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【DC】FELICITE

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――将来の夢は警察官になること――


この夢を掲げる男子は多い
かくいう俺もその1人だった
しかし年齢を重ねるにつれ、警察官になる夢を追うより現実的な方向へ変わっていく人が多く、実際に警察官採用試験を受ける人は夢として掲げていた人数より圧倒的に少ない


子どもの頃から手先が器用だった俺は小学1年の夏休みに自分の将来として掲げる職業に出会う
その日は暑すぎて外に出る気になれずクーラの効いた家で暇を持て余しており、昼に冷や麦を食べた後ダラダラとチューペットを食べながらトレンディドラマの再放送を見ていた
そのドラマの中で見た爆発物解体処理をしている俳優の格好良さに惚れ込み、自ら爆発物解体をしてみたいという夢を持ったのだ
他人にはそんな理由と笑われるかもしれないが、子どもの頃の将来の夢というのはそういう単純な理由で成り立っていることも多いんじゃないかと思う
それが年を重ね、そのまま継続するか、別の夢に向かうか、厳しい現実を見て方向転換するのか、忘れてしまうのか…
実際に子どもの頃の夢を初志貫徹して実現する人は極一握りに過ぎないだろう

小学校低学年のうちは声に出して言えた将来の夢だったが、高学年になるにつれて警察官になる夢は「現実見ろよ」と嘲笑されるものとなっていて、いつの頃からか俺は口にすることはやめていたが、俺はずっと自分の胸に秘めていた
その温めてきた夢を中学の進路調査票に初めて文字で記したのだ
文字として改めて見ると気恥ずかしさが先に立つが、目指す夢があるなら選択する高校もその先も自ずと決まってくるので進路調査票に書かないわけにはいかなかった

夢を記した進路調査票を提出しようと席を立った時、休み時間だからと教室の換気のため開け放たれた窓から強風が吹き込んで俺の手から進路調査票を掠め取っていった
俺は慌てて風に飛ばされた自分の進路調査票を拾いに向かったのだが、俺が回収する前に同じクラスの松田に拾われ内容をマジマジと見られてしまった

チュッパチャプスをコロコロと口の中で転がしながらそれを見た松田が俺に歩み寄り進路調査票をこちらに差し出す
馬鹿にされんじゃないかと構えていると松田から

「奇遇だな、俺と同じ進路だ。よろしくな、萩原」

と言われ、俺は思いもよらない松田の言葉にポカンとした

俺の夢を馬鹿にすることなく、自分も同じ進路だと事も無げに言った松田がカッコ良く見え、自分の夢を、進路を恥じる必要が無いのだとその時の松田に教えられたのだ

それ以来、松田とは共に警察官になる夢に向かって、2人で励まし合い(時に貶し合い)切磋琢磨して(しのぎを削り合って)高い倍率をくぐり抜け無事2人とも警察官採用試験に合格した時は互いの頬をつねり合い、それがいつしか本気になり涙目になりながらどちらが先に手を離すか意地の張り合いになっていた
それほどまでに高い倍率であり、その痛みは夢を叶えられたことを実感した痛みだったのだ



警察官採用試験に合格した後は初任教育として警察学校へ入校した

警察学校の入校式、主席の挨拶はアリスブルーの瞳にミルキーブロンドの髪、健康的な肌でベビーフェイスの日本人離れした容姿で一際目立つ降谷という男だった
挨拶文を手にしていた降谷の左手薬指にはシンプルなプラチナリングが光っていて、皆降谷の挨拶の最中に…特に女子たちがざわめいていた
通常警察学校でアクセサリーの着用は禁止されているが結婚指輪に関しては特例で許可が出ているので降谷がはめているのは結婚指輪なのだと思われる
…ということはおそらく同い年だろう降谷には家庭があるということなのだろうか?

警察学校で知り合った仲間はたくさんいるが、グループ行動が基本なのでグループメンバーとはより濃密な時間を過ごすこととなる
俺のいたグループはこの年の主席、結婚指輪の降谷と次席の伊達がいて、降谷の幼馴染みの諸伏、松田に俺というメンバーだった
警察学校は全寮制で2~3人部屋を班単位で部屋割りされており、降谷と諸伏、伊達と松田と俺の2部屋だった


入校して4日目消灯30分前の自由時間、松田は風呂へ行っており、伊達はトレーニングルームに行っていた
俺は1人で部屋にいたが、グループメンバーや教場の誰もがずっと気になっているが聞けないままだった降谷の指輪の件の真相を聞こうと意を決して降谷・諸伏部屋のドアを叩く

招き入れられた部屋の中では入校式の後に執り行われた拳銃貸与式で貸与された拳銃の手入れを、広げた新聞紙の上に座った降谷がしていた

新聞紙の上に座る降谷はレアなんじゃないだろうか
教場の女子たちに話したら喜びそうなネタかもしれない

招き入れてくれた諸伏からにこやかにベッドに腰掛けるよう促され腰掛けると諸伏が部屋備え付けの冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して「萩原、受け取れよー」と俺に放り投げる
受け取りやすいように柔らかな放物線上に放り投げられたスポーツドリンクを受け取り、受け取った方の手を「サンキュー」と言いながら軽く上げると諸伏がにこりと笑った

降谷の拳銃の手入れが終わるのを貰ったスポーツドリンクを飲みながら待っていると諸伏は持込禁止で教官に回収されているはずの携帯を何故か持っていてカチカチとメールを打っていた
どうやって逃れたのかと理由を聞くと

「提出したのSIMカードが入ってない古い携帯なんだ」

と、柔和な笑顔で腹黒なことを言うので思わず吹き出す
まだ知り合って4日目でどんなヤツか全てを把握し切れてないが、諸伏は結構やんちゃなヤツなのかもしれない
携帯提出時の機転の利き方に松田と気が合いそうだと思った

こちらの会話に入ることなく黙々と拳銃の手入れをしていた降谷は手入れが済んだのか組み上げた拳銃を手に部屋を出て行く
教官室に拳銃を返しに行ったのだろう
諸伏と2人になる
静かな室内で時計の秒針の音と諸伏が携帯をカチカチと打ってる音がする

諸伏は降谷の幼馴染みらしいので降谷の嫁(仮)のことを知っているかもしれない

「なぁ、諸伏」
「どうした?萩原」
「降谷ってさ…」
「ん?」

携帯から目を上げて俺を見る諸伏に、本来なら降谷に直接聞きたかったことを聞いてみる

「…結婚してんの?」
「………」
「………」
「…なんで?」

瞠目してこちらを見る諸伏がようやく発した言葉に俺は息を飲む

もしかして気軽に聞いちゃいけない訳ありなことだったのか?

こくりと口内の唾を飲み込み恐る恐る思っていた事を口にする

「い…や、降谷の指に結婚指輪らしきもんがあるじゃん?あれ入校式の挨拶の時から皆の話題になっててさっ…」

後ろめたいことがある訳でもないのに何故か自分の意思で聞きに来たと言いにくく、言葉を濁したせいで意図せず誰かに聞いて来いと言われたようなニュアンスになってしまい、思わず髪をかき上げた
髪をかき上げるのは後ろめたいことがあったりした時の俺のクセだ

「あー…」

俺から視線を逸らせ天井を見上げた諸伏が悩んでいる様子が窺える

「俺の口からよりゼロ…降谷に直で聞いた方が良いと思うけどな…んー…」

腕組みして今度は床を見る諸伏を黙って俺は見つめる

「んー、気になるよな。確かに気になるよな。俺なら気になってやっぱり萩原みたいに聞いちゃうと思うわ。うん」

独り言で自分自身を納得させた諸伏の視線が俺に向く

「もしかして今ここに来たのはそれを聞くため?」

こっくり肯首する俺に諸伏は、はぁ~っと溜息を吐き言った

「そろそろゼロ戻ってくると思うからゼロに直接聞いた方がいい。萩原はグループメンバーだし、興味本意ばかりじゃないだろ?ゼロは隠したりしないできちんと話してくれるから」
「…分かった」

すまん、諸伏
8割興味本位だったわ、俺
残りの2割は…聞かないでくれ

俺的には降谷に聞くより諸伏の方が話し易いのだ
故に本来なら降谷に聞くべきことを諸伏に聞いたのだが、諸伏は降谷に聞けという


この4日の間で降谷と諸伏、伊達のことで分かったことはいくつかある
降谷は真面目だということ、表情が乏しいということ、人見知りなのかグループメンバーの俺らとすらほとんど喋らないこと、諸伏のことは「ヒロ」と呼んでいて心を許していること
諸伏は降谷と俺たちの間を上手く取り持ち気遣える人間だということ、表情が豊かだということ、気さくだということ、降谷のことを「ゼロ」と呼ぶこと、そして携帯の件で分かったのは案外やんちゃだということ
伊達は裏表無く兄貴のような性格で初日から半ば無理矢理押しつけられた形になったグループリーダーだったが嫌がりもせずグループメンバーを上手くまとめてくれているということ、俺らのように知ってる人がいない中でも皆とあっという間に馴染んでいるということ、頼りがいがあるということ、彼女がいて伊達の卒業を待っていてくれているということ、見た目と裏腹に細かいことに良く気が付くということ



ガチャッと立て付けの悪いドアが開き、キィと音がする
降谷が戻ってきたようだ
緊張して思わず飲んで嵩の減ったペットボトルを握りしめるとペコッと音がして凹む

「…ヒロ、萩原、外まで聞こえてたぞ」
「悪い、ゼロ。思ったよりここ壁薄いんだな。気をつける」
「…すまん、降谷」

仏頂面の降谷が顔を見せた
大した悪いと思って無さそうな軽い謝罪をする諸伏から俺へ視線を移した降谷に自然と背筋が伸びる

「…別に隠すようなことじゃないが、僕には大切な妻がいる」
「お…ぉ」
「何かあるなら僕に直接言うといい。きちんと答えるから」

そう言う言葉はキツいわけでも何でもなく、俺が聞く前に聞きたかったことに答えてくれる辺り本当に外に声が筒抜けだったのだろう

「ちなみに今週末は僕は外泊するからよろしく」
「おっ外泊許可貰えたんだな、ゼロ」
「あぁ、さっき無事貰えた。日曜の門限までには帰るから」
「楽しんで来いよ」
「ありがとう」

表情が乏しいと思っていた降谷は右手でプラチナリングをそっと撫でて笑みを浮かべる
その様子を目の当たりにした俺は2人の会話内容が頭に入ってこないくらい驚いた

俺が見ていた4日間の降谷とは一体何だったのか?
表情が乏しい降谷はどこに行った?

呆けていたら館内アナウンスがかかり消灯時間を知らせる
この後、教官の見回りがあり、それまでに部屋に戻って消灯していないとルームメイトも連帯責任で反省文を書かされるので2人に挨拶もそこそこに俺は部屋に戻った
俺のせいで松田や伊達に反省文を書かせるわけにはいかない



翌日の自由時間、入浴を済ませた俺が自販機の前でスポーツドリンクを買って飲んでいると諸伏が通りかかる
手を上げて挨拶すると諸伏も手を上げてこちらに向かってきたので自販機の前から数歩離れると諸伏が「サンキュー」と言って自販機にお金を入れスポーツドリンクのボタンを押す
ガコンと音がして取り出し口に落ちてきたスポーツドリンクのキャップを捻りながら諸伏が俺の横に立ち声を潜めて突飛なことを言い出した

「週末ゼロを尾行しないか?」
「…はっ?」
「面白そうだし今から尾行の訓練しておけば、将来刑事部に配属になっても実戦経験ありますって言えるぜ?」

キリッと切れ上がりハッキリした二重の目に楽しそうな色を乗せた諸伏の本気とも冗談とも取れる発言だった

「それ降谷にバレたらヤバいヤツじゃね?」
「んー、多分俺がいたら大丈夫だと思う」
「その自信どっから来んだよ」
「まぁ色々…ね」

ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべ、ペットボトルをあおる諸伏に呆れつつも一方で面白そうかも…と思っている俺がいた

「諸伏、松田と伊達にも声掛けて良いか?」
「赤信号だってみんなで渡れば怖くないからな。警察官だけどな、俺たち。みんなで外出許可出そうぜ?」

諸伏はプハッと一気に飲みきったペットボトルのキャップを閉め、自販機から少し離れたくずかごに向けてバスケットボールのシュートを放つように放物線を描きペットボトルを放ると、コォーンと高い音を立てペットボトルはくずかごに当たり中にダイブする

「おぉ、ナイッシュー」
「サンキュ。んじゃ、奴らにも言っておいてくれよ?俺は週末までにゼロの動向探っとくから外出許可も忘れずになー」

後ろ手に手を振って去って行く諸伏の背中を見送りながら諸伏は松田と気が合いそうだ…と改めて思った



食堂で朝食を食べた後同室の松田と伊達に話したら松田はノリノリ、伊達はみんなが行くなら…という日本人らしい理由で一緒に行くことになった

尾行決行日の土曜日――

降谷は待ち合わせ時間が10時なので9時30分頃出ていく予定らしいと諸伏は言っていた
待ち合わせ場所は東都駅らしい
グループメンバー全員で外出すると降谷に怪しまれるので俺たちは外出可能時間の9時から1人ずつ外出して待ち合わせ場所に先回りすることになった
諸伏は降谷が外出した後に外出するとのことで、一応軽い変装用に帽子かサングラスは持っていこうという話になっていた

先発隊1号は俺で東都駅前にあるコーヒーショップにて他の3人と待ち合わせだ
これは事前に打ち合わせており、東都駅に着いた俺はコーヒーの香りが漂うショップに向かう
正直昨日まで厳しい規律、ハードな術科訓練で心身共にヘトヘトだったので今日は昼まで寝ていたいという気持ちもあり、なかなか布団から出られずにいたら伊達に無理矢理掛け布団を引っぺがされたせいか今でもまだ気怠さが残っていた
その気怠さから抜け出すためエスプレッソ・ドッピオをオーダーする
商品受渡カウンターへ移動して店内を見回す
東都駅の待ち合わせ名所として有名なのは南口広場だろう
店内はまだお客はまばらで俺は南口広場が見える窓際、そこに狙いを定めエスプレッソ・ドッピオを受け取り狙い定めた窓際のカウンターテーブルへ腰掛けた

降谷が東都駅に姿を見せるまでの間に松田と伊達もコーヒーショップへ着いていた
各々飲み物を手に降谷の姿を探していると「おっあれ降谷じゃね?」と松田がサングラスを少し下げ、目を見せながらにやりと口角を上げる
松田の視線を追うと確かに降谷だ

降谷は俺の予想通り南口広場にある木の下で携帯を開いていた
同じ広場内にいる女性たちからの色めき立った視線を一身に集めていることに降谷は気が付いているのかいないのか、周りの視線に我関せずな様子がここから見てても分かる

「諸伏は?」
「降谷が出た後に出るからまだ着かないんじゃないか?」

松田の問いに伊達が答え、それに対し「ふぅん」とコールドブリューコーヒーのストローを咥え唇を尖らせた松田だったが不意に立ち上がった

「降谷の嫁だ!」

大きな声とガタッという音で店内の客が一斉にこちらを向く
その視線に気が付いてはいたけど、それ以上に俺も伊達も松田の視線を追うことに必死だった
松田の視線の先にいたのは降谷、そして降谷が腰を抱き寄せてる女性

「遠目だから良く分からねーな。普通っぽいオンナ?」
「流石降谷、大和撫子って感じの女の子だな」

松田と伊達がそれぞれ言ってるが、俺は何となくどっかで会ったことがある気がしていた
降谷は嫁の写真を持ち込んでると諸伏が言っていたが、何度頼んでも見せてくれなかったから写真を見た訳ではない
遠目から見ても可愛い子だなと思う
どっかで会った気がするから過去に話をしたり関わりを持った可能性が高いが、もし話してるなら覚えてそうなものだ
喉まで出かかった分かりそうで分からないモノにモヤモヤしていた

「…どっかで会ったことない?」

不意に心の声が口に出てしまったが、それを聞いた2人が互いに顔を見合わせ「確かに…」と言いながらそれぞれどっかで会ったことないか思い起こそうとしている

松田と俺なら付き合い長いから分かるけど、まだ知り合って1週間ほどの伊達も会ったことがあるのか?
3人とも会ったことがあるというのか?
そんな狭いコミュニティで見かけてる人なら覚えがあるはずなのに3人とも思い出せずにいた



「おっ!ゼロと嫁合流したんだな」

今までここに居なかった4人目の声、諸伏だ
振り返るとサングラスをしているにも関わらずにっこり笑っているのが見て取れた

「おーおー、あのゼロの緩みきった顔!絶対俺には見せてくれないんだよなぁ」
「…おい、もっと近くに行こうぜ」

松田が言ったのをキッカケに伊達と俺も席を立ち、ドリンク容器をダストボックスへ放り南口広場へ足を向ける
諸伏は楽しそうに俺らの後に付いて来ているが俺たちと違って緊張感は感じられない
降谷の目の届かない背後から回り込む
降谷と嫁らしき声が聞こえてくるほど近くに寄ることに成功し、植え込みに身を寄せ俺と同じく中腰になってる松田と諸伏の顔を見る
伊達は背が高いので植え込み側にある木に1人身を寄せ隠れている

さて、これからどうしようか
このまま尾行を続けるか、嫁の顔を見て撤収するか
…よく考えてみたら尾行が目的でそれ以外は特に定まってなかった事に気が付いた

「これからどうする?」
「ここまで来たんだ、降谷のオンナの顔は見たい。ハッキリ見ずに帰れるかよ…何か引っかかる」
「そうだな、どっかで会ってる気がするんだよな」

俺と松田、伊達が話しているのにニコニコとして俺らの話を聞いているだけの諸伏に意見を求めようとした時…

「やっぱりおまえたち!」

背後から威圧的な声がして身が竦み上がる
心臓が跳ねて口から飛び出しそうだった
中腰のまま恐る恐る振り返ると腕組みした仁王立ちの降谷が立っており、その後ろには降谷の嫁が心細そうに降谷のジャケットの裾を握りしめていた…が、諸伏を認めて目を見開く降谷の嫁

「ヒロじゃない!何やってるの?」
「見つかっちゃったなー」

立ち上がって頭を掻くフリをする諸伏に頬を膨らませた降谷の嫁がチョップを食らわせていた

「いってっ!」
「こんないたずら考えたのヒロでしょう?」
「いやー、面白いモンが見れたわー」
「れーくんは見世物じゃ無いのよ?」
「いやー、この場合ゼロよりおまえかもな?」

ぽかーんと呆気に取られる松田、伊達、俺の3人をよそに諸伏と降谷の嫁が言い合いをしている
降谷の嫁が怒って諸伏が受け流して…
その横で降谷が困惑した顔をしながらも諸伏と嫁のやりとりを優しい目で見ていた
俺ら3人は蚊帳の外

「あーーーーー!!」

突然伊達が大声を上げる
伊達は元々声が大きいので張り上げると拡声器が不要なほど通る声だ
広場にいる人のみならず近くにいる人たちが一斉に振り返る

「何だよ、声でけぇよ」
「伊達どうした?」

耳を塞ぎながら言う松田と俺

「降谷の嫁さんって諸伏の兄妹か血縁者じゃないか?」
「…はっ?」
「え…っ?」

ぽかんと開いた口が塞がらない松田と俺に確信を持った顔をしている伊達
俺たちからは降谷の嫁が諸伏と言い合いをしている様子から身近なヤツだとは想像付いたけどそこで血縁者という発想は出て来なかったのだ
なので伊達の言ってることは突然すぎた

「バレたぞー、ゼロ」
「…バラしたのはほぼほぼヒロだろう」

降谷の肩に手を乗せ言う諸伏に溜息を吐きながら答える降谷、大きく肩で息を吐きながら諸伏を睨む降谷の嫁

「はい、自己紹介どうぞ」

諸伏は俺らの方へ手のひら全体を用いて指し示し降谷の嫁に自己紹介を促す
ようやく俺たちの方へ目を向けた降谷の嫁
真っ正面から見てみると確かに諸伏に似てる
伊達が血縁者というのも納得だったし、どっかで会ったことがある…という引っかかりは諸伏なんだろうと俺は納得した

俺たち3人は固唾をのんで降谷の嫁を見守る
降谷が嫁の手をそっと握り、嫁が降谷を見上げる
俺らには見せたことのない柔らかな笑みを浮かべた降谷に同じように笑みを返した降谷の嫁がこちらを見て頭を下げた

「初めまして。降谷あやです。諸伏景光の双子の妹です。夫と兄と仲良くしてくれてありがとう」



――昔のことを思い出した

何故思い出したかというと降谷―今は安室と名乗ってるらしい―が働いてる喫茶店の前を通ったら降谷の嫁がお客として来ている様子が見えたからだ
傍目から見てても夫婦とは分からず、2人はただの店員と客を装っていた
何故俺にそれが分かるのかというと以前買い出しに出ていた降谷に偶然出くわし、声を掛けようと手を上げたら降谷から

「初めまして、安室です。そこの喫茶ポアロで働いているので良かったらコーヒー飲みにいらしてくださいね」

と、警察学校時代には見せたことのない完璧な笑顔で挨拶されたことがあったのだ
降谷の現在の配属先がどこかは知らないが、偽名で潜入捜査をしているのだろうことはその言葉から容易に想像は付いたし、深入りするなとその挨拶で牽制されたのである

警察学校時代、諸伏に唆されハメられたような形で俺たちは降谷の嫁と会うに至ったが、それからは1度も降谷の嫁を見かけることは無かった
あのような機会が無ければ会うことは叶わなかっただろう
今降谷のいるあの場に降谷の嫁がいるということは、降谷がどういう立場にいるか全てを承知した上で降谷を陰から支えているんだろう

過去に会った時より少し大人びた雰囲気を纏った降谷の嫁が俺の視線を感じたのか読んでいたものから目を上げ窓の向こうからこちらに目を向けた
俺を認めた降谷の嫁は分かるか分からないかくらい軽く頭を下げたので釣られて俺も同じように軽く頭を下げる

ニコリと笑った笑顔は諸伏にそっくりだなと思った
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