庭球
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授業はとうに終わり教室には私ひとり。
この時間が好きだ、一日の終わりが近づいているのを静かに告げる夕日がこの教室に入ってくるこの時間。
今日の夕日は特別きれいな気がしてなんだか無性に泣きたくなる。
何故だろうきれいすぎて泣きたくなるこの感情と時間がとても愛おしく思えて。
この瞬間を誰も知らないこの時間を一人占めしたくてスマホを取り出してカメラ機能にしてシャッター音を一回。
「なにしてんの?」
『わっ、びっくりした』
「それはこっちのセリフなんだけど、」
急に声をかけられて心臓が一回ドクンと飛び跳ねた。
声をかけてきたのは、クラスメイトでなにかと最近話題の中心にいる越前リョーマ。
「で、なにしてたのこんな時間に」
『別に、キミには関係ないでしょ』
あ、しまった。
やってしまった。
欠点が多い私の悪い癖の一つ。
無意識に発動してしまい、自然に口から零れた言葉。
不愛想な、かわいげのない言葉。
それでも、越前くんは気を悪くした顔をせず「ふーん」と一言発して自分の机に向かっていた。
きっと忘れ物かなにかを取りに来たのだと思う。
そんな彼に背を向けて窓の外をみた。
窓の外の景色はそれはそれは嫌なものだった。
帰宅部が数人で固まって校門まで歩いてたり、部活に勤しんでいる生徒がいたり。
この時間は好きだけれど、眼下に広がる世界は嫌い。
それに比べて空の夕日はなんてきれいなんだろう。
「アンタさ、」
『…まだいたの?』
もうとっくに出て行ったと思っていた越前くんに再び声をかけられた。
ひとりの時間を邪魔させたことで私は少しイラついていてるのは気づいてなんだろうな。
まぁ、私はそろそろ帰ろうと思っていたので机に置いていたカバンを肩にかけ越前くんの声を無視しして教室の出口である扉へ向かう。
その進路が急に越前くんに阻まれた。
細くてきれいな腕で。
『なに?』
睨みつけるけれど越前くんは怯むことなく逆に私がその琥珀色の瞳に少しだけ怯んでしまった。
これはアレだ少しどころではないかなり面倒なことになりそうだ。
『邪魔しないでくれる、今日は良い気分で一日を終えたいの』
あのきれいな夕日を見たからこそ、と心の中で思った。
「じゃあ、なんで泣いてたの?」
『は?何言ってんの、泣いてなんか、、』
その言葉は最後まで口にすることは許されず。
気が付いた時には私は越前くんに抱きしめられていた。
「泣いてた、写真撮ったあと」
越前くんのわけのわからない行動で思考が停止してしまいそう。
いや、もう停止していた。
普段の私なら突き飛ばして一発そのきれいな頬にもみじを咲かせるくらいはしただろう。
なのに、どうして私の体は1ミリも動けないのだろう。
「 」
『…………っ』
静かに耳打ちされた言葉に体がびくりと動いた。
そうして越前くんは満足したのか、ゆっくりと私から離れて教室から出て行った。
残された私は、やっと動いた右腕で右耳を触った。
それがいま私が出来る精一杯だった。
越前くんの行動と言葉の意味とか、そんなことは今は頭から吹っ飛んでしまって。
私はただ彼の残した耳の感触と彼の残り香、ただそれだけで涙が溢れてしまった。
『きらいよ、キミなんて』
もう居なくなった彼に向けて言う。
けれどそれは耳打ちされた言葉の答えにはならないのだろう。