純白の不在証明

 式場の空気が壊れる音を、私は初めて聞いた。
 人ってこんな風にざわめくんだな、とどこか他人事みたいに思った。

 最初は、小さなざわつきだった。
 支度の予定時刻を過ぎても新郎が現れないことを、式場スタッフがよくあることだと苦笑いしたのが始まりだった。
 たまにいるんですよね、緊張しすぎて電車乗り間違えちゃう人。
 そう言いながら、スタッフは慣れたように動いていた。
 
 けれど、ごくありふれたトラブルの一つみたいに扱われていたそれは、数分もしないうちに形を変えた。

 兄は早くに家を出ていた。電車に乗って行くと言っていたけど、彼が乗ったであろう路線で遅延の情報はない。
 さっき連絡してみたけど、メッセージに既読はつかない。電話も繋がらないから、恐らくスマホの電源が切られている。そしてなにより、所在がわからない。

 新郎の弟がその事実を共有した瞬間、空気の質が明確に変わった。

「どういうことだ!」
「ちゃんと説明しろ!」

 父の声と、向こうのご両親の声と、式場スタッフの抑えた声と、いくつもの感情が重なって、空間を押し潰していく。
 焦燥、怒り、困惑、苛立ち。みんながそれぞれ違う温度で混乱しているのに、不思議とそのざわめきは一つの濁流みたいになっていく。
 けれど、その中心にいるはずの私は、流されることがないどころか、少し離れたところに立っているような気分だった。
 純白のドレスの裾を踏まないように気をつけながら、私は静かに息を吐く。

 新郎――四季くんは、昔からそういう人だった。
 与えられたものをそのまま受け取るようでいて、決定的なところでは必ず自分で選ぶ。きっぱりと線を引き、静かに拒絶する。
 ただ、その選び方が時々、周りの想定から大きく外れる。その線は太くて、誰にも踏み越えられない。けれど、それらは決して突飛なものではなくて、むしろ、あまりにも筋が通っているからこそ、誰も止められない。
 だからたぶん、こういう人が本気で「違う」と思った時、もう誰にも止められない。

「見つかったのか!?」

 廊下の向こうで声が上がる。
 誰かが走っていく気配がして、またざわめきが広がる。
 けれど、その続報はすぐに否定の色を帯びて戻ってきた。

 見つかっていない。
 連絡もない。

 つまり――

 新郎は完全に、自分の意思で消えた。
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