【DC】FELICITE
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元太たちとサッカーをする約束をしていた俺は約束の時間まで余裕があったので少し遠回りをして公園に向かおうと米花商店街を歩いていた
商店街のアーケードから抜けた先の、俺が渡る予定の歩行者信号がパカパカと点滅している
特に急いでいるわけではないから…と歩を緩め立ち止まると歩行者信号は赤になり、車両用信号が黄色を点灯した後、赤を点灯する
俺の目の前を走り抜ける車を何とはなく眺めていたが、ふと視線の先に見たことのある人を見つけた
その人は交差点の向こうにあるカフェのテラスにいる
――あやお姉さんだ
あやお姉さんは勿忘草色のパーカーを着た男と談笑しているようだった
遠目だが楽しそうにしているように見える
パーカーの男はこちらに背を向けているのでどんな為人かは分からない
パーカーの男はあやお姉さんの仕事関係の人なのだろうか?
2人きりのようだが2人で会う仲なのだろうか?
安室さんの知ってる人なのだろうか?
あの人ならあやお姉さんが男の人と2人で会ってるって知ったら黙って無さそうだけど
…もしかしたら謎の多いあの夫婦―安室さんやあやお姉さん―のことをもっと知ることができるチャンスかもしれない
ポアロと先日の病院以外であやお姉さんに会ったことがなかった俺は、この邂逅に好奇心がムクムクと膨れ上がる
好奇心の方が先行してしまった今、元太たちとの約束は既に頭からスッポリと抜けていた
信号が変わるのが待ち遠しい
赤から青に変わるのを今か今かと待ち望んでいると長い体感時間を経てやっと青に変わり、待ちわびた俺は勢いよく駆け出した
近づくにつれて分かったことはひとつ、遠目では気が付かなかったがパーカーの男の横には黒のギターケースが立てかけられているということだった
ギターかベースを持ち歩いているならば音楽関係の人なんだろうか?
もしそうならあやお姉さんと仕事で関係がある人物である可能性が高いだろう
その場合はあやお姉さんのことを知れても安室さんのことは知れない可能性が高い
それならそれでも構わない、あの謎の多い安室さんの幼なじみであり奥さんのことは知ることが出来る
あやお姉さんとはあやお姉さんが入院していた病室で会って以来だ
安室さんは本業の方が忙しいのか、はたまた組織の方で忙しいのか…あれからポアロに出勤していなかった
色々モヤモヤした病院での話がしたかったので頻繁にポアロを覗いていたが、こういう時に限って安室さんに会えなかったのだ
テラスのほど近くにたどり着き俺は足を緩め、あやお姉さんたちに見つからないよう街路樹の陰に潜んで2人を観察する
あやお姉さんはいつもと雰囲気変わらず、アーモンド形の目を細めてパーカーの男に微笑み話している
パーカーの男について座っている範囲でわかるのは細身で長身、姿勢が良いということだろうか
何かスポーツでもやってるのか、細身だけどしっかり筋肉がついてそうだ
あやお姉さんの話に相槌をうったり、小振りではあるが時折身振り手振りを交えて話をしており、後ろ姿からでもあやお姉さんとの会話を楽しんでいるだろうと感じる
時々こちらに届く声は低く落ち着きのあるバリトンボイスだ
横に立てかけられてる黒のギターケースは耐衝撃性に優れたソフトケースのようでファスナー部分にト音記号のキーホルダが付いていた
あのト音記号のキーホルダどっかで見覚えがあるな…
顎に手を当て思い返そうと視線を自分の靴のつま先へ向ける
考える方に意識が行ってたせいで街路樹から俺の姿は見えてしまっていたんだろう、突然「コナンくん」と名前を呼ばれ咄嗟に呼ばれた方へ顔を向けると、いつの間に俺の前に来たのかあやお姉さんが立っていた
探偵として尾行対象者(遠目から見てただけだが)に感づかれるのは失格だ
「コナンくん、どうしたの?こんなところで」
「あ…っ、…あ、の~ぉ……」
咄嗟のことに言葉が思いつかずあやお姉さんから目を逸らすと目を合わすためだろうか、俺の目線近くまで身体を屈めて俺の顔を覗き込むあやお姉さん
「コナンくん、この後予定が無いなら一緒にお茶しませんか?」
アーモンド形の目を細くしてふんわり微笑み、こちらに向かって手を差し伸べるあやお姉さんに俺は一も二も無く頷いた
差し伸べられたあやお姉さんの手を取ると優しく握りしめてくれたあやお姉さんが先ほどいたテラス席へ俺をいざなう
そこには先ほど後ろ姿しか見ることが出来なかったパーカーの男がこちらに背を向けて座っていた
俺はゴクリと唾を飲み込む、緊張の対面だ
「楓~。お待たせ。さっき話してたコナンくん、そこで見かけたからナンパして来ちゃった」
「噂をすれば…だな」
あやお姉さんが声をかけるとニッコリした顔でこちらを向いたパーカーの男
その顔に俺は既視感を覚えた
どこかで会ったことがある?
探偵を自称している俺は人の名前と顔を覚えるのは得意だ
こちらを向いたパーカーの男は平行二重の切れ長つり目、一見爽やかな見た目でチンストラップスタイルと呼ばれる下あごに円を描くようにヒゲをたくわえている
どっかで見かけたことがある気がするがどこでだったかが全く思い出せない
「コナンくん、座らない?」
小首を傾げて俺に話しかけるあやお姉さんの声でハッと我に返った
「…!あ、はぁい」
母さん譲りの演技力を発揮して小学校1年生らしい受け答えをした俺に向かってあやお姉さんが椅子を引いてくれたのでその椅子に腰掛けると、俺の座高が足りないせいでテーブルの高さと目線の高さがほぼ一緒だった
「あや、彼にチャイルドチェアかチャイルドクッション借りてきた方がいいんじゃないか?」
俺の様子を見たパーカーの男―楓さんというらしい―があやお姉さんに言う
お互いに下の名前呼びをしているし、ずいぶんと気心が知れた話し方だ
「あ、そうだよね。ちょっとお店の人に聞いてくるね。一緒にコナンくんの注文もしてきちゃうかな。コナンくん、何がいい?」
そう言いながら俺にメニュー表を渡してくれたのでお礼を言いつつメニューを覗く
2人の関係が気になって仕方ないがとりあえずあやお姉さんの好意に甘えて何か注文しなければ
本当はアイスコーヒー…と言いたいところだ
あやお姉さんだけなら安室さんがいない時、梓さんにアイスコーヒーを注文しているからアイスコーヒーの注文をしてもあやお姉さんは特に咎めはしないだろう
しかし楓さんはまだ俺にとって未知の人物であり、俺は小学生の演技を続けなければならないからこの人の前では頼めない
オレンジジュースは…ポアロ以外では飲まないので無難にコーラフロートにしようかと考え込んでいるとあやお姉さんがパッチンと効果音がしそうなくらいのウインクをしてメニュー表を指さす
そのほっそりした指の先を目で追うとオレンジジュースを指していた
「コナンくん、このお店のオレンジジュースはポアロと同じオレンジジュースなのよ?」
「…えっ?ポアロのオレンジジュースはマスターが特別に…って聞いてたけど…」
「このお店の名前、コナンくん知ってる?」
メニュー表のオレンジジュースを指していたしなやかな指は内緒ポーズであやお姉さんの唇を塞ぎ、俺の返答を待っている
ここの店名は確か”マープル”だったはず…
!!
「あやお姉さん!」
「少年探偵団のコナンくんには簡単すぎる問題だったわね」
「僕、オレンジジュースがいいな」
「はぁい、それじゃ行ってくるね」
掌をひらひらと振って店内に入っていくあやお姉さんを見送る
マープルとはアガサ・クリスティの推理小説の登場人物だ
ポアロとマープルはアガサ・クリスティ作品の代表的な主人公たちなのだ
アガサ・クリスティ作品の登場人物の名前が付いたカフェが米花町に2カ所あるとなれば経営者が一緒か関係者なんじゃないかという推理が成り立つ
それならば特別にこだわりのあるオレンジジュースがどちらのお店でも飲める理由も理解できる
それに加え、わざわざあやお姉さんが教えてくれたのだ
その推理が当たっていることはあやお姉さんの対応を見ていたら分かる
あやお姉さんの背中が店内に消えていったところで楓さんがおもむろに口を開いた
「君がコナンくんなんだな。あやから聞いてるよ」
「…そう…だけど…。お兄さんは誰?あやお姉さんの何?」
あやお姉さんと気心が知れてる人みたいだし、あやお姉さんが初対面にも関わらず俺と楓さんを2人きりにしたのだ、怪しい人物ではないのだろう
そう頭で理解していても何かしらの雰囲気を感じている身体は勝手に身構え、俺は無意識に左手をベルトのバックルにかけていた
「おっと、質問攻めだな。あやから聞いてたとおりだ。俺は真田楓」
「真田楓さん…」
あやお姉さんがこの人に俺のことをどう話していたか分からないが、名乗られた名前を聞いても心当たりが全く無い方が逆に気にかかる
「僕はあやお姉さんとの関係も聞いてるんだけど」
「はぐらかせないな。さすがだな、ゼロが目をかけるだけある。君は本当に小学生なのか?」
一瞬耳を疑ったが顎ひげを擦りながら俺を見下ろす楓さん、もとい真田さんが言う”ゼロ”はまさかあの安室さん…なのだろうか?
この人はあやお姉さんだけでなく安室さんとも関係があるのか?
真田さんの姿を上から下まで何度も視線を往復させ見定める
俺はこの人とどこで会った人か思い出せないが、まさかの”ゼロ”という言葉に思わずポカンとクチを開くが言葉は出てこない
真田さんが眉尻を下げて困った…という顔をしていたが、ふと俺の後ろに目線をやり、ホッと小さく溜息を吐いた
「楓、コナンくん困らせるようなこと言ったんじゃないの?雰囲気が変よ?」
俺の背後からあやお姉さんの声がして、振り返るとチャイルドクッションとオレンジジュースを手にしたあやお姉さんが立っていた
1度椅子から立ち上がりクッションを受け取ろうとしたけど俺の前にオレンジジュースを置いたあやお姉さんは俺が座っていた椅子にクッションも置いてくれる
お礼を言って再度椅子に腰掛けるとクッションのお陰で座面が高くなり真田さんや俺の向かいの席に座ったあやお姉さんと目線が近づいた
コロンとオレンジジュースによって少しずつ小さくなっているであろう氷が音を立てる
「さて、楓さん。コナンくんに何を話したのかしら?」
「あやからコナンくんのことは聞いてるよってことと…俺の自己紹介?的な」
「ふぅん?」
「あやからも俺は怪しい人物じゃないと彼に言ってくれ」
フゥと息を吐き、真田さんはコーヒーカップを持ち上げ口へ運ぶ
その様子を訝しい目つきで見ていたあやお姉さんが俺の方を見てふんわり微笑み切り出した
「コナンくん、短時間とは言えこんな不審な人と2人きりにしてごめんね?」
「不審とは心外だな」
カチャンとカップをソーサーに戻しながら遺憾の意を示す真田さんに苦笑いしながらあやお姉さんが俺に視線を戻す
「あ、え…っと…僕は…」
「楓のこと気になるんでしょ?初対面…だよね、きっと」
「あぁ、初対面だな」
あやお姉さんの問いに俺が答える前に真田さんが答える
それに頷いてあやお姉さんは俺の目を見るように話を続けた
「楓はね、私の兄なのよ」
「えっ?!」
2人から真っ直ぐ見られて少し居心地悪く感じていた俺だったが、あやお姉さんの衝撃の一言に弾かれたようにテーブルに手をつき身を乗り出した
その衝撃でカランとオレンジジュースの中の氷が音を立てる
「本当に本当の兄妹?」
俺が問うとあやお姉さんが答えるより先に真田さんが答えた
「本当だよ。あやと俺は双子の兄妹だ」
「それ言っちゃう?」
「コナンくんはあやが結婚してることも知ってるんだろ?」
「それはっ、話して良いって言うから…」
「俺からひとつくらい彼にカミングアウトすることがあったっていいだろ?それが仲良くなる近道だと俺は思うし」
「ふっ双子?」
2人が俺の存在を忘れて話し始めそうだったので思わず口を挟むと、それに気づいたあやお姉さんが眉尻を下げ困った顔をして「ごめん、コナンくん」と言い、その横で同じく眉尻を下げ困った顔した真田さんがあやお姉さんの言葉に合わせて右手を上げてごめんポーズをする
その顔はそっくりで双子と言うのも納得せざるを得ない
先ほどから感じていた真田さんへの既視感はあやお姉さんだったのだろうか…
2人とも普通の状態だと性別差のせいか何となく似てるな…とは感じるが、それ以上に笑ったり困った顔の時は似てるを通り越してそっくりだ
しかし本当に真田さんとはあやお姉さんに似てるというだけじゃなく、その前に俺はどこかで会っていないのだろうか?
既視感は相変わらず拭い切れないが、疑問はひとつずつ解消していこう
まずは一番気になっている”ゼロ”という人名っぽい人から聞くため、声を潜め真田さんに顔を近づける
「真田さんゼロって…安室さんのことだよね?」
「か~え~で~?」
「いやっ!まぁ…何というかさっきツルッと口が滑って…」
あやお姉さんが真田さんを睨み付け、その視線を逸らすかのように真田さんは空を仰いだ
チンストラップスタイルの綺麗に揃った顎ひげが目に入る
俺はただ黙って真田さんを見つめる
あやお姉さんも無言で真田さんを見つめている
「あ~~~~っ!そうだよ、安室のことだよ」
2人からの視線に根負けしたのか頭をガシガシ掻きながら言った
あやお姉さんは呆れたように溜息を吐き、困り顔で小首を傾げ俺を見る
これは安室さんには黙ってて欲しいということだろう
黙ってるも何も俺は安室さん自身から学生の頃”ゼロ”と呼ばれていたと聞いていたからその確認であって、このことを安室さんに聞こうとまでは思っていない
普段安室さんには上手く誤魔化されたり、狐と狸の化かし合いのような関係だったり、時としては協力者の関係だったりするが、この人が安室さんをゼロと呼んでた人なんだ…と感慨深い思いだった
バツ悪そうに眉を寄せ、カップに残ったコーヒーを飲み干した真田さんが飲み干したカップを手に店内に入っていくのを俺とあやお姉さんは見送る
「…コナンくんには色んなこと知られちゃってるねぇ…。安室さんにバレたら怒られちゃうなー」
「あだ名のことなら大丈夫じゃ無いかな?僕、安室さんから直接聞いてたよ。呼んでたのは真田さんだったんだね?」
「安室さんそんな話もコナンくんにしてたのね…。前にも話したけど私と安室さんが幼なじみ…ということは私の兄の楓も幼なじみなのは分かるわよね。2人ともすっごく仲良くてね、よく私を除け者にして2人でコソコソ何かやったんだから」
あやお姉さんは当時を思い出し柔らかい笑顔だけど除け者にされてたのが不満だったのか、ちょっとだけ唇を突き出しながら言うその様子は実際の年齢よりずっと幼く見えた
「ね、あやお姉さん。僕聞きたいことがあるんだけど…」
「なぁに?私で答えられることかな?」
次に聞きたかったこと、それは以前病院で高木刑事が聞いたお守りのことだ
「前に高木刑事が病室で事情聴取した時にお守りのこと聞いたじゃない?…あれって……」
そう俺が口にすると「あぁ」と思い出したようにあやお姉さんは大きく肯首する
「あれはね、コナンくんたちが来る前に誰かに病室前で聞き耳立てられてたこと、安室さん気が付いてたのよ。多分あれコナンくんたちだったのよね?
人が離れた気配がした後安室さんから、もしお守りのことを聞かれてたら面倒ごとになるからアミュレットだったって口裏合わせるぞってね。最初何のことかなと思ったんだけどホントに聞かれるんだもの、ビックリしちゃった。ふふっ…でも上手くごまかせて良かったわ」
いたずらが成功したような嬉しそうな笑みを浮かべウインクしながらあやお姉さんは答える
2人の様子を見ていて演技だとは思えなかった
流石安室さんの奥さんだ…
存外肝が据わっているようだ
「ちなみに安室さんが細工したお守りはコレ。もしかしたら今もどっかで聞いてるかもね?」
そう言ってバッグから取り出したのは長野にある神社の名前が入っている巾着タイプのお守りだった
東都に住んでいるのに長野にある神社のお守りとは…あやお姉さんか安室さんは長野に縁があるのだろうか?
それを聞こうと口を開きかけた時、真田さんがオレンジジュースをふたつ手に戻ってきた
「何か安室が来そうな予感がするんだが…」
そう言いながらオレンジジュースをひとつ、あやお姉さんの前に置いた真田さんがあやお姉さんの横に座ろうと椅子を引くとギターケースが転がりそうになり「おっと!」と声を出し素早くギターケースを押さえた
「ナイス反射神経ね、楓。私なら間に合わない」
「俺の大事な仕事道具だからな」
顔を見合わせ笑い合う2人は本当に仲の良い兄妹のようだ
真田さんの横に立てかけ直されたギターケースに付いてるト音記号のキーホルダが、存在を主張するかのように大きく揺れている
左右に揺れてるそれを見ているうちに前に見かけた場面を思い出した
「ね、真田さんのそのキーホルダ、もしかしてあやお姉さんとお揃い?」
「そうだな。これは高校の時に誕生日プレゼントとして安室から貰ったんだ」
「私たち当時兄妹バンド組んでたからね」
「そんなこともあったな~。それにしてもコナンくんは本当によく見てるんだな、まさかこんなキーホルダまで見てるとは思わなかったよ」
「本当によく見てるね」
真田さんが目を丸くして俺を見据え、あやお姉さんは頷くが、俺はと言えばあやお姉さんがバンドを組んでいたという新たな一面を知って驚いていた
あやお姉さんがバッグの中から鍵の付いたト音記号のキーホルダを取りだしてギターケースに付いてる同じそれと並べる
それを見た真田さんは懐かしそうに目を細めた
ブルルルルルル…
遠くから聞こえてきた、聞き覚えのあるエンジン音がだんだん大きくなる
どうやら俺の後方からのようで、音の発信源を認識したらしいあやお姉さんは肩を竦め、真田さんはヤベッという顔する
「あや、もしかして発信器か盗聴器持ってるのか?」
「人質の一件以来心配性が加速したみたいで…コレ持ってないとスマホに仕込むって言うんだもん…
スマホだとバッテリの消耗激しくなるのイヤだから仕方なく…」
「予感的中か…。説教されるかな、俺」
困り眉のまま先ほど俺に見せてくれたお守りをあやお姉さんは真田さんに見せた
それを見てはーっと大きく溜息を吐きながら顔を覆った真田さんの肩をあやお姉さんはトントンと宥めるように撫でる
安室さんが心配性って…そりゃあんな事件に巻き込まれたら…と言うか自ら飛び込んでいく人のことは普通誰でも心配すると思うよ、あやお姉さん
「その時は一緒に説教されよ…ねっ」
真田さんが安室さんからだろう、説教されると嘆いているがなぜそういう話になるのだろうか?
あだ名の件については安室さんから前に聞いてるので初耳ではないし、その件は伝えたのだ
それではあやお姉さんと双子の件についてだろうか?
もしそうだとしたら安室さんはどこまで俺に自分の身の回りのことを知られたくないんだ…と言わざるを得ない
俺はあやお姉さんが持ってきてくれたオレンジジュースを手に取って渇いた喉に流し込んだ
あやお姉さんの話していたとおり、時間が経って氷が溶けたせいで少し薄まっているがポアロで飲むオレンジジュースと同じ味がする
その俺の様子を見たあやお姉さんと真田さんが示し合わせたかのようなシンクロニシティでオレンジジュースを口にした
本当はまだ聞きたいことがあるがそろそろタイムオーバーだろう
次あやお姉さんに会ったらまず最初に盗聴器と発信器を持たされてないか確認してから話した方が良さそうだ
「僕、用事思い出したからそろそろ行くねっ」
「コナンくん引き留めちゃってごめんね」
「あやお姉さんオレンジジュースごちそうさま」
「また話そうな、コナンくん」
「うん!またね、真田さん」
「気をつけてね」
あやお姉さんは穏やかな笑みを浮かべ、真田さんは口元だけ笑って手を振ってくれたので俺も小学1年生らしく大きく手を振って走り出した
帰ろうと商店街の方へ向かおうとしていたが、すっかり忘却の彼方にあった元太たちと約束を思い出す
すっかり遅くなっちまったからあいつら怒ってるだろうな~…
そう思いながらクルリと踵を返すと目の前に見覚えのある靴が目に入る
思わず立ち止まり、ゆっくり顔を上げるとにこやかな顔した安室さんがそこにいた
…くっそちょっと遅かったか
「おや、コナンくん。こんなところで会うなんて偶然だね」
「こんにちは、安室さん。…偶然だね」
「これからどこに行くんだい?」
「元太たちとサッカーの約束してるから行くところなんだ」
安室さんはニコニコしてるけど鋭い視線でこちらを牽制しているのを感じる
小学生相手になんて視線を送ってくるんだ、この人
そう思いながら安室さんを見上げていると安室さんは俺と目線を合わせるように屈み込み、人差し指を口元に内緒ポーズをしながら言った
「聞きたかったことは聞けたのかい?」
…!
やっぱりあやお姉さんに持たせてる盗聴器から全部聞いてたんじゃないか
全然偶然じゃないじゃないか
「何のこと?僕分かんない」
すっとぼけられたので俺もニッコリ笑ってすっとぼけ返してみる
先にすっとぼけたのは安室さんだ
安室さんは俺の言葉に少し意外そうな顔をした後、俺の後ろの方へ目をやる
俺も釣られて振り返る
目線の先にはテラスで和やかに話をしているあやお姉さんと真田さんがいて、その様子を眩しそうに目を細め見ている安室さん
安室さんの視線に気が付いたあやお姉さんが手を振り、その様子を見た真田さんもこちらを振り返る
「大切な…僕にとって大切な人たちなんだ…」
立ち上がりながら独り言のように小さく呟く安室さんに
「分かる…気がするよ」
俺も独り言のように呟いて安室さんに背を向け走り出す、後ろは振り返らない
元太たちに会ったら遅いって怒られるだろうか、それとも何があったか聞きたがるだろうか…と思いながら、俺にとって大切な小さな友人たちの元へ急いだ
商店街のアーケードから抜けた先の、俺が渡る予定の歩行者信号がパカパカと点滅している
特に急いでいるわけではないから…と歩を緩め立ち止まると歩行者信号は赤になり、車両用信号が黄色を点灯した後、赤を点灯する
俺の目の前を走り抜ける車を何とはなく眺めていたが、ふと視線の先に見たことのある人を見つけた
その人は交差点の向こうにあるカフェのテラスにいる
――あやお姉さんだ
あやお姉さんは勿忘草色のパーカーを着た男と談笑しているようだった
遠目だが楽しそうにしているように見える
パーカーの男はこちらに背を向けているのでどんな為人かは分からない
パーカーの男はあやお姉さんの仕事関係の人なのだろうか?
2人きりのようだが2人で会う仲なのだろうか?
安室さんの知ってる人なのだろうか?
あの人ならあやお姉さんが男の人と2人で会ってるって知ったら黙って無さそうだけど
…もしかしたら謎の多いあの夫婦―安室さんやあやお姉さん―のことをもっと知ることができるチャンスかもしれない
ポアロと先日の病院以外であやお姉さんに会ったことがなかった俺は、この邂逅に好奇心がムクムクと膨れ上がる
好奇心の方が先行してしまった今、元太たちとの約束は既に頭からスッポリと抜けていた
信号が変わるのが待ち遠しい
赤から青に変わるのを今か今かと待ち望んでいると長い体感時間を経てやっと青に変わり、待ちわびた俺は勢いよく駆け出した
近づくにつれて分かったことはひとつ、遠目では気が付かなかったがパーカーの男の横には黒のギターケースが立てかけられているということだった
ギターかベースを持ち歩いているならば音楽関係の人なんだろうか?
もしそうならあやお姉さんと仕事で関係がある人物である可能性が高いだろう
その場合はあやお姉さんのことを知れても安室さんのことは知れない可能性が高い
それならそれでも構わない、あの謎の多い安室さんの幼なじみであり奥さんのことは知ることが出来る
あやお姉さんとはあやお姉さんが入院していた病室で会って以来だ
安室さんは本業の方が忙しいのか、はたまた組織の方で忙しいのか…あれからポアロに出勤していなかった
色々モヤモヤした病院での話がしたかったので頻繁にポアロを覗いていたが、こういう時に限って安室さんに会えなかったのだ
テラスのほど近くにたどり着き俺は足を緩め、あやお姉さんたちに見つからないよう街路樹の陰に潜んで2人を観察する
あやお姉さんはいつもと雰囲気変わらず、アーモンド形の目を細めてパーカーの男に微笑み話している
パーカーの男について座っている範囲でわかるのは細身で長身、姿勢が良いということだろうか
何かスポーツでもやってるのか、細身だけどしっかり筋肉がついてそうだ
あやお姉さんの話に相槌をうったり、小振りではあるが時折身振り手振りを交えて話をしており、後ろ姿からでもあやお姉さんとの会話を楽しんでいるだろうと感じる
時々こちらに届く声は低く落ち着きのあるバリトンボイスだ
横に立てかけられてる黒のギターケースは耐衝撃性に優れたソフトケースのようでファスナー部分にト音記号のキーホルダが付いていた
あのト音記号のキーホルダどっかで見覚えがあるな…
顎に手を当て思い返そうと視線を自分の靴のつま先へ向ける
考える方に意識が行ってたせいで街路樹から俺の姿は見えてしまっていたんだろう、突然「コナンくん」と名前を呼ばれ咄嗟に呼ばれた方へ顔を向けると、いつの間に俺の前に来たのかあやお姉さんが立っていた
探偵として尾行対象者(遠目から見てただけだが)に感づかれるのは失格だ
「コナンくん、どうしたの?こんなところで」
「あ…っ、…あ、の~ぉ……」
咄嗟のことに言葉が思いつかずあやお姉さんから目を逸らすと目を合わすためだろうか、俺の目線近くまで身体を屈めて俺の顔を覗き込むあやお姉さん
「コナンくん、この後予定が無いなら一緒にお茶しませんか?」
アーモンド形の目を細くしてふんわり微笑み、こちらに向かって手を差し伸べるあやお姉さんに俺は一も二も無く頷いた
差し伸べられたあやお姉さんの手を取ると優しく握りしめてくれたあやお姉さんが先ほどいたテラス席へ俺をいざなう
そこには先ほど後ろ姿しか見ることが出来なかったパーカーの男がこちらに背を向けて座っていた
俺はゴクリと唾を飲み込む、緊張の対面だ
「楓~。お待たせ。さっき話してたコナンくん、そこで見かけたからナンパして来ちゃった」
「噂をすれば…だな」
あやお姉さんが声をかけるとニッコリした顔でこちらを向いたパーカーの男
その顔に俺は既視感を覚えた
どこかで会ったことがある?
探偵を自称している俺は人の名前と顔を覚えるのは得意だ
こちらを向いたパーカーの男は平行二重の切れ長つり目、一見爽やかな見た目でチンストラップスタイルと呼ばれる下あごに円を描くようにヒゲをたくわえている
どっかで見かけたことがある気がするがどこでだったかが全く思い出せない
「コナンくん、座らない?」
小首を傾げて俺に話しかけるあやお姉さんの声でハッと我に返った
「…!あ、はぁい」
母さん譲りの演技力を発揮して小学校1年生らしい受け答えをした俺に向かってあやお姉さんが椅子を引いてくれたのでその椅子に腰掛けると、俺の座高が足りないせいでテーブルの高さと目線の高さがほぼ一緒だった
「あや、彼にチャイルドチェアかチャイルドクッション借りてきた方がいいんじゃないか?」
俺の様子を見たパーカーの男―楓さんというらしい―があやお姉さんに言う
お互いに下の名前呼びをしているし、ずいぶんと気心が知れた話し方だ
「あ、そうだよね。ちょっとお店の人に聞いてくるね。一緒にコナンくんの注文もしてきちゃうかな。コナンくん、何がいい?」
そう言いながら俺にメニュー表を渡してくれたのでお礼を言いつつメニューを覗く
2人の関係が気になって仕方ないがとりあえずあやお姉さんの好意に甘えて何か注文しなければ
本当はアイスコーヒー…と言いたいところだ
あやお姉さんだけなら安室さんがいない時、梓さんにアイスコーヒーを注文しているからアイスコーヒーの注文をしてもあやお姉さんは特に咎めはしないだろう
しかし楓さんはまだ俺にとって未知の人物であり、俺は小学生の演技を続けなければならないからこの人の前では頼めない
オレンジジュースは…ポアロ以外では飲まないので無難にコーラフロートにしようかと考え込んでいるとあやお姉さんがパッチンと効果音がしそうなくらいのウインクをしてメニュー表を指さす
そのほっそりした指の先を目で追うとオレンジジュースを指していた
「コナンくん、このお店のオレンジジュースはポアロと同じオレンジジュースなのよ?」
「…えっ?ポアロのオレンジジュースはマスターが特別に…って聞いてたけど…」
「このお店の名前、コナンくん知ってる?」
メニュー表のオレンジジュースを指していたしなやかな指は内緒ポーズであやお姉さんの唇を塞ぎ、俺の返答を待っている
ここの店名は確か”マープル”だったはず…
!!
「あやお姉さん!」
「少年探偵団のコナンくんには簡単すぎる問題だったわね」
「僕、オレンジジュースがいいな」
「はぁい、それじゃ行ってくるね」
掌をひらひらと振って店内に入っていくあやお姉さんを見送る
マープルとはアガサ・クリスティの推理小説の登場人物だ
ポアロとマープルはアガサ・クリスティ作品の代表的な主人公たちなのだ
アガサ・クリスティ作品の登場人物の名前が付いたカフェが米花町に2カ所あるとなれば経営者が一緒か関係者なんじゃないかという推理が成り立つ
それならば特別にこだわりのあるオレンジジュースがどちらのお店でも飲める理由も理解できる
それに加え、わざわざあやお姉さんが教えてくれたのだ
その推理が当たっていることはあやお姉さんの対応を見ていたら分かる
あやお姉さんの背中が店内に消えていったところで楓さんがおもむろに口を開いた
「君がコナンくんなんだな。あやから聞いてるよ」
「…そう…だけど…。お兄さんは誰?あやお姉さんの何?」
あやお姉さんと気心が知れてる人みたいだし、あやお姉さんが初対面にも関わらず俺と楓さんを2人きりにしたのだ、怪しい人物ではないのだろう
そう頭で理解していても何かしらの雰囲気を感じている身体は勝手に身構え、俺は無意識に左手をベルトのバックルにかけていた
「おっと、質問攻めだな。あやから聞いてたとおりだ。俺は真田楓」
「真田楓さん…」
あやお姉さんがこの人に俺のことをどう話していたか分からないが、名乗られた名前を聞いても心当たりが全く無い方が逆に気にかかる
「僕はあやお姉さんとの関係も聞いてるんだけど」
「はぐらかせないな。さすがだな、ゼロが目をかけるだけある。君は本当に小学生なのか?」
一瞬耳を疑ったが顎ひげを擦りながら俺を見下ろす楓さん、もとい真田さんが言う”ゼロ”はまさかあの安室さん…なのだろうか?
この人はあやお姉さんだけでなく安室さんとも関係があるのか?
真田さんの姿を上から下まで何度も視線を往復させ見定める
俺はこの人とどこで会った人か思い出せないが、まさかの”ゼロ”という言葉に思わずポカンとクチを開くが言葉は出てこない
真田さんが眉尻を下げて困った…という顔をしていたが、ふと俺の後ろに目線をやり、ホッと小さく溜息を吐いた
「楓、コナンくん困らせるようなこと言ったんじゃないの?雰囲気が変よ?」
俺の背後からあやお姉さんの声がして、振り返るとチャイルドクッションとオレンジジュースを手にしたあやお姉さんが立っていた
1度椅子から立ち上がりクッションを受け取ろうとしたけど俺の前にオレンジジュースを置いたあやお姉さんは俺が座っていた椅子にクッションも置いてくれる
お礼を言って再度椅子に腰掛けるとクッションのお陰で座面が高くなり真田さんや俺の向かいの席に座ったあやお姉さんと目線が近づいた
コロンとオレンジジュースによって少しずつ小さくなっているであろう氷が音を立てる
「さて、楓さん。コナンくんに何を話したのかしら?」
「あやからコナンくんのことは聞いてるよってことと…俺の自己紹介?的な」
「ふぅん?」
「あやからも俺は怪しい人物じゃないと彼に言ってくれ」
フゥと息を吐き、真田さんはコーヒーカップを持ち上げ口へ運ぶ
その様子を訝しい目つきで見ていたあやお姉さんが俺の方を見てふんわり微笑み切り出した
「コナンくん、短時間とは言えこんな不審な人と2人きりにしてごめんね?」
「不審とは心外だな」
カチャンとカップをソーサーに戻しながら遺憾の意を示す真田さんに苦笑いしながらあやお姉さんが俺に視線を戻す
「あ、え…っと…僕は…」
「楓のこと気になるんでしょ?初対面…だよね、きっと」
「あぁ、初対面だな」
あやお姉さんの問いに俺が答える前に真田さんが答える
それに頷いてあやお姉さんは俺の目を見るように話を続けた
「楓はね、私の兄なのよ」
「えっ?!」
2人から真っ直ぐ見られて少し居心地悪く感じていた俺だったが、あやお姉さんの衝撃の一言に弾かれたようにテーブルに手をつき身を乗り出した
その衝撃でカランとオレンジジュースの中の氷が音を立てる
「本当に本当の兄妹?」
俺が問うとあやお姉さんが答えるより先に真田さんが答えた
「本当だよ。あやと俺は双子の兄妹だ」
「それ言っちゃう?」
「コナンくんはあやが結婚してることも知ってるんだろ?」
「それはっ、話して良いって言うから…」
「俺からひとつくらい彼にカミングアウトすることがあったっていいだろ?それが仲良くなる近道だと俺は思うし」
「ふっ双子?」
2人が俺の存在を忘れて話し始めそうだったので思わず口を挟むと、それに気づいたあやお姉さんが眉尻を下げ困った顔をして「ごめん、コナンくん」と言い、その横で同じく眉尻を下げ困った顔した真田さんがあやお姉さんの言葉に合わせて右手を上げてごめんポーズをする
その顔はそっくりで双子と言うのも納得せざるを得ない
先ほどから感じていた真田さんへの既視感はあやお姉さんだったのだろうか…
2人とも普通の状態だと性別差のせいか何となく似てるな…とは感じるが、それ以上に笑ったり困った顔の時は似てるを通り越してそっくりだ
しかし本当に真田さんとはあやお姉さんに似てるというだけじゃなく、その前に俺はどこかで会っていないのだろうか?
既視感は相変わらず拭い切れないが、疑問はひとつずつ解消していこう
まずは一番気になっている”ゼロ”という人名っぽい人から聞くため、声を潜め真田さんに顔を近づける
「真田さんゼロって…安室さんのことだよね?」
「か~え~で~?」
「いやっ!まぁ…何というかさっきツルッと口が滑って…」
あやお姉さんが真田さんを睨み付け、その視線を逸らすかのように真田さんは空を仰いだ
チンストラップスタイルの綺麗に揃った顎ひげが目に入る
俺はただ黙って真田さんを見つめる
あやお姉さんも無言で真田さんを見つめている
「あ~~~~っ!そうだよ、安室のことだよ」
2人からの視線に根負けしたのか頭をガシガシ掻きながら言った
あやお姉さんは呆れたように溜息を吐き、困り顔で小首を傾げ俺を見る
これは安室さんには黙ってて欲しいということだろう
黙ってるも何も俺は安室さん自身から学生の頃”ゼロ”と呼ばれていたと聞いていたからその確認であって、このことを安室さんに聞こうとまでは思っていない
普段安室さんには上手く誤魔化されたり、狐と狸の化かし合いのような関係だったり、時としては協力者の関係だったりするが、この人が安室さんをゼロと呼んでた人なんだ…と感慨深い思いだった
バツ悪そうに眉を寄せ、カップに残ったコーヒーを飲み干した真田さんが飲み干したカップを手に店内に入っていくのを俺とあやお姉さんは見送る
「…コナンくんには色んなこと知られちゃってるねぇ…。安室さんにバレたら怒られちゃうなー」
「あだ名のことなら大丈夫じゃ無いかな?僕、安室さんから直接聞いてたよ。呼んでたのは真田さんだったんだね?」
「安室さんそんな話もコナンくんにしてたのね…。前にも話したけど私と安室さんが幼なじみ…ということは私の兄の楓も幼なじみなのは分かるわよね。2人ともすっごく仲良くてね、よく私を除け者にして2人でコソコソ何かやったんだから」
あやお姉さんは当時を思い出し柔らかい笑顔だけど除け者にされてたのが不満だったのか、ちょっとだけ唇を突き出しながら言うその様子は実際の年齢よりずっと幼く見えた
「ね、あやお姉さん。僕聞きたいことがあるんだけど…」
「なぁに?私で答えられることかな?」
次に聞きたかったこと、それは以前病院で高木刑事が聞いたお守りのことだ
「前に高木刑事が病室で事情聴取した時にお守りのこと聞いたじゃない?…あれって……」
そう俺が口にすると「あぁ」と思い出したようにあやお姉さんは大きく肯首する
「あれはね、コナンくんたちが来る前に誰かに病室前で聞き耳立てられてたこと、安室さん気が付いてたのよ。多分あれコナンくんたちだったのよね?
人が離れた気配がした後安室さんから、もしお守りのことを聞かれてたら面倒ごとになるからアミュレットだったって口裏合わせるぞってね。最初何のことかなと思ったんだけどホントに聞かれるんだもの、ビックリしちゃった。ふふっ…でも上手くごまかせて良かったわ」
いたずらが成功したような嬉しそうな笑みを浮かべウインクしながらあやお姉さんは答える
2人の様子を見ていて演技だとは思えなかった
流石安室さんの奥さんだ…
存外肝が据わっているようだ
「ちなみに安室さんが細工したお守りはコレ。もしかしたら今もどっかで聞いてるかもね?」
そう言ってバッグから取り出したのは長野にある神社の名前が入っている巾着タイプのお守りだった
東都に住んでいるのに長野にある神社のお守りとは…あやお姉さんか安室さんは長野に縁があるのだろうか?
それを聞こうと口を開きかけた時、真田さんがオレンジジュースをふたつ手に戻ってきた
「何か安室が来そうな予感がするんだが…」
そう言いながらオレンジジュースをひとつ、あやお姉さんの前に置いた真田さんがあやお姉さんの横に座ろうと椅子を引くとギターケースが転がりそうになり「おっと!」と声を出し素早くギターケースを押さえた
「ナイス反射神経ね、楓。私なら間に合わない」
「俺の大事な仕事道具だからな」
顔を見合わせ笑い合う2人は本当に仲の良い兄妹のようだ
真田さんの横に立てかけ直されたギターケースに付いてるト音記号のキーホルダが、存在を主張するかのように大きく揺れている
左右に揺れてるそれを見ているうちに前に見かけた場面を思い出した
「ね、真田さんのそのキーホルダ、もしかしてあやお姉さんとお揃い?」
「そうだな。これは高校の時に誕生日プレゼントとして安室から貰ったんだ」
「私たち当時兄妹バンド組んでたからね」
「そんなこともあったな~。それにしてもコナンくんは本当によく見てるんだな、まさかこんなキーホルダまで見てるとは思わなかったよ」
「本当によく見てるね」
真田さんが目を丸くして俺を見据え、あやお姉さんは頷くが、俺はと言えばあやお姉さんがバンドを組んでいたという新たな一面を知って驚いていた
あやお姉さんがバッグの中から鍵の付いたト音記号のキーホルダを取りだしてギターケースに付いてる同じそれと並べる
それを見た真田さんは懐かしそうに目を細めた
ブルルルルルル…
遠くから聞こえてきた、聞き覚えのあるエンジン音がだんだん大きくなる
どうやら俺の後方からのようで、音の発信源を認識したらしいあやお姉さんは肩を竦め、真田さんはヤベッという顔する
「あや、もしかして発信器か盗聴器持ってるのか?」
「人質の一件以来心配性が加速したみたいで…コレ持ってないとスマホに仕込むって言うんだもん…
スマホだとバッテリの消耗激しくなるのイヤだから仕方なく…」
「予感的中か…。説教されるかな、俺」
困り眉のまま先ほど俺に見せてくれたお守りをあやお姉さんは真田さんに見せた
それを見てはーっと大きく溜息を吐きながら顔を覆った真田さんの肩をあやお姉さんはトントンと宥めるように撫でる
安室さんが心配性って…そりゃあんな事件に巻き込まれたら…と言うか自ら飛び込んでいく人のことは普通誰でも心配すると思うよ、あやお姉さん
「その時は一緒に説教されよ…ねっ」
真田さんが安室さんからだろう、説教されると嘆いているがなぜそういう話になるのだろうか?
あだ名の件については安室さんから前に聞いてるので初耳ではないし、その件は伝えたのだ
それではあやお姉さんと双子の件についてだろうか?
もしそうだとしたら安室さんはどこまで俺に自分の身の回りのことを知られたくないんだ…と言わざるを得ない
俺はあやお姉さんが持ってきてくれたオレンジジュースを手に取って渇いた喉に流し込んだ
あやお姉さんの話していたとおり、時間が経って氷が溶けたせいで少し薄まっているがポアロで飲むオレンジジュースと同じ味がする
その俺の様子を見たあやお姉さんと真田さんが示し合わせたかのようなシンクロニシティでオレンジジュースを口にした
本当はまだ聞きたいことがあるがそろそろタイムオーバーだろう
次あやお姉さんに会ったらまず最初に盗聴器と発信器を持たされてないか確認してから話した方が良さそうだ
「僕、用事思い出したからそろそろ行くねっ」
「コナンくん引き留めちゃってごめんね」
「あやお姉さんオレンジジュースごちそうさま」
「また話そうな、コナンくん」
「うん!またね、真田さん」
「気をつけてね」
あやお姉さんは穏やかな笑みを浮かべ、真田さんは口元だけ笑って手を振ってくれたので俺も小学1年生らしく大きく手を振って走り出した
帰ろうと商店街の方へ向かおうとしていたが、すっかり忘却の彼方にあった元太たちと約束を思い出す
すっかり遅くなっちまったからあいつら怒ってるだろうな~…
そう思いながらクルリと踵を返すと目の前に見覚えのある靴が目に入る
思わず立ち止まり、ゆっくり顔を上げるとにこやかな顔した安室さんがそこにいた
…くっそちょっと遅かったか
「おや、コナンくん。こんなところで会うなんて偶然だね」
「こんにちは、安室さん。…偶然だね」
「これからどこに行くんだい?」
「元太たちとサッカーの約束してるから行くところなんだ」
安室さんはニコニコしてるけど鋭い視線でこちらを牽制しているのを感じる
小学生相手になんて視線を送ってくるんだ、この人
そう思いながら安室さんを見上げていると安室さんは俺と目線を合わせるように屈み込み、人差し指を口元に内緒ポーズをしながら言った
「聞きたかったことは聞けたのかい?」
…!
やっぱりあやお姉さんに持たせてる盗聴器から全部聞いてたんじゃないか
全然偶然じゃないじゃないか
「何のこと?僕分かんない」
すっとぼけられたので俺もニッコリ笑ってすっとぼけ返してみる
先にすっとぼけたのは安室さんだ
安室さんは俺の言葉に少し意外そうな顔をした後、俺の後ろの方へ目をやる
俺も釣られて振り返る
目線の先にはテラスで和やかに話をしているあやお姉さんと真田さんがいて、その様子を眩しそうに目を細め見ている安室さん
安室さんの視線に気が付いたあやお姉さんが手を振り、その様子を見た真田さんもこちらを振り返る
「大切な…僕にとって大切な人たちなんだ…」
立ち上がりながら独り言のように小さく呟く安室さんに
「分かる…気がするよ」
俺も独り言のように呟いて安室さんに背を向け走り出す、後ろは振り返らない
元太たちに会ったら遅いって怒られるだろうか、それとも何があったか聞きたがるだろうか…と思いながら、俺にとって大切な小さな友人たちの元へ急いだ