お前、どうして俺を買った!
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2年から編入したジャミルくんを、3年でいきなり寮の顔となる寮長にするのはいかがなものかと思いますという話をされたが、それが僕の意向であることを伝えると、学園長は黙って肩を竦めて、それならば良いでしょうと。
ジャミルくんはずっとこんな思いをし続けて来ていたのだと思うと、すごく苛々した。絶対二度とさせない。
「……お前、カリムと一緒の授業とらせないなんて言ってたが、寮長会議は良いのか?」
「良いよ。寮長、なりたかったんでしょ?」
「いやあれは……順当に行けば俺が寮長だったからだな……」
「気にしてるの?学園長に言われたこと」
「……気にしてなんていないさ。ただ確かに、学園長の言うことも一理あるだろう」
「きみが誰にも何も言わせないくらい有能であればいい話だよ。得意でしょ?」
ぽんぽん、と彼の背中を叩く。ジャミルくんはいつものように少し満足気な顔をしてニヤつきながら肩を竦めた。
「ああ。寮長が俺でよかったと言わせてやるさ」
「流石ぁ」
ジャミルくんが可愛くてヘラヘラ笑っていると、何故か眉を顰められる。
「……君、RSAからも招待状が来ていたというのは本当か?」
「ん、そうだよ。……マジカメで昔言ったっけか」
「ああ。……だからか知らんが、時々カリムのような言動をするから驚かされる」
「嫌ならやめるけど」
「いや、別にそういう意図で言った訳では……」
カリムくんの話をされるのが──それも自分の言動がカリムくんに似てると言われるのが──モヤモヤしないかと聞かれると嘘だけれど、溜め込まれるよりはだいぶマシだから聞いてやる。
「僕がカリムくんに劣ってると思う所全部教えて。改善するから」
「はは、そういうねちっこい所なんか改善して貰えると助かるな」
「好きなんだから仕方ないだろ!」
声を荒げると、ジャミルくんは呆気に取られたような顔をして、その後笑う──かと思いきや。
そのまま少し照れたように口元を手で隠すので、彼の腰を抱いて側に寄った。逃げようとするのも手で阻止する。
「……君はよく頑張っていると思う」
「はは、突然どこから目線なの」
「いや……、君の、なんだ、その……アプローチ?は、的確だと思う、という話をだな」
え、あれこれ、褒められてる?──恋人として?と気付くと、頬を染めたかわいいかわいいジャミルくんの前だというのに──脳味噌がすぐにぐでんと茹だる。逃げようとするのを今度はジャミルくんが肩と腰に手を回して阻止してくる。わざとらしく耳元で囁かれる。
「君が俺と対等な立場を維持できるように神経を張り巡らせているのには気付いているよ」
「や、やめろ……!」
「それだけじゃない。学園長にお前の意向だと伝えたらすんなり通ったことに、一瞬苛立ちを隠せていなかった……本当に俺のことが好きなんだな?」
「やめろ……やめ、あたまがおかしくなる!」
好きな人に抱き締められて耳元で囁かれて──それもこんな内容を──頭がおかしくならない奴なんて居ない。例に違わず僕も脳味噌の表面がでろでろしはじめていて、もう何もわからない。
ジャミルくんが嗜虐心たっぷりの表情をしているのが目に浮かぶ。雰囲気でわかる。でもちょっともう、無理だ。身体に力が入らない。
そんな中、耳にふう、と吐息をかけられて腰が浮く。しかしジャミルくんはそのままれぅ、とするものだから。
「ッぎゃぁあ!?」
「……驚いた、大声を出すな」
「ご、ごめ……やめ、ッ、〜〜!」
僕の様子が面白いのだろう、耳元でくすくす笑いながら耳を舐められ──の、のうみそが、おかしくなる。どろどろになっている。脳味噌を直接舐められている。僕が声をなんとか我慢しようとしているのが面白くてジャミルくんが僕の腰と頭の逆に手を添えて尚も僕の脳味噌をぐちゃぐちゃにする作業を続けているけれど。
視界がぼやけている。身体が震えて、時々突っ張ったりしているのはわかるけどそれ以外なんもわからない。人間ってキャパ越えるとこうなるんだ。
僕が正常な思考を取り戻した頃にはジャミルくんはとっくに僕から離れてベッドでスマホを弄っていて。
まだ頭がフラフラする。思考が纏まっていない。ふるふると首を振ると、ジャミルくんがこっちを見て笑った。よくわかんなかったけど、なんかもういいや、と思った。
カリムくんに呼び出されたのは、長期休暇の少し前だった。
そんなにべたべたしている訳ではないけれど、探されたら困るのでジャミルくんがバスケ部で居ない時に時間を設定させて貰って、スカラビアへ赴く。
「あぁ、すまんハイネ、スカラビアまで呼び出しちまってさ」
「ううん、いいよ別に。大変だねカリムくんも」
カリムくんの新しい従者さんにいただいたお茶を口に入れる。ハーブティーだと思って口に含むと思いの外甘くてびっくりした。甘くて美味しいけど。
「ジャミルのことなんだけどさ……、オレなりに色々考えたんだけどな」
「うんうん」
微笑んで続きを促してあげる。僕としてもジャミルくんの中にわだかまりがあり続けるのは嫌だったし。
「そんなに嫌われてんなら、もうオレが関わらない方がいいって思ったんだけどさ……でも、オレ、やっぱジャミルのこと」
「うん、うん」
「……うぅ……ぅぁあああ……」
ぽろぽろと涙を溢すカリムくんの側に行って、ハンカチで涙を拭って背中を撫でる。これはもう癖みたいなものだ。
「……、お前、ハイネは……ジャミルに好かれてるだろ……?だから、どうしたらオレも……オレもジャミルと……」
「仲直りしたい?」
「……ああ!仲直りしたいし、スカラビアに戻ってきてほし」
「それは無理だよ」
くすくす、と思わず笑ってしまった。何を言っているんだこいつ。
まだ本気で元に戻れるとでも思っているなら、流石に能天気が過ぎる。
「聞いてない?ジャミルくんはね、来年ポムフィオーレの寮長になるんだよ」
「……え?ハイネじゃなくて……ジャミルがか……!?」
「うん。僕に話が回ってきたんだけどね、僕がジャミルくんを寮長にって学園長に推薦したの。ジャミルくん、スカラビア居た頃、寮長の座をきみに取られたの、少し腹が立ってたみたいだったから」
ゆっくり、言い聞かせるように話してあげる。
「ジャミルくんと仲直りしたいんだったよね?それは僕が言っておいてあげるね」
「……、」
「一応そういう意思があったことは伝えておくよ」
「……」
カリムくんは、呆然とした表情をしている。
「……もう、ジャミルとは、……一緒には」
「ごめんね」
一応謝ってあげた。
「……なあ、ハイネ!オレ、オレ……、ジャミルとまだ一緒に居たいんだ」
「ふーん」
「だから、その、あの……」
「ごめん!カリムくん!僕さ、ジャミルくんと婚約してるんだわ!」
顔の前で合掌して──言ってしまう。下手に希望を持たせるのはやめよう。
「僕の夫さんになる人だし、色々しがらみあるし、あんまり触ってほしくないな」
「……っ、……?」
「もう僕の親とも一応お話してくれてて……」
まだ飲み込めていない様子なので笑ってしまいそうになる。
「ジャミルくんの友人関係を束縛するつもりは毛頭ないけど、まだジャミルくんの家族はアジームの方にお世話になってる形だからさ。カリムくんがジャミルくんに何か命令したら、ジャミルくんは断れないんだよ」
尚も続ける。
「だから、婚約者の僕としてはカリムくんにはあんまり近寄らせたくないんだけど、でもほら、やっぱり恋人のことって大好きだからね、ジャミルくんの意思を尊重して、ジャミルくんがカリムくんに会いたいって言うなら、そこは制限するつもりはないんだけど」
「……、ぁ、あぁ……」
「でも正直言って結構嫌なんだよね〜、僕としては」
「……」
飲み込むには時間が必要かな、と肩を竦める。
「ごめん、僕の家族だからさ」
カリムくんはその言葉で、やっと飲み込めたらしく。
表情から色をすっかりなくしてしまったので、けらけらと笑いそうになってしまうのを我慢した。
浅い上にすっごい性格悪い、僕。救えない。まあいいか。ジャミルくんもどっちか選べって言ったら結局僕選んでくれるだろうし。
……だよね?
そうだよね?と、少しだけ不安になってしまった。
僕はお茶を飲み干してカリムくんを置いて立ち上がる。体育館まで迎えに行って、バスケしてるとこちょっと見させて貰って、その後聞こう。
……僕に聞かれたらそりゃ僕って答えるだろうな、と思って、少し憂鬱になった。
「カリムくんがね、一度ジャミルくんと話したいって言ってるんだけど」
「……ああ、ようやくか」
体育館の端に座って、彼が二段ポニーテールを揺らしながらバスケをしているところを静かに見ていた。終わった後、彼が汗ばんだユニフォーム姿で、タオルを肩にかけたまま僕の方へ来て、「見たかったものが見られたか?」とにやつきながら聞いてきた時には抱きしめて胸に顔を埋めてにおいを思いっ切り吸い込んで嗅いでやろうかと思ったが、流石に衆目環境だったので我慢した。
「僕としては、ジャミルくんが話したいならいいかな、って感じ」
「……カリムが寮生に迷惑を掛けているそうだからな……それで解決するなら付き合ってやりたくはあるさ」
「あとさ、婚約してること言っちゃった」
「な!?……お前、見せつけたかったのか」
一瞬でバレた。溜め息を吐いて自分の後頭部に手をやる。
「カリムくんがまだジャミルくんと元通りになれると思ってるみたいだったから……なんか独占欲が」
「ははは、なんて奴だ」
ジャミルくんは愉快そうに笑っている。ジャミルくんが、自分に対する僕の独占欲をあんまり嫌がらないことに──僕はいつも安心させてもらっていた。
「……、」
カリムくんと僕、どっちを選ぶ?だなんて。意味のない、彼の心理的負荷を上げるだけの質問、したくない。返答だってわかっているんだから、自分を安心させる為だけに──そんな意味のない。
でも。
「……ごめん、ジャミルくん。意味のない質問だってわかってるんだけどさ」
「……」
「カリムくんと僕、どっちか1人だけ助けられるってなったら、僕の方選んでくれるよね?」
安心したい。安心したくて。
ちゃんと答えが欲しくて、我慢できなかった。
ジャミルくんが口をつぐんだままなので、焦る。焦って焦って、僕と彼との間の無言の時間を少しでも減らす為に、口を回す。
「ぼ、僕、頑張るからさ。なんでもするし……結構器用だから!ジャミルくんは僕よりもっと器用だけど、でもほら、マッサージとか気に入ってくれたみたいだったし、最近ちょっと上手になったでしょ?勉強してるんだよ、ジャミルくん腕と背中が特に凝るからそこ……とかさ、……」
突然、必死に口を回している自分の無様さに気付いて、口が止まった。顔に血が集まるのがわかる。両手で顔を隠す。
「……ごめん、答えなくていいから」
うぐぐ、人とのコミュニケーションにこんなに手間取ったことなんてないのに。恋愛というものはなんて恐ろしいんだ。
僕が静かに反省していると、ジャミルくんがそっと腰に手を回してくるので、思わず変な声を上げそうになった。
「君が一番だよ」
「……反応しろ」
ジャミルくんのその言葉で、はじめて自分の頭が真っ白になっていたことに気付いた。
「……ぅ、うぐ」
「はは、耳まで真っ赤だな?」
「うそ!?」
耳に触れられ、熱が耳に集まっているのを実感するのでやめろやめろと髪の毛で耳を隠すと──あらわになった顔を覗き込まれて、思わずそっぽを向いた。
「……外堀まで必死に埋めて、何をそんなに心配しているのやら」
「そんなことは決まってるだろ」
「君が一番だよ。本当さ。……カリムの前ででも同じことを言ってやろうか?」
「おっ……!?おねがい、……していいんですか」
「ははは、はは、随分必死だな」
必死になんてなりたくなかった。こんな、無様な。
大丈夫だと安心させてくる腰の手に泣きそうになっているのが信じられない。嘘だろ。僕、おじいちゃんのお葬式で泣けなかったことちょっと気にしてたのに、こんな簡単に。こんな。
捨てないでお願いします悪い所全部なおすから捨てないで好きだよと泣きついて喚きたい衝動に駆られるが、そんなことをしたって不愉快にさせるだけで、まったく意味がない。ならどうして、こんな衝動に駆られるんだ。意味がわからない。怖い。
「好きだよ、ジャミルくん」
「ああ、わかっているさ」
「嘘じゃないの、ほんとに、好きで、もう、ジャミルくんじゃないとダメだから、ほんとに」
どうしたらいいんだろう。僕は最初はジャミルくんじゃなくてもよかったのかもしれないけど、今はもう僕はジャミルくんじゃないとダメなんだってことだけ信じてほしいのに、どう考えても説得力がなさすぎて。
いっそジャミルくんが居ないと生きていけなければよかった。カリムくんみたいに、物理的にそうで在ればよかった。理由が──自分で好きになろうと思ったってこと以外──分からないのに彼の全部が好きだ。
料理が上手いのも身体を動かすのが好きなのも謙遜しながら本当は結構自分に自信があるのもその自信は努力に裏付けされたものであるのも声も仕草も最近は触れてくるのに躊躇いがなくなってきたところも髪の毛も肌の色もにおいも最近は完全に僕に手入れされるようになったから色々と変わってそれも心の底から愛おしいのに。
自分で好きになろうって思ったからこんなに好きなの?と考えてしまうと、意味がわからないし怖い。
こんな、ここまで重くてじめじめした感情が来るなんて思わなかった。キスして幸せだねって微笑み合う相手が欲しかっただけなのに、なんでこんなに僕は馬鹿になっちゃってジャミルくんに迷惑ばっかり掛けてるんだ。こんなことならやめておいた方が良かったのかも、なんて。もう遅いけど。
「……はあ、湿ったらしくて面倒な奴」
ジャミルくんが余裕綽々といった表情で、必死な僕を面白そうに見ているのに腹が立つ。ちょっと好きな所を舐めたり吸ったり撫でたりするだけですぐ無抵抗になってとろとろになる癖に、何1人だけ余裕ですって顔してるんだ。1人は寂しいからそっちも必死になってくれ。
やれやれといった表情をしている彼が、しかし少しニヤけているのが愛おしくて愛おしくて胸がぎゅっとして苦しくなって、きみのそんなとこも本当に好きなんだよって、今日もかっこよくてかわいくて大好きだったよって、伝わる気がしないけど。
「言ってはいけないことは?」
「カリムくんにだけ特別言っちゃダメって話はないかな。他の人と一緒に扱って大丈夫」
「了解だ。……君は最近本当に俺への執着が激しいな」
僕が正直あんまり行ってほしくないっていう顔をしていることに気付かれて、そんなことを肩を竦めながら言われた。
「きみが安心させてくれないからだろ」
「……」
「もっと好き好きしてくれたら安心の一つもできるのに」
「……はぁ」
ジャミルくんが何も言わずに溜め息を吐くので、目を見開いた。え、やってくれる流れ?うそだ、うそ。思わず逃げようとする腰を掴まれて後ろから首へ手を回されて逃げるのを阻止された。
背中までぶわわっと熱くなった。まずい、まず
「おい、ちゃんと聞け」
ジャミルくんに首を掴まれたまま回し押し倒され、頬を両手で挟まれ、彼と顔を合わせさせられる。
「俺は、まずお前の俺と絶対的に対等で在ろうとする姿勢を評価している。ここまでは前にも言ったが……対等で居るだけじゃない、踏み込んでくるペース、受け入れる体制、俺へわざと隙を見せる所……どれをとってもバランスが良い。他者を懐柔するのに手慣れていて、懐柔されてやるのにも抵抗がなかった」
「ふ」
「その上で君、安心して他者を愛したいと言ったのは本当らしく、恋愛がはじめてなんだろう?……他者を懐柔するのに手慣れていた癖、俺への好意に振り回されている姿は見ていてゾクゾクするよ」
「わ……」
「主人という立場を取り出して俺に命令する癖、俺が何か頼むと嬉しそうに一も二もなく聞き入れる所なんかも良い。俺がわざと命令口調を使うとそれに乗っかってきてご主人様ご主人様と犬のように懐いてくるのも最高だ。……主人という自らの立場を利用して、ご主人様にも下僕にもなる姿は魅力的だ。それを自分で理解しているからこそ瞬時に変わり身をやってのけるのも良い。なんの衒いもなくそう言える」
「しぬ……」
「死ぬな。……俺のことを本当に気に入っていて、奉仕そのものに快楽を感じている所もいい。髪のケアを大体全てお前任せにしたのにいつ飽きるかと思いきや、ずっと満足気なのも笑えるな。あとお前にされるマッサージが純粋に利益だ。自分だと難しい上に長時間なんかする気にならんのにお前は飽きずに……お前は俺の身体を触れて、俺が喜んでいて嬉しい。俺は身体が楽で嬉しい。最高だ」
「……」
「……これで一区切りだ。とりあえず満足しておけ。行ってくる」
「はい……」
至近距離であまりにも率直に褒められ続けすぎてべしょべしょになっている僕を鼻で笑ってカリムくんのところへ赴くジャミルくん。
とりあえず僕は、ジャミルくんの言ってくれた言葉を幾度も幾度も反芻し、そんなこと考えていたのかと羞恥とよろこびに呻きながら──液体になってベッドに染みてしまっている気のする身体を──固形に戻すところからはじめた。