恋という言葉は似合わなくて

 ただ、その日、私はミスコンを観られなかった。

 メイド服からクラスTシャツに着替えた後、私は体育館裏に呼び出された。
 私のクラスメイトに伝言を頼んでおくという、なんとも事務的な方法で。
「高峰先輩、私と付き合ってください!」
 体育館の陰で少しだけ涼しいその場所にいたのは、なぎさんの部活の後輩。学年は知らなかったけど、ジャージの色を見る限り、たぶん2年生だろう。
 しーちゃんと同じく絵描くの好きで、好きなイラストレーターさんも一緒だし、絶対趣味合うと思うんだよね、となぎさんが嬉しそうに話していた人だった。
「酒井先輩と帰ってるところ見て一目惚れして、それからずっと好きだったんです」
 お願いします、と頭を下げられて、私は思う。
「……なぎさんの方じゃないんだ。好きになるの」
「え?」
「昔から『酒井さんに告白したいから手伝ってくれ』とか言われてばっかりだったから。私を体育館の裏に呼び出すのはなぎさんのことが好きな人くらいだよ」

『高峰さん、そこの草の陰から見てなよ。俺が凪紗ちゃんと付き合うところ』
 ふと、あのサッカー部の先輩を思い出した。酒井凪紗に告白したいから手伝ってくれ、と私を呼んだ人の中で、唯一なぎさんと付き合えた人。
 誰もが親友なんて用済みだと言うように私を追い返した中、唯一私に告白の場面を見せつけた人。自信満々に、あの子は俺と付き合うから、と言い切った人。
 それで本当に付き合ったんだから、あの先輩はとんでもない人だったと、たまに思う。

「で、でも、私が好きなのは先輩です! 酒井先輩はただの先輩だし、好意とかそういうの全然ないし」
 自嘲気味に返した私に、なぎさんの後輩は慌てて手を振りながら否定する。酒井先輩とは先輩後輩くらいの関係がちょうどいいんで、と付け加えて。
「とにかく、私は高峰先輩が好きです! 優しいところとか、かっこいいところとか、全部好きです!」
「ありがとう。……気持ちは嬉しい」
「はい!」
「でも私、好きな人いるから。ごめんね」
 謝りながら、私はこの後輩を羨ましいと思った。
 相手の目を真っ直ぐ見ながら「好き」と言えるのはたぶん、彼女の強みだから。

 後輩と別れた後、私は体育館裏を離れようとした。そろそろミスコンが始まるから、と体育館の中に入ろうと思ったのだ。
 しかし、そこに人が2人現れた。2年生の男子と、なぎさんだった。
 2人はコスモスの花壇の近くに向き合って立つ。私は数メートル離れた体育倉庫の陰に隠れた。
「俺、酒井先輩のことが好きです! 付き合ってください!」
 男子は右手を差し出しながら頭を下げた。その告白は、離れた場所に隠れている自分にも、嫌になるほどはっきりと聞こえた。
 男子が続けて何か言うと、なぎさんは少し迷うような素振りを見せてから、男子の手を取った。
 数分後、私のスマホが着信を知らせた。なぎさんだった。
 出るべきかしばし迷って、結局緑の応答ボタンをタップした。
『もしもし、しーちゃん聞いて! あのね、さっき2年生の子に告白されてね、付き合うことにした!』
「……そっか」
『うん! 中学のときの後輩の子なんだけどめっちゃいい子でさ、なんかいいじゃんってなっちゃって! めっちゃ嬉しい!』
「よかったね」
『マジで嬉しい!』
 多幸感満載の声で、なぎさんは言う。その声を聞きながら私は、電話の向こうで広がる文化祭特有のざわめきにも負けないほどのざわつきを感じる。
 心はどこも痛くない。ただ、鼻がツンと痛かった。
『あ、そういえばしーちゃんってミスコン来れる? 模擬店の方トラブルあって大変だって聞いたけど』
 何も言わずにいると、なぎさんは呑気にそう言った。ミスコンなかったらうちも助けに行ったんだけどさ、なんて呟きながら。
「……うーん、ちょっと厳しいかも。さっきヘルプ呼ばれたし」
 嘘だった。
『おー、マジか。頑張って!』
「うん。なぎさんも頑張って」
 電話が切れた。
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