お前、どうして俺を買った!
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僕たちが呑気に沢山いちゃいちゃしていた間──カリムくんが刺客に襲われていた、という話を聞いたのは翌日、学校でのことだった。
左腕に包帯を巻いたカリムくんは、寮生たちに囲まれたまま、いつもと変わらない朗らかな微笑みを浮かべているが。
「ッ……何故連絡しなかった!」
僕の隣に居たジャミルくんがカリムくんに詰め寄って、彼の肩を揺さぶる。カリムくんは目を見開いて、困惑した表情で。
「い、いやジャミル……大丈夫だ!もうオレが怪我しても、お前やお前の家族が責められたりすること無いからさ!それにほら、お前が代わりに呼び寄せてくれた奴がちゃんとすぐ助けてくれたから、全然、この程度の怪我で」
「それ、でも……何故、……」
「め、迷惑だろ……?別に過ぎたことだし、オレの話なんてジャミル、興味あるのか……?」
「……、」
〝興味あるのか〟その言葉は、あまりにも今のジャミルくんとカリムくんの関係性を象徴する言葉だった。
もはやジャミルくんはカリムくんが死にかけたところで、それを知る義務がない──知らされる権利がない。
彼はカリムくんともう何の関係性も結んでいないのだから。友人ですら──ないのだから。
「ジャミル……?」
カリムくんの困惑し切った声音が、人数の多い割に静かな廊下に響いた。
「ジャミルくん」
僕は机に突っ伏してしまったジャミルくんの横に立ったまま、彼に声を掛ける。
「ジャミルくん」
「話し掛けるな」
「元に戻れるように、お話してあげよっか」
「は……?……、はは、は」
ジャミルくんは突っ伏したまま笑う。笑っている。
「……なるほど、お前は……所詮……はは、それでいいのか。へぇ」
「良い訳ないだろバカ。今僕も混乱してるから、今ならまだできるっつってんだよ」
ジャミルくんは少しだけ顔を上げて、僕の顔を見上げる。
自分がどんな顔をしているのか考えたくない。
「僕は間違いなく後から死ぬほど後悔する。……と思うけど、でも、今は混乱してるから、できると思うって、言ってあげてるんだよ」
「……」
「カリムくんが死んだって誰ももうきみを責めないけどさ、きみは、きみを責めちゃうんでしょ」
「……」
「それなら……そんな、そんなこと思われながら、一緒に居てくれたって」
何も言えない。何も考えられない。混乱している。多分、ジャミルくんも混乱しているけど。でも、今これを置いといたままにすることなんてできる訳がない。
「誰も好きになっちゃいけなかったんだ、僕みたいな奴」
「……」
「ダメだってわかってた。でも、誰かを好きになるのを我慢するのがしんどくて、なんとか都合よく言い訳してきみを選んだけど、こんなにすぐにボロが出てきちゃって。……はは、」
「……」
「これも保身なんだよ!傷付きたくない!僕にはそれしかない……!」
くだらない!本当にくだらない。保身であることを自分で言って、保身であることをわかっているからとわざわざ言って──また保身してる。なんてくだらないんだ。今すぐにこんなくだらないことはやめたい。やめるには、どうしたらいいんだろう。
口から出す言葉全てがここまでくだらない人間なんて、僕以外に居るのだろうか。
浅はかだ。下らない。薄っぺらい。自分で耳に入れるのが苦痛なほど。
僕ですらそうなのに、ジャミルくんにとってはどれほど苦痛だろうか。
そう考えてしまうと、くだらない言葉すら止まった。いや、それでいいのかもしれない。くだらないことしか言えないなら、ずっと口を噤んでいた方が、まだ幾分かマシだろうから。
数日、会話をしなかった。でも、休日の前の日、僕はとうとう我慢できなくなって、人気の少ない場所を狙ってジャミルくんへ手を伸ばした。嫌がられなかったから、そのまま唇も落とした。
彼は、抵抗もしなければ、それを受け入れる動作も──してくれなかった。
選択を相手に押し付ける。保身の為に。結局、誰だって痛いのは嫌だから。自分のせいで痛がられるのも、嫌だから。
それなら。それなら、と僕はジャミルくんの手首を強く握った。握って、ぐいと引っ張って、近付いて。
「お前は僕のものだ」
「……は」
「ジャミルくん。すぐにこっちに転寮手続きをさせて貰うし、来年からはカリムくんと同じ授業とるのも許さないから」
「……、お前」
「前のご主人様がどうのこうので騒がれて、いい気がする訳ないだろ」
「……」
「たとえカリムくんがお前が居なかったせいで死んだとしても、それはもうお前には関係ない。そうだろ?友人ですらないんだもんな?」
「……」
「不愉快だから前のご主人様のこと考えてる仕草、二度と僕に見せるなよ。わかった?」
「……」
「返事しろ」
「……わかった」
「はい。じゃあ今日部活終わったら僕の部屋ね。風呂と泊まりの準備して来て」
僕はジャミルくんの肩へとん、と指を突いて身体を離した。手首も離してあげて、踵を返す。
これも所詮保身なのだろうか。保身という見方をすれば、そうかもしれないけど、それすらもう少し──どうでもよくなってきている自分が居て、人間の順応性に嘲りの笑いが出た。
薄いなら薄いなりに、くだらないならくだらないなりに、できることをやろうと思った。自分の為に。
ここで好きな人の為に──と言い切れたら、少し格好良かったのかもしれないけれど、僕は結局、僕の為にしか動けやしなかった。
転寮手続きは面倒だと聞いていたけれど、ジャミルくんが呪術を使えたことで、意外とすぐに済んだ。
「ハイネ、カリム寮長、ジャミルには言ってないみたいなんだけど、すごい悲しがっててさ」
「ああ、そうなんだ……」
僕はビーカーを洗いながら、スカラビア寮生の彼へ肩を竦めて微笑む。腹を決めてしまったからか、あまりなんの感情も湧かなかった。
「オレたちから見ても可哀想でさ。1年の時はあんなに仲良い感じだったのに……」
「ジャミルくんずっと我慢してたんだもんね。可哀想に」
「……ジャミルはカリム寮長に対して、何か言ってなかったのか」
「うーん、……でも、カリムくんが怪我したって聞いた時はちょっと慌ててたよ」
「なら、どうして転寮なんて」
「それが原因だったんじゃないかな、逆に。自分がもうカリムくんと関係ないのに慌てちゃって、だから距離を置こうと思ったのかも」
「……でも、幼馴染だったんだろ?それなら」
「小さい頃から従うことを……カリムくんより下に常に頭を下げていることを強制されてたって聞いたよ。カリムくんにというより、親にらしいけど」
僕は溜め息を吐き、ふるりと首を振った。
「……すごい、肩が凝ってたんだよ。背中も首も、腕も疲れてて」
僕がそう言うと、心当たりのあるらしいスカラビア寮生くんが黙ってくれたから。
「料理、一回作って貰ったんだけど、いつもあんなに工程のある料理をしてたんだね。僕が彼に作ってあげたのが恥ずかしくなっちゃったくらいだ」
あの時あんなにわざわざ複雑な工程で最高に美味しいものを出してきたのは、僕への対抗心だとわかっていたけれど。わかっていて、それに素直に敗北と羞恥心を感じてあげた。
「簡単なオイルマッサージしてあげたんだけど、されたことないって言ってた。……したことはあるって言ってたけど」
「……、ごめん」
「なんで謝るのさ。……ジャミルくんはちゃんと幸せにできるように頑張るから、そっちはカリムくんを頑張ってほしいな」
「……わかった。……ごめんな、口突っ込んで」
「いいよ。大丈夫」
僕ときみの仲だろ、と肩を組みに行くと、安心したように笑って貰えたので、少しだけ安心した。