記憶の彼方のカケラ
ある南の海に、どんなウミヘビよりも賢いと名高いウミヘビが居ました。
ウミヘビはとても賢かったので、どんな難しいこともあっという間に解決してしまいました。
そんなんですから、南の海の生き物たちは、ウミヘビが言うんなら間違いないと思っていました。
ある日の昼下がり、ウミヘビが他のウミヘビと討論していますと
輪の外から聞きなれない声がしました。
「そんなに賢いんなら、一つ私と知恵比べをしようじゃないか」
しゃがれた声の主は、老齢のウツボでした。
ウミヘビはそのウツボが大嫌いでした。
何故ならウミヘビは、ウツボというものは皆凶暴で、目の前にあるもの全てに食らいつくと思っていたからです。
でも逃げたら笑われるかもしれない、仲間外れにされるかも。
そんな思いが頭をよぎったウミヘビは胸をグンとそり、如何にも賢そうに振舞いました。
「勿論ですともおじいさん。
私にわからないことなどありません」
ニタニタとウツボは笑うと尻尾の先で岩をさし言いました。
「あれは岩だな」
「ええ。岩ですね」
「では岩とはなんだ」
ウツボが訪ねました。
「勿論それは、硬くて食べられない、そして藻やフジツボなんかが張り付く物です」
すかさずウミヘビが答えます。
益々ウツボはニタニタ笑うと、ぐんぐんと上に泳ぎ言いました。
「じゃあ、あの水面の先には何がある」
「空があります。鳥もいます」
「鳥は飛ぶ。
そして鳴いて群れる。
あと危険だ。
それ以外に何がある」
「それは」
ウミヘビは困ってしまいました。
何故なら知らないことを聞かれたからです。
「判らないか」
「いいえ、知っていますとも。
少し思い出せないだけです」
ウミヘビは焦りました。
どうしてもわからないからです。
「哀れだな、わからないんなら素直に言えばいいんだ。
私は知っている。
鳥は卵で生まれる。
鳥は子供を育てる。
どうだ知らなかったろう」
「…いいえ。
知っていましたよ」
ウミヘビの答えを聞いて、ウツボは身をよじり、大笑いをしました。
「愚かなウミヘビ!
馬鹿なウミヘビ!
知らないことを知ってるふり!
自分が持つ知識だけで語るからだ!」
散々笑われたウミヘビは、恥ずかしくて仕方がありません。
顔どころか全身を真っ赤にする勢いで、小さくなってしまいました。
「これに懲りたら、知らないことは知らないと、正直に言うんだな!」
そう言って、ウツボは大笑いして身をひくひくさせながら、岩陰に消えていきました。
この出来事ののち、ウミヘビは知らないことは正直に知らないと言おうと心に誓い、そんなウミヘビを見た皆は、正直者なウミヘビをますます好きになったのでした。
