お前、どうして俺を買った!
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ぱちっと目が覚めた。ぐううと身体の色々な部分を伸ばして瞳を開ける。ジャミルくんはスマホを片手に呆れたような顔でこちらを見ていた。やっぱり眠れてないみたいだ。でも、やっぱり僕の無防備な姿を先に見せられたから、昨日よりはだいぶ緊張が解れているのが表情から見て取れる。
「……ぉはよ」
「おはよう……」
「今なんじ?」
「朝の5時だ」
「ジャミルくんいつも何時くらいに起きてる」
「6時過ぎだが」
「起きてまず何する?」
「……?洗顔」
「あー、えーっと……学校行くまでの時間何やってたの?カリムくんのお世話してた時」
「……カリムの朝食を作ってやって……メニューによるが昼食もその時点で作っておくか仕込みを終わらせて、その時に俺は食事を終わらせて、カリムを起こして飯を食わせてカリムの服を準備して、カリムが食べ終わるまでの時間に俺も制服に着替えてカリムの忘れているものがないかどうかを確認して服を着せてやってもう一度忘れているものがないかカリムに確認して出る」
「おっけー、ありがと。大変だね」
ジャミルくんはそのルーティーンがしっかり身についているからその時間で終わらせられるんだろうけど、僕はそうじゃないから早めに寝てよかったなと思う。
今日は休日だから焦る必要ないけど、なるべく彼と同じ動きをしようと決めてベッドから起き上がり、パジャマから最低限汚れてもいい長袖の服とエプロン姿に着替える。
「寝てていいけど……眠れないかな?」
「……何をしようとしているんだ」
「ジャミルくんの苦労を知りたくってさ。勝手にやってるだけだから放っておいて」
「……、」
そう言われれば何も言えないジャミルくんを置いて、僕は寮のキッチンへ赴いた。
何品くらいいつも作ってるのか聞けばよかった、と少し思ったけれど、まあいいかと冷蔵庫の扉を開け、足で扉を止めて中を見ながら髪の毛を腕に通していたゴムで縛る。うちの寮は他の寮に比べて治安がいいから名前を書いておいたものを誰かが食べたりしてしまうことがなくて助かる。
それにしても、ジャミルくんがカレー好きなことを知っていてよかった。
蒸してあるジャガイモとカレー粉と、あとは塩胡椒とサラダ油をボウルに入れぐちゃぐちゃに混ぜる。更にこんにゃく粉とおからと、纏まるくらいに水を入れて、再度ぐちゃぐちゃに混ぜ円形にし、空焚きしていたフライパンへサラダ油を敷き少し押しつぶしながら焼く。
片面が焼けたので少し水を足して、パティにする予定のジャガイモペースト色々混ぜ〜カレー風味〜をひっくり返しフライパンに蓋をしておく。その間にオーブンで少しだけチーズを載せたパンをかるーく焼いて、レタスを適量千切りトマトを魔法でスライスする。
いい感じに反対側も焼けて全体的に蒸されたジャガイモのパティをフライ返しでとって、オーブンからフランスパンを取り出してとろとろのチーズの上にレタスとトマトとパティを置いて完成だ。
皿の上に完成したバーガーを置き、ケチャップとマスタードはお好みで、と鼻歌混じりに冷蔵庫から取り出したところでジャミルくんがいつの間にかキッチンの入り口からこちらを見ていたことに気付いてちょっと驚いた。彼へ微笑みかける。鼻歌を聞かれていたと思うとちょっと恥ずかしい。
「ちょうどできたところだけど……今食欲あるかな?冷やしといて、もうちょっと後にする?」
「いや……お前、何故使用人の居る立場でそんなことに慣れているんだ」
「んー……なんか、うちの両親ね、僕が言うのもなんだけどすごい親バカでさ、僕が何かやる度にめちゃくちゃ褒めてくれたし、使用人の人たちも僕が赤ちゃんの頃から見てくれてるからだいたい全員そんな感じで……」
「……」
「僕のこと褒めたすぎて、僕が何もしてなくても今日も可愛く居てくれてありがとうとかって言ってくるし、何かするともっと褒めるから調子乗せられて色々さぁ。……ジャミルくんこれ食べてよ。口に合ったらいいんだけど」
食卓へことんとバーガーの載った皿を置く。まだ色々あるから全然作れるけど、と思うが朝食には十分すぎるだろう。オーブンに入れたままだったチーズの載ったパンに同じものを挟んでマスタードをたっぷりかけて食卓へ座り頬張ろうとして、その前にバーガーを持ったまま僕の方へ視線をくれているジャミルくんへ微笑みかけた。
ジャミルくんがそれを見てバーガーを頬張る。具が溢れそうになっているのがかわいい。僕もそうなるけど。
飲み込んで、口元を拭って。
「……、美味いな」
「ふふ、ありがと」
思ったより普通に美味しくてなんか癪って顔してる。様子を見てたらだいたい味なんて想像できるだろうに、そんな顔をするジャミルくんが面白い。
「来週とか再来週、時間あったら今度はジャミルくんが作ってよ。好きなものとか教えて」
「……それは良いんだが……それよりだな、はあ……君との接し方がわからん」
僕の方をじっとりとした目で見つめてくるジャミルくんは素直だ。
「一体全体君は俺に何を求めている」
「んー……?好意?」
「何故俺なんだ」
「……」
「君なら……もっと適役の人間がいくらでも居たはずだ。何故わざわざ俺を」
裏切られたくないからだって、正直に言ったら嫌われるだろうか。
家族ならともかく、人は人に飽きる。みんなが僕に飽きていくところを、誰かが誰かに飽きて僕を好きになるところを、何度も何度も見てきた。
最近も僕のことを散々好きだと言っていた人が、エペに乗り換えたのを見た。でもそれは、悲しいけど仕方がないことだし。他の人を好きだった人だと知っている人が僕を好きになってくれても、やっぱり嬉しいから、仕方がないと言うしかないのに。
わかっている。わかっているけれど、そうなると僕の、僕が好きだという言葉を鵜呑みにして、いつ触れてくるだろうと、いつ気持ちを伝えてくれるだろうとどきどきしていた気持ちがバカみたいだ。伝えてくれたって、僕がそれを受け入れたって、僕は本気になれなくって──でも僕なりに頑張って本気のフリはしていたけど──どこかでわかってしまうのかな。それとも、単純に思ったほど僕に魅力がなかったのかな。自然に消滅するか、僕が浮気現場を目撃するか、明らかに僕に冷めているのに気付いて、僕から別れを提案するか。
いつもそうだった。
だから、一生離れて行かない、行けない、安心して好きになってもいい人が欲しかっただなんて、言ったら怒るだろうか。でも、流石に元々自由だった人を捕まえて翼を切り落とすなんて僕にはできなくて、だから元々翼の折られていた他人のペットを奪って愛でているなんて、言ったら怒るだろうか。
自由にしてあげるつもりはやっぱりないけど、罪悪感で、せめてアジームに居た頃よりはきみに憂いのない幸せな生活をして欲しいと──本当に──心から思っていると言ったら。
だから幸せな生活を送ってもらう為に、僕に触れられたりとか愛されたりとか、そういうことに最低限嫌悪感を抱かないで貰う為に──そしてできればそれが嬉しいと思ってほしくて──僕のことを好きになってほしいと思っている、なんて正直に言ったら、怒るだろうか。
離れていくのが怖いから、最終的には僕に依存するしかない、閉じ込めたペットしか安心して愛せない──愛したくないと言ったら、嫌われてしまうだろうか。
「ジャミルくん、僕、きみに好かれたいんだよ。本当に」
「答えになっていないが」
「きみに好かれる為なら頑張れるよ、僕」
「……」
「どうしたらきみが僕を気に入ってくれるか教えてほしい」
「は、俺は俺がどうするのが正解なのかを教えてほしいよ」
ジャミルくんは嘲るように笑う。僕が視線を落とすと、やってしまったかとこちらに焦った顔を向けるので、大丈夫気にしないでと微笑んで首を振った。
さっさと食べ終わってフライパンとかボウルを洗って定位置に戻していると、ジャミルくんが少しそわそわしている気配を感じて、「僕を手伝わないで」と言った。
「今日はいつもジャミルくんがしていることをしたいんだ。カリムくんが常日頃から皿洗いを手伝うというのならそうしてもいいけれど、そうではないなら手を出さないで」
「……あいつに何かを任せると余計なトラブルが増える」
「ふふふ、僕はそう言われないように頑張りたいな」
少しだけ寂しい気持ちになって、ジャミルくんと顔を合わせなくてもいい時間を少しでも引き伸ばす為、わざといつもより丁寧に──キッチンの色々な部分を洗って拭いた。
気分を上げる為に鼻歌を歌ったけれど、あんまり意味がなかった。
「次は服だっけ。……でももう着てるね」
ジャミルくんは寝巻きから昨日着てたラフな服に着替えているし、髪を解いていないみたいだし、やることがない。
でも、ふと気になった。
「……ジャミルくんさ、昨日、あのまま僕が放っておいたら、僕に何しようとしてたの?」
「……は?」
「ほら、あの時の……僕に手出そうとしてた時の」
「……はぁ、そういうことを聞かないでくれ」
「やっぱり恥ずかしいもの?」
ジャミルくんは僕の方を見て、何故か胡乱げに眉を顰めた。理由はすぐわかった。こういう話をするとき僕はいつもにこにこ笑ってたけど、今笑ってなかったからだ。本当に、下心なく気になっただけだったから。
でも笑顔を作る気にも、今はちょっとならなくって。
「……」
あの時のジャミルくんの、据わった目が忘れられない。何か、仕方のない理由で誰かを殺める時みたいな、例えるならそういう瞳だった。
全部を諦めて、自分の心を一回離れた場所に置いておく、みたいな。
「……そんなに嫌?」
「……は?」
僕とえっちなことをするにしたって、そんなに嫌だろうか。そんなに。そんなに僕は彼にとって魅力的ではない存在なのだろうか。
そうすると、今までの言動がちょっと恥ずかしくなってきてしまう。
「でも、嫌だよねー。そりゃね」
「おい、何を言っているんだ」
「いや……ちょっと自己嫌悪に苛まれてるだけ。ジャミルくんはなにも悪くないよ」
「……」
あー、一回やり直したいな、って思う。ジャミルくんがカリムくんに噛み付いたところから彼を注意深く見るようになったから、いつも主人に噛み付いている印象があった。だからちょっと怖がらせないといけないと思ったけど。
僕は、その前にあったジャミルくんの我慢の期間を考慮していなかった。優しい人が長い長い期間我慢して、爆発したところを見てヒステリックだと断じたようなものだ。ああ、悲しい。やり直したい。
「ジャミルくんさー、何かの罰で折檻受けたこととかあるでしょ?そういう時さー、何されてた?」
「……」
「勿論カリムくんからじゃなくて、当主様の命令でもなくて、……そういうのって、ジャミルくんよりちょっと上の人がやるんだよね。何されてた?」
「いや……普通に一定期間仕事を増やされたりしただけだが」
「……そうなの?」
「一昔前はあったらしいが……流石にもう古いさ」
「ああ流石に……そうなんだ。なんか受けてたら、ちょっと僕にやってみて貰おうと思ってた」
「おい!それお前じゃなくて俺が堪えるやつだろ」
「あは、そうかも。でもジャミルくん終わった後優しくしてくれそうだからさ」
「……」
ちょっと彼に歩み寄りを見せたらそれが誠意になるかなと思ったけれど。
「……でも、僕に腹立ってないの?嘘吐いて憂さ晴らししちゃえばよかったのに」
「何故その考えがあって俺の前であんなにぐっすり眠れたんだ」
「おおかた何もしないと思ってたし、別に何されてもよかったからだけど」
「……理解に苦しむな」
ジャミルくんは呆れ返った顔をしている。その顔に緊張がなくて、ちょっと安心した。僕が気落ちしているのを見て、慌てて機嫌をとらないといけない、などと思っていたら、こんな顔はできないから。
「一回お部屋戻ろう。教えてよ、何が好きとか、何が嫌いとか、色々」
「……、」
ジャミルくんは椅子から立ち上がり、僕の部屋へそのまま──行くのかと思ったら、僕の顔を覗き込んで。
あろうことか。
「俺に懐かれようと、随分必死だな?」
その黒い瞳が、あまりにも僕をまっすぐ見据えて映していて、全部が嫌になった。
「……お恥ずかしい限りで」
にやにやしているジャミルくんから目を逸らすが、抵抗虚しくかああと顔に熱が集まるのがわかる。堪らず両手で顔を隠した。
気落ちしていたし後悔もしているけれど、彼にその姿を見せたのは打算100%の行動であったことが──綺麗にバレている。だって、気落ちするのも後悔するのも、一旦置いておいて、後で一人でできた。僕はそういうことができる人間だ。でも、それでもそれを彼に見せたのは、憐んで貰えないかという打算だった。
「うわ……マジで恥ずかしい……でもジャミルくん、僕が言ったこと、嘘ではないからね、本当に」
「はは、どうだか」
「それ以上いじめると泣いちゃうよ」
恥ずかしいのと申し訳ないのと悲しいのと自己嫌悪で本気で泣きそうになっているのでそう警告する。
「……ジャミルくん、この流れは僕の手首を掴んで手をどかしてそのままキスする流れだよ。わかってる?」
「……それをお前から言うのか」
「言わないとやってくれなそうで怖いんだもん」
「……はは、ははは」
聞いたことのないタイプの彼の笑い声に、あ、今ちゃんと顔を見ておけばよかった、と思った。ジャミルくんは僕の顔を隠している僕の手首を掴んで、僕の要望通り無理矢理どかして、唇へ唇を落としてくれた。ちゅ、とリップ音を出すサービスまでしてくれて、顔がにやにやするのが止まらない。ジャミルくんもにやにやしてるから、尚更。
「満足そうだな、ゴシュジンサマ?」
「……ジャミルくん、最高!」
僕はそのまま彼の手首をそっと掴んで僕の部屋へ導く。きっと今の僕かわいい顔してるんだろうな、って自分で思うくらいには、上機嫌だった。