【JuJu】Short stories
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目の前にはお手入れが適度にされているだろう綺麗に芝が生えそろった法面、足下は砂利が敷き詰められた河川敷
ジャリッと石を踏みしめ振り返ると踝程度の浅い川がゆったりと流れていてその向こうにも今背面に背負っている法面と同じような法面が見える
その上は時代劇の撮影をしているのか、着物を着た人たちが忙しなく雑然とした日常風景を演じていた
見覚えのない景色、見覚えのない人々
私は何故ここにいるのか…
自分の姿を見下ろすと高専の制服によく似たいつもの黒い戦闘服で、その胸元にはてらりとした見るからに粘性の高い液体がこびり付いていた
ここ…どこ…?
―――
一級呪術師である私はさっきまで廃工場で特級呪物を取り込んで特級となった呪霊と戦っていた
任務は廃工場にある特級呪物の回収と肝試しに向かった行方不明の高校生たち3名の捜索だった
「お気を付けて、御健闘をお祈りしております」と言った補助監督が帳を降ろす
仄暗くなった廃工場内を進むと行方不明になっていた3人は、彼ら贄を前に同士討ちをしていた三級呪霊たちの奥で身を寄せ合って震えていた
呪霊たちを祓い彼らに声を掛けると彼らは怪我こそしていたが、擦り傷程度で命に別状無く自力で歩くことも出来たので私に付いてきて貰う事になった
特級呪物の回収もして行きたかったが、まずは彼らを安全なところに連れて行くことが最優先だった
襲い来る低級呪霊たちを蹴散らし彼らと共に補助監督と別れた場所まで戻ってきたところで突然、奥の茂みから強い呪力を感じ咄嗟に彼らを安全な帳の外へ思い切り突き飛ばし、呪霊の攻撃を寸出のところで躱す…が、攻撃を避けきれなかったひと束の毛先が風に舞い散った
体勢を立て直したところで彼らを見やると、思惑通り帳の外へ弾き出され帳の外に居た補助監督に彼らが保護されてる様子が見えた
多少怪我は増えたかもしれないが、命あっての物種だ、多少手荒だったことは許して欲しい
彼らがいなくなったことで身軽になった私は目の前の呪霊と対峙する
呪力を見る限り特級のそれだ
帳を降ろす前には感じなかった大きな呪力に、特級呪物を取り込まれたことを悟った
この呪霊を祓い、取り込まれた特級呪物を回収しなければならない
三級呪霊たちを祓う時はほとんど呪力を使う事はなかった…が、特級呪霊となると話は別だった
私は一級呪術師なので成り上がりとは言え特級呪霊と対峙して無傷では済まないだろう
私の術式は「呪符操術」であり、呪符を自由に操ることが出来る
特級呪霊と言っても特級呪物を飲み込んだ後天的なものだから呪符で動きを封じることが出来れば何とかなるだろう
気合を入れるため右手と左手をパンと合わせ、左手の中指を人差指に絡め天に掲げるとどこからともなく大量の呪符が私の周りを取り囲み呪霊との間に壁を形成した
この呪符たちは私の手足となり自由自在に操作することが出来る
この手を振り下ろせばこの呪符は呪霊に向かって飛んでいく
振り下ろそうとした瞬間、対峙していた呪霊の口から人の手が縋るかのようにこちらへ伸びたのが一瞬目に入り、寸出のところで手を止めた
もしかしてあの呪霊に食われた人が居るの?
行方不明者は3名と聞いており、先ほど安全な帳の外へ突き飛ばし救助されたはず…
なのに報告に上がってない人間がまだいたと言うことなの?
逡巡した隙を突かれ
グフェェシュ
声にならない雄叫びを上げ襲いかかってきた呪霊に私はばくんッと飲み込まれた………
―――
これが直前までの私の記憶
そして気が付いたらこの場にいた
帳が降りて仄暗い空間とは違い、この場は明るく賑やかで生命力と生活感に溢れているし、呪いの気配は無く、今の自分には眩しすぎる世界に目を細め、これからどうしよう…と思い悩んでいると、不意に警戒してる…という鋭い雰囲気を纏わせた声が私のいる河川敷に響いた
「あんた…、何モンなんでさァ?」
◇◆◇
屯所で昼寝していたら土方さんに巡回に行けとドヤされ、寝起きの苛立ち紛れにバズーカを一発放ち吹っ飛んだ土方さんを見てせせら笑った
「あ~、スッキリした」の言葉と共にバズーカをポイとそこら辺に放り投げ、足取りも軽く屯所から外へ
土方さんの言うとおりに巡回するのは癪だが仕方ねぇ…と目的もなくのらりくらりと歩き、商店街の側を流れる川の河川敷にたどり着く
疲れたし河川敷で昼寝でもしようかと目をやると、川の流れをボンヤリと眺めている1人の女が立っていた
商店街の喧噪をよそに消え入りそうな不思議な気配を湛えた女の服装は新選組の隊服と同じような黒色でところどころ汚れているのが窺える
髪は襟足がちょっと跳ねたショートヘア、髪色は俺と同じ香色で、その後ろ姿は姉上を彷彿させる
姉上を見送って久しいが、俺にとって姉上との思い出は昨日のことのように鮮やかに蘇るほど大切なモノだった
それをどこかで知った攘夷浪士たちが俺をハメようとしているのか…?
そんな張り詰めた気持ちで「あんた…、何モンなんでさァ?」と声を掛けると河川敷に立っていた女はビクッと肩を震わせ、そしてゆっくりとこちらに振り返る
その姿に俺は呼吸を一瞬忘れヒュッと喉から変な音が出た
振り返った女は姉上にそっくりだったのだ
「あ…姉上…?」
「え…?あなたは?」
「…お…っ、僕は沖田総悟…です、ぜぃ」
無意識のうちに姉上と話す時のようにシャンと背筋が伸びる
思わず姉上と呼んでしまったためか小首を傾げる姉上に瓜二つの女は俺の姿を見て目をぱちくりとしており、見れば見るほど姉上に似ていて俺の頭は混乱しそうだった
姉上にそっくりな石榴石をはめ込んだような透き通った目は迷い子のように不安に揺れているがその肌は姉上と違い血色が良く病弱にも感じられない
しかしなぜだろうこの場にいるようないないような不思議な雰囲気を醸し出していた
◇◆◇
沖田総悟と名乗った、ちょっと不思議な話し方をする人は私よりかなり年下の印象を受ける
しかしどことなく私と似ていると感じていた
他人の空似という言葉もあるし自分に似てる人がこの世に3人はいると言うけれど、何故か彼を他人とは思えない
「沖田、総悟くん」と彼に聞こえないよう口の中で彼の名前を小さく呟くと初めて口にした名前なのにとても懐かしい響きを感じ驚く…が、彼には聞こえてしまっていたのか慌てたように法面を降りてくる
その様子は転ばないかちょっと心配になるくらいだったけど何事も無くあっという間に私の側までたどり着いた沖田くん
間近で私のことを上から下まで何度も視線を往復させていた沖田くんに私は耐えられず彼から視線を外しゆったりと流れる川面に目に映すとジャリッと音がして沖田くんに右手を取られ、ドキッと胸が高鳴る
沖田くんを見上げると、私とよく似たアルマンディンガーネットの瞳を細めゆるりと口元を緩ませていた
初対面の異性に許可無く手を取られているのだ、私には彼氏がいるのだと手を振り払えばいい…
いつもならそうしている
頭でそう思っているのに私の身体はピクリとも動いてくれず、彼と繋がった手をただただ呆然と眺め、そして沖田くんの顔へ視線を移すと沖田くんのアルマンディンガーネットの瞳は大切なモノを見るように私を優しく映していて何故か胸がいっぱいになった
私と同じ色の瞳…
自由だった左手を沖田くんの胸元についと伸ばし彼の服を掴む
その手が彼に振り払われることが無いことを何故か私は確信していた
沖田くんが服を掴んだ私の手に空いてる方の手をそっと重ねる
いつの間に浮かんでいたのだろう、ほろりとひとしずく私の頬に涙が伝い、それが合図だったかのように決壊した涙腺から次々と涙が流れた
初対面で知らないはずの人なのに懐かしく、胸がギュッと締め付けられる
「そー…ちゃん…?」
無意識に口をついて出た名前にカチリと頭の中でピースがハマった音がした
「は~い、そこまで~」
軽い言い方とは裏腹に強い怒気を孕んだ声がしてグィと勢いよく私は後ろに引っ張られた
そーちゃんと重なり合っていた両の手は離れ、ドンと背中が何かに突き当たる
見上げると殺気にも似た怒りを露わにそーちゃんを睨めつける悟がそこにいて、私はそんな悟に抱きしめられていた
そーちゃんは刀を持っていたのか、居合の構えで悟を睨み殺しそうなほどの眼力を放っている
「悟!そーちゃん!待って!!」
「はぁ?!」
今まで1度も向けられたことのないくらい冷たい視線を私に向ける悟にブルッと身震いするけど、このままだと悟はそーちゃんに攻撃するだろうし、そーちゃんはそれを受け、争いになる可能性が高い
今、悟は勘違いをしている、それをきちんと訂正しなくては…
震える身体を奮い立たせ一触即発状態の2人の間に入り両手を広げた
「どいて」
「…いや」
「どけって言ってるんだけど」
「いや、です」
「…なに、お前こいつのこと庇うの?何で?」
凍てつくような刺すような視線を悟から向けられる
今まで悟からこんな視線を向けられたことはなく、思わず怯み視線を悟の足元へ下げてしまった
「ねぇ、彼女が呪霊との戦闘中に呪霊に食われたって補助監督から連絡を受けた僕の気持ち分かる?慌てて駆けつけて特級呪霊を視たらキミの残穢が残ってて、それが別の世界に繋がってるって気が付いた僕の気持ちが分かる?祓ってしまったらキミを助けられないかもしれないからと、その場に呪霊を縛り付けてキミの残穢を追って迎えに来たら知らない男と寄り添い合ってる彼女を見た僕の気持ち、分かる?」
淡々と私に向かって吐露する悟の言葉に俯いた私の視界は滲み、ぽろぽろと涙が溢れる
確かに他の人から見たらそーちゃんと私はただの男女なのだから、悟の言うことは尤もだった
「悟…ごめん、ごめんなさい…」
「…なに?僕と別れてこいつと一緒になるつもり?」
「ううん、そんなこと考えてないし、悟と一緒に元の世界に帰るよ。でもその前に話聞いて欲しいの…」
悟の胸に飛び込んで見上げると不満を露わにした顔の悟が私を見下ろし、ふぅと溜息を吐くと殺気が消えた
そしてそっと私の頬を流れる涙を拭ってくれる
「…いいよ、でも時間あまり残ってないからね、早いとこ話して」
「あのね、悟。そーちゃん…彼は沖田総悟くんって言うんだけど、彼はこの世界の私の弟なの」
「…は?」
「分かんないよね…。私もよく分かんないんだけどね、この世界の私はそーちゃんに看取られてもう死んでるの。もう…いないの。そーちゃんと話していたら急にこの世界の私の記憶が流れてきてね、それで知ったの。この世界の私のこと、そーちゃんのこと
見て、そーちゃんと私、他人とは思えないくらいよく似てるよね?」
悟の両腕をはしっと掴み悟の目隠しされ見えない瞳を目隠し越しに覗き込むような仕草をすると瞳は見えないのに悟が戸惑っている様子が窺えた
私の言葉を受けて私とそーちゃんを交互に見比べた悟が私の頭に手を乗せぐしゃぐしゃかき混ぜる
「…僕が見たのは姉弟の感動の再会だったって訳ね。分かったよ、ヤキモチ焼いちゃってごめんね」
「悟…!」
悟に抱きつきそーちゃんの方を見るとちょっと複雑そうな顔をしているそーちゃんと目が合う
そうね。たった2人の家族だし、治療費として毎月送金もしてくれてたくらいそーちゃんは私のことをとっても大切にしてくれたよね
そんな姉のこんな姿はちょっと見たくなかったかも…だよね?
目頭が再び熱くなり、溢れ落ちる涙を袖でゴシゴシと擦ると悟に柔く腕をいなされ優しく指で涙を拭われる
「そろそろ戻らないと最強の僕でも流石に元の世界に戻れなくなるよ」
悟が空を見上げ私の背をそーちゃんの方へつぃと押す、その力はこちらを気遣っているのを感じられるくらい優しいもので…
「そーちゃん、あなたはいつまでも私の自慢の弟よ。元気でいて…ね」
そーちゃんに抱きつくと昔は小さかったそーちゃんにすっぽりと包まれ、懐かしい香りがする
その香りを胸いっぱいに吸い込む…のはちょっと姉弟としてはダメな姉かもしれないけど、もうそーちゃんには会えないかもしれないから…最後に許してね
本当にそーちゃん大きくなったし、逞しくなった…!
「近藤さんや土方さんにもよろしくって…伝えて欲しいけどきっと言われても困っちゃうわね」
「近藤さんはさておき、土方のヤローはどうでもいいでさァ」
「こらっ、そんな言い方しちゃダメよ?」
「姉上、ごめんなさい
…いつか、いつの日か僕も姉上の世界に、姉上に会いにいきやす。それまで死ぬほど元気に待っていてくだせェ」
力強く抱きしめられ、そして解放された
悟に手を引かれ抱きしめられても私と同じ香色の髪、アルマンディンガーネットの瞳のそーちゃんから目が離せないのに視界は滲むばかりでそーちゃんの顔がよく見えない
「旦那ァ、姉上泣かせたら俺が地の果てまででも追って切り捨てまさァ。覚悟してくだせェ」
「大丈夫、僕が彼女を泣かせるなんてあり得ないから」
「…姉上を、頼みます」
「お兄さまに任せなさい」
「姉上、お元気で…」
「ミツバ、行くよ。しっかり捕まって…」
「っ!姉上っ…!」
「そーちゃん、元気でね」
―――
気が付くと滲む視界の向こうは仄暗かった
まだ帳は降りているのだろう空間に断末魔のような声が響き渡っているのは私を食べた呪霊を悟が祓ったのだろうけど、目がまだ慣れてない私にはよく見えていなかった
流石特級呪術師、私を抱きしめたまま片手で簡単に祓えちゃうんだね
私は不意を突かれたとは言え少し苦戦しかけてたんだけど
徐々に明るくなる視界、帳が解除されたようだ
「おかえり、ミツバ」
「悟、ただいま」
悟の胸に顔を埋めながらいつの日か、またそーちゃんに会える日に思いを馳せた
ジャリッと石を踏みしめ振り返ると踝程度の浅い川がゆったりと流れていてその向こうにも今背面に背負っている法面と同じような法面が見える
その上は時代劇の撮影をしているのか、着物を着た人たちが忙しなく雑然とした日常風景を演じていた
見覚えのない景色、見覚えのない人々
私は何故ここにいるのか…
自分の姿を見下ろすと高専の制服によく似たいつもの黒い戦闘服で、その胸元にはてらりとした見るからに粘性の高い液体がこびり付いていた
ここ…どこ…?
―――
一級呪術師である私はさっきまで廃工場で特級呪物を取り込んで特級となった呪霊と戦っていた
任務は廃工場にある特級呪物の回収と肝試しに向かった行方不明の高校生たち3名の捜索だった
「お気を付けて、御健闘をお祈りしております」と言った補助監督が帳を降ろす
仄暗くなった廃工場内を進むと行方不明になっていた3人は、彼ら贄を前に同士討ちをしていた三級呪霊たちの奥で身を寄せ合って震えていた
呪霊たちを祓い彼らに声を掛けると彼らは怪我こそしていたが、擦り傷程度で命に別状無く自力で歩くことも出来たので私に付いてきて貰う事になった
特級呪物の回収もして行きたかったが、まずは彼らを安全なところに連れて行くことが最優先だった
襲い来る低級呪霊たちを蹴散らし彼らと共に補助監督と別れた場所まで戻ってきたところで突然、奥の茂みから強い呪力を感じ咄嗟に彼らを安全な帳の外へ思い切り突き飛ばし、呪霊の攻撃を寸出のところで躱す…が、攻撃を避けきれなかったひと束の毛先が風に舞い散った
体勢を立て直したところで彼らを見やると、思惑通り帳の外へ弾き出され帳の外に居た補助監督に彼らが保護されてる様子が見えた
多少怪我は増えたかもしれないが、命あっての物種だ、多少手荒だったことは許して欲しい
彼らがいなくなったことで身軽になった私は目の前の呪霊と対峙する
呪力を見る限り特級のそれだ
帳を降ろす前には感じなかった大きな呪力に、特級呪物を取り込まれたことを悟った
この呪霊を祓い、取り込まれた特級呪物を回収しなければならない
三級呪霊たちを祓う時はほとんど呪力を使う事はなかった…が、特級呪霊となると話は別だった
私は一級呪術師なので成り上がりとは言え特級呪霊と対峙して無傷では済まないだろう
私の術式は「呪符操術」であり、呪符を自由に操ることが出来る
特級呪霊と言っても特級呪物を飲み込んだ後天的なものだから呪符で動きを封じることが出来れば何とかなるだろう
気合を入れるため右手と左手をパンと合わせ、左手の中指を人差指に絡め天に掲げるとどこからともなく大量の呪符が私の周りを取り囲み呪霊との間に壁を形成した
この呪符たちは私の手足となり自由自在に操作することが出来る
この手を振り下ろせばこの呪符は呪霊に向かって飛んでいく
振り下ろそうとした瞬間、対峙していた呪霊の口から人の手が縋るかのようにこちらへ伸びたのが一瞬目に入り、寸出のところで手を止めた
もしかしてあの呪霊に食われた人が居るの?
行方不明者は3名と聞いており、先ほど安全な帳の外へ突き飛ばし救助されたはず…
なのに報告に上がってない人間がまだいたと言うことなの?
逡巡した隙を突かれ
グフェェシュ
声にならない雄叫びを上げ襲いかかってきた呪霊に私はばくんッと飲み込まれた………
―――
これが直前までの私の記憶
そして気が付いたらこの場にいた
帳が降りて仄暗い空間とは違い、この場は明るく賑やかで生命力と生活感に溢れているし、呪いの気配は無く、今の自分には眩しすぎる世界に目を細め、これからどうしよう…と思い悩んでいると、不意に警戒してる…という鋭い雰囲気を纏わせた声が私のいる河川敷に響いた
「あんた…、何モンなんでさァ?」
◇◆◇
屯所で昼寝していたら土方さんに巡回に行けとドヤされ、寝起きの苛立ち紛れにバズーカを一発放ち吹っ飛んだ土方さんを見てせせら笑った
「あ~、スッキリした」の言葉と共にバズーカをポイとそこら辺に放り投げ、足取りも軽く屯所から外へ
土方さんの言うとおりに巡回するのは癪だが仕方ねぇ…と目的もなくのらりくらりと歩き、商店街の側を流れる川の河川敷にたどり着く
疲れたし河川敷で昼寝でもしようかと目をやると、川の流れをボンヤリと眺めている1人の女が立っていた
商店街の喧噪をよそに消え入りそうな不思議な気配を湛えた女の服装は新選組の隊服と同じような黒色でところどころ汚れているのが窺える
髪は襟足がちょっと跳ねたショートヘア、髪色は俺と同じ香色で、その後ろ姿は姉上を彷彿させる
姉上を見送って久しいが、俺にとって姉上との思い出は昨日のことのように鮮やかに蘇るほど大切なモノだった
それをどこかで知った攘夷浪士たちが俺をハメようとしているのか…?
そんな張り詰めた気持ちで「あんた…、何モンなんでさァ?」と声を掛けると河川敷に立っていた女はビクッと肩を震わせ、そしてゆっくりとこちらに振り返る
その姿に俺は呼吸を一瞬忘れヒュッと喉から変な音が出た
振り返った女は姉上にそっくりだったのだ
「あ…姉上…?」
「え…?あなたは?」
「…お…っ、僕は沖田総悟…です、ぜぃ」
無意識のうちに姉上と話す時のようにシャンと背筋が伸びる
思わず姉上と呼んでしまったためか小首を傾げる姉上に瓜二つの女は俺の姿を見て目をぱちくりとしており、見れば見るほど姉上に似ていて俺の頭は混乱しそうだった
姉上にそっくりな石榴石をはめ込んだような透き通った目は迷い子のように不安に揺れているがその肌は姉上と違い血色が良く病弱にも感じられない
しかしなぜだろうこの場にいるようないないような不思議な雰囲気を醸し出していた
◇◆◇
沖田総悟と名乗った、ちょっと不思議な話し方をする人は私よりかなり年下の印象を受ける
しかしどことなく私と似ていると感じていた
他人の空似という言葉もあるし自分に似てる人がこの世に3人はいると言うけれど、何故か彼を他人とは思えない
「沖田、総悟くん」と彼に聞こえないよう口の中で彼の名前を小さく呟くと初めて口にした名前なのにとても懐かしい響きを感じ驚く…が、彼には聞こえてしまっていたのか慌てたように法面を降りてくる
その様子は転ばないかちょっと心配になるくらいだったけど何事も無くあっという間に私の側までたどり着いた沖田くん
間近で私のことを上から下まで何度も視線を往復させていた沖田くんに私は耐えられず彼から視線を外しゆったりと流れる川面に目に映すとジャリッと音がして沖田くんに右手を取られ、ドキッと胸が高鳴る
沖田くんを見上げると、私とよく似たアルマンディンガーネットの瞳を細めゆるりと口元を緩ませていた
初対面の異性に許可無く手を取られているのだ、私には彼氏がいるのだと手を振り払えばいい…
いつもならそうしている
頭でそう思っているのに私の身体はピクリとも動いてくれず、彼と繋がった手をただただ呆然と眺め、そして沖田くんの顔へ視線を移すと沖田くんのアルマンディンガーネットの瞳は大切なモノを見るように私を優しく映していて何故か胸がいっぱいになった
私と同じ色の瞳…
自由だった左手を沖田くんの胸元についと伸ばし彼の服を掴む
その手が彼に振り払われることが無いことを何故か私は確信していた
沖田くんが服を掴んだ私の手に空いてる方の手をそっと重ねる
いつの間に浮かんでいたのだろう、ほろりとひとしずく私の頬に涙が伝い、それが合図だったかのように決壊した涙腺から次々と涙が流れた
初対面で知らないはずの人なのに懐かしく、胸がギュッと締め付けられる
「そー…ちゃん…?」
無意識に口をついて出た名前にカチリと頭の中でピースがハマった音がした
「は~い、そこまで~」
軽い言い方とは裏腹に強い怒気を孕んだ声がしてグィと勢いよく私は後ろに引っ張られた
そーちゃんと重なり合っていた両の手は離れ、ドンと背中が何かに突き当たる
見上げると殺気にも似た怒りを露わにそーちゃんを睨めつける悟がそこにいて、私はそんな悟に抱きしめられていた
そーちゃんは刀を持っていたのか、居合の構えで悟を睨み殺しそうなほどの眼力を放っている
「悟!そーちゃん!待って!!」
「はぁ?!」
今まで1度も向けられたことのないくらい冷たい視線を私に向ける悟にブルッと身震いするけど、このままだと悟はそーちゃんに攻撃するだろうし、そーちゃんはそれを受け、争いになる可能性が高い
今、悟は勘違いをしている、それをきちんと訂正しなくては…
震える身体を奮い立たせ一触即発状態の2人の間に入り両手を広げた
「どいて」
「…いや」
「どけって言ってるんだけど」
「いや、です」
「…なに、お前こいつのこと庇うの?何で?」
凍てつくような刺すような視線を悟から向けられる
今まで悟からこんな視線を向けられたことはなく、思わず怯み視線を悟の足元へ下げてしまった
「ねぇ、彼女が呪霊との戦闘中に呪霊に食われたって補助監督から連絡を受けた僕の気持ち分かる?慌てて駆けつけて特級呪霊を視たらキミの残穢が残ってて、それが別の世界に繋がってるって気が付いた僕の気持ちが分かる?祓ってしまったらキミを助けられないかもしれないからと、その場に呪霊を縛り付けてキミの残穢を追って迎えに来たら知らない男と寄り添い合ってる彼女を見た僕の気持ち、分かる?」
淡々と私に向かって吐露する悟の言葉に俯いた私の視界は滲み、ぽろぽろと涙が溢れる
確かに他の人から見たらそーちゃんと私はただの男女なのだから、悟の言うことは尤もだった
「悟…ごめん、ごめんなさい…」
「…なに?僕と別れてこいつと一緒になるつもり?」
「ううん、そんなこと考えてないし、悟と一緒に元の世界に帰るよ。でもその前に話聞いて欲しいの…」
悟の胸に飛び込んで見上げると不満を露わにした顔の悟が私を見下ろし、ふぅと溜息を吐くと殺気が消えた
そしてそっと私の頬を流れる涙を拭ってくれる
「…いいよ、でも時間あまり残ってないからね、早いとこ話して」
「あのね、悟。そーちゃん…彼は沖田総悟くんって言うんだけど、彼はこの世界の私の弟なの」
「…は?」
「分かんないよね…。私もよく分かんないんだけどね、この世界の私はそーちゃんに看取られてもう死んでるの。もう…いないの。そーちゃんと話していたら急にこの世界の私の記憶が流れてきてね、それで知ったの。この世界の私のこと、そーちゃんのこと
見て、そーちゃんと私、他人とは思えないくらいよく似てるよね?」
悟の両腕をはしっと掴み悟の目隠しされ見えない瞳を目隠し越しに覗き込むような仕草をすると瞳は見えないのに悟が戸惑っている様子が窺えた
私の言葉を受けて私とそーちゃんを交互に見比べた悟が私の頭に手を乗せぐしゃぐしゃかき混ぜる
「…僕が見たのは姉弟の感動の再会だったって訳ね。分かったよ、ヤキモチ焼いちゃってごめんね」
「悟…!」
悟に抱きつきそーちゃんの方を見るとちょっと複雑そうな顔をしているそーちゃんと目が合う
そうね。たった2人の家族だし、治療費として毎月送金もしてくれてたくらいそーちゃんは私のことをとっても大切にしてくれたよね
そんな姉のこんな姿はちょっと見たくなかったかも…だよね?
目頭が再び熱くなり、溢れ落ちる涙を袖でゴシゴシと擦ると悟に柔く腕をいなされ優しく指で涙を拭われる
「そろそろ戻らないと最強の僕でも流石に元の世界に戻れなくなるよ」
悟が空を見上げ私の背をそーちゃんの方へつぃと押す、その力はこちらを気遣っているのを感じられるくらい優しいもので…
「そーちゃん、あなたはいつまでも私の自慢の弟よ。元気でいて…ね」
そーちゃんに抱きつくと昔は小さかったそーちゃんにすっぽりと包まれ、懐かしい香りがする
その香りを胸いっぱいに吸い込む…のはちょっと姉弟としてはダメな姉かもしれないけど、もうそーちゃんには会えないかもしれないから…最後に許してね
本当にそーちゃん大きくなったし、逞しくなった…!
「近藤さんや土方さんにもよろしくって…伝えて欲しいけどきっと言われても困っちゃうわね」
「近藤さんはさておき、土方のヤローはどうでもいいでさァ」
「こらっ、そんな言い方しちゃダメよ?」
「姉上、ごめんなさい
…いつか、いつの日か僕も姉上の世界に、姉上に会いにいきやす。それまで死ぬほど元気に待っていてくだせェ」
力強く抱きしめられ、そして解放された
悟に手を引かれ抱きしめられても私と同じ香色の髪、アルマンディンガーネットの瞳のそーちゃんから目が離せないのに視界は滲むばかりでそーちゃんの顔がよく見えない
「旦那ァ、姉上泣かせたら俺が地の果てまででも追って切り捨てまさァ。覚悟してくだせェ」
「大丈夫、僕が彼女を泣かせるなんてあり得ないから」
「…姉上を、頼みます」
「お兄さまに任せなさい」
「姉上、お元気で…」
「ミツバ、行くよ。しっかり捕まって…」
「っ!姉上っ…!」
「そーちゃん、元気でね」
―――
気が付くと滲む視界の向こうは仄暗かった
まだ帳は降りているのだろう空間に断末魔のような声が響き渡っているのは私を食べた呪霊を悟が祓ったのだろうけど、目がまだ慣れてない私にはよく見えていなかった
流石特級呪術師、私を抱きしめたまま片手で簡単に祓えちゃうんだね
私は不意を突かれたとは言え少し苦戦しかけてたんだけど
徐々に明るくなる視界、帳が解除されたようだ
「おかえり、ミツバ」
「悟、ただいま」
悟の胸に顔を埋めながらいつの日か、またそーちゃんに会える日に思いを馳せた