【JuJu】Short stories
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拝啓 未来のわたし
これを読んでいる未来のわたしは、これを書いてるわたしの10年後ですか?
それとも、もっと時間が経ってますか?
未来のわたしは呪術師をやっていますか?
当然、未来のわたしは知ってると思うけどわたしは今呪術高専で呪術師となるための勉強をしています。
この手紙を書いたこと、覚えていますか?
なぜ書こうと思ったか、覚えていますか?
どうして今、未来のわたしに手紙を書いてるかというと、わたしにとって将来を左右するような大きな選択肢を前に、選べずにいるから。
大きな分岐点だと思うから、どっちの未来をわたしが選択するのか、選択しなかった方はどうなったのか……それともどちらも選択してないのかもしれません。
お返事が欲しいと思っても過去に手紙を送る方法は今のところ見つかっていないので一方的になりますが、未来のわたし、この時の選択に後悔してませんか?
これを読んでる今は……幸せですか? かしこ
*****
拝啓 過去のわたし
当時眠れなくなるほど深く悩んでいたことを昨日のことのように思い出します。
あの時のわたし、あれから暫くの間悩みましたが、最終的には選択が間に合いませんでした。
そのせいでもしかしたらあの人の人生は変わってしまったかもしれません。
今のわたしは幸せです。
こう思えるようになるまで、たくさんのことに悩み、苦しみ、涙を流し、悔やみ、過去に戻りたいと何度も何度も思いました。
わたしがもっと早くあの人を選んでいたら、あの人はあんなことを起こさなかったかも……と、今でも考えてしまうことがあります。
この手紙が過去のわたしに届く方法は今も見つかっていません。
ですがどうしても過去のわたしにお返事がしたくてペンを取りました。
あなたはこれから自分が死んだほうがよかったと自身を幾度となく傷つけ、責めるような大きな出来事に巻き込まれるでしょう。
選択出来なかった過去に何度も涙を流し、今以上に眠れない夜を過ごすことになると思います。
だけどあなたは1人ではありません。
彼が、そばに居てくれます。
彼の悲しみや辛さ、あなたの苦悩や後悔を、2人で励ましあったり、時にはケンカをしたり、寂しさを紛らわすように互いの体温を求めあったりします。
しかしどんなに辛くともあなたは1人にはなりませんし、させて貰えません。
自分を信じて。
選択が間に合わなかったことも、またひとつの選択だと思います。 かしこ
追伸 今も、わたしは呪術師を続けています。
*****
カランコエの透かしが入った便箋にしたためた文章を読み返した後、丁寧に心を込めて折り真白の封筒に入れ、封をした
過去の自分から届いた手紙は、先週実家のポストに投函されていたものだ
実家の母からわたし宛の、自分自身が差出人の手紙が届いたと連絡が来るまで、未来の自分に宛てた手紙を書いていたことはすっかり失念していたのだけれど
当時、ネットでタイムカプセルサービスというものがあった
それは葉書か25g以内の手紙限定のもので最長10年の指定した期間、預かり保管して指定日が来たら登録した住所に届けてくれるというサービスだった
規約には指定日に必ず届くという補償はなく、届くのは指定日の前後1週間ほどの余裕があったように記憶している
幼少期から周りに見えない呪いが見えるということに戸惑い、悩んでいたわたしは、とにかくそこかしこで見かける呪いと目を合わさないようにしなくてはならない、ということだけは本能的に理解していた
目を合わさなければ怖い思いをすることもなかったし、助けたいと思っても呪いに憑かれてる人に対して当時のわたしにできることは何もなかった。祓うなんてことは考えも思いつきもしなかった
お陰で見えるということ以外何不自由なく過ごしていた
中学になる頃には呪いが視認出来るということが当たり前の日常になってしまっていたため特に呪いが見えることに疑問を感じることなく暮らしていた
けれど、ある時出会った任務中の呪術師に、わたしが見えることに気付かれ誤魔化すも将来を心配され、呪術高専に入ることを勧められた
わたし以外で呪いが見える人に出会ったのは初めてのことで……
親にもずっと隠し続けていた、呪いが見えるなんて妄言のようなことを、いよいよ親にカミングアウトする……という時ですら、悩まず即断即決できたのに
そんなわたしが、今まで生きてきてたった1度だけ決断に時間を要し、最終的に選択できなかったことがあった
当時のわたしは悟と付き合っていてそれなりに深い関係で。それは同級生であった傑や硝子や後輩たちの間でも旧知の事だった
ある日、特級呪術師である九十九さんが高専に来ているから呼んできて欲しいと夜蛾先生に頼まれ、彼女を探して校内を彷徨いていたわたしは自販機が並ぶ中庭で九十九さんが傑と一緒に居るところを見つけた
雰囲気がおかしいと感じ近づくことを一瞬躊躇ったけれど、夜蛾先生の言伝を九十九さんに伝えなければ……と思い直し2人のそばに近づくと、わたしに気が付いた九十九さんがベンチから立ち上がり、こちらに向かってきた
「やぁ、もしかして私を探していたのかい?」
「は…っ、はい。夜蛾先生が教務室でお待ちです」
「分かったよ。わざわざありがとう」
長い髪を靡かせ、わたしの横を通り過ぎていった九十九さんの後に残ったのはいまだベンチに腰掛けたままの傑と、彼女を呼びに来たわたし
九十九さんとわたしのやりとりを、心ここにあらずといった様子で眺めていた傑のそばに歩み寄り彼の隣に腰掛けたわたしに、ボンヤリと見ていた傑が独り言ように呟いた
「あや……。悟ではなく私を選んでくれないかい?」
わたしは耳を疑い、瞠目して傑を見つめた
しかし、言葉は撤回されることなく、虚ろな視線を傑は向けていた
聞き間違い……では無さそうだ
不意に傑からそんな言葉を投げかけられたわたしは、自分の耳が信じられず、考えることも出来ないまま傑を見つめ、そんなわたしを傑は力なく見返していた
過去のわたしの手紙にある『選択』とは、このことだった
九十九さんと話した後の傑は傍目で見ていて分かる程に危うく、細く、見えない蜘蛛の糸の上に辛うじて立ってるように見えた
少しバランスを崩したら糸から足を踏み外すだろうと容易に想像が付くほどに
当時悟と付き合っていたわたしに、付いてきて欲しいと言った傑の真意は分からない
傑にとってわたしが必要だったのでは無く、たまたまその時そこに居たのがわたしだったから声を掛けたに過ぎなかったのかもしれない
しかし、それを傑に問うことは出来なかった
わたしが傑か悟かを選ぶ前に、わたしに選択を投げかけた張本人の傑は1人で決断し離反、逃走したのだから―――
この一件以来、悟は言葉を改め、一人称を変え、傑と一緒に居た頃とは別人のように柔らかくなった
判断を傑に任せることが多かった悟は自身で判断するようになり、ワンマンと言われることも多いけど頼もしくなったように思う
そして、わたしは今も変わらず悟の彼女としてそばに居て、呪術師を続けている
わたしが書いたこの手紙は決して過去のわたしに届くことはないけれど、この手紙を書いた当時の自分に対して自分なりに過去を振り返るための儀式だった
後悔も苦悩も、何度したかしれない
だけど手紙にも書いた通り、当時悩みに悩んで選択が間に合わなかったことも選択の1つだと思うし、自分の心を偽っての選択をしていたとしたらきっと幸せになれなかっただろうと思っている
手紙を書くのに夢中になっている間に陽がすっかり傾き、部屋の中が薄暗くなっていた
封をした手紙を手にキッチンに向かい、ガスコンロに火を付け、今しがたしたためた手紙を翳すと、少しの間を置き真白の封筒に火が移り、みるみる間に茶色く縮みながら燃え上がる
燃え上がった手紙をシンクに置き、お焚き上げのように燃え尽きるのをじっと見守っていると紙の燃える匂いが鼻につき、わたしは顔を歪めた
「あや、ただいまー。ん?何かクサくない?」
「おかえり、悟。ちょっとお焚き上げしてたの。気にしないで」
「そっか、それなら良いんだけど」
部屋に入ってきた悟を出迎えたわたしに腰を屈め触れるだけのキスをする悟がチラリとキッチンの方へ視線を向けたけれど、手紙はすっかり燃え尽きていた