【JuJu】Short stories
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「皆さんおはようございます。今、私はあの!祓ったれ本舗こと祓本の五条悟さんが泊まっている部屋の前に来ています」
テレビで見ない日はないバラエティタレントの茂布(モブ)は女性ながらも男性顔負けなほど身体を張って笑いを取るスタイルと巧みな話術でお茶の間を賑わすため、番組制作スタッフたちから重用されていた
その茂布が4桁の数字のあるドアを背に目の前のカメラに向かい、囁き声を拾えるようマイクを自身の口元にくっつきそうなほど近づけて状況を説明していた
……所謂「寝起きドッキリ」である
声を顰め、囁き声と言えど茂布の顔は紅潮しており、興奮している様子が窺える
これは芸能人ドッキリ番組、ターゲットはお笑い芸人の中で現在絶大な人気と破竹の勢いがある祓ったれ本舗こと通称祓本、その白い方と呼ばれている五条悟
番組制作スタッフが何ヶ月も前から祓ったれ本舗の所属事務所に何度も何度も掛け合い、やっとのことで出演に漕ぎつけ、実現したのがこの『寝起きドッキリ』だった
相方の夏油傑へのドッキリは今回実現しなかったので次回以降に繋げるため、今後とも番組スタッフたちは出演交渉を重ねていく予定である。閑話休題……
謎が多く私生活の一切はベールに覆われ、ミステリアスな雰囲気を纏うお笑いコンビの祓ったれ本舗は、ネタの面白さはさることながら双方とも見目麗しいため女性ファンが非常に多く、彼らが画面に映るだけで視聴率は相当に期待ができる
そんな彼らは業界から『視聴率ハンター』と呼ばれていた
寝起きドッキリと言えば、普段どんなに取り繕っている芸能人でも寝起きでは素の姿が見られる可能性が非常に高い、ドッキリ番組の中でも殊更視聴率の高い大人気のコーナーだ
そこに視聴率ハンターの祓ったれ本舗ともなれば、番組の最高視聴率を更新することも夢ではないだろう
その大切なコーナーのドッキリ仕掛け人として抜擢されたのが茂布だった
茂布も世の女性たち同様、祓ったれ本舗の2人……特に五条悟に特別な好意を持っていたが、そこはバラエティのプロであるため、己の役割を果たすべく淡々と寝起きドッキリについてカメラに向かい、囁き声のまま滑らかに説明をしていた
コーナーの趣旨など全ての説明が完了し、いよいよカードキーをドアに翳すと呼応するかのようにカチャリと解錠された音がする
茂布は勿体つけるようにマイクを持っていない方の人差し指を自身の口元に沿わせ、カメラに向かって「静かに」と囁き、一呼吸置いた
編集点を作った茂布はドアを静かに開け、真っ暗な部屋にするりと忍び込む
茂布に続き闇に包まれた部屋に忍び込んだカメラは通常モードから暗視モードに切り替わった
画面がカラーからモノクロになり、映像がガサついているが、これが視聴者からしたら程よいスパイスになり、イケナイことをしているような背徳感と期待感を煽られる……
「祓本五条さんがこの部屋で寝ている模様です。寝息がっ、寝息が聞こえます」
マイクに向かって興奮気味に囁いた茂布
事前に同じ間取りの部屋でリハーサルを済ましていた茂布は、迷うことなく五条が寝ているであろうベッドサイドにたどり着く様子が暗視カメラに映る
真っ暗な室内を進む茂布は真っ暗と言えど少し暗闇に目が慣れてきており、ベッドサイドで充電されているスマホの充電器の赤いランプだけでも五条らしき人物を視認できた
大きな左手が布団から飛び出しており、運良くこちら向きになる左を向いて寝ている五条の様子をカメラが嘗め回すように撮影を終えた後
「五条さんの手……やっぱり大きいですね。触れてみます、起きるでしょうか?」
布団から飛び出した五条の手にちょんと触れる茂布。しかし五条はピクリとも動かない
「起きませんね。もう一度触ってみます」
マイクにそう囁いた茂布は先程より少し大胆に、グーに握りしめた手で五条の手をノックするように叩く
「…ん……ぅ…」
五条が声を上げる……が動く気配はない。まだ寝入っているようだ
再度ノックする茂布、五条の大きな手ががピクリと動く。カメラは五条の手をアップで映し、茂布は無意識のうちにマイクをぎゅっと握りしめる……が、五条が目を開ける様子はなかった
起きる様子のない五条に再びちょっかいかけようとした茂布、今度は更に大胆に五条の腕を隠している布団をぺろりとめくり上げると白いシーツや色白の五条の腕に散らされた黒いものがあるのに気がついた
「室内が暗くてよく見えませんが何か纏っているのでしょうか?」
そう囁きながら黒っぽいものに手を伸ばし、触れた茂布
それまで部屋に入ってから一度もカメラの方を向いたことはなかったのに勢いよくカメラを振り返った茂布はなんとも言えない顔をしている
動かなくなった茂布、そんな彼女に随行スタッフたちは行け行けと手振り身振りで彼女を煽るばかり
覚悟を決めた様子の茂布が、布団を掴み一気に引っぺがす……と、そこには引き締まった上裸を晒した五条、そしてスタジオでよく見かける祓ったれ本舗の女マネージャーがオーバーサイズのTシャツを身につけ、五条の左腕を枕に、右腕で抱きしめられるようにして寝ていた
「……は…?!」
カメラ越しにその様子を確認したカメラマンが思わず声を漏らし、カメラは五条から今にも泣きそうな茂布の顔がアップになる
とんだアクシデントだ、生放送ならば放送事故になってる
事務所を通してこの企画は進行していたし、何なら今ここで五条に抱きしめられて寝ているマネージャーもこのことは当然承知していたはずだった
なのに何故五条とそのマネージャーである彼女がタダならぬ関係を匂わせた様子で同衾しているのか……?
もしやドッキリに気付いた五条からの逆ドッキリか……とも考えられたが、寝ている五条たちに起きる気配はない
「プロデューサー、どうしましょう……」
震える声に目を移したプロデューサーの目に映ったのは、為す術無く立ち尽くしている茂布だった
普段なら無茶ぶりされても臨機応変にその場を収めることが出来る茂布なのに……だ
「…ん?な、に…?」
ひそめず発せられた茂布の声でようやく五条が起きたようで掠れた声を上げ、マネージャーを強く抱き寄せる
暗闇でオリオンブルーの瞳が、射すくめるようにキラリと光った
「誰?キミたち」
◇◆◇
鋭い刺すような悟くんの声にふわふわした意識が緩やかに浮上する
身を起こそうとするも、悟くんに抱きしめられているのだろう、身体の自由が利かない
彼に気付いて貰おうと自由の利く手で私を抱きしめている悟くんの腕をタップするけど力は緩むことはなく更に力が込められ、このままでは絞め落とされそうなほど
呼吸をするだけでも苦しいので悟くんは力加減を分かって欲しい
この様子から察するに、きっと悟くんは起きているだろう
いつもと違う雰囲気を感じた私は視界を確保しようと必死に顔を動かしもがき、悟くんの肩口からプハッと顔を出すことに成功し、悟くんの視線の先へ首だけ向けた
暗い中で何やら人の気配、緑色に点灯する小さな光が、頼りなくゆらゆらと揺れている
何事か咄嗟に理解出来ずに身を竦め悟くんに身を寄せると大きな悟くんの手が私の頭を抱え、抱き寄せた
顔を私の髪に埋めているのか、頭皮に時折悟くんの呼気を感じる
悟くんの安心出来る体温の中で次第に覚醒した私は、異様な雰囲気と人の気配に現状を徐々に把握し始めた
まず、この状況を整理しよう
この暗がりに誰か複数人がこの部屋にいて、それを悟くんが警戒と牽制をしているようだ
芸能人である彼がいるこの部屋は、芸能人御用達で防犯面がしっかりしていて、うちの事務所も信頼を置いているホテルの一室だ
もちろんオートロックなので内側から開けない限り、カードキーが無ければ室内に入ることは出来ない
なので鍵を開けて中に入って来られるとなれば1番に考えられるのはマネージャーか事務所の人間だろう
今回の地方営業は祓ったれ本舗の2人と同行しているのはマネージャーの私だけである
このホテルでは宿泊時に2枚のカードキーを渡されるので悟くんが2枚とも持っているはずだ、私は持っていないのだから
そうなると、誰がこの部屋にいるのか……?
目まぐるしく脳をフル回転させても暗闇にいるであろう人たちの心当たりが無い私はこの場を悟くんに委ねることにした
私を抱きかかえたままベッドサイドのライトに手を伸ばして点けた悟くん
真っ暗な空間が突然明るくなったので目が眩み、私は反射的に閉じた
「あ……っ」
聞き覚えのある女性の声に目を開けると泣きそうな顔した茂布さんとその後ろには小型カメラを構えた男性と見覚えのある男性
「ね、キミたち不法侵入だけど、何やってんの?」
「寝起き、ドッキリ……デス…。マネージャーさん事務所からお話聞いてませんか?」
刺々しい言葉を投げつける悟くんにおずおずと答える見覚えのある男性
その言葉で男性が某局のバラエティ担当のディレクターだったことに気が付いた
「それ、僕たちは断ってたはずなんだけど。ねぇ、あや?」
私の頭を撫でながらそう私に同意を求める悟くんに私は頷く
「そ…うですね、祓本はドッキリNGだと事務所に伝えていると思いますが」
「事務所から五条さんの寝起きドッキリなら……とOKを貰って、日程調整して今ぼくたちここにいるのですが」
「マネージャーである私は、お話聞いてません…けど?」
お互い話が噛み合ってないことに気が付いた私はベッドから身を起こし、ディレクターは困った様子でカメラマンと顔を見合わせている
私と共に身を起こした悟くんが3人に見せつけるように私の頬へリップ音をさせながらキスをしてきて、慣れているとは言え悟くんの色気に中てられた上、衆人環視のこの状況が恥ずかしいせいで一向に回転してくれない頭を無理矢理に回転させて必死に考える
今、ここに彼らがいるということは事務所で許可を出しているのだろう
そして誰かがこの部屋の鍵を渡しているということだ
マネージャーの私を差し置いて
「悟くん、カードキーどうしてる?」
「1枚はカードキースイッチに差しっぱなし。もう1枚はいつも通り多分テーブルの上」
人目も憚らず私の太股を撫でながら答えた悟くんの手をぺちっと軽く叩き、身につけていた悟くんのTシャツで肌を隠しながら目を向けるけれど、どちらにもカードキーはある様子
「ディレクターさん、カードキーはどうやって?」
「先ほど下のロビーで待ち合わせた夏油さんから預かりました」
「傑くんから?」
腰を撫でる悟くんを睨み付けていると、それまでずっと黙っていた茂布さんがおずおずと口を開いた
止めるタイミングを失っていたのか、まだ動いていたのだろうカメラが茂布さんの方へ向く
「あ…あのっ!お2人のご関係……は?」
「とりあえず、今まで撮ってる動画データをこちらに回収させて貰う事と、この企画無かったことにしてくれるんなら話すけど」
カメラの方を睨み付けるように言った悟くんに怯えるようにカメラマンはカメラを下ろし、ディレクターは溜め息を吐きながら言った
「分かりました。話の行き違いもあったみたいですし、今回の動画データを提出して企画は無かったことにします。が!五条さんに別のドッキリ企画に参加して頂けることが条件です」
「交渉できる立場にあると思ってんの?僕は不法侵入で訴えることも出来るけど」
「こ…こちらも勝手入ったことは申し訳ないですけど、許可貰ってた…ですし……。このままではコーナーに、穴が…開いてしまいます……し…」
凄む悟くんの迫力に物怖じしたディレクターはキョドりながら答える
傑くんが1枚噛んでるみたいなので、番組だけに問題があるワケではないし……と悟くんを見上げると、私のおでこにキスを落とした悟くんが溜め息を吐いた
「ドッキリターゲットは傑ね。僕が仕掛け人。それでいいなら」
悟くんの言葉を聞いたディレクターとカメラマンはヘドバンをするかの勢いで頷いた
ごめん、傑くん。あなたのいないところで話が進んじゃったけど、今の私には悟くんを止められない……
私もほんのちょっとだけ怒ってるからあえて止めないっていうのもちょっぴりだけあるけれど
「ところでお2人のご関係は?」
話は付いたとばかりに茂布さんの言葉を復唱する興味津々の顔したディレクターに冷たい視線を投げた悟くんが一言
「僕の奥さんのあや」
「―――っ!!」
3人から声にならない声が上がった
そう、悟くんと私は夫婦
祓ったれ本舗としてデビューする前に結婚している
そのため事務所も、悟くんの親友であり相方である傑くんもこのことは知ってる
事務所側からも特に内緒にするというお達しが出ていたわけでも無く、業界の人たちに聞かれないので今まで悟くんは言わなかっただけなのだ
祓本の2人は自由人だし、プライベートが謎に包まれているのでまさか結婚してるとは誰も思っていなかったのだろう
私はマネージャーだから一緒にいても何ら不自然でも無かったし
「分かったら動画データ置いてさっさと出て行って。僕たち寝直すから」
シッシッと追い払うように手を振る失礼な悟くんによって布団に押し倒された私はマネージャーとしてのご挨拶もさせて貰えないまま扉が閉まる音を聞いた……
あぁ、今後の打ち合わせとかどうしてくれるの、悟くん
オリオンブルーの瞳が獲物を捕らえたかのように妖しく光り、うっそりと微笑んだ悟くんによってベッドサイドのライトが消される
熱く蕩けるような時間が訪れ、私は考えることをやめて身を委ねた―――
~おまけ~
「傑くん、悟くんの部屋のカードキーどうやって用意したの?」
「あぁ、それはカードキースイッチに刺さってたのを私のカードキーとすり替えたんだよ」
「なるほど…。ところでなんで私に内緒で勝手にドッキリOKしちゃったのかな?」
「悟が茂布さんのアプローチがウザいからこれを機会に暴露するって言い出したんだ。あやは悟に聞いてないのかい?」
「え?悟くんが計画したの?」
「そうだよ。流石に私にはそこまで勝手なことは出来ないよ」
「……デスヨネー(ちょっとだけ傑くんの仕業だと思ってごめんね)」
テレビで見ない日はないバラエティタレントの茂布(モブ)は女性ながらも男性顔負けなほど身体を張って笑いを取るスタイルと巧みな話術でお茶の間を賑わすため、番組制作スタッフたちから重用されていた
その茂布が4桁の数字のあるドアを背に目の前のカメラに向かい、囁き声を拾えるようマイクを自身の口元にくっつきそうなほど近づけて状況を説明していた
……所謂「寝起きドッキリ」である
声を顰め、囁き声と言えど茂布の顔は紅潮しており、興奮している様子が窺える
これは芸能人ドッキリ番組、ターゲットはお笑い芸人の中で現在絶大な人気と破竹の勢いがある祓ったれ本舗こと通称祓本、その白い方と呼ばれている五条悟
番組制作スタッフが何ヶ月も前から祓ったれ本舗の所属事務所に何度も何度も掛け合い、やっとのことで出演に漕ぎつけ、実現したのがこの『寝起きドッキリ』だった
相方の夏油傑へのドッキリは今回実現しなかったので次回以降に繋げるため、今後とも番組スタッフたちは出演交渉を重ねていく予定である。閑話休題……
謎が多く私生活の一切はベールに覆われ、ミステリアスな雰囲気を纏うお笑いコンビの祓ったれ本舗は、ネタの面白さはさることながら双方とも見目麗しいため女性ファンが非常に多く、彼らが画面に映るだけで視聴率は相当に期待ができる
そんな彼らは業界から『視聴率ハンター』と呼ばれていた
寝起きドッキリと言えば、普段どんなに取り繕っている芸能人でも寝起きでは素の姿が見られる可能性が非常に高い、ドッキリ番組の中でも殊更視聴率の高い大人気のコーナーだ
そこに視聴率ハンターの祓ったれ本舗ともなれば、番組の最高視聴率を更新することも夢ではないだろう
その大切なコーナーのドッキリ仕掛け人として抜擢されたのが茂布だった
茂布も世の女性たち同様、祓ったれ本舗の2人……特に五条悟に特別な好意を持っていたが、そこはバラエティのプロであるため、己の役割を果たすべく淡々と寝起きドッキリについてカメラに向かい、囁き声のまま滑らかに説明をしていた
コーナーの趣旨など全ての説明が完了し、いよいよカードキーをドアに翳すと呼応するかのようにカチャリと解錠された音がする
茂布は勿体つけるようにマイクを持っていない方の人差し指を自身の口元に沿わせ、カメラに向かって「静かに」と囁き、一呼吸置いた
編集点を作った茂布はドアを静かに開け、真っ暗な部屋にするりと忍び込む
茂布に続き闇に包まれた部屋に忍び込んだカメラは通常モードから暗視モードに切り替わった
画面がカラーからモノクロになり、映像がガサついているが、これが視聴者からしたら程よいスパイスになり、イケナイことをしているような背徳感と期待感を煽られる……
「祓本五条さんがこの部屋で寝ている模様です。寝息がっ、寝息が聞こえます」
マイクに向かって興奮気味に囁いた茂布
事前に同じ間取りの部屋でリハーサルを済ましていた茂布は、迷うことなく五条が寝ているであろうベッドサイドにたどり着く様子が暗視カメラに映る
真っ暗な室内を進む茂布は真っ暗と言えど少し暗闇に目が慣れてきており、ベッドサイドで充電されているスマホの充電器の赤いランプだけでも五条らしき人物を視認できた
大きな左手が布団から飛び出しており、運良くこちら向きになる左を向いて寝ている五条の様子をカメラが嘗め回すように撮影を終えた後
「五条さんの手……やっぱり大きいですね。触れてみます、起きるでしょうか?」
布団から飛び出した五条の手にちょんと触れる茂布。しかし五条はピクリとも動かない
「起きませんね。もう一度触ってみます」
マイクにそう囁いた茂布は先程より少し大胆に、グーに握りしめた手で五条の手をノックするように叩く
「…ん……ぅ…」
五条が声を上げる……が動く気配はない。まだ寝入っているようだ
再度ノックする茂布、五条の大きな手ががピクリと動く。カメラは五条の手をアップで映し、茂布は無意識のうちにマイクをぎゅっと握りしめる……が、五条が目を開ける様子はなかった
起きる様子のない五条に再びちょっかいかけようとした茂布、今度は更に大胆に五条の腕を隠している布団をぺろりとめくり上げると白いシーツや色白の五条の腕に散らされた黒いものがあるのに気がついた
「室内が暗くてよく見えませんが何か纏っているのでしょうか?」
そう囁きながら黒っぽいものに手を伸ばし、触れた茂布
それまで部屋に入ってから一度もカメラの方を向いたことはなかったのに勢いよくカメラを振り返った茂布はなんとも言えない顔をしている
動かなくなった茂布、そんな彼女に随行スタッフたちは行け行けと手振り身振りで彼女を煽るばかり
覚悟を決めた様子の茂布が、布団を掴み一気に引っぺがす……と、そこには引き締まった上裸を晒した五条、そしてスタジオでよく見かける祓ったれ本舗の女マネージャーがオーバーサイズのTシャツを身につけ、五条の左腕を枕に、右腕で抱きしめられるようにして寝ていた
「……は…?!」
カメラ越しにその様子を確認したカメラマンが思わず声を漏らし、カメラは五条から今にも泣きそうな茂布の顔がアップになる
とんだアクシデントだ、生放送ならば放送事故になってる
事務所を通してこの企画は進行していたし、何なら今ここで五条に抱きしめられて寝ているマネージャーもこのことは当然承知していたはずだった
なのに何故五条とそのマネージャーである彼女がタダならぬ関係を匂わせた様子で同衾しているのか……?
もしやドッキリに気付いた五条からの逆ドッキリか……とも考えられたが、寝ている五条たちに起きる気配はない
「プロデューサー、どうしましょう……」
震える声に目を移したプロデューサーの目に映ったのは、為す術無く立ち尽くしている茂布だった
普段なら無茶ぶりされても臨機応変にその場を収めることが出来る茂布なのに……だ
「…ん?な、に…?」
ひそめず発せられた茂布の声でようやく五条が起きたようで掠れた声を上げ、マネージャーを強く抱き寄せる
暗闇でオリオンブルーの瞳が、射すくめるようにキラリと光った
「誰?キミたち」
◇◆◇
鋭い刺すような悟くんの声にふわふわした意識が緩やかに浮上する
身を起こそうとするも、悟くんに抱きしめられているのだろう、身体の自由が利かない
彼に気付いて貰おうと自由の利く手で私を抱きしめている悟くんの腕をタップするけど力は緩むことはなく更に力が込められ、このままでは絞め落とされそうなほど
呼吸をするだけでも苦しいので悟くんは力加減を分かって欲しい
この様子から察するに、きっと悟くんは起きているだろう
いつもと違う雰囲気を感じた私は視界を確保しようと必死に顔を動かしもがき、悟くんの肩口からプハッと顔を出すことに成功し、悟くんの視線の先へ首だけ向けた
暗い中で何やら人の気配、緑色に点灯する小さな光が、頼りなくゆらゆらと揺れている
何事か咄嗟に理解出来ずに身を竦め悟くんに身を寄せると大きな悟くんの手が私の頭を抱え、抱き寄せた
顔を私の髪に埋めているのか、頭皮に時折悟くんの呼気を感じる
悟くんの安心出来る体温の中で次第に覚醒した私は、異様な雰囲気と人の気配に現状を徐々に把握し始めた
まず、この状況を整理しよう
この暗がりに誰か複数人がこの部屋にいて、それを悟くんが警戒と牽制をしているようだ
芸能人である彼がいるこの部屋は、芸能人御用達で防犯面がしっかりしていて、うちの事務所も信頼を置いているホテルの一室だ
もちろんオートロックなので内側から開けない限り、カードキーが無ければ室内に入ることは出来ない
なので鍵を開けて中に入って来られるとなれば1番に考えられるのはマネージャーか事務所の人間だろう
今回の地方営業は祓ったれ本舗の2人と同行しているのはマネージャーの私だけである
このホテルでは宿泊時に2枚のカードキーを渡されるので悟くんが2枚とも持っているはずだ、私は持っていないのだから
そうなると、誰がこの部屋にいるのか……?
目まぐるしく脳をフル回転させても暗闇にいるであろう人たちの心当たりが無い私はこの場を悟くんに委ねることにした
私を抱きかかえたままベッドサイドのライトに手を伸ばして点けた悟くん
真っ暗な空間が突然明るくなったので目が眩み、私は反射的に閉じた
「あ……っ」
聞き覚えのある女性の声に目を開けると泣きそうな顔した茂布さんとその後ろには小型カメラを構えた男性と見覚えのある男性
「ね、キミたち不法侵入だけど、何やってんの?」
「寝起き、ドッキリ……デス…。マネージャーさん事務所からお話聞いてませんか?」
刺々しい言葉を投げつける悟くんにおずおずと答える見覚えのある男性
その言葉で男性が某局のバラエティ担当のディレクターだったことに気が付いた
「それ、僕たちは断ってたはずなんだけど。ねぇ、あや?」
私の頭を撫でながらそう私に同意を求める悟くんに私は頷く
「そ…うですね、祓本はドッキリNGだと事務所に伝えていると思いますが」
「事務所から五条さんの寝起きドッキリなら……とOKを貰って、日程調整して今ぼくたちここにいるのですが」
「マネージャーである私は、お話聞いてません…けど?」
お互い話が噛み合ってないことに気が付いた私はベッドから身を起こし、ディレクターは困った様子でカメラマンと顔を見合わせている
私と共に身を起こした悟くんが3人に見せつけるように私の頬へリップ音をさせながらキスをしてきて、慣れているとは言え悟くんの色気に中てられた上、衆人環視のこの状況が恥ずかしいせいで一向に回転してくれない頭を無理矢理に回転させて必死に考える
今、ここに彼らがいるということは事務所で許可を出しているのだろう
そして誰かがこの部屋の鍵を渡しているということだ
マネージャーの私を差し置いて
「悟くん、カードキーどうしてる?」
「1枚はカードキースイッチに差しっぱなし。もう1枚はいつも通り多分テーブルの上」
人目も憚らず私の太股を撫でながら答えた悟くんの手をぺちっと軽く叩き、身につけていた悟くんのTシャツで肌を隠しながら目を向けるけれど、どちらにもカードキーはある様子
「ディレクターさん、カードキーはどうやって?」
「先ほど下のロビーで待ち合わせた夏油さんから預かりました」
「傑くんから?」
腰を撫でる悟くんを睨み付けていると、それまでずっと黙っていた茂布さんがおずおずと口を開いた
止めるタイミングを失っていたのか、まだ動いていたのだろうカメラが茂布さんの方へ向く
「あ…あのっ!お2人のご関係……は?」
「とりあえず、今まで撮ってる動画データをこちらに回収させて貰う事と、この企画無かったことにしてくれるんなら話すけど」
カメラの方を睨み付けるように言った悟くんに怯えるようにカメラマンはカメラを下ろし、ディレクターは溜め息を吐きながら言った
「分かりました。話の行き違いもあったみたいですし、今回の動画データを提出して企画は無かったことにします。が!五条さんに別のドッキリ企画に参加して頂けることが条件です」
「交渉できる立場にあると思ってんの?僕は不法侵入で訴えることも出来るけど」
「こ…こちらも勝手入ったことは申し訳ないですけど、許可貰ってた…ですし……。このままではコーナーに、穴が…開いてしまいます……し…」
凄む悟くんの迫力に物怖じしたディレクターはキョドりながら答える
傑くんが1枚噛んでるみたいなので、番組だけに問題があるワケではないし……と悟くんを見上げると、私のおでこにキスを落とした悟くんが溜め息を吐いた
「ドッキリターゲットは傑ね。僕が仕掛け人。それでいいなら」
悟くんの言葉を聞いたディレクターとカメラマンはヘドバンをするかの勢いで頷いた
ごめん、傑くん。あなたのいないところで話が進んじゃったけど、今の私には悟くんを止められない……
私もほんのちょっとだけ怒ってるからあえて止めないっていうのもちょっぴりだけあるけれど
「ところでお2人のご関係は?」
話は付いたとばかりに茂布さんの言葉を復唱する興味津々の顔したディレクターに冷たい視線を投げた悟くんが一言
「僕の奥さんのあや」
「―――っ!!」
3人から声にならない声が上がった
そう、悟くんと私は夫婦
祓ったれ本舗としてデビューする前に結婚している
そのため事務所も、悟くんの親友であり相方である傑くんもこのことは知ってる
事務所側からも特に内緒にするというお達しが出ていたわけでも無く、業界の人たちに聞かれないので今まで悟くんは言わなかっただけなのだ
祓本の2人は自由人だし、プライベートが謎に包まれているのでまさか結婚してるとは誰も思っていなかったのだろう
私はマネージャーだから一緒にいても何ら不自然でも無かったし
「分かったら動画データ置いてさっさと出て行って。僕たち寝直すから」
シッシッと追い払うように手を振る失礼な悟くんによって布団に押し倒された私はマネージャーとしてのご挨拶もさせて貰えないまま扉が閉まる音を聞いた……
あぁ、今後の打ち合わせとかどうしてくれるの、悟くん
オリオンブルーの瞳が獲物を捕らえたかのように妖しく光り、うっそりと微笑んだ悟くんによってベッドサイドのライトが消される
熱く蕩けるような時間が訪れ、私は考えることをやめて身を委ねた―――
~おまけ~
「傑くん、悟くんの部屋のカードキーどうやって用意したの?」
「あぁ、それはカードキースイッチに刺さってたのを私のカードキーとすり替えたんだよ」
「なるほど…。ところでなんで私に内緒で勝手にドッキリOKしちゃったのかな?」
「悟が茂布さんのアプローチがウザいからこれを機会に暴露するって言い出したんだ。あやは悟に聞いてないのかい?」
「え?悟くんが計画したの?」
「そうだよ。流石に私にはそこまで勝手なことは出来ないよ」
「……デスヨネー(ちょっとだけ傑くんの仕業だと思ってごめんね)」