お前、どうして俺を買った!
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「……以前の従者さんと顔ぶれが変わりましたね」
「ああ、以前カリム様がお怪我をなされた時に大怪我をしまして、現在療養中、引き継ぎとなっております」
「わ……大変だなあ。……そういえば、どうしてカリムくんって命を狙われているんですか?誘拐とかならともかく、カリムくんを殺して何の利益があるのかいまいちよく知らなくて」
「多くは同業者からのアジーム家の力を削ぐ為の刺客……時折、親戚筋から遺産相続の分配増加を狙った刺客も訪れます」
「うわぁ……ええ……大変ですね……従者さんいっぱいお金いただいてます?報酬多くないとやってられないでしょこんな仕事」
「いえ、任務を仰せつかった時点でカリム様にお怪我の一つでも許せば一家離散も有り得ます故……当然従者に必要な分の物資はいただいておりますが」
「……最悪だ」
さっきまで美味しかったココナッツジュースから、急に血と汗のにおいがしてきた気がして顔を顰めた。
遅れて開かれたジャミルくんの誕生日の宴。ジャミルくんとカリムくんが話し込んでいるから、カリムくんの従者さんに僕は話しかけてみた。
「……あの、ハイネ様」
「はい……んむ゛ぶッ!?」
突然引き継ぎの従者の方に手をとられて、従者の方の胸元の隙間から、胸へ手を直で添えられた。驚いて声をあげそうになるのを、そっと手で口を塞がれて。
フェイスベールをひらひらさせている顔が近くまで寄ってきて、僕へ眉を下げて微笑んでみせてくれる。
「……お噂の通り、なんて美しい方なのでしょう」
「……」
「愛人としてで構いません。……私を、あなたのお側にどうか置いていただけませんか……?」
「……おわあ」
「お優しい方だとお伺いしております。私を少しでも憐んでくださるのなら、どうかお慈悲を」
「おいハイネ!」
ジャミルくんが声を出し、肩をいからせてこっちへ来るのが見えて、慌てて胸元から手を抜いて違う違う違うんですと顔の前で手を振ろうとすると。
洗脳魔法を阻害する指輪が青く光り輝いて、効果を発揮していることを教えてくれていて。ああ、と僕は合点し、手を膝の上に置いた。
目を見開いた新しい従者さんの胸倉を掴もうとするジャミルくんを止めて、首を振った。
「ちょ、ちょっと待って。みんな似たような感じなんだなぁ……」
「そこのお前、今ハイネに何をしようとしていた!」
「よもや対策をなさっていらっしゃるとは……いえ、いえ、私が為すべきことは変わりません。私を、どうか……お慈悲を」
「ハイネ!後ろに退がれ!」
突然起こった騒ぎに騒然としている会場の全員がこちらを見つめている。
ジャミルくんが僕の腕を掴んで無理矢理引っ張る。
「平和ボケが……!害意があったと判断できた時点で離れて俺を呼べ!向こうがどんな手を使ってくるかわからないんだぞ!」
「いや……それをきみが言うか……まあ良いけど……あの、ウチ愛人持つのとかダメなんですよ……ごめんなさい。でも別に金銭的支援なら全然……」
「……お優しいのですね」
困ったように微笑んで肩を落とす従者の方が可哀想で心が落ち込む。カリムくんがこちらへ歩いてきた。
「……カリム。実家に連絡しろ。こいつは駄目だ。俺が見ているうちに」
「……!あ、ああ、今連絡する……!」
「お前、これ以上罪を重くしたくなければ大人しくそこへ膝をついて手を上にあげろ」
「……はい」
悲しそうに微笑んだままそれに従う従者さんに、ど、どうしよう、と焦る。可哀想すぎる。ちょっと、嘘でしょ。
「従者は変えて貰うとしても、実家には内緒にできない……?」
「黙れ。お前は何もわかってない。洗脳魔法を使える人間を従者に置くはずがない。そこを掻い潜ってきたということは、今までどれだけの数を騙してきてその座についたのかわからない……当然の報いだ」
「ぇう……ええ……」
本当にちょっと可哀想すぎる。カリムくんが実家へ連絡しているらしい声がジャミルくんの身体の反対側から聞こえ始めて、我慢ができなくなった。
「だ、大丈夫です!僕が話入れますので……そんなに心配しないで」
「……お優しいのですね」
「……、動くなよ」
ジャミルくんが従者の方の手首と足首を魔法で縛るのを見ていると──突然、辺り一面の灯籠、ランプ、松明──と言った、全ての明かりが消えた。
び、と空気が変わったのがわかる。
「全員、建物の中へ入れ!」
「自分の身の安全を確保出来た者から先生方へ連絡しろ!」
カリムくんとジャミルくんの声が響く。寮生たちが慌てて建物内に避難するのを見て──まずい!とマジカルペンを取り出し身を屈め、背中を壁につけた瞬間、スカラビアの談話室の外壁の後ろに隠れていたらしい──黒ずくめの人が談話室へ身を乗り出してくるのが見え──え?
え?
僕は、ジャミルくんの方に目をやった。彼は、僕になんか目もくれず、カリムくんを庇いながらマジカルペンを出して、焦った顔を隠そうともせず建物内へカリムくんを追い立てて。
なんで?今、僕の方が近くに居たのに。カリムくんの方へ。
頭が真っ白になっていた──その隙を許さず僕の膝あたりにびん、風を感じて慌てて飛び退くと、膝がぱっくり割れていて──血が垂れる。僕の血のついた矢が柱に刺さって震えているところを見て肝が冷えた。軽症で済んでよかった。危ない。
外壁から身を乗り出していた人がこちらへ向かって再度矢を射るような仕草をしたのを見て、それを空中で壁に向かって吹き飛ばした。先程までが信じられないくらい心は静まり返っていた。
ジャミルくんの横からも人がにゅっと顔を出し、腕でジャミルくんの首を締めようとするが、しかしジャミルくんはそれをすんでのところで躱して、拳を入れ返した。僕は飛んでくる矢を空中で止めて落としながら建物内へ退がることに専念する。
僕とは反対側の方から静かに忍び寄ってきたナイフを持った人2人がカリムくんを狙っているのを見て、ジャミルくんなら守れるだろうと判断し外壁にくっ付いている人を風で砂漠へ吹き飛ばす──がしかし、ジャミルくんはそちらより外壁側を警戒し続けていて。
あ、と気付いた。そういえば。
慌ててジャミルくんの襟首を掴み引っ張り押し除け、1人を体当たりと肘鉄でとりあえず隙を作り、目を瞑ってもう1人の服に魔法で火をつけた。
──お前の部屋の照明は暗いな
──そう?結構他が明るすぎるくらいで……ああ、目の色が違うからか。
──……なるほど。そういうことか。日中サングラスをしている時があるのも……似合うかどうか聞いてきたから洒落っ気かと
──じゃあ暗い場所とか、結構ジャミルくん見えないのか
──そうだな。視覚強化の魔法を使うこともあるが、そうすると急に明るくなった時に眩むからな……
──難しいねえ
「助かった!」
ジャミルくんはそう言ってカリムくんと僕の手を掴み建物の中へ退がる。談話室からは柱を隔ててしかいないから矢を警戒する必要はあるけれど、取り敢えず出入り口を一つにしておけば、人を警戒する必要はなくなるから。
寧ろさっきまでの動き音だけで判断してたのか、ジャミルくんすごいな、と心の隅で感心する。
カリムくんが風で人を吹き飛ばした音が聞こえた。僕も一応耳で周囲を警戒しているが、先生たちがすぐに来るだろうし、もう大丈夫だろう。
唯一の灯りであった服の火が消えたのを瞼越しに確認して、目を開ける。
「見える?」
「……いや、ダメだ。一度火を目に入れたせいで余計に……!」
「カリムくんは見える?」
「オレもダメだ……!」
「そっか……」
海とかに行くとサングラスをかけていても目が痛くなって大変で、今まで苦労したことしかなかったのに、こんなところで使えるなんてちょっと面白い。
瞬きをすると、火の輪郭が目から消える。月が薄く出てくれているので、──どうやら僕にだけ──今は談話室から外壁まで、大体全てが見えてくれている。
「いいよ。攻撃魔法の使用だけ一応許可して。もうだいぶ遅いけど……ジャミルくんはカリムくん庇ってて。僕は大丈夫だから」
「許可する!すまないハイネ、俺は……っ!……ああ!言い訳は後でさせてくれ……!」
「大丈夫」
ざわつく心を鎮めて、武器を落とさせて吹き飛ばして、人も吹き飛ばして、を繰り返す。死なないように手加減できている気がしない。なんか心臓がばくばくする。さっき吹き飛ばした人は、壁に頭を打ちつけて、血を流して気絶してしまっているし。緊張のせいか手が震える。
建物の隙間から矢を撃ってきているので、それも吹き飛ばして、人も吹き飛ばして。ブロットが溜まっている気がする。気分が悪くなってきた。嘔吐感にえずく。
先生はまだなんだろうか?
突然、ランプの明かりが一気に復活して、僕は思わず目を瞑って目を手で隠し蹲った。ただでさえ暗くて目を凝らしていたところにそれは酷い。目の奥が焼けた気がする。
「大丈夫だ、後は任せろ」
ジャミルくんの声が頼もしい。もう任せさせてくれ、目が痛すぎる。頭も痛い。吐き気もする。
「……ハイネ」
カリムくんが僕の頬へ手を添えて上を向かせるのでやめてくれと首を振る。目が痛い。少しの明かりも通したくない。
「っ……!ジャミル!!!毒だ!!!」
一瞬、なんのことだかわからなかった。
なんのことだかわからなかったけど、ジャミルくんに押し倒されて身体を触られて、膝にその手が伸びて「ここか……!」と言われて吸い付かれて血をべっ、と吐くのを幾度か繰り返され、遅れて合点した。吐き気と頭痛はブロットのせいかと思ってたけど、そんなになるまで使ってないよねってちょっと思ってた。
矢、掠っただけだけどそんな効果あるやつ塗られてたんだ。よかった。まともに当たらなくて。まともに当たってたら十数秒くらいでダウンしてたやつじゃん。
あの時、カリムくんの方にジャミルくんが焦った顔を向けて必死になっているのを見た時、全ての思考が止まって、身体が冷たくなって、動けなくて。
ジャミルくんが、どうにか応急処置をしてくれようとしているけれど。
頭が痛すぎて脳味噌がふわふわしてきている。マジカルペンを薄目で見ると、全然少ししか濁ってなくて、結構やばい毒じゃんと笑いが出た。
頭がじんとして、周囲がやけに静かな気がする。ジャミルくんが焦っている顔をしているのがかわいい。僕のことなんていいんだよ。もう。わかったから。ね。大丈夫。
今まで迷惑かけてごめんね、って涙が出た。
「僕、なんか、できたかなぁ……」
「ふざけるな、ふざけるな……!」
「……いいよ、大丈夫」
「何もよくない!!!」
「ありがとう、もういいから、このまま」
「ああ、違う!違う!!!違う!!!」
「好きって言って?」
「好きだよ、好きだから……!待て!!!」
脳味噌がぐわんぐわんする。頭と胸の痛みしかわからない。呼吸が苦しい。背景が歪んでいる気がする。わんわんわんと音が耳の中で反響している。うるさい。ジャミルくんのこんな焦り切った顔はじめて見た。目を瞑る。
ナイフあげといてよかった。
生まれてこれてよかった。
ジャミルくんに出会えてよかった。
本当に空っぽな僕の中に、最後に胸の痛みが、ジャミルくんともうちょっと色んなことしたかったなという気持ちがあってくれてよかった。
何もわからない。耳鳴りがすごい。頭がガクガクしているのだけわかるけど、それ以外わかんない。ジャミルくんが何か喚いているのが聞こえるけど、内容はわからない。
嬉しい。大好きだよ、大好きだよ、と思う。最後にこんなに必死な顔してくれて嬉しいと思う。
やっぱり、僕が好きなのは僕だけかも。
わかんないや。でも、ジャミルくんが僕のこと好きって言ってくれるなら、それでもいいかな。
嬉しいからなんでもいいんだ、もう。