1章

 こんにちは〜、と間延びした挨拶が営業所に響いた。みのりである。ダンボールを抱えていた。
「東条さん、頼まれたもの、持ってきました〜。固形燃料は良かったですか?」
「ありがとうございます、そこまでお手数おかけすることはできません。貸してくれるだけありがたいです」
「お父さんも、レンタル料はいらないって言ってたんで。でも珍しいですね。これを供養に使うなんて。お客さんからの依頼ですか?」
 ダンボールの中に入っているのは、一人用鍋と、陽向の料理で使われていた船だった。
 一人用の鍋は三つある。固形燃料で温めるタイプのものだ。木蓋と取手がついている。会食ができる店舗を持っている虎鶴なので、絶対あるはずだと香織里は思っていた。電話して借りられるか試しに聞くと、みのりが快く貸し出してくれた。
「ま、まあ、はい。そうです」
 返却はいつでもいいと言い、みのりは白いワゴン車に乗り込んで帰っていった。夕日に向かって、香織里は頷いた。夜が近い。そろそろ準備を始めなければならない。
 ダンボールを休憩室に運び、中から鍋を出す。
 香織里の提案を聞いた一歩は、やってみようとすぐ案を採用してくれた。すぐにホールを押さえ、利用出来るようにしている。
 冷蔵庫の中から鍋を出す。朝から水に浸している昆布と煮干しが入っていた。火にかけ、じっくりと出汁を取っていく。沸騰する直前に昆布を取り出し、煮干しから出てくるアクを取る。ふんわりと出汁の香りが漂ってくる。醤油やみりんで味付けをし、一人鍋に注ぐ。
 具材は、旬の白菜、春菊をはじめ、しめじ、にんじん、鶏肉を用意した。にんじんはさっと茹でて、型抜きを使って桜の形にする。鶏肉は火が通りやすいように一口大に切った。
 肉や魚については一歩に相談をしたが、そこまできっちりする必要はないと言われた。だったら、生前食べていたものと同じように準備をしようと決めた。
 具材を鍋の中に入れ、固形燃料をセットしたところで、園子が休憩室に顔を出す。蓋を開けて、わっと声を上げた。
「いい匂い〜。すご〜い。ホールで供養するんだって? やっぱり”いる”の?」
「あ、はい。供養というより、お見送りのための料理です。冨安さんは視えないんですか」
「私は残念ながら。全く感じないんだけど、でもかずちゃんの様子見てたら、そうなのかなって思ってた。香織里ちゃんも視えるのか〜、ちょっと羨ましいかも。はいこれ、お盆に添えてくれる?」
 園子が鍋の前に並べたのは、白い菊だった。
「やっぱりお花は必要だと思うの。いいお見送りになるように、祈っておくわ」
「ありがとうございます」
 じゃあね、と園子が手を振って休憩室から出ていく。
 鍋の準備が出来たところで、今度はデザートの準備を進める。名前の分からない、意思疎通もできない子供のために何ができるか考えたが、結局、陽向と同じデザートを出すことになった。今回は余裕があるので、缶は使わず、生の果物で用意を進めていく。一歳でも食べられそうな果物を用意した。バナナ、桃、イチゴを使う。ケーキはいちごジャムを使い、果物を多めに置いた。
 デザートの準備を終えたところで、一歩がやってくる。席の用意ができたようだ。
「香織里さん、もう運んでいい?」
「あ、はい。こちらは全部終わったので、もう全部運びます」
 ホールの会食場の机の上には、これも園子が用意したらしい、生花が置いてあった。
 椅子は七脚。香織里と一歩、それからもう一人ここに来てもらう予定だった。
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