【JuJu】Short stories
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「食べ終えた食器をキッチンに持っていく前に携帯を弄り出す」とか「お風呂を出た後は下着のまま部屋の中をウロウロする」だとか、僕が見て知っている彼女より少しだらしない彼女の話を傑はよくしていた
僕の知ってる彼女は食後はすぐ食べ終えた食器をキッチンに持っていくし水に浸けるのはもちろん、何ならすぐ洗ってるし、お風呂を出た後の話はそこまで深い仲では無いので知る術は無く、また普段の彼女からはイメージも湧かなかった
そんな彼女は傑の双子の妹で名をあやと言う
一般の家庭に生まれ育った2人はそれぞれ術式を持っていて呪術高等専門学校で僕と出会った
あやをからかいちょっかいをかける僕を窘める傑、あやを慰める硝子
これが入学時からずっと変わらない日常風景だったが、ある日傑が起こした事件のせいであやは家族を永遠に喪った上に、傑の唯一の身内となったあやは上層部から危険人物扱いされ高専内に幽閉されるなど辛い時期もあった。その間の話は長くなるので割愛するが、その後僕が傑に引導を渡すと上層部も渋々と納得し、あやは普通に生活できるようになり現在では1級呪術師としてその能力を遺憾なく発揮し活動している
黒絹のように艶やかな髪に黒のピアス、切れ長の大きな目など男女の性差があれど傑と似ている外見のあやは常に自身を律し背筋を伸ばし、傑から聞いたことのあるだらしない部分など微塵も見せたことは無かった
それはあやにとって家族の前のように気を抜くことが出来る場所や人がいないということを指し示してるように僕には思われた
僕はあやが好きだった
好きでどうしようも無く、高専の頃の僕は恥ずかしさや照れもありちょっとハードなちょっかいをかけたりからかったりしていたのだ
言葉に直接出されたことは無いが、硝子や傑は僕があやにそんな感情を持っていたことは気が付いていたように思う
一学年下の七海や灰原ですらも気が付いていた…というより僕自身が牽制していたので気が付いてなかったのは当時あやだけだったろう
傑がいなくなってからも相変わらず僕はあやが好きだし、僕も大人になりちょっかいをかけることやからかう回数は減った…が、それでも高専内であやを見かけるとちょっかいをかけにいく
傑がいた頃のあやは先の先まで読みリスクは最小限に安定した戦い方をする人だった
そんな彼女が自らを痛めつけるかのように呪霊と対峙するようになってしまったのは現場復帰するようになってからだ
最初は長く幽閉されていたから勘が鈍ったのか…と思ったのだが、毎回毎回あやにとってそんなに大変ではないだろう任務の時でも彼女は傷を負うようになり、いつしかその傷を硝子に治して貰う事を拒むようにもなっていた
傷だらけの腕を動かして報告書を作成しているあやを見つけた僕は気配を消し後ろから彼女を抱きしめた
「わ!びっくりした!」
「ふふん、ドッキリ大成功だね」
「五条くん何か用?」
長くあやへの感情を拗らせていることにより劣情を抱くようになった僕は彼女に触れるということに執着していることは自覚している
抱きしめあやの香りを胸いっぱい吸い込んだ僕に対して呆れたように息を吐き手を止めたあや
傑がいた頃、あやは僕のことを「悟」と呼んでいた
僕はそれが嬉しくもありむず痒くもあった
傑が離反してからあやは僕のことを「五条くん」硝子のことを「家入さん」と呼んで自ら距離を置くようになり、それは今日まで変わらない
一旦あやから離れ隣の伊地知の椅子に腰を下ろし、くるりと彼女の方へ向き直る
顔だけこちらに向けていたあやの椅子をクルッと回して強引に僕と正面で向き合わせ視線を合わせるとあやの頬には昨日まではなかった傷が増えていた
頬の傷を親指で柔くなぞり、掌で耳の後ろを撫でピアスの金具に触れると傑と同じ大ぶりの黒水晶ピアスが耳たぶの動きに合わせてキラリと鈍く光を反射する
キュッとピアスごと耳たぶを覆い隠してあやの顔を覗き込むと何か言いたそうな憂いを帯びた切れ長の目をこちらに向けるあやに口角が緩やかに上がった
いつだろう、そんなあやが多分僕と同じ気持ちを抱いていると気が付いたのは…
表に出さないよう気をつけているみたいだが、時折漏れ出るあやからの好意を言葉に乗せて欲しいと僕は切望している
しかしそれは今日まで叶っていない
傑のことはあやには何の責任もないし、関係もない
それはあやの回りの人には分かっている話で、誰も彼女に責を求めていない
責めているとすれば無能老害の集積所である上層部だけだろう
しかし、あやは自らを罰するかのように孤立し、傷を負う
あやが感情をあまり表に出さなくなったのもそのせいじゃないかと思う
硝子とは親友と言えるほど仲が良かったけど今はそんな素振りすら見せない他人行儀なあやはどこかに安らぎがあるのか家族の前のように気を抜くことが出来る場所や人はいるのだろうか?
…正直そんな人がいたら僕は嫉妬するだろうし何をするか分からない
そういう場所や人がいないと分かっているから僕はこんなに悠長にしていられるのかもしれない
「その報告書、あとどのくらい掛かる?」
「…そうね、あと10分くらいで終わりそう」
「そしたら待ってる」
「…え…っ?」
「たまにはさ、一緒にご飯食べに行こうよ」
あやの困惑している様子が窺える
どうやって断ろうと考えているのだろう、左上の方を凝視しているがこれは考え事をしている時のあやのクセだ
あやが考え込む時無意識のうちにちょっと左上を向くのだと教えてくれたのは傑だった
僕自身が知ってるあやのことはたくさんあるが、僕の中にあるあやの情報は傑から得たものも多い
僕は傑も知らないあやを見たいし知りたい
今、あやの側にいるのは僕なのだから
「僕行きたいお店があるから一緒に行って欲しいなぁ」
あやの顔を覗き込みながら言うと、小さく溜息を吐いた彼女が遠慮がちに頷く
久しぶりにあやと高専外でプライベートな時間が過ごせることに気持ちが高揚する
「それじゃ終わったら校門で待ち合わせしよ」
「はい」
触れたらしゃぼん玉のように弾けて消えてしまいそうなほど儚い笑みを見せたあやに胸の奥がきゅっと苦しくなる
あやの一挙一動に今でも心や体が反応してしまう…我ながら年甲斐も無いなと嘆息した
「お待たせ」
「お疲れサマンサ!」
黒のゆるっとしたニットにワイドパンツを合わせ、ネイビーのチェスターコートを羽織ったあやが校門に現れたのはそれから20分程経った後だった
あやから「戸締まりと身支度でプラス10分欲しい」とメッセージを貰っていたので僕は快諾の言葉と共に両手で大きくマルッとしている愛らしいキャラクターのスタンプを送っておいた
待たせてた車にあやをエスコートすると車に乗り込んだ彼女が運転席に座していた伊地知に「伊地知くん、こんな時間まで…ごめんね」と声を掛け、それに対し伊地知は「いっ、いえ。あやさんも遅くまでお疲れさまですっ」と少々慌てたように視線を逸らせてエンジンをかけた
「伊地知、頼むね」
「はっ、はいーっ!」
久しぶりに楽しく食事が出来たと思う
完全個室のため誰に話を聞かれるという心配もなく、ゆったりと流れるクラシックミュージックに心を解きほぐされたのか僕の話をあやは言葉少ないながらも聞いてくれて笑ったりもしてくれた
あやと2人きりで食事をするのはどのくらい振りだったろう…と思い返してみるが、多分10年は経っているように思う
傑が離反してからは一度も無かったのだから当然だろう
当時は学生だったこともあり食事の時にアルコールを飲むことは無かったが、今はお互いに大人であるのでアルコールを飲んでいても何ら問題はない
僕は下戸なのでクリームソーダを頼んだが、あやはスパークリングワインを楽しんでいた
初めてあやがお酒を飲んでいるところを見たわけだが、しっとりと赤く頬を染めたあやは艶っぽく普段よりゆっくりとした瞬目に酣楽している様子が窺えた
アルコールの力を借りるのは姑息かもしれない
だけどこの場を逃すと、もう2度とあやとはこのような時間が取れないかもしれない
僕は飲んでないからアルコールの力は借りてないよね…と心の中で言い訳をしつつ、テーブルの上に無造作に置かれていたあやの手を取ると彼女は弾かれたように手を引こうとする
その手をあやが引き寄せられない程度の強さに加減しつつ手の中で暴れる彼女が落ち着くまでじっと待った
「ご、じょーくん?」
先ほどより赤く染まった頬はアルコールだけのせいじゃない…だろう
あちこちに視線を忙しなく動かし、向けるところがなくなったのか僕の手の中に収まった己の手を見ているあやはきっと傑も見たことのないあやだろう
「あやが好きだよ。昔からずっとあやのことが好きで好きでしかたないんだよね」
「…えっ…?」
「あやの安らげる居場所になりたい。もう2度と居場所を失わせたりしないしあやの居場所を守り続けるから」
何も言わないあやの瞳を覗き込むと激しく揺れていて
はぁとあやから吐き出される息は甘酸っぱい果物とアルコールの香りで
あやの言葉を待つ僕の心臓はみっともないくらい早鐘を打っていて
あやの耳には傑とお揃いの、彼女の耳には大きすぎる大ぶりの黒水晶ピアスが鈍く光を反射していて
ほんの数秒だったのかもしれないけど僕には永遠にも思えるほどの長い沈黙
その沈黙を破ったのはあやの言葉だった
「私は…夏油傑の妹で、それは生涯変わらないから。私は五条くんの枷になってしまうから…」
「僕はそんなことが聞きたいんじゃない、ずっと聞きたかった…あやの本当の気持ちを聞かせて?」
握りしめたあやの手を撫で、空いてる方の手を彼女の傷ついた頬に伸ばし傷をそっと撫でると身震いするあや
あやが僕と同じ気持ちでいてくれているのを僕は分かっているし、求めている言葉はソレじゃ無い
ソレじゃ僕はあやの居場所を作ってあげることは出来ない
「好きって、言って…僕のこと。…それだけでいいんだ」
「…っ!」
こちらを見ていたあやの頬にぽろっと涙がひとしずく伝う…と堰を切ったようにぽろぽろと溢れる涙を拭うこと無くあやは俯いた
ぽたりぽたりとテーブルに落ちた涙はまぁるくシミを作る
「…すき…。すき…よ」
長い間あやの口から聞きたかった言葉が僕の鼓膜を心地よく揺らす
僕はこの一言を聞くためだけにここまでの長い間、何があってもあやと離れずにいたのだ
思わず抱き寄せるとあやも僕の方へ躊躇いながらもそっと身を寄せてくる
遠慮がちなあやの頬にキスをして頬を伝う涙を吸い取ると恥ずかしそうに目を細めるあや
そんな彼女を見ていたら自らを痛めつけることも今後減るだろうと何となく思った
傑から聞いていた彼女は、僕が知る彼女よりほんの少しだけだらしない女性だ
今はまだ僕にだらしない部分は見せてくれないけど、彼女の心安らげる場所を僕が提供し続けていればいつの日か傑が見ていた彼女…いや、傑が見たことの無い彼女を僕に見せてくれることだろう
傑が悔しがるくらい色んなあやを見たいし居場所であり続けたい
そう思いながら強くあやをかき抱いた
僕の知ってる彼女は食後はすぐ食べ終えた食器をキッチンに持っていくし水に浸けるのはもちろん、何ならすぐ洗ってるし、お風呂を出た後の話はそこまで深い仲では無いので知る術は無く、また普段の彼女からはイメージも湧かなかった
そんな彼女は傑の双子の妹で名をあやと言う
一般の家庭に生まれ育った2人はそれぞれ術式を持っていて呪術高等専門学校で僕と出会った
あやをからかいちょっかいをかける僕を窘める傑、あやを慰める硝子
これが入学時からずっと変わらない日常風景だったが、ある日傑が起こした事件のせいであやは家族を永遠に喪った上に、傑の唯一の身内となったあやは上層部から危険人物扱いされ高専内に幽閉されるなど辛い時期もあった。その間の話は長くなるので割愛するが、その後僕が傑に引導を渡すと上層部も渋々と納得し、あやは普通に生活できるようになり現在では1級呪術師としてその能力を遺憾なく発揮し活動している
黒絹のように艶やかな髪に黒のピアス、切れ長の大きな目など男女の性差があれど傑と似ている外見のあやは常に自身を律し背筋を伸ばし、傑から聞いたことのあるだらしない部分など微塵も見せたことは無かった
それはあやにとって家族の前のように気を抜くことが出来る場所や人がいないということを指し示してるように僕には思われた
僕はあやが好きだった
好きでどうしようも無く、高専の頃の僕は恥ずかしさや照れもありちょっとハードなちょっかいをかけたりからかったりしていたのだ
言葉に直接出されたことは無いが、硝子や傑は僕があやにそんな感情を持っていたことは気が付いていたように思う
一学年下の七海や灰原ですらも気が付いていた…というより僕自身が牽制していたので気が付いてなかったのは当時あやだけだったろう
傑がいなくなってからも相変わらず僕はあやが好きだし、僕も大人になりちょっかいをかけることやからかう回数は減った…が、それでも高専内であやを見かけるとちょっかいをかけにいく
傑がいた頃のあやは先の先まで読みリスクは最小限に安定した戦い方をする人だった
そんな彼女が自らを痛めつけるかのように呪霊と対峙するようになってしまったのは現場復帰するようになってからだ
最初は長く幽閉されていたから勘が鈍ったのか…と思ったのだが、毎回毎回あやにとってそんなに大変ではないだろう任務の時でも彼女は傷を負うようになり、いつしかその傷を硝子に治して貰う事を拒むようにもなっていた
傷だらけの腕を動かして報告書を作成しているあやを見つけた僕は気配を消し後ろから彼女を抱きしめた
「わ!びっくりした!」
「ふふん、ドッキリ大成功だね」
「五条くん何か用?」
長くあやへの感情を拗らせていることにより劣情を抱くようになった僕は彼女に触れるということに執着していることは自覚している
抱きしめあやの香りを胸いっぱい吸い込んだ僕に対して呆れたように息を吐き手を止めたあや
傑がいた頃、あやは僕のことを「悟」と呼んでいた
僕はそれが嬉しくもありむず痒くもあった
傑が離反してからあやは僕のことを「五条くん」硝子のことを「家入さん」と呼んで自ら距離を置くようになり、それは今日まで変わらない
一旦あやから離れ隣の伊地知の椅子に腰を下ろし、くるりと彼女の方へ向き直る
顔だけこちらに向けていたあやの椅子をクルッと回して強引に僕と正面で向き合わせ視線を合わせるとあやの頬には昨日まではなかった傷が増えていた
頬の傷を親指で柔くなぞり、掌で耳の後ろを撫でピアスの金具に触れると傑と同じ大ぶりの黒水晶ピアスが耳たぶの動きに合わせてキラリと鈍く光を反射する
キュッとピアスごと耳たぶを覆い隠してあやの顔を覗き込むと何か言いたそうな憂いを帯びた切れ長の目をこちらに向けるあやに口角が緩やかに上がった
いつだろう、そんなあやが多分僕と同じ気持ちを抱いていると気が付いたのは…
表に出さないよう気をつけているみたいだが、時折漏れ出るあやからの好意を言葉に乗せて欲しいと僕は切望している
しかしそれは今日まで叶っていない
傑のことはあやには何の責任もないし、関係もない
それはあやの回りの人には分かっている話で、誰も彼女に責を求めていない
責めているとすれば無能老害の集積所である上層部だけだろう
しかし、あやは自らを罰するかのように孤立し、傷を負う
あやが感情をあまり表に出さなくなったのもそのせいじゃないかと思う
硝子とは親友と言えるほど仲が良かったけど今はそんな素振りすら見せない他人行儀なあやはどこかに安らぎがあるのか家族の前のように気を抜くことが出来る場所や人はいるのだろうか?
…正直そんな人がいたら僕は嫉妬するだろうし何をするか分からない
そういう場所や人がいないと分かっているから僕はこんなに悠長にしていられるのかもしれない
「その報告書、あとどのくらい掛かる?」
「…そうね、あと10分くらいで終わりそう」
「そしたら待ってる」
「…え…っ?」
「たまにはさ、一緒にご飯食べに行こうよ」
あやの困惑している様子が窺える
どうやって断ろうと考えているのだろう、左上の方を凝視しているがこれは考え事をしている時のあやのクセだ
あやが考え込む時無意識のうちにちょっと左上を向くのだと教えてくれたのは傑だった
僕自身が知ってるあやのことはたくさんあるが、僕の中にあるあやの情報は傑から得たものも多い
僕は傑も知らないあやを見たいし知りたい
今、あやの側にいるのは僕なのだから
「僕行きたいお店があるから一緒に行って欲しいなぁ」
あやの顔を覗き込みながら言うと、小さく溜息を吐いた彼女が遠慮がちに頷く
久しぶりにあやと高専外でプライベートな時間が過ごせることに気持ちが高揚する
「それじゃ終わったら校門で待ち合わせしよ」
「はい」
触れたらしゃぼん玉のように弾けて消えてしまいそうなほど儚い笑みを見せたあやに胸の奥がきゅっと苦しくなる
あやの一挙一動に今でも心や体が反応してしまう…我ながら年甲斐も無いなと嘆息した
「お待たせ」
「お疲れサマンサ!」
黒のゆるっとしたニットにワイドパンツを合わせ、ネイビーのチェスターコートを羽織ったあやが校門に現れたのはそれから20分程経った後だった
あやから「戸締まりと身支度でプラス10分欲しい」とメッセージを貰っていたので僕は快諾の言葉と共に両手で大きくマルッとしている愛らしいキャラクターのスタンプを送っておいた
待たせてた車にあやをエスコートすると車に乗り込んだ彼女が運転席に座していた伊地知に「伊地知くん、こんな時間まで…ごめんね」と声を掛け、それに対し伊地知は「いっ、いえ。あやさんも遅くまでお疲れさまですっ」と少々慌てたように視線を逸らせてエンジンをかけた
「伊地知、頼むね」
「はっ、はいーっ!」
久しぶりに楽しく食事が出来たと思う
完全個室のため誰に話を聞かれるという心配もなく、ゆったりと流れるクラシックミュージックに心を解きほぐされたのか僕の話をあやは言葉少ないながらも聞いてくれて笑ったりもしてくれた
あやと2人きりで食事をするのはどのくらい振りだったろう…と思い返してみるが、多分10年は経っているように思う
傑が離反してからは一度も無かったのだから当然だろう
当時は学生だったこともあり食事の時にアルコールを飲むことは無かったが、今はお互いに大人であるのでアルコールを飲んでいても何ら問題はない
僕は下戸なのでクリームソーダを頼んだが、あやはスパークリングワインを楽しんでいた
初めてあやがお酒を飲んでいるところを見たわけだが、しっとりと赤く頬を染めたあやは艶っぽく普段よりゆっくりとした瞬目に酣楽している様子が窺えた
アルコールの力を借りるのは姑息かもしれない
だけどこの場を逃すと、もう2度とあやとはこのような時間が取れないかもしれない
僕は飲んでないからアルコールの力は借りてないよね…と心の中で言い訳をしつつ、テーブルの上に無造作に置かれていたあやの手を取ると彼女は弾かれたように手を引こうとする
その手をあやが引き寄せられない程度の強さに加減しつつ手の中で暴れる彼女が落ち着くまでじっと待った
「ご、じょーくん?」
先ほどより赤く染まった頬はアルコールだけのせいじゃない…だろう
あちこちに視線を忙しなく動かし、向けるところがなくなったのか僕の手の中に収まった己の手を見ているあやはきっと傑も見たことのないあやだろう
「あやが好きだよ。昔からずっとあやのことが好きで好きでしかたないんだよね」
「…えっ…?」
「あやの安らげる居場所になりたい。もう2度と居場所を失わせたりしないしあやの居場所を守り続けるから」
何も言わないあやの瞳を覗き込むと激しく揺れていて
はぁとあやから吐き出される息は甘酸っぱい果物とアルコールの香りで
あやの言葉を待つ僕の心臓はみっともないくらい早鐘を打っていて
あやの耳には傑とお揃いの、彼女の耳には大きすぎる大ぶりの黒水晶ピアスが鈍く光を反射していて
ほんの数秒だったのかもしれないけど僕には永遠にも思えるほどの長い沈黙
その沈黙を破ったのはあやの言葉だった
「私は…夏油傑の妹で、それは生涯変わらないから。私は五条くんの枷になってしまうから…」
「僕はそんなことが聞きたいんじゃない、ずっと聞きたかった…あやの本当の気持ちを聞かせて?」
握りしめたあやの手を撫で、空いてる方の手を彼女の傷ついた頬に伸ばし傷をそっと撫でると身震いするあや
あやが僕と同じ気持ちでいてくれているのを僕は分かっているし、求めている言葉はソレじゃ無い
ソレじゃ僕はあやの居場所を作ってあげることは出来ない
「好きって、言って…僕のこと。…それだけでいいんだ」
「…っ!」
こちらを見ていたあやの頬にぽろっと涙がひとしずく伝う…と堰を切ったようにぽろぽろと溢れる涙を拭うこと無くあやは俯いた
ぽたりぽたりとテーブルに落ちた涙はまぁるくシミを作る
「…すき…。すき…よ」
長い間あやの口から聞きたかった言葉が僕の鼓膜を心地よく揺らす
僕はこの一言を聞くためだけにここまでの長い間、何があってもあやと離れずにいたのだ
思わず抱き寄せるとあやも僕の方へ躊躇いながらもそっと身を寄せてくる
遠慮がちなあやの頬にキスをして頬を伝う涙を吸い取ると恥ずかしそうに目を細めるあや
そんな彼女を見ていたら自らを痛めつけることも今後減るだろうと何となく思った
傑から聞いていた彼女は、僕が知る彼女よりほんの少しだけだらしない女性だ
今はまだ僕にだらしない部分は見せてくれないけど、彼女の心安らげる場所を僕が提供し続けていればいつの日か傑が見ていた彼女…いや、傑が見たことの無い彼女を僕に見せてくれることだろう
傑が悔しがるくらい色んなあやを見たいし居場所であり続けたい
そう思いながら強くあやをかき抱いた