恋という言葉は似合わなくて

 付き合いましたという報告の電話は切れても、友達としての縁は切れなかった。
 そういうわけで、私は今、結婚式に呼ばれている。なぎさんと、あの後輩の男子の結婚式だ。

「あ、しーちゃん! おはよう!」
 控室の真っ白なドアを開けると、なぎさんは嬉しそうな顔をした。
 その笑顔の近くにあった窓の外は、雲1つない青空。ドレスの白色もこの笑顔も、きっとよく映えるだろうな、となんだかありきたりなことを考える。
「しーちゃん、やっぱりスーツで来たね。成人式のときと一緒?」
「ブランドだけ一緒。というか、この短髪でパーティードレス着てくるわけがないでしょうよ」
「そっか。……なんならアスカのときより短くない?」
「まあ、ちょっとだけ刈り上げたんで。てか、高校の入学式を『アスカのとき』って呼ぶのやめない?」
「しょうがないじゃん、アスカだったんだから」
 写真撮っておけばよかった、と呟きながら、なぎさんはドレスの裾を少し整えた。
「どう? もう結構人来てる?」
「まだまだ。親族以外なら私が1番乗り」
「さすがしーちゃん。余裕を持った行動のプロですね」
「なぎさんが『受付やって』とか『式の前にドレス見せたい』なんて言わなかったらこんな時間に来てない」
「そっか。だいぶ早い時間に呼んじゃったもんね」
 ごめんごめん、と言いながら、そういえば余興でメイド服とか着る予定あったりしない? と聞いてきた。
 着るわけないだろ、と強めにツッコミを入れておいた。あんなの、一生着たくない。

「ねえしーちゃん、恋バナしない?」
 
「恋バナ? なんで今なの」
「だって、もうこっちから恋バナ振ることないかなーって。うち、今から結婚式だし」
 最初で最後の恋バナでいいからしーちゃんの話を聞かせてくれ、となぎさんは両手を合わせる。
 聞かせられるネタがない、と断っても、大して面白い話ではない、と食い下がっても、なぎさんは1歩も引かない。いいから話せ、カツ丼奢ってあげるから、とドラマの刑事みたいなことまで言い出した。
 仕方がないので、腹を括る。
「……初恋は、小学生」
「ほうほう」
「席が近くて、優しい人」
「うん」
「中学生になって恋人ができたらしいけど、なんとなく諦められずに引きずってた」
「マジか」
「で、引きずったまま大人になった」
 そう言うと、なぎさんは絶句した。何のリアクションもなく、ただ黙る。あのマンガの最終回で、怪盗アスカが自分の正体を暴かれたときの顔と、よく似ていた。
「……しーちゃん、奥手すぎん? 1回くらい告白すればよかったのに」
 しーちゃんに告白されて断る男の子なんかいないでしょ、となぎさんは得意げに言う。うちの親友めちゃくちゃ可愛いんだから、と。

 ……嬉しかった? 好きって言われたら。

 幾度となく喉元までせり上がってきた2文字をはっきりと口に出せるほど、私は恋愛が得意ではなかった。正直者になる勇気も、この関係を壊す勇気もなかった。
 ただ、1つだけ言えることがあった。

「……なぎさんは、私が世界で1番大好きな親友さんは、絶対可愛い花嫁さんになるね」

 そう言って、私は笑う。あの日、なぎさんを限界オタクにしたビジュで。
 案の定なぎさんはぶつぶつ言い出した。やっぱりビジュがいい、でも話が繋がってない、とか。
 それから少しため息をついて、なぎさんは困ったように言う。
「……罪な女だよね、しーちゃんって。1歩間違ってたら惚れてたよ」
「結婚式の前に滅多なこと言わない。旦那さん泣くよ」
「そうなんだけど、でもかっこいいんだよ、アスカみたいで」
 しーちゃんは一生私の推しだよ、となぎさんは言う。可愛くてもかっこよくても推しなの、と。
「……それはもう、降格も昇格もさせてもらえなさそうだね」
 私は苦笑いで呟く。別にいいかな、と思えたのは、たぶん今日が初めてだった。

fin.
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