電子カルテと睨めっこ中に、内線が鳴った。
4F病棟旭です。と、出ると。受話器から聞こえてくる内容を聞いて眉間に皺を寄せて目を閉じた。数秒してから今から降ります。と、返事をし。入力途中内容を一時保存した。


入院病棟のナースステーションを出て、エレベーターホールへと向かう。下へ降りるボタンを押してエレベーター到着を待つ。数秒してエレベーターの扉が開くと師長が降りようとしていた。
外のボタンを押して、どうぞ。と声をかけて先に出てもらった。



「お客さん？」


「…はい」


「眉間の皺も酷いけど、目の下の隈も酷いわね」
師長は自分の顔の眉間に指をするすると撫でてこちらを覗いた。



「昨日帰れなかったので…」
口元がヒクヒクしているのが自分でもわかった。



「…飛び入り手当の方達？」


「説明する気力はもう無いので、後は私の入力途中画面見てみてください…」


「そうするわ」
それは失礼したと言った表情で師長はナースステーションへと向かって行った。
私はエレベーターへと乗り込み下の階の外来処置室へと向かう。




外来待合を通って、処置室へと入ると事務さんが私の姿を見るなり「1番です」と早口に声をかけて来た。無言のまま頷いて、1番処置室のカーテンを開けた。



「待っとったでー！旭ちゃん」


「…今日は、どうなさいましたか？」
左目には黒い眼帯をし、パイソン柄のジャケットを素肌に着ている男が処置室の小さな丸椅子に大股で座っている。



「怪我してもーた」
ほれ。と、右手の人差し指を出した。
見た感じ切り傷のようで、まだ乾ききっていない血液が見えた。



「…処置台今持って来ます」


「おう！」
男は元気に返事をして、鼻歌を歌いはじめた。
処置台のカートを押して男の近くに行く。もう一つの丸椅子に自分も座り、ゴム手袋をした。



「ゴム手袋なんていらんやろ！」
男の言葉に一瞬イラッとした。そう思うなら…その程度の傷、唾つけて絆創膏貼っておけば治る程度の傷だ。わざわざ受診する程の傷ではない。



「…処置をする際には、必ず手袋をしないといけない決まりなので」
ゴム手袋の入り口を広げて指を入れ、手に馴染ませてから男なら右手を触った。傷口の確認をして、消毒の準備を進める。



「旭ちゃん、今日は何時に上がるんや？」


「分かりません」


「今日も残業なんか？」


「既に今、残業中です」
はい、少し染みますよー。と、声をかけて傷口の消毒を開始。染みますか？と、マニュアル通りの質問をして男の顔を見る。



「やっと、こっち見てくれたわー！」


「…軽く止血しまーす」


「な？な？旭ちゃん、今日こそは下の名前教えてくれんか？」


「機密事項でーす」


「俺の下の名前教えたら、教えてくれるか？」


「止血終わったので、絆創膏貼りますね」
ペリペリっと手際よく絆創膏のフィルムを剥がして男の傷口へと貼っていく。



「俺の下の名前は」


「ゴロウさんですよね、マジマさん」


「何や、漢字やのうてフリガナみたいに呼ぶんやな」


「患者様の氏名を間違えてお呼びするのは失礼ですので」



「ほな、俺の名前知っとるんやったら。名前で呼んで欲しいなー！」


「マジマさん、消毒液と絆創膏は受付横の購買で買ってくださいね」
処方はできないのでー。と、処置で使用した物を片付けつつ、手袋を最後に外した所で両手を包まれた。



「はぁー！やっぱり、旭ちゃんの手は可愛ええのー！」


「マジマさん、処置は終わりましたのでお会計の窓口で待っててください」



「俺、今日は名前呼んで貰えるまで帰らんでー」
イヒヒと顔がどんどん近づいてくる。
はぁーっと、分かりやすく溜息をついてゴロウさんと呼んであげた。



「フリガナのゴロウやから却下」


「…私、残業中なんですよねー」


「俺の名前呼んでくれたら残業も早く終わるで？」


「今マジマさんに行った処置内容の入力作業もあるのでー」


「吾朗や、吾朗。吾朗って呼んでくれたら今日は大人しく帰るで？」


「…吾朗さん、手を離してくれませんか？」


「… …ええな！やっぱり、旭ちゃん最高やで！」
包まれいた両手を、きゅっと優しく力を入れて喜んでいる。



「あの、離してもらって良いですか？」


「ええで、約束やからな」
ほな、また来るで！と、笑顔で処置室を出て行った。
嵐が去ったように処置室は静かになり、大きなため息を吐き。処置室の電子カルテに手を伸ばそうとすると手の中に紙が丸まっていた。
紙を広げると、先程のマジマゴロウさんの名前と電話番号が書かれていた。



「何回も何回も…。あー…もうー…！」
紙をビリビリに破いてゴミ箱に捨てて、手を洗い。処置内容を電子カルテに打ち込んで送信。処置室の片付けをしてから足早に病棟へと戻った。