ぼくの為に苦痛に耐えてくださった方に、ぼくの与えられる限りすべてを差し出したい、思いはあります」


アズールさんは眼鏡に手を当てて少し考えた後に、すべてを放棄した様子で手をひらひらと振った。


「……ああ、面倒です。一年間使い走りをすること、これでどうでしょうか?」

「そんなことでよいのでしょうか。というか……アズールさんを、食べるんですか、ぼく」

「ええ。それを考えていますが」

「……そうか、アズールさん、治癒魔法得意でしたものね」

「はい。それでよろしいのであれば、こちらの契約書にサインを」


机を滑って手許へ届く黄金の契約書に、備え付けられているペンでサインをする。するとアズールさんはまるで悪役であるかの様な表情で笑い、ぼくから契約書を取り上げる。


「契約成立です!では早速はじめましょう!」


うわあ、始まってしまうのか、と思うと心臓がばくばくする。彼を。彼を?食べるのか?食べて良いのか?どこを?どこまで?

顔に熱が集まるのがわかる。きっとぼくは真っ赤な顔をしているんだろう。


「まずはシャワー室で良いですか?準備が必要だ」

「あ、はい!勿論」


アズールさんはぼくの言葉にすっと、ぼくに背中を見せて歩き出す。

〝準備〟〝シャワー〟なんて単語の組み合わせにどきどきしてしまう。だって、ぼくが食べるんだから、そりゃあ必要な手順ではあるけれど。

オクタヴィネル寮のシャワー室は、シャワー室と言うには大小さまざまな大きさのバスタブがあって、個室に区切られてはいるもののシャワー室という様相ではなかった。


「……余計なことを言ったら、その舌引き抜きますからね」

「ええ……?」


なんの前触れもなく凄まれたぼくは多少面食らいつつも、寮服のままバスタブに水をためているアズールさんの背中を見ている。

これも準備の仕草だと思うと、なんか、本当に、どきどきしてしまって仕方がない。

スラックスを脱いで、シャツを脱いで、下着姿になるアズールさんにそんな見せて良いんですかと不安になるが。

水の半分くらい入ったバスタブに下着姿で足を入れ、アズールさんはいつの間にか持っていた綺麗な小瓶を口で開けながら「あまり見ないで下さいよ」と言い、それを一息に煽った。


ぼわん、なんて間の抜けた音がして、アズールさんが──浴槽にたぷたぷになっていた。

まだ変身が続いているんだろう。触手が一本一本宙を舞って、浴槽の縁に整列していく。

体積にして普段のアズールさんの5倍はあるだろう。タコさんのアズールさんは、なんだか神秘的な気配すら纏っていた。


「ほら、これをどうぞ」


一本の触手がするするとこちらへ伸ばされて、先端をぼくが握ると、ぼくの手に軽く吸い付いてきて。

……なんか、握手してるみたいでかわいいし、吸い付かれるとすごく愛おしい。


「でも、本当に美しいですね、アズールさんの……本来の姿?なのですか」

「ええ。こちらが本来の姿ですよ……僕が触手に傷をつけるので、その部分からあなたが引きちぎってください」

「ええ!?……痛くないのですか」

「痛いに決まっているでしょう?」


アズールさんに苛立った目で睨まれる。それを望んだのはお前だろう、と。

だめだ、本当にアズールさんが愛おしくて仕方がない。

アズールさんはどこからかナイフを取り出して、自らの触手の一本の中ほどの場所に突き刺し、そのままぐっと横にスライドさせ、切り裂く。まだ神経が繋がっているから、ぼくと握手をしている触手がぐるぐると、苦しむように巻く。

ほかの触手ものたうっているところを見ると、相当痛いのだろう。ぼくは人間だから、どれほどの痛みなのかはうまく想像ができないけれど。


「……は゛やく、ちぎれ」


脂汗すら出ていそうな様子の、本当に痛そうなアズールさんが愛おしくて仕方がなくて、ずっと眺めていたくなってしまうけれどアズールさんの命令の方が優先順位が高くて、ぼくは眉を寄せて気を引き締めて、アズールさんの触手を少しだけ引っ張り傷口を拡げて、そこにマジカルペンを向け、風魔法を使い切断した。

ちゃんと筋を切断した感覚がして、ぼくは思わず眉を顰める。というか、アズールさんは〝ちぎれ〟と言っていた。風魔法で一気に切り落とす方法ではなく、じわじわと人力でちぎる方を想定していたというのは、流石に肝が据わり過ぎだ。

そちらを選びたい気持ちもあったけれど、アズールさんとそこまでの信頼関係がないから、アズールさんにかかる苦痛がどれほどのものだろうと思ってしまい出来なかったけれど。

切断されても未だのたうつ触手を姫抱きにするが、本当に抱き締めたいものはこちらじゃなくて、でもこちらを手放す訳にも行かなくて困っていると、触手の片側を──服装の多少乱れた──しかしいつもの人間のアズールさんが持ってくれた。

未だのたうつ触手に対してアズールさんは疲れた様子で「……ああ、気色が悪いです」と呟く。


「そうですか?ぼくはとってもかわいいと思います」

「あなた、どこかが歪んでしまった普通の人間かと思ったら、歪んでいる方が本性ですね?」

「違いますよ。ぼくはどこも歪んでいません。いつだって真っ直ぐです。歪んでいる様に見えるのは、アズールさんの持っているそうあるべしと言う人物像からぼくが外れているからと言うだけです」

「よく回る口です。このまま、あっちです。持っていきますよ」

「はい」


アズールさんに先導されるまま、二人でアズールさんの足を運ぶ。他の生徒に見付かったらどうなるんだろうと少しわくわくしたけれど、そんなことはないまま、キッチンのような場所へ着いた。

ごろんとワークトップに触手を置く。


「ここは僕の個人的なキッチンです。物珍しいからと言って、あまり物に触れないで下さいね」

「入れていただけて光栄です。……ぼく、アズールさんのあの姿、大好きでした」

「感想は聞いていないのですがね」

「なんというか、その…捕食されたくなる感じで、とても素敵でしたよ」

「……ふむ」


アズールさんは眉を上げる。〝捕食されたくなる感じ〟は彼的に嬉しい言葉であったらしい。


「触手に首に巻き付かれて海に引き摺り込まれて、苦しいと空気を吐き出して海の中で目を開くと、口が目の前にもうあって頭からバクッといかれたいですね」

「あなたの変態的な妄想に僕を付き合わせないでいただけますかね!」

「すみません、捕食されたくなると言うのはお気に召した様でしたので」

「全く……あなたほど変態的で倒錯的な人間ははじめて見たかもしれません。人間の真髄を垣間見ましたよ」

「ぼくは半魚人をはじめて見ました」

「人魚、と言っていただけますかね」


そこにこだわりがあるみたいだ。

きゅっきゅっと慣れた様子でエプロンと三角巾に着替えているアズールさんに、先程思っていたことを投げかける。


「アズールさんは引きちぎれと仰っていましたけど……引きちぎったら痛かったでしたよね」

「ええ、とても痛かったと思いますよ。だから一瞬で済ませてくださってありがたかったですが……本当に良いのですか、あなたの方が」

「いやー、ぼく、SMが好きってだけで、お金払ったから殴って良いみたいなのは……」

「契約した以上、対価は支払っていただきますからね」

「ええ、もう、何の異論も無いです。食べていなくてもこの時点でもう、払わせてくださいという感じです」


気色の悪い……と言った表情を隠そうとしないアズールさんにどきどきする。


「あなたどうせ僕が料理しているところを見ていたいのでしょう、邪魔にならないのがこの位置ですので、手を洗って椅子をここに置いて座ってください」

「あ、はい、その通りです」

「ただの好奇心旺盛な変態だとわかってしまえば扱いやすい」


アズールさんが手際良く、様々な捌き方で自らの触手を捌いているのを見て、今アズールさんはどんな気持ちなのだろうと強く興味が湧く。

しかし、問い掛けるのもいささか暴力的な気がして口を噤む。


「あなた、本当のアレルギーは?」

「あ、ぼく、無いです」

「わかりました。無論植物性のみで料理しますので、ご安心ください。つきましてはまず、どうぞ」


箸と、醤油の入った小皿を渡され、刺身の何枚か載った皿を膝に乗せられる。


「……そう言う思想を持っていらっしゃる方でも僕の触手は食べられると言う事実は……、いえ、興味深くはありますが」

「そうですね。多分直感的に食べたくない人が多いと思います。それに、やっぱり対価で痛みを買うのは倫理的にあまり良くないですし」

「あ、醤油も昆布だしで植物性ですのでご安心を」


アズールさんの触手だ。アズールさんの身体から生えていた手足だ。それをアズールさんが自ら捌いて、ぼくに出してくれている。

アズールさんの身体として動いていた一部をぼくが口の中に入れて、咀嚼して、飲み下して、栄養にしてしまうと言うのはなんというか、やはり冷静に食材を目の前にして考えても何物にも勝る快楽な気がした。

そして、ぼくの中にはある確信めいた物も生まれた。多分、アズールさんを好きになればなるほど、この触手はぼくにとって美味しくなる。

アズールさんを今よりもっと好きになる為に彼の後ろ姿を見つめる。身長の割に少し小さな背中は17歳と言う年齢のせいだ。癖のある髪の毛は銀色で美しく光を曲線に反射して、未成年とはいえ男性とは思えないほど細い腰はなんともセクシーだ。


「そんなに見ていないではやく食べてください」

「あ、普段あんまり気にしていなかったので今気付いたのですが……アズールさん、声もすごく魅力的ですね……流石人魚と言った感じです」

「あなた、考えていることを全て口に出さないと死ぬ呪いにでも掛かっているのですか」

「人魚を人間にする薬があるなら、人間を人魚にする薬もあるのですかね?その場合ぼくはどの種族になるのでしょう……?どの種族の人魚になったとしてもきっと人間のぼくより美しい……あ、いえ、人魚の方々が皆さん美しいのでこう言っているのですが客観的な美しさを担保する為に人魚の皆さまが人間と同じように努力していることは無論知っていて」

「……」

「それでもほら、愛は同一化ですので。アズールさんと一緒の存在になれれば今よりもっと深くあなたを愛せます。その過程で人魚と言う種族に憧れを抱くのは当然のことで」

「あなたに似ている先輩を一人知っています。今度紹介して差し上げましょう」

「あ、はい。きっと魅力的な人ですね。楽しみです」


口を回してなんとなく先延ばしにしていた食を、意を決して進めることにする。
醤油に軽くつけただけのアズールさんの触手を、そのまま、口の中に入れて。

幼い頃、遊びに行った、海の味がした。

数回噛んでそのまま飲み下すと、なんとなくクリーミーな感じが口の中に残って、これは本当に美味しいってことなんじゃないだろうかとぼくは目を見開いた。
正直、普段の完全栄養食のおかげでゲロの味くらいまでなら美味しいと本気で思い込んで食べてしまえると思っていたから、アズールさんの足だと言うことを抜きにしても美味しいのは嬉しい誤算だ。


「とっても……美味しいです!」

「ええ、当然です」


何故か自慢げなアズールさんはかわいい。

そして、ぼくは眉を下げて、肩を竦めて、少し前から気付いていたことを口に出した。


「アズールさん、ぼく、あなたのことが好きになってしまいました」

「……はぁ?」

「こんな人間に、そんなことを言われても気持ちが悪いでしょうが……ぼくがあなたのことを好きだと、留意しておいていただけると嬉しいです」


ぼくはそこまで言って口を噤んで、醤油の小皿を見つめる。自分の上気した顔が映っていて、少し気色が悪い。


「……アズールさんは、食べられないのですか?」

「あなたが僕の立場だったとしたら食べますか?」

「ええ。食べます」

「いえ、あなたの食べる分が少なくなってしまうのに、と言っているのですよ」


そう言う意味か。


「ああ……うう……食べないです」

「今日食べなかった分は冷凍庫に入れておきますので、手伝いに来た時などに食べて早めに消費してください」


バジルのソースをかけてカルパッチョ、ぶつ切りを唐揚げ、足先を醤油で炙り焼き。気付けばキッチンのワークトップは少量ずつ料理の盛られた皿でいっぱいになっていて。

誰かに手料理を振る舞って貰うのが、ただでさえ本当に久しぶりで。

その上どれもこれも本当に美味しくって、また、アズールさんがぼくのために時間と身を(なんと文字通り!)割いてくれているって言うのが幸せで幸せで。

腹がいっぱいになる感覚って言うのを久しく味わっていなかったぼくは、それに満腹による快楽も合わさって半ば泣きそうになっていた。


「アズールさん、ありがとうございます。ほんとうに、ほんとうにぼくは……今までこんなに幸せな日はなかったくらいですよ」

「ええ。いいのですよ。対価をちゃんとお支払いくだされば」

「ぼくもお料理上手くなりたいです」

「しかし残念ながらキッチン担当にして差し上げることは出来ませんので……仕入れ担当ですね、あなたは」


ぼくが搾取されて虐め抜かれて死んだ動物の死骸を見るのも嫌だと知ってそう言っているアズールさんに、口元が思わず緩んでしまう。

優しい。


「ありがとうございます、ご馳走様でした。とてもとても美味しかったです。一生忘れません…あと、一つだけ良いでしょうか」

「はい」

「ぼくはあなたがどんな風でも、痛みを感じればそれに反対します。だから……世界が敵でもぼくだけは味方、と言うことにもなり得ると思います」

「……それで?」

「それを、忘れないで欲しいのです。たとえあなたが100人殺しても、ぼくはあなたの苦痛に反対します。無論他の人の苦痛にも反対しているので、折り合いをどうつけるかの問題になりますが、少なくともぼくだけはどんな風になったアズールさんも暴力から守ります」

「……」

「だから、ぼくのことを忘れないでくださいね」

「本気で言っているのでしょうね、あなたの思想を考えると」

「勿論本気です」

「良いですよ。頼ります。あなた土壇場で日和そうですが」

「言えないのは計算が追い付いていない時だけなのです。どちらを選べば将来的に苦痛が少ないかの計算が追い付かなくて黙っている様に見えているだけなのです。でも、自分も人間ですので、アズールさんかそれ以外かとなると反射的にアズールさんを優先すると思います。なのでその心配はないです」

「あなた、本当に口が回りますね」


普段クラスメイトなどとあまり喋っていないのは興味のない人間との雑談が疲れるからであって、ぼくは別に目的のある会話は苦手じゃないし、それにアズールさんには興味があるから別だ。


「では、残りは冷凍しておきます。追って連絡をしますので、連絡手段を提示してください」

「えっと、ぼく、電話が一番繋がりやすいと思うので電話番号書いておきますね」


さらりと出された紙に電話番号を書いておくと、アズールさんはにっこりとかわいらしく笑った。


「はい!ではお疲れ様でした!どうぞお帰りください!」

「あ、はい。あんなに大きな触手をいただいてしまって勿論お身体にご負担があると思いますので、お大事になさってください。おいしかったです」

「はい」

「本当にありがとうございました」

「早く帰りなさい」


きっと鋭い視線で見られて、ご馳走様でしたと最後に言い残して、自室へとぼんやり空を見上げながらどこか夢見心地で帰った。

本当に美味しかった。美味しいものは、舌だけではなく心まで満足させるのだと──はじめて知った。
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