記憶の彼方のカケラ
昔、この世のどこにもないけど、確かに存在していたその王国は、大きく栄えた幸せの国だった。
しかしその栄光を享受できたのはほんの立った一握りの人々で、輝かしく狭苦しい城下町のずっと下には、広くて暗く、薄汚い路地裏と呼ばれる町が、王国の終わりまで続いていた。
路地裏にはそこにもどこにも、ガラクタで出来た家が立ち並んで、ちゃんとできた家に住んでいるものは尊敬のまなざしを受けていた。
その路地裏の何処かに棲むルタは、何処かの娼婦が捨て置いた子供だった。
生まれた時から食う者にも寝る場所にも困っていたルダの身体は、生きているのが不思議なほどボロボロで、ルタはいつも、ガラクタで作った自分だけの家で、飢えに震えて眠っていた。
ある日、ルタの住む場所に、高い高い塀の上から、何度も何度も跳ねただろう、歪んだ檻が降ってきた。
檻の中には白くて美しい鳥がばたばたと暴れ、もがいて檻から出ようとしていた。
目の前に起きたことに少しばかり驚いていたルタだったが、直ぐに拾い物の、錆びたナイフとフォークを取り出して、檻に掴みかかった。
どんな生き物でも、殺せば腹を満たせることを、ルタは幼いころから知っていた。
しかし、ルタが檻の鍵を漸く壊した時に、一瞬の隙をついて白い鳥が逃げ出した。
あの鳥を逃がしたら、他の人にとられてしまう。
そうしたら、ずっと空腹のままになってしまう!
そう考えたルタは、ナイフとフォークと連れ立って、白い鳥を追いかけた。
何処までもどこまでも追いかけて、王国の壁よりはずっと低いけれど、それでも人間にはとても高い場所で、ルタはガラクタに躓いた拍子に、そこから落ちてしまった。
ああ、死んでしまう!
ルタがギュッと目を瞑って死を覚悟しても、死はルタのもとにはやってこなかった。
何故なら白い鳥がぎりぎりでルタの事を助けたからだった。
白い鳥は心優しく、今まで自分を追いかけていたものでも、助けずにはいられなかった。
自分の衝動だけに身を任せて、目の前の捕食者を白い鳥は救ってしまった。
ルタを助けた白い鳥は、ああ、今度こそ食われてしまうと震えていたが、自分がどうして助かったかを理解したルタは、白い鳥に強く強く感謝して、新しい友達を家に連れて帰えった。
ルタと白い鳥の新しい生活は、やはり何もかも満たされない日々だったが、それでも互い互いに支えあい、ささやかな幸福の日々を送っていた。
ほんの少しの食べ物を分け合って、寄り添いあって眠り、ルタと白い鳥は間違えようのない幸福に包まれていた。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。
はるか遠い、北の国に生まれて過ごしていた白い鳥には、この国は暑すぎた。
すっかり弱って動けなくなった白い鳥の為に、ルタは白い石や薄青のガラスの破片を集めて、白い鳥の周りに並べて置いた。
故郷を思い出すものを見て、白い鳥に元気を付けてもらおうとした。
ルタにはこれしかできなかった。
白い鳥はぐったり下げていた頭をもたげ周囲を見やり、最後に友達の顔を見て三度鳴くと、そのまま再びぐったりと頭を下ろして、もう二度と動かなかった。
ルタは泣いた。
夜も昼もなく泣き続けた。
泣いて泣いて、腹の減ったルタは、錆びたナイフとフォークを取り出して、少しづつ友達を食べ始めた。
羽毛も骨も心臓も、無理矢理口に押し込んで、まるまるぺろりと平らげた。
その白い鳥のおいしさに、ルタはまた泣いた。
