恋という言葉は似合わなくて
なぎさんはたぶん、恋愛が上手い。
入学式から半年足らずでサッカー部のエースを恋に落とし、映画デートとかカフェ巡りとかを繰り返し、体育祭のときは「両想いの人とハチマキを交換すればずっと一緒にいられる」というロマンティックなジンクスを丁寧に実行していた。
そして、卒業式で学ランの第2ボタンをもらい、スポーツ推薦で隣町の私立高校に進学した先輩と遠距離恋愛を続けているうちに、私となぎさんも高校受験を考える時期に来てしまった。
入学から約2年半、なぎさんの恋愛エピソードを聞く度に「おめでとう」とか「よかったね」と連呼していた私は、髪を切った。
顎下のボブから、顎ギリギリのボブ。文化祭で和太鼓のチームに参加して大太鼓を叩くことになったから、ボブのまま多少かっこつけてみただけだ、となんとなく言い訳している。
そして、数センチ変わった程度の差でも、なぎさんは普通に褒める。可愛いね、と。
「……なぎさん、先輩にも『可愛い』って褒めてんの?」
「いや、湊くんのことは『かっこいい』とかだけど。なんで?」
「なぎさんの最上級の褒め言葉って『可愛い』なんかな、ってずっと思ってたから」
「……まあ、最上級ではあるよ。しーちゃん含め、女子に対する『可愛い』は」
夕日が差し込む放課後の教室、なぎさんは数学の教科書とにらめっこしながら、また私の髪型を褒めた。今のしーちゃんの髪型好き、めっちゃ可愛い、と。
はいはいありがとう、と軽くあしらいながら、いい加減にしてくれないかな、と思う。
なぎさんの語彙力にも、私の心臓にも。
「ていうかしーちゃん、なんで数学ってこんな面倒なの? 公式使っても解けない……」
「教科書の会社も問題集の会社も公式を使って解ける問題しか出題しないよ。そもそも、今のなぎさんは使う公式を間違ってる」
「え゙」
「もう1回問題文読んでみて。この条件の問題で使えるのはこっちの式」
「ほんとだ……。なんでしーちゃんはそれがすぐわかるのかなぁ……」
「はい、頑張って。先輩と同じ高校行くんでしょ」
なぎさんが机に突っ伏しかけたところで、私は先輩とおそろいのシャープペンシルを握るなぎさんを励ます。恋のパワーは偉大だよ、と小説の受け売りを付け加えて。
私は知っている。先月の個人面談で、担任に「彼氏と同じ高校行きます!」と宣言したなぎさんが、呆れたように「わざわざ隣町の高校に行くならそれ相応の成績を取れ」と説教されていたことを。というか、なぎさんに「うちを全知全能の天才にして」という意味のわからない発言と共に泣きつかれた。
全知全能にはできないけど、1番伸びしろがある——1番成績が最悪な数学なら教えられるよ、と慰めてから1ヶ月、私は毎日のようになぎさんに数学を教えていた。
正負の数の四則計算すら怪しかったときは絶句したが、どうにか教科書の基本問題を解けるレベルにはなった。あとは先輩の高校の受験レベルまで伸ばせれば大丈夫だろう、と思っていたとき、なぎさんは困ったように言った。
「ねえねえしーちゃん」
「うん、どこわかんないの」
「……じゃなくて、やめようかと思ってさ。湊くんと同じ高校行くの」
そう言って、なぎさんはシャープペンシルを置いた。教科書とノートを閉じ、つまらなそうな顔で頬杖をついて、こうやって教えてもらいながら言うことじゃないんだけど、となぎさんは続ける。
「湊くん、来年高3じゃん。うちは高1だから、同じ高校に通えるのって1年だけでしょ」
「そうだね」
「その1年のために、身の丈に合わない学力で、バイトが禁止で、制服が可愛くなくて、寮生活しないと通えない高校に行くのはいいことなのか、と思いまして」
「……なるほど」
「絶対しーちゃんと同じ高校行った方が楽しいと思うんだよね。好きな友達いるわけだし」
どうよ、となぎさんがこちらを向いた。黒髪に夕日が当たり、綺麗な輪ができていた。
返す言葉を探しながら、私は思う。この最低な天使の前で、今の私はどんな顔をしているんだろう、と。
「……なぎさんの好きなところに行けばいいんじゃないの。私と同じところ行くにしても、数学のレベルは上げなきゃいけないだろうけど」
「ちょ、現実で返さないで!? もっと『一緒に行こうね!』とかアオハルで返してよ!」
「はいはい、いいから問題解くよ。教科書開いて」
「スパルタすぎるって……」
顔をそむけ、なぎさんお気に入りの毒舌で返してやった。その声に、誰にも知られたくない感情が乗っていないことを祈りながら。
心臓が早鐘を打つ中、夕日は嫌というほど穏やかで、意味もなく苛立った。
入学式から半年足らずでサッカー部のエースを恋に落とし、映画デートとかカフェ巡りとかを繰り返し、体育祭のときは「両想いの人とハチマキを交換すればずっと一緒にいられる」というロマンティックなジンクスを丁寧に実行していた。
そして、卒業式で学ランの第2ボタンをもらい、スポーツ推薦で隣町の私立高校に進学した先輩と遠距離恋愛を続けているうちに、私となぎさんも高校受験を考える時期に来てしまった。
入学から約2年半、なぎさんの恋愛エピソードを聞く度に「おめでとう」とか「よかったね」と連呼していた私は、髪を切った。
顎下のボブから、顎ギリギリのボブ。文化祭で和太鼓のチームに参加して大太鼓を叩くことになったから、ボブのまま多少かっこつけてみただけだ、となんとなく言い訳している。
そして、数センチ変わった程度の差でも、なぎさんは普通に褒める。可愛いね、と。
「……なぎさん、先輩にも『可愛い』って褒めてんの?」
「いや、湊くんのことは『かっこいい』とかだけど。なんで?」
「なぎさんの最上級の褒め言葉って『可愛い』なんかな、ってずっと思ってたから」
「……まあ、最上級ではあるよ。しーちゃん含め、女子に対する『可愛い』は」
夕日が差し込む放課後の教室、なぎさんは数学の教科書とにらめっこしながら、また私の髪型を褒めた。今のしーちゃんの髪型好き、めっちゃ可愛い、と。
はいはいありがとう、と軽くあしらいながら、いい加減にしてくれないかな、と思う。
なぎさんの語彙力にも、私の心臓にも。
「ていうかしーちゃん、なんで数学ってこんな面倒なの? 公式使っても解けない……」
「教科書の会社も問題集の会社も公式を使って解ける問題しか出題しないよ。そもそも、今のなぎさんは使う公式を間違ってる」
「え゙」
「もう1回問題文読んでみて。この条件の問題で使えるのはこっちの式」
「ほんとだ……。なんでしーちゃんはそれがすぐわかるのかなぁ……」
「はい、頑張って。先輩と同じ高校行くんでしょ」
なぎさんが机に突っ伏しかけたところで、私は先輩とおそろいのシャープペンシルを握るなぎさんを励ます。恋のパワーは偉大だよ、と小説の受け売りを付け加えて。
私は知っている。先月の個人面談で、担任に「彼氏と同じ高校行きます!」と宣言したなぎさんが、呆れたように「わざわざ隣町の高校に行くならそれ相応の成績を取れ」と説教されていたことを。というか、なぎさんに「うちを全知全能の天才にして」という意味のわからない発言と共に泣きつかれた。
全知全能にはできないけど、1番伸びしろがある——1番成績が最悪な数学なら教えられるよ、と慰めてから1ヶ月、私は毎日のようになぎさんに数学を教えていた。
正負の数の四則計算すら怪しかったときは絶句したが、どうにか教科書の基本問題を解けるレベルにはなった。あとは先輩の高校の受験レベルまで伸ばせれば大丈夫だろう、と思っていたとき、なぎさんは困ったように言った。
「ねえねえしーちゃん」
「うん、どこわかんないの」
「……じゃなくて、やめようかと思ってさ。湊くんと同じ高校行くの」
そう言って、なぎさんはシャープペンシルを置いた。教科書とノートを閉じ、つまらなそうな顔で頬杖をついて、こうやって教えてもらいながら言うことじゃないんだけど、となぎさんは続ける。
「湊くん、来年高3じゃん。うちは高1だから、同じ高校に通えるのって1年だけでしょ」
「そうだね」
「その1年のために、身の丈に合わない学力で、バイトが禁止で、制服が可愛くなくて、寮生活しないと通えない高校に行くのはいいことなのか、と思いまして」
「……なるほど」
「絶対しーちゃんと同じ高校行った方が楽しいと思うんだよね。好きな友達いるわけだし」
どうよ、となぎさんがこちらを向いた。黒髪に夕日が当たり、綺麗な輪ができていた。
返す言葉を探しながら、私は思う。この最低な天使の前で、今の私はどんな顔をしているんだろう、と。
「……なぎさんの好きなところに行けばいいんじゃないの。私と同じところ行くにしても、数学のレベルは上げなきゃいけないだろうけど」
「ちょ、現実で返さないで!? もっと『一緒に行こうね!』とかアオハルで返してよ!」
「はいはい、いいから問題解くよ。教科書開いて」
「スパルタすぎるって……」
顔をそむけ、なぎさんお気に入りの毒舌で返してやった。その声に、誰にも知られたくない感情が乗っていないことを祈りながら。
心臓が早鐘を打つ中、夕日は嫌というほど穏やかで、意味もなく苛立った。
