【DC】Short stories
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
爆発物を見つけたという通報を受け萩原と出動していた俺たちは現着後、無事爆弾を解体し現場は落ち着きを取り戻していた
設置されていたのはC4…所謂プラスチック爆薬と呼ばれるもので、名前だけだと威力が無さそうな印象を受けるが、軍用プラスチック爆薬の一種であるので威力は折り紙付きだ
防護メットを外した萩原に習うように俺も防護メットを外したところでスマホが鳴った
手袋を外してなかったので表示を見ず画面に顎を滑らせ電話を受けると、聞き慣れた慌てた大きな声が聞こえてくる
その声は捜査一課強行犯三係の伊達だった
「松田!大変だ!!」
「おぅ、班長どうしたよ?班長にしては珍しい慌てっぷりだな」
声が大きすぎる故に隣にいる萩原にも聞こえているのだろう、いつもは落ち着いた、みんなの兄貴分的な伊達の慌てた様子に垂れた目をこれでもかと瞠目させ俺のスマホを見ている
「落ち着け、松田落ち着いて聞けよ」
「いや、班長こそ落ち着けよ」
「…お、おぅ、そうだが…。あのな…」
「おう」
「今松田たちが解体してる爆弾の爆弾魔を捕縛したんだがな、そいつが言うにはまだ他の場所に爆弾を仕掛けているそうだ」
伊達の話にピクリと顔が引きつった
何故だろう、背筋を冷たい何かで撫でられたようなイヤな予感がする
「…待ってくれ、場所はどこだ?場所は吐いたのか?」
「場所は……、杯戸コンサートホールに2つ仕掛けたそうだ」
「…はっ…?」
杯戸コンサートホールでは今晩、俺の彼女であるプロピアニストのあやがピアノリサイタルを開催する
俺も招待されているので終業後直行する予定の場所だ
「松田、萩原と急いで向かってくれ!」
伊達の声に返事すること無く通話を切り、分厚い手袋をもどかしく歯で噛みちぎるように外しあやへコールするがあやは電話に出ない
思わず舌打ちをしたが、再度コールしてもあやが出ることは無かったのであやのマネージャーへコールする
「はい、神津です」
「あやは…あやはどこにいる?」
「………」
電話に出たマネージャーを問い詰めるように言い放った俺に、電話の向こうは沈黙した
痺れを切らし再度声を上げようとした瞬間、萩原にスルリとスマホを奪われる
「陣平ちゃん、焦りこそ最大のトラップ…だろ?」
そう言いながら俺のスマホを耳に当てた萩原が手早く事情を説明し、スピーカーモードに切り替えると状況を理解したらしいマネージャーの声がスピーカーから響く
「あやさんは今は1人ホールでピアノを弾いてるはずなので今スタッフに呼びに行かせました!残りのスタッフで爆弾らしきものが無いか捜索しますか?」
「こちらもすぐ向かいますので爆弾の捜索は不要です。あやちゃんと一緒に全員すぐに避難してください」
「神津さん!ホールの扉全てに鍵が掛かってるのかこちらから開きません!!道中見かけなかったのであやさんはまだホールの中にいると思うのですがっ!」
慌てた様子のその声に目の前が一瞬暗転する、足下がぐらぐらする
あやは…あやはホールにいるのか…?
「皆さんすぐ避難してください!あやちゃんのことも後は警察に任せてください!」
通話を終わらせた萩原が俺の背中をドンと叩きスマホを押し付ける
そのスマホを手にした俺に「超特急で行こうぜ、松田!」と走り出し、萩原の声に我を取り戻した俺は防護服を着ているくせにやけに早く遠ざかる萩原の背を追った
◇◆◇
一心不乱にピアノと向き合っていた
何週間も前から今日のために体調と調子を整えていたので今日は今年1番の好調子で指の動きは滑らかでピアノの鍵盤は軽かった
私の指の動きに合わせてグランドピアノから音が弾き出され、誰も居ないホールいっぱいに音が楽しげに跳ね回り響きあうのが目に見えるようでとても開放感があり、気持ちよく幸せな時間だった
今日は私のピアノリサイタル
先ほどまで入念なリハーサルで音響などの調整をしてくれていたスタッフさんたちは休憩のため全員スタッフルームへ下がり本番直前まで飲食しない私は1人、気の向くまま指の動くままにピアノを奏でていた
たくさんの観客がいる中での音と、誰もいない中での音は同じホールだけど響きが全く違う
誰もいないホールの音は私にとって特別なもので、そこで思う存分ピアノと向き合うことが私にとって本番前の緊張を和らげるルーチンワークとなっていた
ホール内の時計を見ると開場3時間前だったのでそろそろ準備をしようとピアノ椅子から腰を上げる
このホールは少し特殊な作りで舞台側からスタッフルームに行くことが出来ない
通常のホールならば舞台袖から公演関係者(演者)が出てくるスタイルだけどここは観客席側から入場するスタイルとなっている、とても珍しいホールだ
このホールは前室と呼ばれる内側と外側の扉の間があり、防音性が高いためホールに入ると外の音はほぼ聞こえない
コツコツと観客席の階段を踏みしめ重たい扉を押すとドンドンドンドンと勢いよく扉を叩く音がして思わず立ち止まった
私が前室に来たのが分かったから叩かれたのではなく、ずっと叩き続けていたであろう音だった
ピアノに集中していたとは言え、ここの防音は余程優れているのだろう、私の耳にこの音はずっと届いていなかったのだから
恐る恐る叩かれ続けている扉に手を掛け、ぐぃと押し込むが扉はビクともしない
「あ…れ…?」
更に強い力を込めて扉を押すがやはりビクとも動かない
もしかして鍵かかってる?閉じ込められた…?
慌てて他の扉へ向かい押し込んでみても動かず、また他の扉へ向かい…と何度か繰り返すが、開く扉は無かった
焦ってポッケの中に入れていたスマホを取り出すともの凄い通知に驚く
いつも通りリハ前にはバイブ無しの消音設定にしていたために気付かなかったのだ
どれから確認しようかと思う間もなく、スマホの画面が明るく光り「松田陣平」と彼の名が表示され反射的に電話を受けた
「は…い」
「あや!あやか?」
電話の向こうで陣平の声が聞こえ、その声に閉じ込められ不安に思っていた私の心は少しだけ解れる
「陣平…」
「あや、大丈夫か?」
「私ホールに閉じ込められちゃったみたい…」
「大丈夫だ、なんとかするから」
「うん…うんっ…」
「俺が絶対に助けるから」
「じ…陣平…っ」
大好きな彼の声を聞いて緊張の糸が切れてしまったのかほろほろと涙がこぼれる
絶対に助けると言ってくれた陣平の声に勇気づけられ、ほろほろ止まらなかった涙を掌で擦り上げる
少し力を入れすぎたのか頬がヒリヒリしたけどそんなこと気にならなかった
「電話、繋げっぱなしにしておくから。もうあやは1人じゃねぇ、安心しろ。だけど開けられるまでまだ時間が掛かりそうだ。ホール内に危険物があるかもしれないから悪ぃけど怪しいものがないか探してくれないか?」
陣平の顔に、手にすり寄せるように陣平の声がするスマホに頬をすり寄せ頷く
「分かった、探してみる」
「見つけたら俺にすぐ知らせてくれ」
「うん…っ!」
立ち上がり、舞台に向かって階段を降りながら注意深く客席を見て回るが何も見つからない
降りた階段と別の階段から今度は上に向かってみるけど何も見つからなかったので再び別の階段から舞台に向かいながら不審物がないか探すが見つからない
ふと舞台に視線を向けると袖幕と脇幕の間にひっそりと置かれた白い紙袋が目に入る
その場所は私がピアノに向かった際に背を向ける方向だ
「陣平、白い紙袋…見つけた」
「…ちょっと中覗けるか?」
「分かった」
スマホを耳に当てたまま白い紙袋に近づき中を覗き込むと幾本の配線と精密機器の基板のようなものがグレーで筒状の塩ビパイプと繋がっており、斜め角度で分かりにくいがタイマーらしき表示も見える
所謂典型的な爆弾…に見えるものだった
「陣、ぺ…ぃ」
命の危機を身を以て感じたせいか声が震え心臓が跳ねる
その声に陣平はいち早く気が付いたのだろうか、それともここにあるモノを予測していたのだろうか…穏やかな声が私の鼓膜を揺らした
「時間の表示…あるか?」
「う、んっ」
「よし、写真撮って俺に送ってくれ」
「うん」
言われるまま、スマホをスピーカーモードに切替えカメラを起動し写真を撮って送る
「お、来た」
陣平の声が少し遠くなった
「萩原、そこにあるの見せてくれ」
「おぅ解体終わってるよ」
萩原くんも来てるんだ…
陣平と萩原くんが一緒なら爆弾解体もあっという間だろう
早くこの爆弾も解体して貰わなければ…
焦りはあるけど扉が開かないと渡せない
スマホをキュッと握りしめ陣平の声を待っていると何やらカチャッカチッと音がする
「これと同じモンだな」
「ん、一緒だね」
陣平の問いかけに萩原くんが答えている声がする
紙袋の中をそっと覗くと爆弾のタイマーに表示されている時間はあと30分を切っていた
「ブリーチングラムは?」
「到着まであと30分ほど掛かります」
「チィッ」
電話の向こうで萩原くんの問いに聞こえる声と陣平の舌打ちに私は絶望しそうだ
ブリーチングラムが何かは分からないけど今までの話から推測するにこの分厚い扉を開けるための道具だろう
その道具の到着と、爆弾のタイマーアップはほとんど同時のようだ
…この爆弾はどうなるんだろう?
電話の向こうのやりとりを聞いていると同じような爆弾はホール外にもあったようだし、それは解体が済んでいるみたいだ
このホール内には見たところこの爆弾1つだし、爆弾をホールの1番遠くに置いて前室にいたら私は助からないのだろうか?
…と安易な考えが浮かぶけど、私は素人なので扉の向こうにいる爆弾解体のプロ、陣平たちの判断を待つしか無かった
ぼそぼそとやりとりをしていた向こうから陣平が私を呼ぶ
「あや」
「陣平…」
「何か…刃物っつーか配線を切れるモノ、持ってないか?」
陣平の声にポッケを弄ると爪切りがひとつ、入っていた
ピアニスト故、手先の手入れのために常に持ち歩いているものだ
「爪切りなら」
「…よし、そしたら紙袋をそのままR2の扉の前に持ってきてくれるか?」
「動かして大丈夫?」
「振動感知センサーは付いてないから大丈夫だ」
カチャリカチャリと音をさせながら陣平は答える
「陣平ちゃん、ホントにあやちゃんに解体させるの?」
「あぁ、それしかあやを助ける道はねぇ」
力強く萩原くんに答えた陣平の声に私も心を奮い立たせた
警視庁警備部機動隊の爆発物処理班ダブルエースが側にいる
松田陣平が、私の彼氏が扉の向こうにいるのだ
「わかった」
震える手で紙袋を持ち上げ、自分の体から出来るだけ離すため手をピンと張り陣平に指示されたR2の扉へ向かう
「扉の前に来たよ」
紙袋を床に置き、そう声を掛けると扉の向こうと電話の向こうからコンコンコンと3回ノックの音が響いた
「陣平!」
私も扉に縋り付くようにコンコンコンと3回ノックを返す
「すぐ側に俺がいる、俺を信用して解体して欲しい」
覚悟した様子の陣平の声にこくんと唾を飲み込む
前室は小さな補助灯しかなくて暗いから…と内扉を開き、解放状態で固定するとホール内の灯りで前室も明るくなった
私が持っていたのは一般的なテコ型爪切りと呼ばれるモノで、切った爪が飛び散らないようストッパーケースが付いている
紙袋から慎重に爆弾を取り出し爪切りを手にした私は爪切りからストッパーケースを外し、陣平の指示を受けこんがらかるように配された配線をまず取り分ける
手が震え、心臓は口から飛び出しそうだ
陣平の指示通り基盤に触れぬよう、断線させぬよう注意をしながら作業するけど震える手ではなかなか思うように精密な動きが出来ない
私は手先の器用さにはそれなりに自信があるつもりだったけど、今は手が思うように動いてくれなくて…気持ちは急くけど思うように作業は捗らなかった
極度の緊張から喉はカラカラだし額からは汗が流れるし掌も汗ばんでいる
そんな中でも陣平は優しく声をかけ続けて私を励ましてくれ何とか配線処理までこぎ着けていた
「次は…右側にある黄色をカット」
作業中、手の震えは一向に収まることは無く、間違った配線を切るわけにはいかないからと爪切りを構えてからしばらく手の震えが最小に収まるまで待ち、パチンと陣平の指示通りに黄色の配線を切る
未処理の配線は残り2本
タイマーは残り3分を切っていた
こめかみにツツッと汗が流れ、ふぅとひとつ大きく息を吐く
「あと1本切れば終わるから、頑張れ」
スピーカーから私を労わる優しい陣平の声
「陣平」
「あや、どうした?」
「ここ出たら思い切り抱きしめてね」
フッと陣平が息を吐いたのが分かった
こんな時なのに…と呆れて扉の向こうで笑っているのかもしれない
「当然だろ?こんだけあやが頑張ってんだ、俺の出来ること何でもしてやるよ。そしたら最後行k…プッ」
囁くような甘い声が途中で切れる
「えっ?陣平?」
待てど暮らせど陣平の声が聞こえることはなく、先ほどまで陣平の声を届けてくれていた床に置いたスマホを見ると画面が真っ暗
焦って手にしたスマホを画面を普段より強く何度もタップしたり電源ボタンを押したりしても画面が明るくなることはなく、どうやらバッテリが切れてしまったようだった
「陣平っ!じんぺ…い」
真っ暗なスマホを手に急に1人になった不安からボロボロと涙が溢れ止まらずにいるとコンコンコンと3回扉が叩かれた
陣平はまだ扉の向こうに居てくれていることに気が付き、溢れた涙は止まらないままだったけどコンコンコンと3回私も扉を叩くと再度3回返される
陣平、陣平!
彼を求める声は口に出ていたのか、心の中で強く思っていたのか、今の私には判別は付かなかった
このままタイマーアップすれば、私はもちろん扉の向こうにいる陣平もただでは済まないことは容易に想像が付く
最初はコンコンコンとノックのような音だった扉を叩く音は、気が付くと激しくドンドンドンと叩く音に変わっていた
向こうで陣平が叩いているのかもしれないし、扉を開けようとしていてくれているのかもしれない
耳を澄ませても叩く音は聞こえるけど彼の声が私の耳に届くことは無かった
陣平はさっきあと1本切れば終わると言っていた
勇気を奮い起こし、爆弾に目を向けるとカウントダウンを刻み続ける爆弾のタイマーは1分を切っている
未処理の配線は残り2本、そのうちの1本を切れば終わる
扉が強く叩かれている中、未処理の配線を見ると緑と青の2本だった
爆弾を今日初めて見た私に、陣平の指示無くしてどちらの配線を切れば良いかなんて分からない
間違えると今までの苦労は水の泡、私はきっと助からない
扉の向こうの陣平も助からないかもしれない
でもここで何もしなければ確実に助からない
確率は50%…
どちらを切るか思案しながら爪切りを構えると、それまで震えていたのが嘘のように震えは止まり指先までしっかりと力を込めることが出来た
タイマーは残り10妙を切っている…
パチンッ―――
―――温かく、安心する香りに包まれ目を開けた
眩しく、目を細めると今まで聞こえなかった騒々しい音たちが耳に飛び込んでくる
陣平が私を強く抱きしめていて軽く身動ぎをすると弾かれたように陣平が私から体を少し離した
「あやっ!」
「陣平?」
それまでよりも更に強く抱きしめられ、陣平の髪の毛が私の頸を擽る
助かったんだ―――
陣平のフワフワした髪の毛の感触を感じながらそう実感する
「良かった、陣平にまた会えた…」
気が抜けたのか、私の意識は再び闇に落ちていった―――
◇◆◇
ベッドの中で抱きしめていたあやが目を覚ましたのか体をモゾモゾと動かし、あやと俺のどちらのものか分からないほど溶け合った体温で微睡んでいた俺も目を覚ました
俺から離れようとするあやを強めに自分の方へ引き寄せ、抱きしめ、旋毛にキスを落とすと擽ったそうにあやはふふっと声を漏らし肩を竦める
「…あや、なんであの時緑の配線を選んだ?」
「陣平の瞳の色だった青は私には切れなかった…ただそれだけ…」
ぐりぐりと俺の胸に頬をすり寄せるあやに頬が緩む
―――あの時、あやとの電話が切れてしまったと気が付き、最初は扉の向こうにいるあやを怖がらせないようノックしていたが、時間が迫るにつれ俺は焦り「青だけは切るな!」とドンドン扉を殴るようになっていた
その声は分厚い防音扉の向こうにいたあやには届いてなかったが、あやに俺の声が届いていることを願い、このまま破壊できないかと我武者羅に拳を振るい続けていた
俺の拳が使い物にならなくなってもいい、この扉を壊せれば…あやを助けることが出来れば…という一心だった
必死に扉を殴りつけていると萩原が振りかぶった俺の腕を押さえ「タイマーアップだよ、陣平ちゃん」と言った
そこであやが助かった、無事緑の配線を切ったのだと我に返り拳を下ろすと両拳がジンジンとしており、拳頭からは出血していた
分厚い防音扉を殴り続けていたせいで俺の拳が悲鳴を上げていたのだ
しかし、そんなことに構っている余裕は俺には無く、ちょうど届いたブリーチングラムを手に扉を破壊すると顔面蒼白で意識を失ったあやが倒れていて爆弾のタイマーは残り3秒で止まっていた―――
設置されていたのはC4…所謂プラスチック爆薬と呼ばれるもので、名前だけだと威力が無さそうな印象を受けるが、軍用プラスチック爆薬の一種であるので威力は折り紙付きだ
防護メットを外した萩原に習うように俺も防護メットを外したところでスマホが鳴った
手袋を外してなかったので表示を見ず画面に顎を滑らせ電話を受けると、聞き慣れた慌てた大きな声が聞こえてくる
その声は捜査一課強行犯三係の伊達だった
「松田!大変だ!!」
「おぅ、班長どうしたよ?班長にしては珍しい慌てっぷりだな」
声が大きすぎる故に隣にいる萩原にも聞こえているのだろう、いつもは落ち着いた、みんなの兄貴分的な伊達の慌てた様子に垂れた目をこれでもかと瞠目させ俺のスマホを見ている
「落ち着け、松田落ち着いて聞けよ」
「いや、班長こそ落ち着けよ」
「…お、おぅ、そうだが…。あのな…」
「おう」
「今松田たちが解体してる爆弾の爆弾魔を捕縛したんだがな、そいつが言うにはまだ他の場所に爆弾を仕掛けているそうだ」
伊達の話にピクリと顔が引きつった
何故だろう、背筋を冷たい何かで撫でられたようなイヤな予感がする
「…待ってくれ、場所はどこだ?場所は吐いたのか?」
「場所は……、杯戸コンサートホールに2つ仕掛けたそうだ」
「…はっ…?」
杯戸コンサートホールでは今晩、俺の彼女であるプロピアニストのあやがピアノリサイタルを開催する
俺も招待されているので終業後直行する予定の場所だ
「松田、萩原と急いで向かってくれ!」
伊達の声に返事すること無く通話を切り、分厚い手袋をもどかしく歯で噛みちぎるように外しあやへコールするがあやは電話に出ない
思わず舌打ちをしたが、再度コールしてもあやが出ることは無かったのであやのマネージャーへコールする
「はい、神津です」
「あやは…あやはどこにいる?」
「………」
電話に出たマネージャーを問い詰めるように言い放った俺に、電話の向こうは沈黙した
痺れを切らし再度声を上げようとした瞬間、萩原にスルリとスマホを奪われる
「陣平ちゃん、焦りこそ最大のトラップ…だろ?」
そう言いながら俺のスマホを耳に当てた萩原が手早く事情を説明し、スピーカーモードに切り替えると状況を理解したらしいマネージャーの声がスピーカーから響く
「あやさんは今は1人ホールでピアノを弾いてるはずなので今スタッフに呼びに行かせました!残りのスタッフで爆弾らしきものが無いか捜索しますか?」
「こちらもすぐ向かいますので爆弾の捜索は不要です。あやちゃんと一緒に全員すぐに避難してください」
「神津さん!ホールの扉全てに鍵が掛かってるのかこちらから開きません!!道中見かけなかったのであやさんはまだホールの中にいると思うのですがっ!」
慌てた様子のその声に目の前が一瞬暗転する、足下がぐらぐらする
あやは…あやはホールにいるのか…?
「皆さんすぐ避難してください!あやちゃんのことも後は警察に任せてください!」
通話を終わらせた萩原が俺の背中をドンと叩きスマホを押し付ける
そのスマホを手にした俺に「超特急で行こうぜ、松田!」と走り出し、萩原の声に我を取り戻した俺は防護服を着ているくせにやけに早く遠ざかる萩原の背を追った
◇◆◇
一心不乱にピアノと向き合っていた
何週間も前から今日のために体調と調子を整えていたので今日は今年1番の好調子で指の動きは滑らかでピアノの鍵盤は軽かった
私の指の動きに合わせてグランドピアノから音が弾き出され、誰も居ないホールいっぱいに音が楽しげに跳ね回り響きあうのが目に見えるようでとても開放感があり、気持ちよく幸せな時間だった
今日は私のピアノリサイタル
先ほどまで入念なリハーサルで音響などの調整をしてくれていたスタッフさんたちは休憩のため全員スタッフルームへ下がり本番直前まで飲食しない私は1人、気の向くまま指の動くままにピアノを奏でていた
たくさんの観客がいる中での音と、誰もいない中での音は同じホールだけど響きが全く違う
誰もいないホールの音は私にとって特別なもので、そこで思う存分ピアノと向き合うことが私にとって本番前の緊張を和らげるルーチンワークとなっていた
ホール内の時計を見ると開場3時間前だったのでそろそろ準備をしようとピアノ椅子から腰を上げる
このホールは少し特殊な作りで舞台側からスタッフルームに行くことが出来ない
通常のホールならば舞台袖から公演関係者(演者)が出てくるスタイルだけどここは観客席側から入場するスタイルとなっている、とても珍しいホールだ
このホールは前室と呼ばれる内側と外側の扉の間があり、防音性が高いためホールに入ると外の音はほぼ聞こえない
コツコツと観客席の階段を踏みしめ重たい扉を押すとドンドンドンドンと勢いよく扉を叩く音がして思わず立ち止まった
私が前室に来たのが分かったから叩かれたのではなく、ずっと叩き続けていたであろう音だった
ピアノに集中していたとは言え、ここの防音は余程優れているのだろう、私の耳にこの音はずっと届いていなかったのだから
恐る恐る叩かれ続けている扉に手を掛け、ぐぃと押し込むが扉はビクともしない
「あ…れ…?」
更に強い力を込めて扉を押すがやはりビクとも動かない
もしかして鍵かかってる?閉じ込められた…?
慌てて他の扉へ向かい押し込んでみても動かず、また他の扉へ向かい…と何度か繰り返すが、開く扉は無かった
焦ってポッケの中に入れていたスマホを取り出すともの凄い通知に驚く
いつも通りリハ前にはバイブ無しの消音設定にしていたために気付かなかったのだ
どれから確認しようかと思う間もなく、スマホの画面が明るく光り「松田陣平」と彼の名が表示され反射的に電話を受けた
「は…い」
「あや!あやか?」
電話の向こうで陣平の声が聞こえ、その声に閉じ込められ不安に思っていた私の心は少しだけ解れる
「陣平…」
「あや、大丈夫か?」
「私ホールに閉じ込められちゃったみたい…」
「大丈夫だ、なんとかするから」
「うん…うんっ…」
「俺が絶対に助けるから」
「じ…陣平…っ」
大好きな彼の声を聞いて緊張の糸が切れてしまったのかほろほろと涙がこぼれる
絶対に助けると言ってくれた陣平の声に勇気づけられ、ほろほろ止まらなかった涙を掌で擦り上げる
少し力を入れすぎたのか頬がヒリヒリしたけどそんなこと気にならなかった
「電話、繋げっぱなしにしておくから。もうあやは1人じゃねぇ、安心しろ。だけど開けられるまでまだ時間が掛かりそうだ。ホール内に危険物があるかもしれないから悪ぃけど怪しいものがないか探してくれないか?」
陣平の顔に、手にすり寄せるように陣平の声がするスマホに頬をすり寄せ頷く
「分かった、探してみる」
「見つけたら俺にすぐ知らせてくれ」
「うん…っ!」
立ち上がり、舞台に向かって階段を降りながら注意深く客席を見て回るが何も見つからない
降りた階段と別の階段から今度は上に向かってみるけど何も見つからなかったので再び別の階段から舞台に向かいながら不審物がないか探すが見つからない
ふと舞台に視線を向けると袖幕と脇幕の間にひっそりと置かれた白い紙袋が目に入る
その場所は私がピアノに向かった際に背を向ける方向だ
「陣平、白い紙袋…見つけた」
「…ちょっと中覗けるか?」
「分かった」
スマホを耳に当てたまま白い紙袋に近づき中を覗き込むと幾本の配線と精密機器の基板のようなものがグレーで筒状の塩ビパイプと繋がっており、斜め角度で分かりにくいがタイマーらしき表示も見える
所謂典型的な爆弾…に見えるものだった
「陣、ぺ…ぃ」
命の危機を身を以て感じたせいか声が震え心臓が跳ねる
その声に陣平はいち早く気が付いたのだろうか、それともここにあるモノを予測していたのだろうか…穏やかな声が私の鼓膜を揺らした
「時間の表示…あるか?」
「う、んっ」
「よし、写真撮って俺に送ってくれ」
「うん」
言われるまま、スマホをスピーカーモードに切替えカメラを起動し写真を撮って送る
「お、来た」
陣平の声が少し遠くなった
「萩原、そこにあるの見せてくれ」
「おぅ解体終わってるよ」
萩原くんも来てるんだ…
陣平と萩原くんが一緒なら爆弾解体もあっという間だろう
早くこの爆弾も解体して貰わなければ…
焦りはあるけど扉が開かないと渡せない
スマホをキュッと握りしめ陣平の声を待っていると何やらカチャッカチッと音がする
「これと同じモンだな」
「ん、一緒だね」
陣平の問いかけに萩原くんが答えている声がする
紙袋の中をそっと覗くと爆弾のタイマーに表示されている時間はあと30分を切っていた
「ブリーチングラムは?」
「到着まであと30分ほど掛かります」
「チィッ」
電話の向こうで萩原くんの問いに聞こえる声と陣平の舌打ちに私は絶望しそうだ
ブリーチングラムが何かは分からないけど今までの話から推測するにこの分厚い扉を開けるための道具だろう
その道具の到着と、爆弾のタイマーアップはほとんど同時のようだ
…この爆弾はどうなるんだろう?
電話の向こうのやりとりを聞いていると同じような爆弾はホール外にもあったようだし、それは解体が済んでいるみたいだ
このホール内には見たところこの爆弾1つだし、爆弾をホールの1番遠くに置いて前室にいたら私は助からないのだろうか?
…と安易な考えが浮かぶけど、私は素人なので扉の向こうにいる爆弾解体のプロ、陣平たちの判断を待つしか無かった
ぼそぼそとやりとりをしていた向こうから陣平が私を呼ぶ
「あや」
「陣平…」
「何か…刃物っつーか配線を切れるモノ、持ってないか?」
陣平の声にポッケを弄ると爪切りがひとつ、入っていた
ピアニスト故、手先の手入れのために常に持ち歩いているものだ
「爪切りなら」
「…よし、そしたら紙袋をそのままR2の扉の前に持ってきてくれるか?」
「動かして大丈夫?」
「振動感知センサーは付いてないから大丈夫だ」
カチャリカチャリと音をさせながら陣平は答える
「陣平ちゃん、ホントにあやちゃんに解体させるの?」
「あぁ、それしかあやを助ける道はねぇ」
力強く萩原くんに答えた陣平の声に私も心を奮い立たせた
警視庁警備部機動隊の爆発物処理班ダブルエースが側にいる
松田陣平が、私の彼氏が扉の向こうにいるのだ
「わかった」
震える手で紙袋を持ち上げ、自分の体から出来るだけ離すため手をピンと張り陣平に指示されたR2の扉へ向かう
「扉の前に来たよ」
紙袋を床に置き、そう声を掛けると扉の向こうと電話の向こうからコンコンコンと3回ノックの音が響いた
「陣平!」
私も扉に縋り付くようにコンコンコンと3回ノックを返す
「すぐ側に俺がいる、俺を信用して解体して欲しい」
覚悟した様子の陣平の声にこくんと唾を飲み込む
前室は小さな補助灯しかなくて暗いから…と内扉を開き、解放状態で固定するとホール内の灯りで前室も明るくなった
私が持っていたのは一般的なテコ型爪切りと呼ばれるモノで、切った爪が飛び散らないようストッパーケースが付いている
紙袋から慎重に爆弾を取り出し爪切りを手にした私は爪切りからストッパーケースを外し、陣平の指示を受けこんがらかるように配された配線をまず取り分ける
手が震え、心臓は口から飛び出しそうだ
陣平の指示通り基盤に触れぬよう、断線させぬよう注意をしながら作業するけど震える手ではなかなか思うように精密な動きが出来ない
私は手先の器用さにはそれなりに自信があるつもりだったけど、今は手が思うように動いてくれなくて…気持ちは急くけど思うように作業は捗らなかった
極度の緊張から喉はカラカラだし額からは汗が流れるし掌も汗ばんでいる
そんな中でも陣平は優しく声をかけ続けて私を励ましてくれ何とか配線処理までこぎ着けていた
「次は…右側にある黄色をカット」
作業中、手の震えは一向に収まることは無く、間違った配線を切るわけにはいかないからと爪切りを構えてからしばらく手の震えが最小に収まるまで待ち、パチンと陣平の指示通りに黄色の配線を切る
未処理の配線は残り2本
タイマーは残り3分を切っていた
こめかみにツツッと汗が流れ、ふぅとひとつ大きく息を吐く
「あと1本切れば終わるから、頑張れ」
スピーカーから私を労わる優しい陣平の声
「陣平」
「あや、どうした?」
「ここ出たら思い切り抱きしめてね」
フッと陣平が息を吐いたのが分かった
こんな時なのに…と呆れて扉の向こうで笑っているのかもしれない
「当然だろ?こんだけあやが頑張ってんだ、俺の出来ること何でもしてやるよ。そしたら最後行k…プッ」
囁くような甘い声が途中で切れる
「えっ?陣平?」
待てど暮らせど陣平の声が聞こえることはなく、先ほどまで陣平の声を届けてくれていた床に置いたスマホを見ると画面が真っ暗
焦って手にしたスマホを画面を普段より強く何度もタップしたり電源ボタンを押したりしても画面が明るくなることはなく、どうやらバッテリが切れてしまったようだった
「陣平っ!じんぺ…い」
真っ暗なスマホを手に急に1人になった不安からボロボロと涙が溢れ止まらずにいるとコンコンコンと3回扉が叩かれた
陣平はまだ扉の向こうに居てくれていることに気が付き、溢れた涙は止まらないままだったけどコンコンコンと3回私も扉を叩くと再度3回返される
陣平、陣平!
彼を求める声は口に出ていたのか、心の中で強く思っていたのか、今の私には判別は付かなかった
このままタイマーアップすれば、私はもちろん扉の向こうにいる陣平もただでは済まないことは容易に想像が付く
最初はコンコンコンとノックのような音だった扉を叩く音は、気が付くと激しくドンドンドンと叩く音に変わっていた
向こうで陣平が叩いているのかもしれないし、扉を開けようとしていてくれているのかもしれない
耳を澄ませても叩く音は聞こえるけど彼の声が私の耳に届くことは無かった
陣平はさっきあと1本切れば終わると言っていた
勇気を奮い起こし、爆弾に目を向けるとカウントダウンを刻み続ける爆弾のタイマーは1分を切っている
未処理の配線は残り2本、そのうちの1本を切れば終わる
扉が強く叩かれている中、未処理の配線を見ると緑と青の2本だった
爆弾を今日初めて見た私に、陣平の指示無くしてどちらの配線を切れば良いかなんて分からない
間違えると今までの苦労は水の泡、私はきっと助からない
扉の向こうの陣平も助からないかもしれない
でもここで何もしなければ確実に助からない
確率は50%…
どちらを切るか思案しながら爪切りを構えると、それまで震えていたのが嘘のように震えは止まり指先までしっかりと力を込めることが出来た
タイマーは残り10妙を切っている…
パチンッ―――
―――温かく、安心する香りに包まれ目を開けた
眩しく、目を細めると今まで聞こえなかった騒々しい音たちが耳に飛び込んでくる
陣平が私を強く抱きしめていて軽く身動ぎをすると弾かれたように陣平が私から体を少し離した
「あやっ!」
「陣平?」
それまでよりも更に強く抱きしめられ、陣平の髪の毛が私の頸を擽る
助かったんだ―――
陣平のフワフワした髪の毛の感触を感じながらそう実感する
「良かった、陣平にまた会えた…」
気が抜けたのか、私の意識は再び闇に落ちていった―――
◇◆◇
ベッドの中で抱きしめていたあやが目を覚ましたのか体をモゾモゾと動かし、あやと俺のどちらのものか分からないほど溶け合った体温で微睡んでいた俺も目を覚ました
俺から離れようとするあやを強めに自分の方へ引き寄せ、抱きしめ、旋毛にキスを落とすと擽ったそうにあやはふふっと声を漏らし肩を竦める
「…あや、なんであの時緑の配線を選んだ?」
「陣平の瞳の色だった青は私には切れなかった…ただそれだけ…」
ぐりぐりと俺の胸に頬をすり寄せるあやに頬が緩む
―――あの時、あやとの電話が切れてしまったと気が付き、最初は扉の向こうにいるあやを怖がらせないようノックしていたが、時間が迫るにつれ俺は焦り「青だけは切るな!」とドンドン扉を殴るようになっていた
その声は分厚い防音扉の向こうにいたあやには届いてなかったが、あやに俺の声が届いていることを願い、このまま破壊できないかと我武者羅に拳を振るい続けていた
俺の拳が使い物にならなくなってもいい、この扉を壊せれば…あやを助けることが出来れば…という一心だった
必死に扉を殴りつけていると萩原が振りかぶった俺の腕を押さえ「タイマーアップだよ、陣平ちゃん」と言った
そこであやが助かった、無事緑の配線を切ったのだと我に返り拳を下ろすと両拳がジンジンとしており、拳頭からは出血していた
分厚い防音扉を殴り続けていたせいで俺の拳が悲鳴を上げていたのだ
しかし、そんなことに構っている余裕は俺には無く、ちょうど届いたブリーチングラムを手に扉を破壊すると顔面蒼白で意識を失ったあやが倒れていて爆弾のタイマーは残り3秒で止まっていた―――