ワン・ラスト・ナイト

 ベッドに寝転んで見るアパートの天井は、少し古ぼけている。
 あいつは俺の方に寝返りを打って、甘えた声を出す。

「ねえねえ、悠里」
「ん?」
「俺たちが卒業したらさ、どうなんのかな」
「普通に就職するんじゃない?」
「そうじゃなくて」
「……俺たちがどうなるかってこと?」
「うん」
 俺は少し考えて、それからあいつの方を見る。
「俺は、ずっと一緒にいたい。四季と」
 それを聞いてくすぐったそうに笑うあいつは、可愛くて、どこか切ない。
「いよ。ずっと一緒に」
 抱き寄せられる体温が熱かった。蒸し蒸しとしたこの部屋では暑苦しいけど、なぜだか嫌だと思ったことはなかった。
「四季」
 不意に奪った唇は、汗のせいか少ししょっぱくて、同時に甘かった。

 * * *

「……まだ奥さんじゃないよ」
 あいつの猟奇的な瞳は、俺の全身を堪らなくゾクゾクさせた。けど――

「ちょっと四季くん。お客様ほっといて長い時間出てかないでよ、もう」

 正しい世界が、当たり前に顔を出す。

「ごめん、今戻るから待ってて」
 後ろの方からこちらを見ているあの子に、あいつは振り向いて言った。
「バレたな。抜け出す前に」
「ね」
 戻っていく姿を一瞥したあいつは肩を竦めて、浅くため息をついた。

「幸せになれよ」
 無意識に近い領域で口をついた言葉は、あまりにもこのロケーションに不似合いだった。
「それ、こんな狭いところで言う?」
「明日、教会で言った方がよかったか」
「絶対そうだよ」
 嘲笑するかのようにふっと笑って、あいつはそっぽを向いた。

「じゃあな」
「じゃ」
 短い挨拶だけして、俺らは喫煙所を出た。
 あいつはパーティーに戻った。俺は戻る気はなかった。
 明日の結婚式を最後に、俺があいつと顔を合わせることは一生なくなるだろう。

 * * *

「あ……」
 帰り道、カメラ屋さんの前を通りかかった。
 そういえば、あのフィルムカメラの記録はみんなどこに行ってしまったんだろう、なんて、ふと思った。
 煌めくような思い出が、あの中にたくさん詰まっていたはずだった。

 でも、無くなって、よかったのかもしれない。
 無くなって、然るべきだったのかもしれない。

 なんだか鼻がツンとした。反射で見上げた夜空は、吸い込まれそうなほど黒々としていた。
「ムカつくなぁ……」
 思わず出た独り言は本心だった。

 最後まで憎たらしいやつだった。
 憎たらしい。ひたすらに憎たらしい。
 憎いほど、憎みたくなるほど。
 いつ何時も、あいつは。

「……」

 踵を返して歩き出した。
 嫌でもあいつの顔が浮かんだ。

 憎らしいほど、憎みたくなるほど。
 ただ、愛しかった。

 愛していた。

Fin.
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