記憶の彼方のカケラ

ある所に、それはそれは腕の立つ傭兵がいた。どれほど怪我を負っても、決して怯むことなく立向い、斧をふるっては、敵の息の根を確実に止めた。人々は余りに強い傭兵を重宝したが、同時に強く恐れていた。

ある所に、それはそれは凄腕の猟師がいた。険しい山を、踊るように登り、どんなに遠くからでも、弾丸ただ一つで、獲物の頭を打ち抜き、確実に捕らえるほどだった。人々は猟師をまるで魔弾の射手のようと噂したが、同時に強く恐れていた。

あの腕と斧一本で、瞬きの間に百人が死ぬのだろう、あの銃の発砲一つで森の鹿どもは全滅だ。人々はそう噂した。

戦争が起きた。傭兵も猟師も、国の王に戦いに出るよう要請され、それぞれ戦場に向かった。

猟師は高いところから、一応は敵国の兵を撃とうと高台に上った。傭兵は兵士どもで込み合う場所を嫌い、今いる場所を把握せんと高台へ向かった。

そして、二人は出会った。猟師は傭兵を見た瞬間思った。これは敵だ。獲物などではなく、倒すべき敵なのだ。

傭兵は猟師を見た瞬間思った。これは敵だ。そこらの有象無象とは違う、私を殺しうる存在なのだ。

そうして戦いが始まった。猟師の弾丸は素早い傭兵に当たらず、傭兵の斬撃は見事な足さばきの猟師には当たらなかった。

戦争による戦いが終わっても、二人による戦いは終わらなかった。

戦ううちに、二人は思った。
ああなんと強い人だろうか、今まであった中に、これほど強い人間がいただろうか。いま、まさに、私はお前を、殺そうとしているが、ここで殺すには、余りに惜しい。

猟師の首に傭兵の斧が、傭兵の眉間に猟師の銃が合わせられたころ、漸く戦いは終わり、二人はその戦場を去った。

そして、二人して国を抜け出し、放浪の旅を始めた。行く先々で、二人は幾度と争い、殺しあった。

殺しあう度に傭兵は思った。
いつかお前の首をかき切るために、私はお前の傍にいる。お前の血を浴びるために、私はお前についていく。愛おしいお前、私以外の手で死んでくれるな。

殺しあう度に猟師は思った。
いつかお前の頭を打ちぬくために、私はお前の傍にいる。お前の亡骸をこの腕の中に抱くために、私はお前から離れない。愛おしいお前、私以外の手で死んでくれるな。

二人の間には奇妙な形な愛があった。年を追うごとにそれは強固なものなった。
そして二人の戦いは、愛を証明する為のものになっていった。

ある日、二人は森にいた。
その森はさる貴族の、気に入りの狩場でもあった。
二人はその日の夕食の為に、共に獣を狩っていた。

それは見事な狩りの腕前に、狩りの為に森を訪れ、先客たちの様子を、こっそり見ていた貴族はたいそう満足して、二人を専属の狩人にしたいと申し出た。

二つか三つの口論の後に、二人は貴族の専属狩人という立場に収まった。このころには、二人は愛の証明のために殺しあうことは無くなっていった。

やがて貴族が死の淵に陥った。病に蝕まれ、息も絶え絶えな貴族はお気に入りの狩人たちを呼び出した。

私には妻も、後継ぎもいない。親族たちは、信用ならん。しかして、お前たちは私の一番だ。私はお前たちを、狩人として雇えど、実の子のように思っていた。
だから、この家と財産と地位と召使どもを、お前たちに全てやろう。

その言葉を遺言に、貴族は息を引き取った。
それからもまた、二つか三つの口論だか、ひと悶着だかもあったが、貴族の後継の地位は、猟師と傭兵の元に収まった。

猟師も傭兵も、それからの生活には、大した不満を持たなかった。少しの面倒くささと引き換えに、欲しいものは、殆ど何でもあるし、やりたいことも、大体何でもできる。心を満たしてくれるものが、すぐ傍に沢山あるのだから、二人は旅をやめた。

そうして暫くすると、傭兵は一つの赤ん坊を産んだ。傭兵によく似た顔立ちをして、金糸のような髪は、猟師によく似た、玉ような赤子であった。

屋敷は幸せに包まれた。
赤子はすくすくと育ち、長い髪の可愛らしい少女になった。

父親も母親も、少女を大層可愛がった。
それでも、だめな人間にならないようにと、きちんとした教育も施した。

両親の愛情と教えによって、少女は幼いながらも、智に富んだ、素晴らしき令嬢となった。

そして、もしあなたが、かの貴族の領地に行くのなら、そこにある一等大きな屋敷には近寄ってはならない。

何故なら、父親も母親も、自分の最も大事なものに、手を出すものが大嫌いだからだ。

何かの理由があって、招待状を送られるまで、たとえ国王であっても近づかないのだから、貴方は益々近づくべきではないだろう。
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