【DC】FELICITE
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今日はあやと待ち合わせをしていたのに約束の時間を過ぎてもあやは一向に現れず、電話してもメールしても繋がらなかった
あやは時間に几帳面で約束を反故にする人間じゃないことは生まれた時からずっと一緒に過ごしてきた俺が一番よく知っている
そんなあやと連絡が付かない今の状況はあやの身に何かが起きているのかもしれないし、ゼロの今日の予定は終日ポアロだから俺との約束を忘れてポアロでのんびりしているのかもしれない
前者であるなら問題だが、後者ならば連絡付かないのは腑に落ちなかった
あやの緊急事態かもしれないので仕事中であろうゼロに連絡を入れてみることにした
ゼロの番号は携帯に登録していないので毎回電話する時は番号を入れる
数え切れないほど掛け暗唱している番号をリズミカルにタップし、携帯を耳に当てるとコール3回目の途中で通話状態になった
「どうした」
「仕事中すまない、ゼロ。そっちにあや行ってるか?」
「いや、今日はヒロと出かけるとあやは言ってたし、来ていない」
「そうか、分かった」
「あやに…何かあったのか?」
「待ち合わせ時間過ぎてるのにまだ来ないし連絡が付かないんだ」
「あやが?」
「あぁ。これから家に行ってみる」
「…頼む」
胸騒ぎがするので電話を切った後、急いであやとゼロが住んでいるマンションに向かった
ゼロの代わりにあやと過ごすこともあるから…とカードキーを預かっているのでカードキーでオートロックを開け、エレベータにカードキーをかざし暗証番号を入れると階数指定をせずともエレベータは自動で扉を閉じ目的の階へと俺を運んだ
表札の出ていないドアにカードキーをかざすとカチリと小さな音と共に解錠される
ドアを開ける前に注意深く中の様子を伺ってみるけど物音1つしない
静かにドアを開けるとあやのパンプスが玄関にあった
靴があるということはまだ自宅にいるということか…?
音がしないよう靴を脱ぎリビングに向かうとテーブルの上にたくさんの紙が広げられており、茶色の小さな瓶が倒れているのが目に入った
そっと近づき、広げられた紙を覗き込むと色とりどりの便せんやメールか何かを印刷したであろう上質紙だった
夕衣宛てのファンレターのようだ
あやは夕衣として個人事務所で仕事をしている
特定を防ぐためファンレターなどの一般的な連絡先として自宅から離れた場所に私書箱を借りており、週に1度私書箱に届いたものを一括して送ってもらう形を取っているのでその届いたものを確認していたのだろう
ファンレターを広げたままあやが姿をくらますのはあやの性格をよく知ってる俺からしたらあり得ないからこの状況は異常事態と言わざるを得ない
1通1通大切に日付ごと、よくファンレターをくれる人は別のボックスを作って収納しているのを知っているし、ファンレターの返事としてあやは毎月ペーパーを作ってその月のあやの活動予定とイベント、前の月のイベントなどのレポートと共に貰ったファンレターに対して一言のメッセージを付けて返信しているのを知っている
部屋の中を見回してもいつも通りで他に荒れている様子も無く、誰かが侵入したというのはここのセキュリティからしても考えにくそうだ
今日ゼロはここからポアロへ出勤してるはずで、さっきの電話のゼロの様子からしたら朝のあやは普通だったのだろう
ゼロに連絡を取るべきか…と思うが、あやの現状をまず把握するのが先決だ
「あや」
ここでようやく俺はこの部屋に着いて初めて声を発してみると、それに答えるかのようにゴソゴソッと寝室で物音がした
もしかしてあやは寝ていたのか?
双子とは言え、結婚した妹の寝室を勝手に開けるのは忍びないが状況を把握するためにも…すまん、あや、ゼロ!
ガチャっと寝室のドアを開けるとクイーンサイズのベッドの上にこんもりと盛り上がった布団があった
「あや?」
衣擦れの音がしてモコモコと布団が動き、黒い隙間が出来た
布団の中が暗いせいで俺からは顔は見えないけど向こうからはこちらの顔は見えているだろう
俺を認識したらしく、ガバッと布団をはねのけ俺に飛びついてきたのは小さな女の子だった
「お兄ちゃん!高明お兄ちゃん」
「……はっ?!」
高い声と高い体温、小さな身体で兄さんの名前を呼ぶこの子は…もしかして……
必死に俺にしがみつくその子を宥めるように抱き上げ背中を撫でながらそっと身体を離して顔を見る
あやだ
俺の双子の妹のあやだ
小さい頃から自分の顔よりも見慣れたあやだ
「あや?」
「高明お兄ちゃん、高明お兄ちゃんっ」
眉尻を下げアーモンド型の目いっぱいに溜め、なお堪えきれなかった涙をポロポロとこぼしながらギュッと俺の首に手を回してしがみついてくるあやに俺は混乱していた
何故あやは小さくなっている?
この見た目だと7~8歳くらいか?
何故俺を兄さんと呼ぶ?
ぐちゃぐちゃになっている頭を整理しようと思考を巡らしあやを抱きしめていると玄関のドアが開く音がした
「あや、ヒロ、いるか?」
俺の電話のせいで居ても立ってもいられなくて帰って来たのだろう、ゼロの声だ
ビクッと俺の腕の中であやが震え、玄関の方に恐る恐る…というように目を向ける
廊下から姿を現したゼロを見て目玉が落ちそうなほど目を大きく見開き、怯えるように俺に再び強く抱きついたあや
ゼロはその様子を見て思わず立ち止まった
「……は…っ?」
今まで長い付き合いだが、こんな気の抜けたゼロの声は初めて聞いた
緊急事態というか、俺も現状を把握出来ていない状態なのに思わずククッと笑いが漏れた
小さくなったあやは大人の時に着ていた服の上だけを身につけている状態だったのでゼロが風見さんに電話し、子ども服を調達するように指示していた
電話をしているゼロも、横で聞いている俺も正直まだ何も分かっていないので多分電話を受けている風見さんは俺たちより更に何事か分からない状態だろうし誰の服を用意させられているのか見当も付かないだろう
申し訳ない気持ちもあるが、あやをこのままの格好で居させられないという過保護っぷりを発揮するゼロに俺も同意だったので苦笑しながらも俺の膝の上から離れないあやの頭を撫でているとキュッと俺の上着をあやが握りしめた
俺が顔をあやの側へ近づけるとあやは小声で言った
「あのお兄さんれーくんみたいにきれいな髪。あったかい色、あやの大好きな色」
電話を切ったゼロに聞こえていたのだろう、ゴホッゴホッと顔を赤くしながら咳き込んでいる
どう答えたら良いか悩みつつポンポンとあやの頭を撫でると「高明お兄ちゃん、ヒロはどこ?」と俺を見上げて言う
ここまでのあやの様子から、今までの記憶はなく見た目そのまま当時の記憶まで退行しているようだ
どう話したモンか…と思案していると
「あや、ヒロはお出かけしてるんだよ」
まだ少し赤い顔のままのゼロがあやへ顔を近づけ話しかけるとあやはあからさまにションボリした顔のままゼロから距離を取るべく俺に抱きついてきた
その背中をゆっくり安心させるように撫でていると少し落ち着いたのだろう、あやがゼロに話しかけ始めた
「お兄さんはれーくんのお兄さん?そっくり…」
「…遠い親戚…なんだ」
「そっか。だかられーくんとおんなじきれいな支子色の髪なんだね」
「うん、ありがとう…」
支子色の髪とはあやが子どもの頃からゼロによく言っていた言葉だ
長野の家の庭に植えられていた真っ白なクチナシの花は梅雨から夏にかけて鮮やかに咲き、秋には橙色の実を付けた
その実が黄色の着色料になるのだと俺たちに話す母さんは黄色に染め上げられたハンカチを見せて言った「この色が支子色なのよ」と…
その時にクチナシの花言葉が”喜びを運ぶ”をいうのを母さんに教えて貰ったあやは子どもの頃からクチナシの花が殊更お気に入りだった
訳あって高明兄さんと離れ、兄妹で東京に出てきてから知り合ったゼロの髪をいつも支子色で綺麗だと言って褒めていた
あやにしてみたら自覚は無くともその当時からゼロは大切な人だったのだろう、だから自分の大好きな花の名前が付いた大好きな色にゼロの髪を例え、ゼロといることを自分の喜びだと伝えていたんだと思う
こうやって小さくなって記憶が退行としていると言えどもやっぱりあやはあやなのだ
「あや…僕のところに来てくれないか?」
今にも泣き出しそうな顔をしたゼロがそう言ってあやへ向け両手を広げる
一瞬、俺の上着をキュッと握りしめたあやが俺の顔を見上げるので頷いてやると恐る恐るゼロの方へ腕を伸ばし身体を寄せた
あやを抱き上げたと同時に一気に綻んだゼロの顔は、子どもが出来たらこんな顔するのだろうと容易く想像させるような幸せそうな穏やかな顔で…
あやが離れた後の俺の膝のぬくもりは一気に霧散し、少し寂しい気持ちになったが、身軽になったのであやがどうしてこの姿になったのか、何か分からないか…とテーブルの上にある手紙たちを見ることにした
何通か目を通してみてもただのファンレターとしか思えない内容だったが、テーブルの上に倒れている小さな茶色の瓶がやけに気にかかる
倒れているが中は空になっているため、こぼれたりはしていない
瓶を拾い上げ匂いを嗅いでみると栄養剤っぽい匂いがする
海外のものなのだろう、瓶のラベルに書かれている文字は日本語ではなくロシア語のようで俺には読めなかったが広げられている手紙の中に
いつもお疲れさまです。
コレ飲んで元気になってください!
持続時間は6時間です。
という一文が書かれているものが目に入った
その手紙と封筒を取り上げて差出人を見てみるがありふれた女性の名前で俺の記憶には無い名前だった
あやを愛おしそうに抱きしめているゼロに差出人の名前を見せるとやはり心当たりは無いようでゼロも首を横に振る
あやにも一応聞こうとゼロの腕の中にいるあやに目を向けるとスヤスヤと寝息を立てていた
今のあやに聞いても覚えているか分からなかったが、もしこれを栄養剤と思って飲んだというのなら文面の通り6時間程度で効果が切れる可能性もあるのでとりあえず時間が過ぎるのを待ちながら別の方法を探る方が良いか…と俺は立ち上がる
「ゼロ、俺は一旦本庁に戻ってこれと同じような薬を使った事件が無かったか調べてくる」
瓶を手に取りゼロを見ると、ゼロはあやの首筋に顔を埋め幸せそうな顔をしていたが俺の言葉に頭を上げて言った
「あぁ、分かった。それよりヒロ、大発見だ。小さくなってもあやの香りは変わらない」
…ゼロの頭のネジは何処に行ったのだ…
真剣にあやのことを考えているだろうゼロは小さなあやを抱いている間に頭のネジをどっかにすっ飛ばしてしまったらしい
俺は思わず大きな溜息を吐いた
「あのな、ゼロ。あやは多分今の姿と同じで記憶も退行してるからな。俺のことも景光ではなく兄さんだと思ってるくらいだ。いいか、その辺弁えてくれよ?」
「もちろんだ」
俺の言葉を分かったのか分かってないのか、寝ているあやの頬に何度もキスして柔らかな髪を梳き、一房取り上げた髪にもキスをして顔を緩めまくってるゼロを置いて行って本当に良いものか…
仮にゼロが自分を抑えられなくなったとしても元々夫婦だからいいのか…?
いや、今のあやは子どもだ。犯罪になるんじゃないのか…?
待て、ゼロがあやに何かすると俺は思っているのか…?
ピンポーン♪
頭の中が混乱しかかっていたところで呼び出し音が鳴り、よく分からない思考の波に揉まれていた意識が戻ってきた
おもむろにあやの方を見るとゼロの腕の中で身動ぎし起きそうになっていた
あやの眠りを妨げた…とばかりにギリッとゼロがインターフォンのモニタに映し出された人物を鋭く睨み付ける
モニタに映し出されているのは風見さんだ
ゼロがあやの服を持ってくるように指示したから来てくれたのに何て顔してるんだ、ゼロは
仕方なく俺が対応し、風見さんを部屋に招き入れると風見さんも目をまん丸にして「降谷さん…いつの間にお子さんが…?」と言っている
「風見さん、この子はゼロの子どもじゃなくて…嫁さんのあやなんです」
「…は?」
「ゼロの嫁さんで俺の妹のあやなんです」
「…はっ?あやさん?本当か?」
目を白黒させて驚く風見さんに俺が今分かっているところをかいつまんで説明している間、ゼロは目を覚ましてしまったあやに風見さんが持ってきてくれた服をあれこれと着せてスマホで写真を撮っていた
もうゼロ自身が溶けてしまうかのようにデロッデロに蕩けた顔したゼロは「あやはこの色も似合うけどやっぱり子どもらしく明るい色の方がいいか…」と言いながら着替え人形よろしくあやに色々着せて悦に入っている
風見さんからしたらその様子も驚く要因のひとつなのだろう、常識では考えられないだろう現状を説明する俺と、俺たちをそっちのけであやの着替えにご執心のゼロを見比べて目を丸くしていたが、話が一段落したところで風見さんの中でも何かが一段落したのだろう、指でクィと眼鏡のブリッジを上げ俺に言った
「諸伏も降谷さんと一緒にいるといい。瓶は俺が預かる。調べて後で連絡する」
…風見さんも俺と一緒で今のゼロとあやだけにすることに何らかの危機感を覚えたのかもしれない
本庁に戻った風見さんから連絡が来たのはそれから1時間ほど経った頃だった
持ち帰った瓶からロシアの組織が資金集めのためのために売り捌いていた精力増強剤だということが分かったそうだ
あやのように幼児化したという報告は無いらしいが、精力増強剤としてかなり強い効果があるらしく、その組織が摘発されたにも関わらず今でもハプバーなど裏では高額取引されているものだそうだ
即効性があり、飲んで5分ほどで興奮状態になり、それが6時間ほど持続するらしい
その後の副作用は特にないらしいが、1度覚えた興奮状態を忘れられない人がこの薬を求めるそうだ。そう考えると人によっては麻薬みたいなものなのかもしれない
ちなみに今は瓶に残った指紋から送付者を調べているらしい
ここでも6時間というワードが出てきたところを見るとまずは6時間、時間の経過を待った方が良さそうだ
俺との待ち合わせ時間などから考えて少なくとも2時間は現時点で経過している
風見さんからの電話を取るのにベランダに出ていた俺は、今の報告をゼロに伝えようとリビングに入るとうつらうつらとしているあやを抱きしめ旋毛にキスしてるゼロがいた
ゼロとあやの夫婦観について俺が口出す問題ではないが、いつもゼロはあやといると俺の存在を忘れるのは何とかならないものか…
「小さくなってるあやには今の記憶がない。だから頼むから手を出さんでくれ」
思わず口に出てしまったが蕩けた顔したゼロには暖簾に腕押しだった
あやを離さないゼロから何とかあやを引き離し寝室のベッドに寝かせた俺は、ゼロに報告と監視を兼ねてリビングで話をしていた
隙あらばあやのところに行こうとするゼロを押し止める俺の気苦労たるや…誰か察して欲しい
俺がこの部屋に来てから3時間ほど経過した頃、寝室で小さな悲鳴が上がった
止める間もなくゼロが身を翻して寝室に飛び込んでいき、俺が1歩遅れて寝室に飛び込むと掛け布団を胸元まで引き上げ顔を真っ赤にしたあやがいた
「なっ!何で私こんな格好してるのっ?れーくんっ?」
涙目になりながら布団を抱きしめているあやをゼロが抱きしめる
あやが小さくなっていた時に着ていた服はところどころ破れて見るも無惨な有様で、見ようによっては暴漢に襲われたかに見える…が、実際は身体のサイズが大きくなったことで服が耐えられなくなったのだろうことは小さなあやを見ていた俺たちには容易に想像が付いた
「あや、何も覚えてないか?」
「ヒロ?何でここに?あれ?もう約束の時間だっけ?」
ゼロに抱きしめられているあやは少し混乱しているらしい
「ごめん、着替えるから一旦2人とも部屋出て行ってくれる?」
あやがそう言いながらゼロの背中に手を回しトントンとすると名残惜しそうにあやの頬にキスしたゼロが「分かった」と言ってベッドから立ち上がったので俺は早々に退散した
着替えたあやがリビングに姿を見せたのでコーヒーを淹れて出すと「ありがとう、ヒロ」と言って受け取り、ゼロに手を引かれるままゼロの横に腰を下ろした
「あや、どこまで覚えてるか話してくれるか?」
ゼロがあやの肩を抱き寄せ言うと頷いたあやが話し始める
「ヒロとの待ち合わせの時間まで時間があったから届いた手紙を読んで、その中のプレゼントで頂いた栄養剤を飲んだら身体が急に熱くなったり冷たくなったりで寒くて耐えられなくなっちゃったから布団に潜り込んだところまでは覚えてるんだけど、目が覚めたらほぼ服着てない状態だったから驚いて思わず声上げちゃった
…ところで、今何時?何があったの?」
コーヒーを啜りながらそういうあやにこれまでのことを話すと覚えていないのか驚いた様子で最初信じてなかったが、ゼロがあやを着替え人形のように服を着替えさせ、撮った写真の数々を見せられるとそれらの写真を見たあやが頭を抱えた…がゼロは満足そうだ
「風見さんの話では一応副作用は無いらしい。ただあやの場合は想定と症状が全く違うから明日病院で検査した方がいい」
「うん、分かった」
俺の言葉に素直に頷いたあやの耳元でゼロが囁く
「あやとの子どもが欲しい。もちろんあやそっくりの女の子がいい」
静かな室内でゼロがあやの耳元で囁いた声は耳を澄まさずとも俺にまで聞こえてるわけで…
そう言われたあやは顔を真っ赤にして俯いているが、とりあえずゼロは俺の存在を忘れないで欲しい
おいゼロ、俺の前であやを押し倒そうとするな
相変わらずの2人に苦笑しながらも腰を上げる
そろそろ本庁に戻って仕事をしよう
元々あやに頼まれていた本を渡したら俺は仕事に戻るつもりだったのだ
それがとんでもないことに巻き込まれてすっかり時間を食ってしまった
「あ!ヒロっ!」
「なんだ?」
「何かね、夢見てた気がするの。高明兄さんに会った夢…」
「…そっか。兄さん元気だった?」
「うん、私のこと優しく抱きしめてくれた夢だったよ」
それはあやが小さくなってた間、俺を兄さんと間違えてたんだ…とは伝えないでおこう
久しく長野に帰ってないし兄さんに会えてないから夢の中でも会えたと思える方がきっとあやにとって良いだろう…と、嬉しそうに話すあやを見てそう思った
「ヒロ、ありがとう。いってらっしゃい」
「あぁ、いってきます」
「…きゃっ!」
あやの声に振り返ると再びゼロに押し倒されそうになっているあやが目に入った
だから、俺が帰るまでは待てだ、ゼロ!
後日、ゼロの机に小さくなった時のあやの写真が飾られるようになったことをあや本人は知らない
あやは時間に几帳面で約束を反故にする人間じゃないことは生まれた時からずっと一緒に過ごしてきた俺が一番よく知っている
そんなあやと連絡が付かない今の状況はあやの身に何かが起きているのかもしれないし、ゼロの今日の予定は終日ポアロだから俺との約束を忘れてポアロでのんびりしているのかもしれない
前者であるなら問題だが、後者ならば連絡付かないのは腑に落ちなかった
あやの緊急事態かもしれないので仕事中であろうゼロに連絡を入れてみることにした
ゼロの番号は携帯に登録していないので毎回電話する時は番号を入れる
数え切れないほど掛け暗唱している番号をリズミカルにタップし、携帯を耳に当てるとコール3回目の途中で通話状態になった
「どうした」
「仕事中すまない、ゼロ。そっちにあや行ってるか?」
「いや、今日はヒロと出かけるとあやは言ってたし、来ていない」
「そうか、分かった」
「あやに…何かあったのか?」
「待ち合わせ時間過ぎてるのにまだ来ないし連絡が付かないんだ」
「あやが?」
「あぁ。これから家に行ってみる」
「…頼む」
胸騒ぎがするので電話を切った後、急いであやとゼロが住んでいるマンションに向かった
ゼロの代わりにあやと過ごすこともあるから…とカードキーを預かっているのでカードキーでオートロックを開け、エレベータにカードキーをかざし暗証番号を入れると階数指定をせずともエレベータは自動で扉を閉じ目的の階へと俺を運んだ
表札の出ていないドアにカードキーをかざすとカチリと小さな音と共に解錠される
ドアを開ける前に注意深く中の様子を伺ってみるけど物音1つしない
静かにドアを開けるとあやのパンプスが玄関にあった
靴があるということはまだ自宅にいるということか…?
音がしないよう靴を脱ぎリビングに向かうとテーブルの上にたくさんの紙が広げられており、茶色の小さな瓶が倒れているのが目に入った
そっと近づき、広げられた紙を覗き込むと色とりどりの便せんやメールか何かを印刷したであろう上質紙だった
夕衣宛てのファンレターのようだ
あやは夕衣として個人事務所で仕事をしている
特定を防ぐためファンレターなどの一般的な連絡先として自宅から離れた場所に私書箱を借りており、週に1度私書箱に届いたものを一括して送ってもらう形を取っているのでその届いたものを確認していたのだろう
ファンレターを広げたままあやが姿をくらますのはあやの性格をよく知ってる俺からしたらあり得ないからこの状況は異常事態と言わざるを得ない
1通1通大切に日付ごと、よくファンレターをくれる人は別のボックスを作って収納しているのを知っているし、ファンレターの返事としてあやは毎月ペーパーを作ってその月のあやの活動予定とイベント、前の月のイベントなどのレポートと共に貰ったファンレターに対して一言のメッセージを付けて返信しているのを知っている
部屋の中を見回してもいつも通りで他に荒れている様子も無く、誰かが侵入したというのはここのセキュリティからしても考えにくそうだ
今日ゼロはここからポアロへ出勤してるはずで、さっきの電話のゼロの様子からしたら朝のあやは普通だったのだろう
ゼロに連絡を取るべきか…と思うが、あやの現状をまず把握するのが先決だ
「あや」
ここでようやく俺はこの部屋に着いて初めて声を発してみると、それに答えるかのようにゴソゴソッと寝室で物音がした
もしかしてあやは寝ていたのか?
双子とは言え、結婚した妹の寝室を勝手に開けるのは忍びないが状況を把握するためにも…すまん、あや、ゼロ!
ガチャっと寝室のドアを開けるとクイーンサイズのベッドの上にこんもりと盛り上がった布団があった
「あや?」
衣擦れの音がしてモコモコと布団が動き、黒い隙間が出来た
布団の中が暗いせいで俺からは顔は見えないけど向こうからはこちらの顔は見えているだろう
俺を認識したらしく、ガバッと布団をはねのけ俺に飛びついてきたのは小さな女の子だった
「お兄ちゃん!高明お兄ちゃん」
「……はっ?!」
高い声と高い体温、小さな身体で兄さんの名前を呼ぶこの子は…もしかして……
必死に俺にしがみつくその子を宥めるように抱き上げ背中を撫でながらそっと身体を離して顔を見る
あやだ
俺の双子の妹のあやだ
小さい頃から自分の顔よりも見慣れたあやだ
「あや?」
「高明お兄ちゃん、高明お兄ちゃんっ」
眉尻を下げアーモンド型の目いっぱいに溜め、なお堪えきれなかった涙をポロポロとこぼしながらギュッと俺の首に手を回してしがみついてくるあやに俺は混乱していた
何故あやは小さくなっている?
この見た目だと7~8歳くらいか?
何故俺を兄さんと呼ぶ?
ぐちゃぐちゃになっている頭を整理しようと思考を巡らしあやを抱きしめていると玄関のドアが開く音がした
「あや、ヒロ、いるか?」
俺の電話のせいで居ても立ってもいられなくて帰って来たのだろう、ゼロの声だ
ビクッと俺の腕の中であやが震え、玄関の方に恐る恐る…というように目を向ける
廊下から姿を現したゼロを見て目玉が落ちそうなほど目を大きく見開き、怯えるように俺に再び強く抱きついたあや
ゼロはその様子を見て思わず立ち止まった
「……は…っ?」
今まで長い付き合いだが、こんな気の抜けたゼロの声は初めて聞いた
緊急事態というか、俺も現状を把握出来ていない状態なのに思わずククッと笑いが漏れた
小さくなったあやは大人の時に着ていた服の上だけを身につけている状態だったのでゼロが風見さんに電話し、子ども服を調達するように指示していた
電話をしているゼロも、横で聞いている俺も正直まだ何も分かっていないので多分電話を受けている風見さんは俺たちより更に何事か分からない状態だろうし誰の服を用意させられているのか見当も付かないだろう
申し訳ない気持ちもあるが、あやをこのままの格好で居させられないという過保護っぷりを発揮するゼロに俺も同意だったので苦笑しながらも俺の膝の上から離れないあやの頭を撫でているとキュッと俺の上着をあやが握りしめた
俺が顔をあやの側へ近づけるとあやは小声で言った
「あのお兄さんれーくんみたいにきれいな髪。あったかい色、あやの大好きな色」
電話を切ったゼロに聞こえていたのだろう、ゴホッゴホッと顔を赤くしながら咳き込んでいる
どう答えたら良いか悩みつつポンポンとあやの頭を撫でると「高明お兄ちゃん、ヒロはどこ?」と俺を見上げて言う
ここまでのあやの様子から、今までの記憶はなく見た目そのまま当時の記憶まで退行しているようだ
どう話したモンか…と思案していると
「あや、ヒロはお出かけしてるんだよ」
まだ少し赤い顔のままのゼロがあやへ顔を近づけ話しかけるとあやはあからさまにションボリした顔のままゼロから距離を取るべく俺に抱きついてきた
その背中をゆっくり安心させるように撫でていると少し落ち着いたのだろう、あやがゼロに話しかけ始めた
「お兄さんはれーくんのお兄さん?そっくり…」
「…遠い親戚…なんだ」
「そっか。だかられーくんとおんなじきれいな支子色の髪なんだね」
「うん、ありがとう…」
支子色の髪とはあやが子どもの頃からゼロによく言っていた言葉だ
長野の家の庭に植えられていた真っ白なクチナシの花は梅雨から夏にかけて鮮やかに咲き、秋には橙色の実を付けた
その実が黄色の着色料になるのだと俺たちに話す母さんは黄色に染め上げられたハンカチを見せて言った「この色が支子色なのよ」と…
その時にクチナシの花言葉が”喜びを運ぶ”をいうのを母さんに教えて貰ったあやは子どもの頃からクチナシの花が殊更お気に入りだった
訳あって高明兄さんと離れ、兄妹で東京に出てきてから知り合ったゼロの髪をいつも支子色で綺麗だと言って褒めていた
あやにしてみたら自覚は無くともその当時からゼロは大切な人だったのだろう、だから自分の大好きな花の名前が付いた大好きな色にゼロの髪を例え、ゼロといることを自分の喜びだと伝えていたんだと思う
こうやって小さくなって記憶が退行としていると言えどもやっぱりあやはあやなのだ
「あや…僕のところに来てくれないか?」
今にも泣き出しそうな顔をしたゼロがそう言ってあやへ向け両手を広げる
一瞬、俺の上着をキュッと握りしめたあやが俺の顔を見上げるので頷いてやると恐る恐るゼロの方へ腕を伸ばし身体を寄せた
あやを抱き上げたと同時に一気に綻んだゼロの顔は、子どもが出来たらこんな顔するのだろうと容易く想像させるような幸せそうな穏やかな顔で…
あやが離れた後の俺の膝のぬくもりは一気に霧散し、少し寂しい気持ちになったが、身軽になったのであやがどうしてこの姿になったのか、何か分からないか…とテーブルの上にある手紙たちを見ることにした
何通か目を通してみてもただのファンレターとしか思えない内容だったが、テーブルの上に倒れている小さな茶色の瓶がやけに気にかかる
倒れているが中は空になっているため、こぼれたりはしていない
瓶を拾い上げ匂いを嗅いでみると栄養剤っぽい匂いがする
海外のものなのだろう、瓶のラベルに書かれている文字は日本語ではなくロシア語のようで俺には読めなかったが広げられている手紙の中に
いつもお疲れさまです。
コレ飲んで元気になってください!
持続時間は6時間です。
という一文が書かれているものが目に入った
その手紙と封筒を取り上げて差出人を見てみるがありふれた女性の名前で俺の記憶には無い名前だった
あやを愛おしそうに抱きしめているゼロに差出人の名前を見せるとやはり心当たりは無いようでゼロも首を横に振る
あやにも一応聞こうとゼロの腕の中にいるあやに目を向けるとスヤスヤと寝息を立てていた
今のあやに聞いても覚えているか分からなかったが、もしこれを栄養剤と思って飲んだというのなら文面の通り6時間程度で効果が切れる可能性もあるのでとりあえず時間が過ぎるのを待ちながら別の方法を探る方が良いか…と俺は立ち上がる
「ゼロ、俺は一旦本庁に戻ってこれと同じような薬を使った事件が無かったか調べてくる」
瓶を手に取りゼロを見ると、ゼロはあやの首筋に顔を埋め幸せそうな顔をしていたが俺の言葉に頭を上げて言った
「あぁ、分かった。それよりヒロ、大発見だ。小さくなってもあやの香りは変わらない」
…ゼロの頭のネジは何処に行ったのだ…
真剣にあやのことを考えているだろうゼロは小さなあやを抱いている間に頭のネジをどっかにすっ飛ばしてしまったらしい
俺は思わず大きな溜息を吐いた
「あのな、ゼロ。あやは多分今の姿と同じで記憶も退行してるからな。俺のことも景光ではなく兄さんだと思ってるくらいだ。いいか、その辺弁えてくれよ?」
「もちろんだ」
俺の言葉を分かったのか分かってないのか、寝ているあやの頬に何度もキスして柔らかな髪を梳き、一房取り上げた髪にもキスをして顔を緩めまくってるゼロを置いて行って本当に良いものか…
仮にゼロが自分を抑えられなくなったとしても元々夫婦だからいいのか…?
いや、今のあやは子どもだ。犯罪になるんじゃないのか…?
待て、ゼロがあやに何かすると俺は思っているのか…?
ピンポーン♪
頭の中が混乱しかかっていたところで呼び出し音が鳴り、よく分からない思考の波に揉まれていた意識が戻ってきた
おもむろにあやの方を見るとゼロの腕の中で身動ぎし起きそうになっていた
あやの眠りを妨げた…とばかりにギリッとゼロがインターフォンのモニタに映し出された人物を鋭く睨み付ける
モニタに映し出されているのは風見さんだ
ゼロがあやの服を持ってくるように指示したから来てくれたのに何て顔してるんだ、ゼロは
仕方なく俺が対応し、風見さんを部屋に招き入れると風見さんも目をまん丸にして「降谷さん…いつの間にお子さんが…?」と言っている
「風見さん、この子はゼロの子どもじゃなくて…嫁さんのあやなんです」
「…は?」
「ゼロの嫁さんで俺の妹のあやなんです」
「…はっ?あやさん?本当か?」
目を白黒させて驚く風見さんに俺が今分かっているところをかいつまんで説明している間、ゼロは目を覚ましてしまったあやに風見さんが持ってきてくれた服をあれこれと着せてスマホで写真を撮っていた
もうゼロ自身が溶けてしまうかのようにデロッデロに蕩けた顔したゼロは「あやはこの色も似合うけどやっぱり子どもらしく明るい色の方がいいか…」と言いながら着替え人形よろしくあやに色々着せて悦に入っている
風見さんからしたらその様子も驚く要因のひとつなのだろう、常識では考えられないだろう現状を説明する俺と、俺たちをそっちのけであやの着替えにご執心のゼロを見比べて目を丸くしていたが、話が一段落したところで風見さんの中でも何かが一段落したのだろう、指でクィと眼鏡のブリッジを上げ俺に言った
「諸伏も降谷さんと一緒にいるといい。瓶は俺が預かる。調べて後で連絡する」
…風見さんも俺と一緒で今のゼロとあやだけにすることに何らかの危機感を覚えたのかもしれない
本庁に戻った風見さんから連絡が来たのはそれから1時間ほど経った頃だった
持ち帰った瓶からロシアの組織が資金集めのためのために売り捌いていた精力増強剤だということが分かったそうだ
あやのように幼児化したという報告は無いらしいが、精力増強剤としてかなり強い効果があるらしく、その組織が摘発されたにも関わらず今でもハプバーなど裏では高額取引されているものだそうだ
即効性があり、飲んで5分ほどで興奮状態になり、それが6時間ほど持続するらしい
その後の副作用は特にないらしいが、1度覚えた興奮状態を忘れられない人がこの薬を求めるそうだ。そう考えると人によっては麻薬みたいなものなのかもしれない
ちなみに今は瓶に残った指紋から送付者を調べているらしい
ここでも6時間というワードが出てきたところを見るとまずは6時間、時間の経過を待った方が良さそうだ
俺との待ち合わせ時間などから考えて少なくとも2時間は現時点で経過している
風見さんからの電話を取るのにベランダに出ていた俺は、今の報告をゼロに伝えようとリビングに入るとうつらうつらとしているあやを抱きしめ旋毛にキスしてるゼロがいた
ゼロとあやの夫婦観について俺が口出す問題ではないが、いつもゼロはあやといると俺の存在を忘れるのは何とかならないものか…
「小さくなってるあやには今の記憶がない。だから頼むから手を出さんでくれ」
思わず口に出てしまったが蕩けた顔したゼロには暖簾に腕押しだった
あやを離さないゼロから何とかあやを引き離し寝室のベッドに寝かせた俺は、ゼロに報告と監視を兼ねてリビングで話をしていた
隙あらばあやのところに行こうとするゼロを押し止める俺の気苦労たるや…誰か察して欲しい
俺がこの部屋に来てから3時間ほど経過した頃、寝室で小さな悲鳴が上がった
止める間もなくゼロが身を翻して寝室に飛び込んでいき、俺が1歩遅れて寝室に飛び込むと掛け布団を胸元まで引き上げ顔を真っ赤にしたあやがいた
「なっ!何で私こんな格好してるのっ?れーくんっ?」
涙目になりながら布団を抱きしめているあやをゼロが抱きしめる
あやが小さくなっていた時に着ていた服はところどころ破れて見るも無惨な有様で、見ようによっては暴漢に襲われたかに見える…が、実際は身体のサイズが大きくなったことで服が耐えられなくなったのだろうことは小さなあやを見ていた俺たちには容易に想像が付いた
「あや、何も覚えてないか?」
「ヒロ?何でここに?あれ?もう約束の時間だっけ?」
ゼロに抱きしめられているあやは少し混乱しているらしい
「ごめん、着替えるから一旦2人とも部屋出て行ってくれる?」
あやがそう言いながらゼロの背中に手を回しトントンとすると名残惜しそうにあやの頬にキスしたゼロが「分かった」と言ってベッドから立ち上がったので俺は早々に退散した
着替えたあやがリビングに姿を見せたのでコーヒーを淹れて出すと「ありがとう、ヒロ」と言って受け取り、ゼロに手を引かれるままゼロの横に腰を下ろした
「あや、どこまで覚えてるか話してくれるか?」
ゼロがあやの肩を抱き寄せ言うと頷いたあやが話し始める
「ヒロとの待ち合わせの時間まで時間があったから届いた手紙を読んで、その中のプレゼントで頂いた栄養剤を飲んだら身体が急に熱くなったり冷たくなったりで寒くて耐えられなくなっちゃったから布団に潜り込んだところまでは覚えてるんだけど、目が覚めたらほぼ服着てない状態だったから驚いて思わず声上げちゃった
…ところで、今何時?何があったの?」
コーヒーを啜りながらそういうあやにこれまでのことを話すと覚えていないのか驚いた様子で最初信じてなかったが、ゼロがあやを着替え人形のように服を着替えさせ、撮った写真の数々を見せられるとそれらの写真を見たあやが頭を抱えた…がゼロは満足そうだ
「風見さんの話では一応副作用は無いらしい。ただあやの場合は想定と症状が全く違うから明日病院で検査した方がいい」
「うん、分かった」
俺の言葉に素直に頷いたあやの耳元でゼロが囁く
「あやとの子どもが欲しい。もちろんあやそっくりの女の子がいい」
静かな室内でゼロがあやの耳元で囁いた声は耳を澄まさずとも俺にまで聞こえてるわけで…
そう言われたあやは顔を真っ赤にして俯いているが、とりあえずゼロは俺の存在を忘れないで欲しい
おいゼロ、俺の前であやを押し倒そうとするな
相変わらずの2人に苦笑しながらも腰を上げる
そろそろ本庁に戻って仕事をしよう
元々あやに頼まれていた本を渡したら俺は仕事に戻るつもりだったのだ
それがとんでもないことに巻き込まれてすっかり時間を食ってしまった
「あ!ヒロっ!」
「なんだ?」
「何かね、夢見てた気がするの。高明兄さんに会った夢…」
「…そっか。兄さん元気だった?」
「うん、私のこと優しく抱きしめてくれた夢だったよ」
それはあやが小さくなってた間、俺を兄さんと間違えてたんだ…とは伝えないでおこう
久しく長野に帰ってないし兄さんに会えてないから夢の中でも会えたと思える方がきっとあやにとって良いだろう…と、嬉しそうに話すあやを見てそう思った
「ヒロ、ありがとう。いってらっしゃい」
「あぁ、いってきます」
「…きゃっ!」
あやの声に振り返ると再びゼロに押し倒されそうになっているあやが目に入った
だから、俺が帰るまでは待てだ、ゼロ!
後日、ゼロの机に小さくなった時のあやの写真が飾られるようになったことをあや本人は知らない
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