ワン・ラスト・ナイト

「それでは、四季くんと絢乃の婚約を祝して! かんぱーい!」

 結婚式前夜、主役たちの主催で婚前パーティーが開かれた。
 俺は直前まで行くかどうかかなり迷って、結局来てしまった。

「嫁入りしたらできないこと、今日で全部し尽くしちゃいなよ絢乃!」
「えーどうしよー! マジ楽しい!」
「あははっ! まだなんもしてないじゃん!」
 奥さんの方の友人たちはかなり明るくて陽気そうだった。奥さんもそうだけど、この場にいる人たちはみんな度を越して浮かれているように思えた。

「三澄」
 会場の隅のソファに座って酒を煽っていたら、あいつは来た。
「久しぶりじゃん」
「……久しぶり」
 どことなく気まずい。あれから三年も経つので無理はない。
「元気してる?」
「まあ、そこそこ」
「ふーん。彼女できた?」
「できないね」
「あ、本当。ならここで出会っていきなよ」
「ははっ。そうだな」
 乾いた笑いが出てしまい、尚更気まずくなる。決して愛想悪くしたいわけじゃないのに。
「……ちょっと、場所変える?」
 俺の様子を見てか、あいつはそう言って立ち上がった。俺はそれにただ頷いて、あいつの後をついて行った。

 * * *

 誰もいない喫煙所に閉じこもり、俺らは数年ぶりに至近距離で肩を並べた。狭いスペースは、二人きりでも少し窮屈だった。

「……怒ってる?」
 恐る恐る尋ねてくるその姿は、あいつらしくなかった。
「……怒ってないよ」
「嘘。怒ってる」
「怒ってないって」
「わかるよ。何年恋人やってきたと思ってんの」
 今でも恋人同士みたいな言い方。腹が立つ。
「もう違うだろ」
「……そうだけど」
 俯くあいつは傍から見れば被害者みたいに映るんだろう。傷ついてるのはこっちなのに。
「……理解してるけどさ。しょうがないって」
「……」
「四季は家のこととかあるし、前からどっかでは……。いつかこうなるってことはわかってたし」
「うん……」
 どんどん声のトーンが下がって、あいつの顔が曇っていくから、俺が悪いんじゃないかという気さえしてきてしまった。
 俺はあいつに向き直ると、そっと肩を叩いた。
「おめでとうって思ってるよ。これは本当に」
「……マジで?」
「マジで」
「……本当に?」
 上目遣いに俺を見てくるから、ムカムカする。
 あー、この感覚も久しぶりだ、なんて思って。
 やっぱり、憎いな、と思う。

 抱きしめた体温は記憶の中のそれより冷たかった。きっと、めかし込んだスーツのせいなんだろう。もしくは、冷房の効いたこの会場のせい。
 クーラーをつけてもどこか蒸し暑かった、あのワンルームとは違うから。

「最後だよ。多分、今日が」
 肌を振動させて直接伝わる声が、ジンと胸に沁みた。
 そんなことわかってるし、わかってるからこんなに苦しいのに。
 こいつはなんでいつも、こんなにも俺を揺さぶってくるんだろう。
「……キスしていい? 最後に、一回だけ」
 俺の声が空間に漂った直後、あいつはそっと体を離した。
 そして、俺の唇に、あいつは自ら自分のを重ねた。

「三澄」
「何」
「抜け出さない?」
 唇が離れた後で、あいつはいたずらな顔をして言った。
「バレるだろ。お前主役なんだから」
「別に主役になりたいって言った覚えはないけど。周りが勝手にはやし立ててるだけだよ」
「そうは言ってもさ……。奥さん捨てる気?」
「悠里」
 あいつか、あるいは俺自身を宥めるように発した言葉は、笑えるくらい薄っぺらかった。あいつもそれに気づいたようで、微かに笑う。
 そして、あいつは俺の耳元に口を寄せた。

「……まだ奥さんじゃないよ」
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