記憶の彼方のカケラ

ある山村に、それはそれは利口な少女がいた。

村一番の秀才で、いつも持て囃されていたが、少女はそれが大嫌いだった。本当は泥まみれになって草原に転がり回りたいのに、張り付く仮面のような笑顔の下に、自分を利用しよう、媚を売ろうという魂胆が透けて見えた大人たちはそんなことは許さないと、何時だって縛りたがっていたからだ。

そんな少女が大人たちよりも嫌いなことが信仰だった。その山村の信仰とは、村を荒らす悪魔を討伐した英雄とかいう、よくある昔話の存在に向けられたもので、もう少女の祖父母の曽祖父くらいの昔々の話であった。
少女は常々思っていた。

どうしてあったこともない想像だけかもしれない存在に、そんなに心酔できるんだろう。

少女は不思議で不思議で仕方がない。等々疑問を抑えられなくなった少女は、真夜中寝入った家族のスキを突き家を抜け、村はずれの巨木の下までやってきた。昔話の中で、この巨木の下に悪魔が封印されているらしいからだ。

昔のこと本当だったかどうか悪魔に問いかけ答えてもらおう、答えがなかったら、あのお話は嘘っぱちと証明できる。

少女は考えた。たどり着いた巨木の下で、少女は悪魔に語り掛けた。「悪魔さん、本当にそこにいるの?」すると、巨木の葉が風すらないのにザワザワ震えて鳴き出して、夜空の大気に響くような低い声が聞こえてきた。「うるさい、うるさい!悪魔だなんて!私はずっと村の民草を守ってやってきたというのに!」驚いた少女はおっかなびっくり問いかけた。「悪魔さんが悪魔じゃないなら、貴方は何?」再び巨木の葉が鳴き、声が答えた。「私は嘗て、村の民草が神と称え敬った名も無き獣。しかし、ある時異国より訪れし者、私を悪魔と罵り、民草どもも異国の者を恐れるあまりに私を悪魔と罵った!だからここにいる!」夜の大気に鼻をすする音が響きだす。獣は泣いてるらしかった。

もしかして、この獣はとても寂しくて仕方がないのでは、何故ならずっと一人でこの巨木にいたのだから、もしかしたら新しい友達が欲しいのではないか、少女は考えた。「だったら、私と新しくお友達になりましょう?私も英雄の昔話嫌い!見たことない人を信仰なんてできないもん!でも、獣さんはそこにいるから、友達になれるよ」「本当?」「本当!」「じゃあ、君の名前は?」「リコだよ!」リコ、リコ、リコ、と確かめるように数度呟いた巨木の中の孤独は、一瞬だけ黙り込むと、ピキ。パシ。と巨木の表面に亀裂が走り、等々光と共に崩れ落ちた。思わず頭を抱えて蹲ったリコが、その次の瞬間に見たものは、巨木ではなくそれは大きな角の大きな大きな山羊だった。

「獣さん?」「そうとも、君のおかげさ、もう寂しくないから、元に戻ることが出来たんだ」「よかったね!」「リコ、友達になってくれたお礼に、君に好きなものを贈ろう、なんでも贈ろう、君の欲しいもの全て」

大気を震わすその低い声を受けたリコはそれはそれは嬉しそうに「じゃあ、一緒にいろんな場所に行こう!こんな村抜け出して、二人で一緒に遊びいこう!」目を瞬かせた獣は、やはりそれはそれは嬉しそうに「勿論いいとも」

そうして二人は見たことない、聞いたことの無いものを、たくさん見て聞いて回り、その生涯を愉快に笑って楽しんだ。そして、少女と獣が村から消えたその日には、村はどういうわけか土と泥の中に村人諸共消えてしまったが、少女はそのことを終ぞ知ることは無く、二度と村には帰らなかった。
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