お前、どうして俺を買った!
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
──俺は、これからどうすればいい
──僕から指示することは今のところ特にないかな。僕がきみの主人だってことを忘れないでとは言っておきたいけど、学校ではタメ口でいいよ。あと……
──……あと
──僕は善意できみを買った。きみとは、水面下で同意ずくだった。カリムくんには〝きみが自分の意思で〟契約が締結されるまで隠していた。きみは、僕がカリムくんと一度相談した方がいいと言ったにも関わらず、それを聞かずに、僕へカリムくんもこの件に関して同意済みだと嘘を吐いた。……いいね?
──……
ジャミルくんは押し黙った後に、視線を逸らして、自嘲的な笑みを浮かべて、全てを諦めた綺麗なうすい微笑みを浮かべて、「ああ」と返事をした。
可愛くてたまらなかった。けれど、構いすぎてはいけないから、一つ微笑みを返すだけにとどめた。
ジャミルくんがスカラビア寮に帰ってからお風呂に入って出てくると、ジャミルくんからメッセージが届いていた。
〝カリムに説明したが、お前と一度話をしたいと言って聞かない。もう遅いから明日にしろと宥めた。明日、迷惑を掛けると思う〟
〝了解〟と短く返答し、これからジャミルくんと何をして遊ぼうかを考える。
彼も悪知恵が働くから、関係を続けたいなら──彼から手痛い仕打ちを受ける前に、僕は逆らってはいけない相手だと、心から一度は思わせないといけない。
ジャミルくんも、恐らく僕がギリギリ怒るか怒らないかのことを繰り返してまずはラインを探ろうと考えている筈だからちょうどいい。
ふふふ、と喉から自然に笑いが出た。今日はいい夢が見られそうだ。明日が楽しみだな、と心から思うのはいつぶりだろう。──記憶を遡ると、今年の誕生日の前日に自らがそう考えていたことを思い出した。幸せだなあと自らの身体を抱き締める。
ジャミルくんにこれから何をしてあげよう。家族構成は両親と妹さんだけみたいだし、お世話するのは慣れてそうだけどお世話されるのは全く慣れてなさそうだな、と思って、自分がいいことを考えていることに気付いた。これから、彼をいっぱいお世話してあげよう。──よりにもよって主人が──彼が制服を着るのとか、髪を編むのとかに手を出したがったりしたら驚くだろうな。
彼の驚愕の表情を思い浮かべて、また一つ笑いが出て、また一つ幸せな気持ちになった。
「ほんっとう……!本っ当にごめん!僕が……!僕がちゃんときみに直接確認をとっていればこんなことには……」
朝。カリムくんの声が聞こえた方へ走る。カリムくんがこちらを視認するのを確認することもせず、カリムくんの背中へ勢いよく頭を下げた。
「お!?おおハイネ……!オレはジャミルをよろしく頼む!ってのが言いたかったんだ!オレがジャミルに嫌われているのは……知っていたしな……」
「おいカリム、お前によろしく頼まれるような謂れはない」
「ああ、すまんジャミル……お前はオレよりよっぽどすげぇ奴だもんな……オレが心配するようなことは、ない、か……」
僕はそっと上目遣いにカリムくんを見上げる。
「……なあジャミル、オレの世話を焼く必要は、もう、無いんだよな……?」
「ああ。そうだな」
「ならどうして今日もオレの朝飯を用意してくれたんだ?」
「……僕が頼んだんだよね」
ここは打ち合わせしていないところだから、と僕が責任を負いに行く。
「僕は別に追われるような生活をしている訳じゃないし、カリムくんもジャミルくんが突然居なくなったら困るでしょ?」
「ああ!めちゃくちゃ困る!」
「アジーム家現当主様が新しい従者を送ってくださるまでは、今まで通りのことを続けるようジャミルくんに頼んでおいたんだ」
「なるほど……!ありがとなハイネ!」
「ううん、当たり前のことだよ」
「良かったなジャミル!ハイネなんて……全然オレより手がかからないし……ぐす」
「はぁ……おい泣くなカリム!」
ジャミルくんが視線でカリムくんの涙を拭ってやってもいいかどうか尋ねてくるので、軽く微笑みを向けて慰めてあげてと返す。泣きはじめてしまったカリムくんに罪悪感を覚える。
覚えるけれど、結局のところ脇が甘いのが悪い。立場とかを考えるとこれから先こういう目にはいっぱい遭っていくだろうし、一件目が命に関わるようなことではなくて勉強になったと思ってくれないかな、なんて思う。
いや、そういうことする方が悪いんだけどさ。ごめんね。
「じゃあカリムくん、また後でね。ジャミルくんは……」
「う……うぅ……すまん……」
「ジャミルくんはもう少しかかりそうかな。僕教室行くね」
「ああ……」
どうせあと数日なんだからいっぱい構ってあげて、と微笑みと視線で示してあげると、ジャミルくんは顎を引いた。
怖い時顎を引いて肩を小さくするの、動物的な仕草で可愛い。僕は踵を返して教室へ向かった。
授業が終わった後、自室まで送ってほしいと頼んだ。ジャミルくんはカリムくんが心配だという顔を少しだけしたけど、大丈夫だという判断をしたらしくて頷いてくれた。
「ねえ、見てよジャミルくん」
ポムフィオーレ寮までの道を2人で歩きながら、スマホの画面を見せる。
スマホの画面には僕に対しての書き込みが映っている。伏せ字とか略語とかを使って一見誰のことを言っているのかわかんないように書いているけれど、文脈と伏せられてない単語で伏せ字とか略語の意味は推測できるし、読もうと思えば簡単に読める。
「ほら、これとか凄くない?僕に対する妄想がこんなに長文で」
「……それを見せて、俺にどんな反応を期待しているんだ」
「僕、結構裏でモテてるんだよって」
「……知っているが?」
「あ、そうだったんだ……どう?ジャミルくんはここに書いてあるようなこと、僕にしたい?」
「おかしなことを聞くな」
「教えてよ」
僕はジャミルくんの髪へ手を伸ばし、びくっと身体全体を震わせるジャミルくんの髪を、そっと彼の耳へ掛ける。
「なんでもしていいとしたら、……勿論そういうことじゃなくて、一緒に映画観たりとか料理したりとか……そういうことも含めて、僕と何がしたい?僕に何がしたい?」
「……」
「僕に何をされたい?でもいいけど、……ちょっと前まで友達ですらなくただのクラスメイトだったんだから、難しいか」
ジャミルくんが返答に困っているので眉を下げる。デートどこ行きたい?みたいな質問だったのだけど、よく知らない相手にそう問われても難しいよね。
「僕はきみとしたいこと、きみにしたいこと、いっぱいあるよ」
「……例えば」
「きみにもっと触れたいなって、ずっと思ってる。髪に触れて、髪型で遊ばせて貰いたいし……あとはそうだな、ジャミルくんが実家でよく食べてたお料理とか作ってほしいな。僕もうちの作るから、食べ合いっこしよ」
「……なんだ、随分邪気のない願いだな」
「ジャミルくんは逆にさ、僕に触れたくならないの?肌の色も髪の色もきみと全然違う、真反対だって言っていいくらいだ。体つきだって、育ってきた環境だって全然違う……この服の下の肌がどうなってるかとか、知りたくならない?」
自らの服の胸もとを摘んでくいと引っ張って誘ってみるけれど、ジャミルくんはどちらかというと僕の真意を知りたがっているという感じで興醒めだ。溜め息を吐いた。
そんなに興味がないか。ちょっと悲しいな。
「……まあいいや、とりあえず、僕に不満とか、したいこととかあったらすぐに言ってほしいな。溜め込むなっていうの、主命。……わかった?」
「……ああ、わかったが」
「じゃあね、送ってくれてありがと」
「……本当にこれだけでいいのか?」
「いいよ。ありがとね。また明日〜」
そう最後に挨拶をしてポムフィオーレ寮へ小走りで駆けてゆき、寮へ入ってから減速し自室までひとりで歩く。
びっくりするほどノリが悪かった。ノリノリじゃないとしても、焦ったり慌てたり、少しはしてくれたってよかったのに。
ちょっと怖がらせすぎちゃってるのかも。警戒させすぎたのは僕が悪いから、そんなに危険な人間じゃないってこと教えてあげてからじゃないと楽しくいちゃいちゃできないな、と口角を下げる。
ジャミルくんはどういう人がタイプなんだろう。寄せるから教えてほしい。明日聞くか、と心に決め自室の扉を開け、鞄を置いて溜め息を吐いた。
どうしよう、褐色の人しか愛せないとか言われたら。僕日焼けしても赤くなるばっかりで茶色くすらなってくれないから、それだとちょっとしんどいな。メイクでどうにかなるかな……なんて考える。
そこまで考えてふと、彼との今後のことを考えるのは楽しいことに気付いた。自然に口角が上がって、口がむにむにゆるゆるする。1人だけ楽しくなってて申し訳ないから、はやくもっと彼に僕のことを好きになって貰いたいな。
〝替わりの従者の引き継ぎが完了し次第、外泊届出して僕の部屋来て〟
〝わかった〟
メッセージに既読がついてから返信するまでの数分に彼は何を考えていたのだろうか。彼は頭が良いし心配性だから、様々な種類の最悪の事態を想定していたんだろう。
絶対にその予想を裏切ってやる!ふん!と身体に力を込めた。
取り敢えず今のうちに部屋を掃除して、肌の調子にいつも以上に気を遣っておく。でもジャミルくんがリラックスできるように、気負ってない自然体な感じで。
何しよう。話すことはいっぱいあるし、したいこともいっぱいあるけど、仲良しになるのが第一の目的なんだからそこを履き違えてはいけない。
まず僕がしたいことを考える。お風呂一緒に入りたい!洗いっこしたい!と思ったが、流石にそれはまだ早いのでまた今度だ。
彼の髪を乾かすくらいなら許されるだろうか。許されそう。というか、それやりたいな!やろう!
それだとするとポムフィオーレの方でお風呂入ってほしいから〝お風呂入ってこないで〟と送ろうかと一瞬考えたが、とんでもない変態の要求にしか見えないことに気付いてやめた。笑ってしまう。
楽しい。
あと、一緒のベッドで寝る。彼は恐らく眠れないだろうけれど、僕は自室があってもなんか寂しくてパパとママに挟まれて眠るのが──ここに来るまでは──普通だったから、いっそ人の気配でいつもより安心して眠れる自信がある。そこでジャミルくんの緊張が解れてくれる筈で。
素晴らしい!完璧だ!
身体に触るのはどこまで許されるだろうか。嫌な雰囲気を出されたら即座に謝るのは当然として、嫌ではない部分にもべたべた触られすぎたらその印象が残ってしまうだろうし、あくまで自然に。自然に。
そわそわと逸る心を抑えて、淡々と日常を送る。
幾日か後、恐らく引き継ぎの従者であろう人が──ジャミルくんとカリムくんと一緒に居るのを幾度か目撃した。引き継ぎには情報共有とか色々必要だろうし、僕から急かすことはしない。部屋に来てとメッセージを送ってから1週間と少し後、休日の夕方に、ジャミルくんからメッセージが届いた。
慌ててディスプレイを確認する。
〝引き継ぎの件、大方完了した。何か問題があれば俺に連絡しろと言っているから暫くの間は連絡が来るかもしれないが〟
〝お疲れ様!〟と返信する。文面でそう言って更に、ファンシーなキャラクターがお疲れ様とコーヒーを差し出すスタンプも送った。僕から外泊の件に対して話を出すのが、急かしているようで少し憚られて、タブを閉じてインターネットサーフィンをはじめる。数分後にまたメッセージが届いた。
〝外泊の件だが、本日から可能だ。何時にする〟
〝ジャミルくんがよければ今日がいいな〟
〝わかった〟
〝疲れてたらまたの機会でいいよ〟
一応そう言っておくが、彼が〝じゃあまた今度で〟という図が想像できなかった。
そしてやはり想像通り。
〝今日で問題ない。何か持っていくべき物はあるか〟
〝特にないよ。歯ブラシと下着は新品あるしパジャマも僕のでよければあるし〟
〝あ、強いて言えば化粧水とかそっち系かな。僕の使ってるやつ肌に合わないかもだし〟
連続で二つメッセージを送ると、また少し時間が経ってから〝わかった〟と返事が来た。彼が何を考えて感じていたのかを妄想するとにやにやしてしまう。
僕はそわそわを押し殺して布団を頭から被った。
こんこんこん、というノックの音に高い声で返事をしそうになって、わざと少し低く調節した声を。
「ジャミルくん?入っていいよ」
「ああ。……失礼する」
手に学校へ持っていく鞄より少し小さいくらいの鞄を手にしたジャミルくんは、少し緊張した面持ちで部屋に入ってきた。僕は上体を起こして彼へ微笑む。
「引き継ぎお疲れ、どう?新しい従者の子」
「ああ……頭が少々固いことを除けば特に問題はない。じきに慣れるレベルだしな」
「よかったよかった。お風呂ってもう入ってきた?」
「……入ってきた、が」
「あ、じゃあ僕も入って来ちゃおっと」
バスタオルと下着とお風呂セットの入った籠を持って今ジャミルくんが入って来たばかりの自室の扉を開ける。ジャミルくんはやっぱりどこか緊張している感じだ。
「部屋好きに触ってていいからね」
「は?……い、いや、そんな」
「いいって。別に触ってなくても勿論いいけど。じゃあ行ってきます」
後ろ手に自室の扉を閉める。逸る心を押し付けて、なるべくいつもと同じ手順でいつもと同じ時間をかけてお風呂に入ってきた。
こんこんこんと自室へノックをする。一応ね。
「ジャミルくん、開けていい?」
「あ、ああ……」
「ただいま」
ジャミルくんは僕の勉強机の椅子に腰掛けて自らのスマホを弄っていた。
色々な荷物を定位置に戻して、普段着を脱ぎもうパジャマに着替えてしまう。肌着姿くらいいくら見られてもいいのに、ジャミルくんはちゃんと目を逸らした。
ジャミルくんの方へ近付き、椅子へ腕を掛けて彼の顔を覗き込み、問い掛ける。
「何やってた?」
「いや……特に何も」
ジャミルくんは目を逸らすしスマホの画面も切る。ふーん、と思った。
「ハグしてもいい?」
「……何故聞く」
「気分じゃないならやらないからだよ」
「……、」
ジャミルくんは押し黙る。押し黙ってから、躊躇いがちに。
「……正直言って、そういう態度が一番困るんだ」
お、喋ってくれた、とテンションが上がる。彼は溜め息を吐いて、僕を横目でじとりと見つめる。
「俺のことなど気遣うな。したいことをすればいい」
「じゃあ……そうだな、これ言っておきたかったんだけど、僕ときみは意見を交換し合える仲だと考えてほしいんだ。僕はきみの望まないことをするのを、基本的には好まないんだ。基本的にはね。だから、僕がきみの意見を求めているときはちゃんときみの正直な意見が欲しい。立場的に難しいとは思うけど、信頼関係は徐々に作っていこうね」
「……なんだ、やけに殊勝だな」
「僕は、きみと仲良くなりたいんだ。これは本心からだよ」
ジャミルくんの頬へ、とん、と唇を落とした。やっぱりびくっと肩が震えて視線が顔ごとこちらへ向く。かわいい。
「……わかった」
わかったと言われたものの、わかっている気がしない。まあ色々なことの擦り合わせは追々でいいかと、溜め息を吐いてベッドに潜り込んだ。しばらくそっとしておこう──と思ったけれど、ジャミルくんはベッドの横に移動してきて、膝と手で僕の顔を覗き込む。思わずスマホの画面を切って枕の下へやった。
そして、彼のその動きと表情を見て──察してしまった。上体を起こしてお尻をずらして、ヘッドボードにもたれる。ジャミルくんの視線が追ってくる。僕は苦笑した。
「ジャミルくん、違うんだよ」
「……は、何が違うんだ」
「ごめん、そういう風に思わせるようなことばっかりしてたよね。いや、ジャミルくんがそう思うと思わなかったと言ったら嘘になるけど、こんなに積極的……というか、もしかしたら僕から手を出されるかもと思ってるくらいだと思ってたから……ごめんね、ごめん、本当」
「……君は、何が、したいんだ」
単語単語を置くような喋り方だった。
「……ごめん」
申し訳なくなってしまった。そりゃあそうか。家族をとられていて、忌憚なく意見がほしいと言ったところで、どうやったら機嫌を損ねないかしか考えられない。僕としては微塵も本気でなかった、時々思い出して怖いと思ってくれたら楽しいなと思って発しただけの脅しの言葉が、彼にとってはその程度の重みではなかった。そりゃあそうだ。殺人なんて殆ど起こらない国で殺すぞって言うのと、身の回りで毎日いっぱい起きている国で殺すぞって言うのは全然言葉の重みが違う。
僕の国では考えられないようなことが彼の国では日々起こっているのだろう。とんでもなく深い文化の溝を目の当たりにして、少しショックだ。
「……ごめん、ジャミルくん。それもう眠れる格好?」
「……いや、寝巻きを持って来ている」
「じゃあ着替えてここ来て」
僕は身体をずらして、先ほどまで僕が寝ていたところにスペースを作ってそこをぽんぽんと叩く。
「服は僕の椅子に掛けちゃっていいから」
「わかった」
上着を脱いでいるジャミルくんにそう言って枕にぼすんと頭を沈めると、白い寝巻きに着替えたジャミルくんが先ほど示した場所へ膝を置き、そのまま靴を脱ぐ。僕を見下す視線が冷たい。
「ジャミルくん、僕を背中にして横たわっちゃって」
「……わかった」
ジャミルくんは素直にそれに従う。背中が強張っているのがわかる。緊張しているんだろう。可哀想になって、そっと脇の下から手を回して彼を抱き締めた。いい匂いがするので髪に鼻を近付けると、やっぱり体が強張る。
「ジャミルくん、髪の毛いい匂いする。ヘアオイル?何のにおい?」
「……ああ。ココナッツだ」
「あーなるほど確かに……久しぶりに安心して眠れそう……人いないと本当に眠れないんだよね僕。時々眠れなさすぎて隣の部屋の子に一緒に寝てくださいってお願いしに行ってるくらい眠れなくて……なんかね、怖いし寂しいし」
「……」
流れでわかっていたが本当に何もしないのか、という雰囲気をジャミルくんから感じる。僕はジャミルくんから手を離して。
「……ねえジャミルくん、こっち見て」
僕の言葉にジャミルくんは首を曲げてこっちを見て、そのあとそろそろと身体を回転させてこちらへ身体ごと向いてくれる。そんな彼の手をとって、自らの頬へ当てた。
「撫でて」
「……」
「優しくね」
ジャミルくんは困惑した表情をしながら、でもちゃんと、優しく手櫛で髪を漉いて後頭部を撫でてくれる。
安心して息が漏れる。目を瞑った。
「そのまま抱き締めてほしいな、強めにぎゅーって」
後頭部に手が回った手が僕の頭をジャミルくんの胸へ寄せる。腰にも手を回されて、要望通り強く抱き締めて貰えた。
めちゃくちゃ気持ちいい。圧迫感が堪らない。思わず彼の身体に手を回し返した。
「あー……気持ちいいだめだ僕寝ちゃう……ジャミルくんありがとう……もういいよ背中向けて」
「……」
目を瞑っているから見ていないが怪訝な表情をしているのがなんとなくわかる。
要望通り背中を向けてくれたジャミルくんに後ろから抱き着いて深呼吸をする。ジャミルくん足あったかくて足を絡ませると気持ちいいな、って思った。
その後の記憶がない。
意識が上の方に来る。ジャミルくんと寝たことは覚えていたから、腕の中に居ないジャミルくんを目を閉じたまま手で探すと、それらしきものに当たったのでそちらへもぞもぞ移動する。
ジャミルくんの足へ抱きつき足へ足を絡ませ、毛布を手繰り寄せて二度寝の姿勢に入った。
まだねむいから寝させて。許されそうだし。
──僕から指示することは今のところ特にないかな。僕がきみの主人だってことを忘れないでとは言っておきたいけど、学校ではタメ口でいいよ。あと……
──……あと
──僕は善意できみを買った。きみとは、水面下で同意ずくだった。カリムくんには〝きみが自分の意思で〟契約が締結されるまで隠していた。きみは、僕がカリムくんと一度相談した方がいいと言ったにも関わらず、それを聞かずに、僕へカリムくんもこの件に関して同意済みだと嘘を吐いた。……いいね?
──……
ジャミルくんは押し黙った後に、視線を逸らして、自嘲的な笑みを浮かべて、全てを諦めた綺麗なうすい微笑みを浮かべて、「ああ」と返事をした。
可愛くてたまらなかった。けれど、構いすぎてはいけないから、一つ微笑みを返すだけにとどめた。
ジャミルくんがスカラビア寮に帰ってからお風呂に入って出てくると、ジャミルくんからメッセージが届いていた。
〝カリムに説明したが、お前と一度話をしたいと言って聞かない。もう遅いから明日にしろと宥めた。明日、迷惑を掛けると思う〟
〝了解〟と短く返答し、これからジャミルくんと何をして遊ぼうかを考える。
彼も悪知恵が働くから、関係を続けたいなら──彼から手痛い仕打ちを受ける前に、僕は逆らってはいけない相手だと、心から一度は思わせないといけない。
ジャミルくんも、恐らく僕がギリギリ怒るか怒らないかのことを繰り返してまずはラインを探ろうと考えている筈だからちょうどいい。
ふふふ、と喉から自然に笑いが出た。今日はいい夢が見られそうだ。明日が楽しみだな、と心から思うのはいつぶりだろう。──記憶を遡ると、今年の誕生日の前日に自らがそう考えていたことを思い出した。幸せだなあと自らの身体を抱き締める。
ジャミルくんにこれから何をしてあげよう。家族構成は両親と妹さんだけみたいだし、お世話するのは慣れてそうだけどお世話されるのは全く慣れてなさそうだな、と思って、自分がいいことを考えていることに気付いた。これから、彼をいっぱいお世話してあげよう。──よりにもよって主人が──彼が制服を着るのとか、髪を編むのとかに手を出したがったりしたら驚くだろうな。
彼の驚愕の表情を思い浮かべて、また一つ笑いが出て、また一つ幸せな気持ちになった。
「ほんっとう……!本っ当にごめん!僕が……!僕がちゃんときみに直接確認をとっていればこんなことには……」
朝。カリムくんの声が聞こえた方へ走る。カリムくんがこちらを視認するのを確認することもせず、カリムくんの背中へ勢いよく頭を下げた。
「お!?おおハイネ……!オレはジャミルをよろしく頼む!ってのが言いたかったんだ!オレがジャミルに嫌われているのは……知っていたしな……」
「おいカリム、お前によろしく頼まれるような謂れはない」
「ああ、すまんジャミル……お前はオレよりよっぽどすげぇ奴だもんな……オレが心配するようなことは、ない、か……」
僕はそっと上目遣いにカリムくんを見上げる。
「……なあジャミル、オレの世話を焼く必要は、もう、無いんだよな……?」
「ああ。そうだな」
「ならどうして今日もオレの朝飯を用意してくれたんだ?」
「……僕が頼んだんだよね」
ここは打ち合わせしていないところだから、と僕が責任を負いに行く。
「僕は別に追われるような生活をしている訳じゃないし、カリムくんもジャミルくんが突然居なくなったら困るでしょ?」
「ああ!めちゃくちゃ困る!」
「アジーム家現当主様が新しい従者を送ってくださるまでは、今まで通りのことを続けるようジャミルくんに頼んでおいたんだ」
「なるほど……!ありがとなハイネ!」
「ううん、当たり前のことだよ」
「良かったなジャミル!ハイネなんて……全然オレより手がかからないし……ぐす」
「はぁ……おい泣くなカリム!」
ジャミルくんが視線でカリムくんの涙を拭ってやってもいいかどうか尋ねてくるので、軽く微笑みを向けて慰めてあげてと返す。泣きはじめてしまったカリムくんに罪悪感を覚える。
覚えるけれど、結局のところ脇が甘いのが悪い。立場とかを考えるとこれから先こういう目にはいっぱい遭っていくだろうし、一件目が命に関わるようなことではなくて勉強になったと思ってくれないかな、なんて思う。
いや、そういうことする方が悪いんだけどさ。ごめんね。
「じゃあカリムくん、また後でね。ジャミルくんは……」
「う……うぅ……すまん……」
「ジャミルくんはもう少しかかりそうかな。僕教室行くね」
「ああ……」
どうせあと数日なんだからいっぱい構ってあげて、と微笑みと視線で示してあげると、ジャミルくんは顎を引いた。
怖い時顎を引いて肩を小さくするの、動物的な仕草で可愛い。僕は踵を返して教室へ向かった。
授業が終わった後、自室まで送ってほしいと頼んだ。ジャミルくんはカリムくんが心配だという顔を少しだけしたけど、大丈夫だという判断をしたらしくて頷いてくれた。
「ねえ、見てよジャミルくん」
ポムフィオーレ寮までの道を2人で歩きながら、スマホの画面を見せる。
スマホの画面には僕に対しての書き込みが映っている。伏せ字とか略語とかを使って一見誰のことを言っているのかわかんないように書いているけれど、文脈と伏せられてない単語で伏せ字とか略語の意味は推測できるし、読もうと思えば簡単に読める。
「ほら、これとか凄くない?僕に対する妄想がこんなに長文で」
「……それを見せて、俺にどんな反応を期待しているんだ」
「僕、結構裏でモテてるんだよって」
「……知っているが?」
「あ、そうだったんだ……どう?ジャミルくんはここに書いてあるようなこと、僕にしたい?」
「おかしなことを聞くな」
「教えてよ」
僕はジャミルくんの髪へ手を伸ばし、びくっと身体全体を震わせるジャミルくんの髪を、そっと彼の耳へ掛ける。
「なんでもしていいとしたら、……勿論そういうことじゃなくて、一緒に映画観たりとか料理したりとか……そういうことも含めて、僕と何がしたい?僕に何がしたい?」
「……」
「僕に何をされたい?でもいいけど、……ちょっと前まで友達ですらなくただのクラスメイトだったんだから、難しいか」
ジャミルくんが返答に困っているので眉を下げる。デートどこ行きたい?みたいな質問だったのだけど、よく知らない相手にそう問われても難しいよね。
「僕はきみとしたいこと、きみにしたいこと、いっぱいあるよ」
「……例えば」
「きみにもっと触れたいなって、ずっと思ってる。髪に触れて、髪型で遊ばせて貰いたいし……あとはそうだな、ジャミルくんが実家でよく食べてたお料理とか作ってほしいな。僕もうちの作るから、食べ合いっこしよ」
「……なんだ、随分邪気のない願いだな」
「ジャミルくんは逆にさ、僕に触れたくならないの?肌の色も髪の色もきみと全然違う、真反対だって言っていいくらいだ。体つきだって、育ってきた環境だって全然違う……この服の下の肌がどうなってるかとか、知りたくならない?」
自らの服の胸もとを摘んでくいと引っ張って誘ってみるけれど、ジャミルくんはどちらかというと僕の真意を知りたがっているという感じで興醒めだ。溜め息を吐いた。
そんなに興味がないか。ちょっと悲しいな。
「……まあいいや、とりあえず、僕に不満とか、したいこととかあったらすぐに言ってほしいな。溜め込むなっていうの、主命。……わかった?」
「……ああ、わかったが」
「じゃあね、送ってくれてありがと」
「……本当にこれだけでいいのか?」
「いいよ。ありがとね。また明日〜」
そう最後に挨拶をしてポムフィオーレ寮へ小走りで駆けてゆき、寮へ入ってから減速し自室までひとりで歩く。
びっくりするほどノリが悪かった。ノリノリじゃないとしても、焦ったり慌てたり、少しはしてくれたってよかったのに。
ちょっと怖がらせすぎちゃってるのかも。警戒させすぎたのは僕が悪いから、そんなに危険な人間じゃないってこと教えてあげてからじゃないと楽しくいちゃいちゃできないな、と口角を下げる。
ジャミルくんはどういう人がタイプなんだろう。寄せるから教えてほしい。明日聞くか、と心に決め自室の扉を開け、鞄を置いて溜め息を吐いた。
どうしよう、褐色の人しか愛せないとか言われたら。僕日焼けしても赤くなるばっかりで茶色くすらなってくれないから、それだとちょっとしんどいな。メイクでどうにかなるかな……なんて考える。
そこまで考えてふと、彼との今後のことを考えるのは楽しいことに気付いた。自然に口角が上がって、口がむにむにゆるゆるする。1人だけ楽しくなってて申し訳ないから、はやくもっと彼に僕のことを好きになって貰いたいな。
〝替わりの従者の引き継ぎが完了し次第、外泊届出して僕の部屋来て〟
〝わかった〟
メッセージに既読がついてから返信するまでの数分に彼は何を考えていたのだろうか。彼は頭が良いし心配性だから、様々な種類の最悪の事態を想定していたんだろう。
絶対にその予想を裏切ってやる!ふん!と身体に力を込めた。
取り敢えず今のうちに部屋を掃除して、肌の調子にいつも以上に気を遣っておく。でもジャミルくんがリラックスできるように、気負ってない自然体な感じで。
何しよう。話すことはいっぱいあるし、したいこともいっぱいあるけど、仲良しになるのが第一の目的なんだからそこを履き違えてはいけない。
まず僕がしたいことを考える。お風呂一緒に入りたい!洗いっこしたい!と思ったが、流石にそれはまだ早いのでまた今度だ。
彼の髪を乾かすくらいなら許されるだろうか。許されそう。というか、それやりたいな!やろう!
それだとするとポムフィオーレの方でお風呂入ってほしいから〝お風呂入ってこないで〟と送ろうかと一瞬考えたが、とんでもない変態の要求にしか見えないことに気付いてやめた。笑ってしまう。
楽しい。
あと、一緒のベッドで寝る。彼は恐らく眠れないだろうけれど、僕は自室があってもなんか寂しくてパパとママに挟まれて眠るのが──ここに来るまでは──普通だったから、いっそ人の気配でいつもより安心して眠れる自信がある。そこでジャミルくんの緊張が解れてくれる筈で。
素晴らしい!完璧だ!
身体に触るのはどこまで許されるだろうか。嫌な雰囲気を出されたら即座に謝るのは当然として、嫌ではない部分にもべたべた触られすぎたらその印象が残ってしまうだろうし、あくまで自然に。自然に。
そわそわと逸る心を抑えて、淡々と日常を送る。
幾日か後、恐らく引き継ぎの従者であろう人が──ジャミルくんとカリムくんと一緒に居るのを幾度か目撃した。引き継ぎには情報共有とか色々必要だろうし、僕から急かすことはしない。部屋に来てとメッセージを送ってから1週間と少し後、休日の夕方に、ジャミルくんからメッセージが届いた。
慌ててディスプレイを確認する。
〝引き継ぎの件、大方完了した。何か問題があれば俺に連絡しろと言っているから暫くの間は連絡が来るかもしれないが〟
〝お疲れ様!〟と返信する。文面でそう言って更に、ファンシーなキャラクターがお疲れ様とコーヒーを差し出すスタンプも送った。僕から外泊の件に対して話を出すのが、急かしているようで少し憚られて、タブを閉じてインターネットサーフィンをはじめる。数分後にまたメッセージが届いた。
〝外泊の件だが、本日から可能だ。何時にする〟
〝ジャミルくんがよければ今日がいいな〟
〝わかった〟
〝疲れてたらまたの機会でいいよ〟
一応そう言っておくが、彼が〝じゃあまた今度で〟という図が想像できなかった。
そしてやはり想像通り。
〝今日で問題ない。何か持っていくべき物はあるか〟
〝特にないよ。歯ブラシと下着は新品あるしパジャマも僕のでよければあるし〟
〝あ、強いて言えば化粧水とかそっち系かな。僕の使ってるやつ肌に合わないかもだし〟
連続で二つメッセージを送ると、また少し時間が経ってから〝わかった〟と返事が来た。彼が何を考えて感じていたのかを妄想するとにやにやしてしまう。
僕はそわそわを押し殺して布団を頭から被った。
こんこんこん、というノックの音に高い声で返事をしそうになって、わざと少し低く調節した声を。
「ジャミルくん?入っていいよ」
「ああ。……失礼する」
手に学校へ持っていく鞄より少し小さいくらいの鞄を手にしたジャミルくんは、少し緊張した面持ちで部屋に入ってきた。僕は上体を起こして彼へ微笑む。
「引き継ぎお疲れ、どう?新しい従者の子」
「ああ……頭が少々固いことを除けば特に問題はない。じきに慣れるレベルだしな」
「よかったよかった。お風呂ってもう入ってきた?」
「……入ってきた、が」
「あ、じゃあ僕も入って来ちゃおっと」
バスタオルと下着とお風呂セットの入った籠を持って今ジャミルくんが入って来たばかりの自室の扉を開ける。ジャミルくんはやっぱりどこか緊張している感じだ。
「部屋好きに触ってていいからね」
「は?……い、いや、そんな」
「いいって。別に触ってなくても勿論いいけど。じゃあ行ってきます」
後ろ手に自室の扉を閉める。逸る心を押し付けて、なるべくいつもと同じ手順でいつもと同じ時間をかけてお風呂に入ってきた。
こんこんこんと自室へノックをする。一応ね。
「ジャミルくん、開けていい?」
「あ、ああ……」
「ただいま」
ジャミルくんは僕の勉強机の椅子に腰掛けて自らのスマホを弄っていた。
色々な荷物を定位置に戻して、普段着を脱ぎもうパジャマに着替えてしまう。肌着姿くらいいくら見られてもいいのに、ジャミルくんはちゃんと目を逸らした。
ジャミルくんの方へ近付き、椅子へ腕を掛けて彼の顔を覗き込み、問い掛ける。
「何やってた?」
「いや……特に何も」
ジャミルくんは目を逸らすしスマホの画面も切る。ふーん、と思った。
「ハグしてもいい?」
「……何故聞く」
「気分じゃないならやらないからだよ」
「……、」
ジャミルくんは押し黙る。押し黙ってから、躊躇いがちに。
「……正直言って、そういう態度が一番困るんだ」
お、喋ってくれた、とテンションが上がる。彼は溜め息を吐いて、僕を横目でじとりと見つめる。
「俺のことなど気遣うな。したいことをすればいい」
「じゃあ……そうだな、これ言っておきたかったんだけど、僕ときみは意見を交換し合える仲だと考えてほしいんだ。僕はきみの望まないことをするのを、基本的には好まないんだ。基本的にはね。だから、僕がきみの意見を求めているときはちゃんときみの正直な意見が欲しい。立場的に難しいとは思うけど、信頼関係は徐々に作っていこうね」
「……なんだ、やけに殊勝だな」
「僕は、きみと仲良くなりたいんだ。これは本心からだよ」
ジャミルくんの頬へ、とん、と唇を落とした。やっぱりびくっと肩が震えて視線が顔ごとこちらへ向く。かわいい。
「……わかった」
わかったと言われたものの、わかっている気がしない。まあ色々なことの擦り合わせは追々でいいかと、溜め息を吐いてベッドに潜り込んだ。しばらくそっとしておこう──と思ったけれど、ジャミルくんはベッドの横に移動してきて、膝と手で僕の顔を覗き込む。思わずスマホの画面を切って枕の下へやった。
そして、彼のその動きと表情を見て──察してしまった。上体を起こしてお尻をずらして、ヘッドボードにもたれる。ジャミルくんの視線が追ってくる。僕は苦笑した。
「ジャミルくん、違うんだよ」
「……は、何が違うんだ」
「ごめん、そういう風に思わせるようなことばっかりしてたよね。いや、ジャミルくんがそう思うと思わなかったと言ったら嘘になるけど、こんなに積極的……というか、もしかしたら僕から手を出されるかもと思ってるくらいだと思ってたから……ごめんね、ごめん、本当」
「……君は、何が、したいんだ」
単語単語を置くような喋り方だった。
「……ごめん」
申し訳なくなってしまった。そりゃあそうか。家族をとられていて、忌憚なく意見がほしいと言ったところで、どうやったら機嫌を損ねないかしか考えられない。僕としては微塵も本気でなかった、時々思い出して怖いと思ってくれたら楽しいなと思って発しただけの脅しの言葉が、彼にとってはその程度の重みではなかった。そりゃあそうだ。殺人なんて殆ど起こらない国で殺すぞって言うのと、身の回りで毎日いっぱい起きている国で殺すぞって言うのは全然言葉の重みが違う。
僕の国では考えられないようなことが彼の国では日々起こっているのだろう。とんでもなく深い文化の溝を目の当たりにして、少しショックだ。
「……ごめん、ジャミルくん。それもう眠れる格好?」
「……いや、寝巻きを持って来ている」
「じゃあ着替えてここ来て」
僕は身体をずらして、先ほどまで僕が寝ていたところにスペースを作ってそこをぽんぽんと叩く。
「服は僕の椅子に掛けちゃっていいから」
「わかった」
上着を脱いでいるジャミルくんにそう言って枕にぼすんと頭を沈めると、白い寝巻きに着替えたジャミルくんが先ほど示した場所へ膝を置き、そのまま靴を脱ぐ。僕を見下す視線が冷たい。
「ジャミルくん、僕を背中にして横たわっちゃって」
「……わかった」
ジャミルくんは素直にそれに従う。背中が強張っているのがわかる。緊張しているんだろう。可哀想になって、そっと脇の下から手を回して彼を抱き締めた。いい匂いがするので髪に鼻を近付けると、やっぱり体が強張る。
「ジャミルくん、髪の毛いい匂いする。ヘアオイル?何のにおい?」
「……ああ。ココナッツだ」
「あーなるほど確かに……久しぶりに安心して眠れそう……人いないと本当に眠れないんだよね僕。時々眠れなさすぎて隣の部屋の子に一緒に寝てくださいってお願いしに行ってるくらい眠れなくて……なんかね、怖いし寂しいし」
「……」
流れでわかっていたが本当に何もしないのか、という雰囲気をジャミルくんから感じる。僕はジャミルくんから手を離して。
「……ねえジャミルくん、こっち見て」
僕の言葉にジャミルくんは首を曲げてこっちを見て、そのあとそろそろと身体を回転させてこちらへ身体ごと向いてくれる。そんな彼の手をとって、自らの頬へ当てた。
「撫でて」
「……」
「優しくね」
ジャミルくんは困惑した表情をしながら、でもちゃんと、優しく手櫛で髪を漉いて後頭部を撫でてくれる。
安心して息が漏れる。目を瞑った。
「そのまま抱き締めてほしいな、強めにぎゅーって」
後頭部に手が回った手が僕の頭をジャミルくんの胸へ寄せる。腰にも手を回されて、要望通り強く抱き締めて貰えた。
めちゃくちゃ気持ちいい。圧迫感が堪らない。思わず彼の身体に手を回し返した。
「あー……気持ちいいだめだ僕寝ちゃう……ジャミルくんありがとう……もういいよ背中向けて」
「……」
目を瞑っているから見ていないが怪訝な表情をしているのがなんとなくわかる。
要望通り背中を向けてくれたジャミルくんに後ろから抱き着いて深呼吸をする。ジャミルくん足あったかくて足を絡ませると気持ちいいな、って思った。
その後の記憶がない。
意識が上の方に来る。ジャミルくんと寝たことは覚えていたから、腕の中に居ないジャミルくんを目を閉じたまま手で探すと、それらしきものに当たったのでそちらへもぞもぞ移動する。
ジャミルくんの足へ抱きつき足へ足を絡ませ、毛布を手繰り寄せて二度寝の姿勢に入った。
まだねむいから寝させて。許されそうだし。