記憶の彼方のカケラ
昔々、信州信濃のある村に、地主に飼われているキヨサクとう云う馬があった。
この馬、とても聞き分けのいい上に、大層賢い馬だったので、地主はそれはそれはキヨサクを大事にしたし、偶に米蔵の番をキヨサクに任せるほどだった。
ある日のこと、キヨサクと地主が道を歩いていると、目の間にネズミの群れが通りかかった。
地主は、ネズミ何ぞ自分の米蔵を食い荒らすものは、嫌いで嫌いでたまらなかった。
なので地主はキヨサクにこういった。
「キヨサクやキヨサクや、あの大食らいのネズミどもを視よ。
きっと、何処かの畑を荒らしに行くに違いない。
いつものように、あのネズミどもを踏み殺しておくれ」
しかし、キヨサクはそっぽを向いてしまい、頑としてネズミを視なかった。
キヨサクは小道の薮にネズミの群れが、きれいに隠れてしまうまで、微動だにせず立っていた。
当然、地主はそんなキヨサクに文句を垂れた。
「やいやいキヨサク。
お前はいつも米蔵の番をするとき、あんなにネズミを嫌うのに、どうして今に限ってネズミが好きになったんだ」
すると、キヨサクは地主を置き去りにしてさっさと歩きだすと、一人愚痴た。
「まったく、人間はなんてバカなんだ。
ネズミの祝言だなんて晴れの日に、殺しをするなんて。
恐ろしくって出来やしない。
神様を恐れないのは人間だけさ」
このキヨサクのおかげでネズミたちは楽しく祝言をあげることができた。
まったく、馬は賢くて敵わん。
