見習い一年目 春夏秋冬
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先輩から怒られてしまったが、オーナーが「モンブランが完売して嬉しかったんだねぇ」と言ってもらえたお陰で、あまりお咎めは無かった。
クリスマスの準備が始まる前に、各々被らないように連休を貰えて。久々に一人暮らしのアパートで寛いでいると、大家さんが訪ねて来て畑の手伝いをお願いされた。
アパートからは離れた場所にある手狭な畑には各種野菜が育てており、手伝いが終わると御礼に畑の野菜を持たせてくれた。
「あと、これもあげるね」と、大きめの袋を渡されて。ズッシリとした重みに驚きつつ、袋の中を覗くと立派なカボチャが入っていた。
大家さんにお礼を伝え、アパートへ戻る途中の商店街で真島君がこちらへ歩いて来るのが見えた。
声をかけようか考えていると、真島君の隣には女の子が一緒に歩いていた。
『こないだモンブランを買いに来てくれた子、だよね…。真島君と楽しそうに話をしてる』
歩いていた足を止めてしまい、真島君が気がついたらどう反応して良いのか分からなくて。近くの本屋に入る事にした。
本屋に入って、オジサンに「いらっしゃいませ」と声をかけられ。ペコリと頭を下げた。
料理雑誌の置いてある所まで行き、雑誌を手にしてパラパラとページをめくった。
『この大きなカボチャ…どーしよーかと思ってたから、丁度良かったかも』
ふぅーっと、小さくゆっくり息を吐いて雑誌に目を通す。
『パンプキンパイに挑戦してみたいけど、お店に行かないとオーブン無いからなー…。やはり、料理で消費させるしかないかー…』
カボチャの料理載ってないかなーと、パラパラとページを流した。
「ケーキやのうて、料理するんか?」
耳元で聞こえて来た声に、ピタリとページを捲るのが止まった。ゆっくり、声がした方を向くと真島君の顔が近くにあって、一瞬大きな声が出そうになったのを必死に右手で押さえた。
「ヒヒッ!驚きすぎや」
「な!?だ、て…」
また大きな声を出してしまい、声を抑えつつ数歩真島君から離れた。
「あー、やっぱり。ケーキ屋さんやったね」
真島君の横からひょっこり顔を出したのは、モンブランを買いに来てくれた女の子だった。
「こ、こんにちは…」
「な?俺の言うた通りやったろ?」
「真島さんに言われるまで、うち分からんかったわ」
わざわざ会わないように、本屋に入った意味が無かったみたい…。心の中で空笑いをし、雑誌を持ち直してレジへと向かおうとした。
「…ゎ、私これ買ってくるね。じゃあ、また」
「急いでるんか?」
言い終わる前に、真島君に質問されてしまい。
「ね」の音を発声できない状態の口の形で数秒固まってしまった。
「…急いでは、ないけど…」
お邪魔虫じゃないの?私…。
と、思うと。チクンと胸に何か刺さった気がした。
「なら、ゆうひにお願いがあるんやけど」
「なんでしょうか…?」
「ホットケーキ上手に作りたいんや」
「ホット、ケーキ…?」
「せや」
「…真島君が?」
「いや、靖子ちゃんが」
「靖子ちゃん?」
「ウチですー」
自己紹介まだでしたねー。と、モンブランのお客様は自己紹介をしてくれた。
「冴島靖子です。ウチ、ホットケーキ上手に作りたいんやけど、いっつも焦がしてしまうから上手に作れるようになりたいー!って、真島さんにお話してた所だったんです」
「話してたら、丁度ゆうひ見かけたから後を着いて来たってわけや」
「…あ、なるほどー」
「急いでへんやったら、ちょこっと俺らに付き合うてくれんか?」
「あ…うん、いいよー」
雑誌をレジまで持っててオジサンにお金を支払い、本屋を後にし。真島君と靖子ちゃんの後ろを着いて行く。
ホットケーキの材料を一緒に買って、材料は真島君が持ってくれていた。
私の荷物も持つと真島君は言ってくれたけど。大丈夫、大丈夫。と、断ってしまった。
──────────
狭い路地を通って、古びたアパートへと入った。
「はい、どーぞ」
「お邪魔すんでー」
「…お邪魔します」
持っていた荷物を置かせてもらい、部屋を少し見渡した。部屋の真ん中辺りにちゃぶ台があり、ちゃぶ台の上には灰皿が置いてあった。ちゃぶ台の奥には生ビールのビール瓶ケースの上に小さなテレビが置かれていた。
『靖子ちゃんの住んでる所って事だよね…。真島君は、よくここに来てるのかな…』
チクンとまた胸が痛むのを感じた。眉間に少しだけ皺が寄った気がして、急いで眉間の皺を伸ばそうと両手でこめかみ軽く引っ張った。
「ゆうひ?」
「あ、うん」
上着を脱いで、袖を捲り。手を洗ってから、靖子ちゃんとホットケーキ作りを始めた。
生地はあまり混ぜ過ぎないようにね。とか、一生懸命に混ぜようとしようとしている所を見て、優しく混ぜてねー。とか、声かけつつ焼き作業へ。
濡れ布巾を広げておいて、フライパンを中火で熱してから一旦フライパンを濡れ布巾の上に乗せてじゅぅぅううっと、音を鳴らせた。
「この作業、初めて見たわー」
「フライパンの熱を均等にさせて、焦げにくくさせたいからね」
「へー。そっか!」
フライパンに油を引いて、少し高い所から生地を落として焼いていく。気がつくと、靖子ちゃんはメモを取っており。時折質問に答えながら、ホットケーキをひっくり返した。
「わぁ!凄い、綺麗に焼けてるー!」
「おー。美味そうやなー!」
もう片面も焼けたのをお皿に移してから、靖子ちゃんと交代してホットケーキが出来上がるのを見守った。
「わ!出来た!ウチも上手に焼けた!」
ホットケーキの焼き目に喜ぶ靖子ちゃんは、とても可愛らしかった。
コツを掴んだ靖子ちゃんは残りの生地全て一人で焼き上げて。自慢げに真島君へホットケーキを見せている。
『片付けをして、おいとましよう…』
靖子ちゃんが途中気がついて、私やりますからー!と来てくれたけど。ほとんど終わりだったので、大丈夫だよー。と、伝えた。
ハンカチで手を拭いてから振り返ると、ちゃぶ台にホットケーキとお皿が3枚用意されて。一緒に食べましょ!と、靖子ちゃんに座るよう促された。
「あー…ごめんなさい。私、そろそろ…」
「ホットケーキ食わんのか?」
「あ、えっと。明日の準備もあるから、帰るね」
今週はまるまる休みで、明日の予定は買い物ぐらいだったけど。さも明日は仕事あるかのように伝えてしまった。
「ほんなら、送るわ」
真島君が立ちあがろうとしたので、必死に止めた。
「だ、大丈夫!道は覚えてるから!」
両手を前に出して、大丈夫だから。と念を押して、荷物の所へ行き、上着を着て荷物を持とうとするとヒョイと大きな手に荷物を奪われた。
「重ッ!何やこれ?」
「あ、真島君。大丈夫だから!」
「こっちもあるんやろ?」
もう一つの荷物も真島君が持ってしまい、送ると玄関前まで向かってしまった。
「真島君、せっかくのホットケーキが冷めちゃうから!」
「せやけど、重いし。そろそろ暗くなるで?」
「大丈夫!」
「…さっきからゆうひ何かおかしいで?」
真島君に言われた言葉でギクリとした瞬間に玄関の扉が開いた。長髪の大柄な男の人が中に入って来た。
「…誰や?」
「兄弟、早いやないか」
「あ、お兄ちゃん。おかえりなさいー」
「ああ。兄貴らの機嫌が良かったから、今日は早く上がらせてもらえた」
で…?誰や?と、こちらへ顔を向けられた。
「あ、すみません。もう、帰りますので!お邪魔致しました!」
真島君から荷物を回収して、いそいそと靴を履き。失礼しました!と、頭を下げて玄関を出た。
真島君が、何か声をかけてくれてたようだけど。この期を逃したら一人で帰れない気がして、必死になってしまった。
とりあえず、一人になりたくて。足早に歩いて行く。道を覚えてるって言ったものの、全然頭に入ってないから。今歩いている道であってるのかも分からないけど、あのアパートから今は少しでも離れたくて前に進むしかなかった。