お前、どうして俺を買った!
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「時間ある時にママに挨拶してほしいんだけど、いつが都合いい?」
「どういった形式での挨拶だ?オンラインであれば部活のない日であれば……」
「わかった。……ママ、ジャミルくん見たら喜ぶだろうなぁ」
「……何故?」
「うち近親婚が多くてさ。ママとパパはいとこだし、家系図見てみると曾祖父祖母とか、それより前の代ってなると父方と母方に同じ人が居たりして」
「ああ……なるほどな」
「時々やっぱり僕みたいに全然違う場所から家に入れる人連れてくる人居て、うちの家系図面白いよ。だいたい見たことある家名の人しか居ないのに、そもそもどこの国の人?っていう響きの名前の人が突然ポンと出てきたりとかして。……で、どこから連れてきたんだって調べると、異国なのは全然当たり前、人間ですらなく人魚だったり妖精だったり」
「……また極端だな。遠い場所の貴族あたりとでも政略婚した方が実利も兼ねていそうだが」
「あー、……うちちょっと変わった空気あってさ、離婚が絶対に有り得ないっていう感じで、殺人より離婚の方が、断然罪重い」
「なっ……とんでもないな」
「そうかな。でも別に本当に離婚したければ殺しちゃえばいいし、身内だから放っといても揉み消せるし、道理は通ってるよね」
「……」
「だから下手に貴族とか入れて離婚したいって騒がれたら困るからね」
ふう、と息を吐く。一回愛を誓ったなら一生貫き通せって、それが出来なそうなら腹を決めろって、そんなに変なこと言ってるだろうか。
それに。
「……うちのパパもママもさ、喧嘩したりとかするんだけど、でも、どんなに怒ってても相手を殺しはしないんだよ。お互いにいつでもお互いのことを殺せるのに、それにリスクなんて殆どないのに、それをしないんだ。
だからそれ故に、殺さないことで、それだけで愛情が証明されるから、時間が経って冷静になればお互い泣いて抱き合って謝り合う日が必ず来るし……それってすごく素敵じゃない?」
「……」
「そうそう、だから結婚の誓いを唱える前……恋人同士の頃にね、自分を一突きで刺し殺せる毒を塗った短剣を相手に渡すんだよ。別に同時じゃなくていいんだ。この人になら殺されてもいいって思った瞬間にプレゼントするの。
それで、お互いが相手を殺せる短剣を持っている状態になったら……お互いに命を預けて、預けたことを確認して、その後に正式に結婚するんだ。いいな、……いいよね、素敵だよ」
「……アジームの家系図を見たら卒倒しそうだな」
「毒の短剣を複数人に渡して、刺されてもいい覚悟があるならいいんじゃない?」
僕はふん、と鼻を鳴らして言う。
それにしても、こんな話をしてもジャミルくんが意外と動揺していないのが面白い。僕にだって、僕の家の風習がちょっと──世間からすると──変ってことはわかっているから。
「意外と驚いてないね?」
「まあ、あるところにはあるものさ」
「ふーん……そっか」
「ところで」
ジャミルくんが唐突に僕の胸倉を掴んで引き寄せてくるので驚いた。目を至近距離で合わせられる。ジャミルくんは顔を顰めている。
「俺を家に入れるという話……養子制度を利用する訳ではないだろう」
「あ、そこ今話す?」
「……〝今話す〟?」
僕の言葉に違和感を覚えたらしいジャミルくんは片眉を上げる。まだもう少し先でいいかなと思っていたから。
「ジャミルくんの思ってる通り、僕はきみと結婚したいと思っているよ。でも、今ジャミルくんは別に僕と結婚したくはないだろう?僕の家の資産が欲しいという意味を除いて」
「……」
「どうせNRCを卒業してからでないと結婚できないし、それまできみが僕のことを好きになれなかったら、短剣渡した瞬間に殺してくれて構わないなと思って」
「……、はあ」
「それって厳密に言うと結婚したことにはなってないけど、まあこっちが短剣渡した時点でこっちは少なくとも結婚に同意してたってことだから……ジャミルくんが望めば、パパとママがそのままジャミルくん養子にしてくれるだろうしっていう……」
「……自殺願望でもあるのか?」
「ないない、ない!……でも、愛する人が居ない人生なんて、死んだ方がマシだとは、思うかな。……それに、きみをこんな強引に連れてきて、1年以上もかけて少しも幸せにしてあげられないなら……、居ない方がマシだと思われるなら、普通に消えたいし。あはは」
ジャミルくんはまた、何故俺を、という顔をしている。
お菓子がいっぱい食べたいと言っている子どもに、予想外の量のお菓子の雨を降らせてあげたいなんて欲求、誰もが持ち得ると思う。そのお菓子が権力だったというだけの話だ。
あと、少しだけ。直接関係ある訳ではないけれど、僕がカリムくんやアジーム家と同じ権力者という立場に居るから──ジャミルくんに対して、罪悪感があると言ったら。
彼の虐げられていた日々に対して、同じ権力者という立場から──僕の持っているもの全部で償ってあげてもいいと思っていると言ったら、どんな顔するだろうなと思うと。ちょっと笑えた。
お昼はハッシュブラウンを添えた洋風ライスカレーに。作っていた時、寮生が何人か見にきたのでハッシュブラウンを〝食べる?〟と勧めると、何人かが頷いたので元々の予定より多くじゃがいもを使った。
やっぱりジャミルくんが──カリムくんもいないのに──ここに居るのには違和感があるみたいで、質問を投げかけられた。
「なんでジャミルがここに?……カリムは?」
「うーん……話せば長くなるけど」
「俺がカリムからハイネに鞍替えしたんだ」
「……え!?」
寮生が驚くけれど、僕も驚いた。彼が自分から進んでそう言うなんて。
僕が居るから、僕に任せてくれてもよかったのに。
「鞍替えって……できるものなのか?だって先祖代々仕えていると……」
「こいつに相談したら俺の家ごと買ってくれてな。カリムの世話から解放されて清々しい」
「……ってことはジャミル、今はハイネの従者なのか!?」
「立場的にはそうなるだろうが、俺たちは対等だ。……だよな、ハイネ?」
突然話を振られたことにも、ジャミルくんがそう言ってくれたことにも驚いた。
そんな、自分から言ってくれるなんて。僕が強制したことだけど、どこか申し訳がない。
「……うん!その通りだよ。なんかジャミルくんずっと誰かのお世話してるイメージあったから、ちょっとは僕がお世話してあげるんだ」
「ハイネ……」
寮生からキミはやっぱり良い奴だね、っていう視線を向けて貰えて、にこにこ微笑みを返した。
これでいいんだろ?と淡い微笑み──というよりかニヤつき──を返してくるジャミルくんにも、ついでに。
「オレンジとジャスミンとラベンダーだったらどれがいい?」
「……ジャスミン?」
「わかった〜。どう?お湯の加減。もう少し上げた方がいいとか下げた方がいいとか……」
「……多分大丈夫だと思うが」
ポムフィオーレ寮の大きめのバスタブ付きのシャワー室を借りていたので、お湯を張っているところをジャミルくんに見てて貰って、張っている間にちょっと色々持ってきた。
「先僕頭洗うからちょっと待ってて。終わったら呼ぶから」
「……わかった」
一緒に入るのか……という顔をしつつも特に異論を唱えないジャミルくんがかわいい。思ったより踏み込んだ話ができたから、もうやりたいことを好きにやってしまおうと。
自分の部屋から持ってきたボディソープとシャンプーとトリートメントとコンディショナーと、その他色々をお風呂の中に持ち込んでちょっと急ぎめにシャンプーをして、毛先にトリートメントを揉み込んでタオルで巻いて止めて、お湯の加減を確認しながら入った。
ちょっとぬるくてちょうどいい。
「ジャミルくん?……入っていいよ」
「……失礼する」
「そこに置いてあるの遠慮なく好きなだけ使っちゃっていいからね」
流石に視線を向けられるのは嫌だろうと思ってバスタブの縁に腕と頭を置いて、ジャミルくんとは反対側の、磨りガラスの窓を見る。まだ昼だから明るい。
背後から聞こえる、シャワーの音とか、シャンプーを頭皮に馴染ませている音とか、皮膚の擦れ合う音に意識をやってしまうと変な気分になりそうだったので、耳を換気扇の方に向けて、お湯のあたたかさに集中する。
そうしていると、ちゃぽん、と言う音と共に頭にタオルを巻いたジャミルくんがそろそろとバスタブに入って肩まで浸かるので、僕はジャミルくんにそっと肩を触れさせた。
「熱砂の国ではお風呂でお湯に浸かれるのって、カリムくんとかその辺の人たちだけでしょ?」
「ああ……そうだな」
シャワーの音が無くなった浴室は妙に静かで、どこからか水滴が垂れる音とか、換気扇の音とか、ジャミルくんの呼吸する音とかがやけにクリアに聞こえる。
よいしょ、と立ち上がって手を伸ばして、ジャスミンの香りの入浴剤の瓶をとってあけて、一回分より少し少ないくらいの量をバスタブへ入れて、瓶を閉めて置いて、手で入浴剤を入れたあたりのお湯を掻き混ぜる。
ボディーソープとシャンプーと、トリートメントの匂いに混じってふわっと香るジャスミンが心地いい。
僕はジャミルくんの隣へ座り直して、ジャミルくんの手をとった。入浴剤のおかげでお湯が少し濁ってくれているので、もうそこまで気恥ずかしさはないはずだ。
「……」
手を絡めて、指を絡めて、腕を見比べて、指を見比べる。手の大きさはあまり変わらないけど、彼の指の方が骨が浮き出ている感じがする。
本当に僕と見比べると全然色が違くて面白いけれど、浅黒い肌は艶やかで滑らかで、アジアンビューティーってこういうことなんだ、なんて。
「……綺麗だね」
「……」
「お風呂出たら背中マッサージしてあげるね」
「……お前、そんなことまで」
「いや?誰かに習ったりはしてないから上手かどうかはわかんないけどさ、人体の構造はわかってるし……あとやってあげるとみんな結構喜ぶから」
「……最初から俺にこんな対応をするつもりだったのか?」
「ん、……そうだね。お世話させてほしいっていうのは思ってたよ」
「唐突に下僕呼ばわりしたと思えばその下僕の世話を焼きたがって……訳のわからん奴だ」
「そう?対等な立場の人間にお世話とか……何かされるより、ご主人様に何かしたりされたりする方が、気持ち良くない?」
「……」
「何かしてあげるにもされるにも、いじめられるにもいじめるにも」
「……」
「立場の違いをおもちゃとして使って遊んでるだけだから、あんまり本気にしないでほしいけどさ」
ジャミルくんの肩へ手を回す。ジャミルくんもだいぶリラックスできているみたいで、身体を少しだけこちらへ寄せてくれた。
「でも、結婚するまでは、一応そういうことだから」
「……」
「楽しもう」
「……確かに」
ジャミルくんは僕の頬へ手を添え、自らの方へ向かせ、キスを落とした。
お風呂の中で身体が温まっていて、そもそも脳味噌の芯が痺れているような感覚があるのに、その上でキスしてもらえるとすごい気持ちいい。幸福感で頭がじんっとするなあ、と思っていると、鼻を摘まれて尚も唇を深く重ね合わされる。一瞬何が起きているのかわからなかったが、息ができなくて、はじめていじめられていることに気付いた。
キスから逃れようとしても、ジャミルくんは口を離してくれない。僕も最初は本気で抵抗するつもりなんて微塵もなくて、ただ遊んでいるだけだった。けれど思いの外本当に容赦なく息ができなくしてくるから、足がばたばたと暴れて、思い切り首を振ってなんとか逃れる。暴れて逃げたから水面に頭が落ちて、少しお風呂の水を飲んでしまった。
バスタブの縁に手をかけてげほげほ、おぇ、とやっていると、水を吸ってしまったタオルが頭からベシャッと落ちた。まだ呼吸を整えている最中なのに、ジャミルくんがにやにや僕の方を見てきて腹が立つ。いや、体裁として腹が立つってことにしておいてるけど、1番大きい感情は〝すごいかわいい〟で、2番目に大きい感情は〝構って貰えて嬉しい〟なんだけど。
「……確かに、これを〝ご主人様〟にしたと考えると、気分が良いかもしれないな」
「……気に入っていただけて何よりですがね」
僕が呼吸の合間に怒気混じりにそう返答すると、ジャミルくんが楽しそうに笑ったので、僕も怒ったふりをするのを忘れて笑ってしまった。
「はぁ……最高だ、これがしたかったんだよ僕は……」
「つくづく変な奴だな……」
ジャミルくんには呆れた顔をされるけれど、逆にこんなに魅力的なものを放っておけたカリムくんがすごいと僕は思う。
お風呂から上がった後、タオルで優しく水気を拭き取っただけの滑らかな黒い長髪に、毛先からそっとヘアオイルを馴染ませて、僕のドライヤーで乾かしていく。ヘアオイルは──髪質が違うから別のものを使わなきゃいけなくて香りだけだけど──僕とお揃いの、ラベンダーの香りのものを用意した。ココナッツもココナッツですごく良かったけど、僕とお揃いのにおいのするジャミルくんをカリムくんの前に出してみたかった。
まあどうせ彼はそんなこと気付かないんだろうけど。気付かないだろうという憶測があるから、そんな性格の悪いことができるんだけど。
髪を乾かしている間暇だろうしスマホ弄ってていいよと言ったものの、後ろからだと画面がまる見えでなんか申し訳がない。なるべく見ないようにしよう──と思っていたけれど、僕はすぐに彼の髪に夢中になって──そんなことは頭から消えた。
「綺麗……綺麗だね、本当に綺麗だ」
お風呂上がりのヴィルさんに会った時に、偶然髪を乾かさせて貰った機会があってよかった。あの時も随分楽しかったけれど、失礼のないようにしないといけなかったから。
でも今、僕はこの目の前のひとにはなんでもしていいんだと思うと本当に堪らない。堪らなくて、彼の首にゆるく腕を回して、彼の首の裏の空間に顔を沈めた。
ラベンダーのいい匂いと肌触りのいい髪の毛がたまらない。
「……僕、髪フェチなのかなぁ」
「そうなんじゃないのか」
スマホを弄りながら興味なさげに、てきとうに返してくるジャミルくんはリラックスできているみたいでよかった。首筋によく見ると鬱血痕があるのは、僕が朝つけたやつだ。どきどきする。
「綺麗だってよく言われるでしょ?髪の毛」
「まあ、たまに言われるが」
「僕も髪伸ばそうかなぁ」
「……」
ジャミルくんはそっと振り返って僕の方へ顔を向け、僕の髪をひとふさ手のひらにとってじっと見つめる。
「僕、あんまり髪に重さがないから、ちゃんと重めのオイルつけたりとかきちんとトリートメントとかやんないといけなくて、長くするとちょっと面倒なんだけどね。ケア怠るとすぐぼさぼさになるし」
「……いいんじゃないか?俺は多分、お前は長髪の方が好みだ」
「え!?そ……おっけ、絶対伸ばす」
ジャミルくんが意見してくれると思わなくて驚いてしまったけれど、そうしてくれてすごく嬉しい。ジャミルくんは喜んでいる僕を鼻で笑った。
「は、素直な奴」
「そういうこと言ってくれるのすごく嬉しいな……これからもどんどん言ってね」
「わかったわかった」
溜め息を吐きながら前へ向き直るジャミルくんに軽くあしらわれるのが嬉しくて、またにこにこしてしまった。
その後も。
「肩甲骨の下のあたり結構凝ってるね」
「……ぅあ、ぁ」
「ここ気持ちいでしょ?」
「……っ、ふ、気持ちいいっ……」
「随分綺麗に筋肉ついてるね……ダンスやってるからか。肩凝ってるのはなんで?料理とかするから?」
「ああ、たぶん……」
「肩凝りは背骨の横を……ぐーってすると」
「あっ……良い……!っ……お前、なんでもできるな」
「そんな褒める……?ジャミルくんに言われるとすごい光栄だな……」
部屋でちょっとオイルを使って軽くマッサージをしてあげると、ジャミルくんは思いの外──というか予想外なほど喜んでくれた。最初はスマホの片手間に受けていたのが、もう感覚に集中しようと瞳を閉じて身体の力を抜いて任せっきりになってくれているし。
何故かわからないけどすごい褒めてもらえるし反応もわかりやすいから僕も楽しかった。一通り終わりかな、と手を止めると、ジャミルくんがそっと目を開く。
「喜んでもらえたみたいでよかった」
「……」
「肩凝っててもマッサージしてくれなんてなかなか頼めないしね。そんなに喜んで貰えるならもうちょっと勉強しておくね」
「……」
ジャミルくんはリラックスしきった瞳でこちらを見ていて可愛い。
昨日寝ていないのと、ご飯とお風呂とマッサージのコンボで眠いのだろう。そこまで安心してもらえて、嬉しくてにこにこしながらジャミルくんの頬へキスをした。
「寝ちゃっていいよ、ジャミルくん」
「……」
「そのまま寝たらきっとすごい気持ちよく寝れるよ」
「……お前は」
「ん?……じゃあ僕もお昼寝しようかな」
居ると邪魔だろうしちょっとお買い物にでも行ってこようかなと思っていたけれど、ジャミルくんがなんとなく受け入れてくれる雰囲気を出してくれていたので、電気を消してカーテンを閉めてしまう。カーテンは完全に光を閉じる訳じゃないから、そうしてもぼんやりとジャミルくんの姿は見える。午後のぼんやりした光は、少し差し込んでいても眠ってしまうのにさして罪悪感もないし。
マッサージの為に脱がせたTシャツをジャミルくんに再度着せて、僕もベッドに潜り込んだ。
潜り込んでみると、意外とすぐに眠気が来てくれて助かる。僕が先に寝ないと、ジャミルくんが安心して眠れないだろうから。
布団の中の空気を伝わってくるジャミルくんの体温が心地よくて安心できて、すごくいい感じだ。深呼吸をすると、意識がすぐにとろとろしてきて。
寝ぼけ眼で手を広げ、ぽすぽすと手探りでジャミルくんを探す。なんか当たった、とそっちに手を伸ばすと、その手を掴まれて目が一気に覚めた。
カーテンから光がさしていない。もう夜だ。
「……ちょっとは寝られた?」
「ああ。少し……」
「よかった。今日は寮に帰っていっぱい寝てね」
ふう、と息を吐いて背中を伸ばす。上体を起こして、座ったまま僕の腕を掴んで反対の手でスマホを弄っている──ジャミルくんのもたれている壁にもたれに行った。
肩から足まで全部くっついてしまうけれど、もうその程度で動揺しないジャミルくんが本当にかわいい。
「お前のことを調べていたんだ」
ジャミルくんはスマホに目を向けたまま、唐突にそう告げる。僕は続く言葉の予想ができなくて、目をぱちぱちと瞬かせた。
「どこかに俺にも隠している……とんでもない汚点か、そのとっかかりやら気配やらが無いかと」
「……それを僕に直接言うってことは、なかったのか」
「……そうだ。残念なことにな」
「別に隠して結婚しても、気に入らなければ殺せばいいだけじゃない?」
「……お前は俺にそうすると?」
「立場が違うでしょ。僕は絶対殺さないよ。その上で……うーん、一応最悪を想定すると別居とかかなぁ……でも、それに至るまでの経緯が思い付かないな、きみに僕が驚くほど嫌われてるくらいしか……でも驚くほど嫌われてたら殺されてるよね?……無くない?」
「……何か汚点を晒して貰えないか?」
ジャミルくんが本気でそう言っている口調で──そう言うので、ぴくっと身体が震えた。ジャミルくんの視線がこちらへ向く。
「えぇ……?十分すぎるほど晒しましたけど」
「……ああ……いや、違くてだな、……その」
珍しくジャミルくんが言い詰まっている。ジャミルくんから視線を逸らして、急かさないようにしながら彼の言葉を待つ。
「……俺は、金持ちといえば……1人だと何もできん……カリムのような奴しか知らなかったから」
なるほど、と頷く。カリムくんの悪口を言ってくれるのが嬉しくて、くすくす笑った。
「世話をしてくれる人がいなければなんにもできない奴だと、みんなに思われたくなかったんだ」
「……何故」
「ずっとそう思われてたから」
僕が何かをしたいと言っても、危ないからとさせて貰えないことが多かった。
僕が怪我をしたりすれば責任を追求されるのは使用人の方々だったから、使用人の方々にそう言われるのはよかったけど、パパとかママに言われるのは流石にちょっとげんなりした。
「……ねえ、僕のユニーク魔法教えてあげるからさ、ジャミルくんのユニーク魔法も教えてよ」
「……あまり言いたくない」
「僕もね、あんまり言いたくないんだ。……でもジャミルくん、嬉しいな。これがユニーク魔法だっててきとうな魔法出せばよかったのに、正直に言ってくれて本当に嬉しい。ありがとう」
「……くそ」
ジャミルくんは自らの信頼を手に取って掲げて持ち上げられありがたがられて恥ずかしかったのか、僕からふいと顔を背ける。
「パパとかママにも……もちろん同級生とかにも、言ったことないんだよ」
「……そうなのか」
「うん。……ジャミルくんがお話してくれる気になったら、僕のも教えるからね」
ユニーク魔法を他人に教えるのは、魔法の種類にもよるけど──当然リスクがある。
僕のユニーク魔法は特に人に教えちゃダメなタイプのやつだから、流石に交換こでないと嫌だ。
けれどジャミルくんが隠したいと言うほど強力な魔法なら、ジャミルくんの方のユニーク魔法は一応先に知っておくか、と思って彼の方へ顔を向け、瞳を合わせ微笑んだ。彼も淡く微笑みを返す。
「ねえ、僕、きみが居なきゃなんにもできな──」
「瞳に映るはお前の主人。尋ねれば答え──」
途中で詠唱を止めたのは、目の前の相手から強力な魔法の放たれる気配がしたからで。
多分、恐らくだけれど、それはジャミルくんも同じで。
僕たちは同時に相手の手に目をやり、相手がマジカルペンを隠し持っているのを視認して、また同時に額に手をやった。
「……ちょっと待って、僕たちって似てる?」
「……勘弁してくれ」
なんとなく魔力の気配で、発動しようとしていた魔法が同系統の──洗脳──ものだと把握してしまったのも最悪だ。ちょっと面白いけど。
「……」
「……」
「とりあえず、この話はまた今度にしない?」
「……そうだな」
「お互い使用禁止ね。本当に。困るからやめてね。やめようね」
「は、お前の方が失うものが多いだろうしな」
「その通り。僕の方が立場が上だからさ。……命令したからね?」
「……ああ、わかったよゴシュジンサマ」
僕が命令を聞く気があるかどうか判断する為にジャミルくんの顔を覗き込むと、ジャミルくんは誤魔化すような笑みを浮かべながら顎を引く。
洗脳妨害魔法のついたイヤリングが実家にあったから、送ってもらおうと考えながら溜め息を吐いた。