4章 統治を忘れた国王
会社がより評価されたのは、会社を立ち上げて六年ほど経った頃だった。
シナリオは同人時代から評価されていたし、システムもそれなりに評価されていた。同人時代からのファンを元手に、売上も徐々に伸ばしていた。
慧斗が会社の経営方針を改め、さらに大きくすると決めたのが、三年目の頃。それから人材を増やし、営業も更に力を入れ、会社を成長させるために慧斗は経営に力を入れていた。
一方、開発陣も、そんな慧斗の願いを汲み取り、また、自分たちのゲームを進化させようと躍起になっていた。優一郎は寝る間を惜しんで新作のシナリオを考えていた。ゲームシナリオライター万道優一郎の名前を出せばコアなファンたちが勝手に期待するほどになっていたのも自信に繋がり、ひたすら世界を創り続けた。
棚にあるゲームソフトたちをバンドウは見る。
ハッピープラネットのゲームのほとんどに関わった。
ノベルゲームから始まり、様々なジャンルに挑戦した。ゲームのハードの特徴や、演出なども学び、結果を出してきた。
クリエイターとして順調に成長していたのである。
一方、慧斗は、クリエイターとしてではなく、経営者として力をつけていった。
優一郎のシナリオを見て、相変わらず癖があるな、と感想を伝えることはあったが、その癖がハピプラの強みであることを知っていたので、特に優一郎に対して何も言わなかった。
六年目くらいになると、ハピプラの名前がより広く知られるようになった。
「速水様は、開発から遠ざかって、寂しくなかったですか。あなたが、ゲームを作りたいと言っていたのに」
バンドウは、同人時代のソフトを手にした。
三人で、試行錯誤し、ゲームを作っていた時代。優一郎は、慧斗が遠いところに行ってしまったように感じていた。
「俺は、自分の会社が成長することに大きな喜びを感じていたから」
「そうですか。杏奈さんは、秘書になられましたね」
「ああ、彼女がそうしたいと言ったんだ。自分より優れたクリエイターが入社し、挫折したんだと言ったよ。初期メンバーの一人として、そばにいたいと」
杏奈もクリエイター職から離れ、残ったのは優一郎だけとなった。
そんなある日、慧斗は書籍を出すと決めた。自分の会社のゲームの世界を更に広げ、ユーザーに届けたいという願いからだった。
杏奈は優一郎に、ハピプラの世界を描ききれるだけの漫画家は知らないかと言われ、すぐさま、MUGENを思い出した。
杏奈も知っている名前だったし、MUGENの投稿は相変わらず続いていたため、連絡はすぐにできた。この時、優一郎は三十二歳だった。
杏奈はすぐにMUGENに連絡した。返事は早かった。
MUGENが会社を訪れた日、優一郎は企画会議に出ていた。長時間に渡る会議の後、杏奈がMUGENを優一郎の前に連れてきたのだ。
本名は教えてくれなかった。
綺麗な黒髪、ツンとした顔。表情はあまりないが、その胸の内には様々な世界があることを、優一郎は何年も前から知っていた。歳は二十五歳。自分より七歳も年下だとは思っていなかったし、女性だということも、この時初めて知った。十代の頃から、自分のシナリオを愛していてくれていたのかと思うと、胸がいっぱいになった。ゲームはどうやって入手していたのかと聞くと、歳の離れた兄から譲ってもらった、と教えてもらった。
MUGENはこの時、優一郎に、会えて嬉しいです、とだけ挨拶して帰っていった。
杏奈が優一郎に、どうする? と判断を投げかけたので、優一郎はすぐに採用を決めた。
優一郎は企画会議で、漫画で宣伝するのはどうかと提案し、すぐに採用された。連載するゲーム雑誌もすぐに決まり、MUGENとの打ち合わせも始まった。
MUGENは自分の世界をすぐに理解し、絵にしてくれた。原稿を見た開発陣も、自分たちが作る世界が漫画になっていることに喜んでいた。
漫画を使った宣伝は成功し、より売上は伸びた。MUGENは自分の漫画が単行本になり発売されることを喜んでいた。
バンドウはソフトの隣に並んでいたMUGENの漫画を手にとり、パラパラとめくった。
ストーリーのベースは優一郎が考えた。MUGENが世界を更に深め、描いてくれた。
ハッピープラネットのゲームは、程度はまちまちだが、世界観を共通するシェアード・ワールドになっており、コアなファンを集めていた。一度ハマれば、新作も必ず買うというユーザーもいた。
グッズ展開もした。会社は慧斗の望むように大きくなり、杏奈は慧斗の右腕として働き、優一郎とMUGENはクリエイターとしてのキャリアを積み上げていく。
ゲーム市場が大きく変わったのは、スマートフォンが登場してからだ。
慧斗はこの大きな変化を瞬時に察知し、スマートフォン向けのアプリ開発に打ち出すことに決めた。
「あの決定は私も驚きましたよ」
「まあ、突然だったからな。でも、じっとしていられなかった。大手ゲーム会社が続々とソシャゲ開発を始めていたからな」
優一郎はパソコンも駄目だったが、携帯もあまり得意ではなかった。最初は渋ったが、それまで使っていたガラケーから、スマホに乗り換え、様々なアプリで遊んだ。ソシャゲのシナリオというものを勉強するためだった。
社運をかけたゲーム開発が始まり、優一郎もシナリオライターとして参加することになる。MUGENもゲーム内漫画のためにデジタルで漫画を描くようになった。
そうしてできたのが『魔術師は万の道を往く』だった。シナリオは万道優一郎、メインキャラクターデザインはMUGENと大々的に宣伝された。リリース前からハピプラがソシャゲを出すのだと話題になり、期待度も高かった。一人の魔術師としてメインストーリーを進める傍ら、ユーザー同士がカードゲームで対決するというものだった。
ガチャシステムは挑戦的なものだった。
そして、そのガチャシステムが、リリース後、SNSで炎上してしまうことになる。優一郎はこのあたりのシステムには関わっていなかったため、アプリストアでレビューを見るだけだったが、このガチャがあまりにも酷いという書き込みがされていたのを見た。
でもそういうゲームは山ほどある、と決めた運営側は姿勢は変えず、新規カードをとにかく出すことによって、ユーザーを引き留めようとした。だが、どんどんユーザーは離れていく。
原因はガチャや運営の姿勢にあり、優一郎のシナリオでコケたわけではない、と、自分に言い聞かせていた。自分のシナリオは十分評価されていると。だから、突然社長室に呼ばれ、慧斗から言われた言葉には驚いたのだ。
「速水様は……、私のシナリオのせいだ、と言いましたね」
「言ったな。いや、分かってたんだ。優一郎のせいではないって、分かってたんだ……」
「でも、速水様は、私を責めました。私のシナリオがソシャゲ向けではなかったから、シナリオで引き留めることができなかったんだと。ハピプラのゲームの要であるシナリオがコケたからだと。ガチャのせいにするな、お前のせいだと、言ったんです。お前が会社を潰すんだ、と速水様は私に言ったんです」
「でもそれは、八つ当たり……、そうだ、八つ当たりだったんだ! 旧友の優一郎にしか、言えなかったんだ!」
バンドウは自分の思い出がつまった棚から、慧斗に視線を移す。
慧斗は四つん這いになり、バンドウの足元にやってきて、しがみついた。
「何でお前は死んでしまったんだ! 何でッ! お前が死ななければ、会社はもう少し存続できたかもしれなかったのに!」
会社が潰れたのは、お前が死んだせいだ、と言いたいのだろうか。
バンドウは分かりませんか、と言いながらしゃがみ、慧斗に視線の高さを合わせた。
「大型アップデートのために、私は、第二部のシナリオを書こうとしていました。でも、私は、速水様にシナリオのせいだと言われてから、書くことができなくなりました。今まで書けていたものが、何も、書けなくなったんです。クリエイターではなくなったあなたには分からないでしょうが、あの時の苦しみは、死を選びたくなるほどのものでした。締切と、ユーザーからの期待からも逃げたかった。だから、私は、取材に行くふりをして、新幹線の前に、身を投げ出したんです」
だが、誰に死なせてくれと言ったのかは、分からなかった。
誰だったのだろう。
慧斗になのか、杏奈になのか、MUGENになのか、一緒に開発した仲間たちなのか、ソシャゲからハピプラを知ったライトユーザーたちなのか、同人時代から応援してくれているコアなファンたちなのか。
僕はもう駄目なんです。
死なせてください、逝かせてください、ごめんなさい。
その言葉は、誰に向けられたものだったのかは、思い出すことができなかった。
シナリオは同人時代から評価されていたし、システムもそれなりに評価されていた。同人時代からのファンを元手に、売上も徐々に伸ばしていた。
慧斗が会社の経営方針を改め、さらに大きくすると決めたのが、三年目の頃。それから人材を増やし、営業も更に力を入れ、会社を成長させるために慧斗は経営に力を入れていた。
一方、開発陣も、そんな慧斗の願いを汲み取り、また、自分たちのゲームを進化させようと躍起になっていた。優一郎は寝る間を惜しんで新作のシナリオを考えていた。ゲームシナリオライター万道優一郎の名前を出せばコアなファンたちが勝手に期待するほどになっていたのも自信に繋がり、ひたすら世界を創り続けた。
棚にあるゲームソフトたちをバンドウは見る。
ハッピープラネットのゲームのほとんどに関わった。
ノベルゲームから始まり、様々なジャンルに挑戦した。ゲームのハードの特徴や、演出なども学び、結果を出してきた。
クリエイターとして順調に成長していたのである。
一方、慧斗は、クリエイターとしてではなく、経営者として力をつけていった。
優一郎のシナリオを見て、相変わらず癖があるな、と感想を伝えることはあったが、その癖がハピプラの強みであることを知っていたので、特に優一郎に対して何も言わなかった。
六年目くらいになると、ハピプラの名前がより広く知られるようになった。
「速水様は、開発から遠ざかって、寂しくなかったですか。あなたが、ゲームを作りたいと言っていたのに」
バンドウは、同人時代のソフトを手にした。
三人で、試行錯誤し、ゲームを作っていた時代。優一郎は、慧斗が遠いところに行ってしまったように感じていた。
「俺は、自分の会社が成長することに大きな喜びを感じていたから」
「そうですか。杏奈さんは、秘書になられましたね」
「ああ、彼女がそうしたいと言ったんだ。自分より優れたクリエイターが入社し、挫折したんだと言ったよ。初期メンバーの一人として、そばにいたいと」
杏奈もクリエイター職から離れ、残ったのは優一郎だけとなった。
そんなある日、慧斗は書籍を出すと決めた。自分の会社のゲームの世界を更に広げ、ユーザーに届けたいという願いからだった。
杏奈は優一郎に、ハピプラの世界を描ききれるだけの漫画家は知らないかと言われ、すぐさま、MUGENを思い出した。
杏奈も知っている名前だったし、MUGENの投稿は相変わらず続いていたため、連絡はすぐにできた。この時、優一郎は三十二歳だった。
杏奈はすぐにMUGENに連絡した。返事は早かった。
MUGENが会社を訪れた日、優一郎は企画会議に出ていた。長時間に渡る会議の後、杏奈がMUGENを優一郎の前に連れてきたのだ。
本名は教えてくれなかった。
綺麗な黒髪、ツンとした顔。表情はあまりないが、その胸の内には様々な世界があることを、優一郎は何年も前から知っていた。歳は二十五歳。自分より七歳も年下だとは思っていなかったし、女性だということも、この時初めて知った。十代の頃から、自分のシナリオを愛していてくれていたのかと思うと、胸がいっぱいになった。ゲームはどうやって入手していたのかと聞くと、歳の離れた兄から譲ってもらった、と教えてもらった。
MUGENはこの時、優一郎に、会えて嬉しいです、とだけ挨拶して帰っていった。
杏奈が優一郎に、どうする? と判断を投げかけたので、優一郎はすぐに採用を決めた。
優一郎は企画会議で、漫画で宣伝するのはどうかと提案し、すぐに採用された。連載するゲーム雑誌もすぐに決まり、MUGENとの打ち合わせも始まった。
MUGENは自分の世界をすぐに理解し、絵にしてくれた。原稿を見た開発陣も、自分たちが作る世界が漫画になっていることに喜んでいた。
漫画を使った宣伝は成功し、より売上は伸びた。MUGENは自分の漫画が単行本になり発売されることを喜んでいた。
バンドウはソフトの隣に並んでいたMUGENの漫画を手にとり、パラパラとめくった。
ストーリーのベースは優一郎が考えた。MUGENが世界を更に深め、描いてくれた。
ハッピープラネットのゲームは、程度はまちまちだが、世界観を共通するシェアード・ワールドになっており、コアなファンを集めていた。一度ハマれば、新作も必ず買うというユーザーもいた。
グッズ展開もした。会社は慧斗の望むように大きくなり、杏奈は慧斗の右腕として働き、優一郎とMUGENはクリエイターとしてのキャリアを積み上げていく。
ゲーム市場が大きく変わったのは、スマートフォンが登場してからだ。
慧斗はこの大きな変化を瞬時に察知し、スマートフォン向けのアプリ開発に打ち出すことに決めた。
「あの決定は私も驚きましたよ」
「まあ、突然だったからな。でも、じっとしていられなかった。大手ゲーム会社が続々とソシャゲ開発を始めていたからな」
優一郎はパソコンも駄目だったが、携帯もあまり得意ではなかった。最初は渋ったが、それまで使っていたガラケーから、スマホに乗り換え、様々なアプリで遊んだ。ソシャゲのシナリオというものを勉強するためだった。
社運をかけたゲーム開発が始まり、優一郎もシナリオライターとして参加することになる。MUGENもゲーム内漫画のためにデジタルで漫画を描くようになった。
そうしてできたのが『魔術師は万の道を往く』だった。シナリオは万道優一郎、メインキャラクターデザインはMUGENと大々的に宣伝された。リリース前からハピプラがソシャゲを出すのだと話題になり、期待度も高かった。一人の魔術師としてメインストーリーを進める傍ら、ユーザー同士がカードゲームで対決するというものだった。
ガチャシステムは挑戦的なものだった。
そして、そのガチャシステムが、リリース後、SNSで炎上してしまうことになる。優一郎はこのあたりのシステムには関わっていなかったため、アプリストアでレビューを見るだけだったが、このガチャがあまりにも酷いという書き込みがされていたのを見た。
でもそういうゲームは山ほどある、と決めた運営側は姿勢は変えず、新規カードをとにかく出すことによって、ユーザーを引き留めようとした。だが、どんどんユーザーは離れていく。
原因はガチャや運営の姿勢にあり、優一郎のシナリオでコケたわけではない、と、自分に言い聞かせていた。自分のシナリオは十分評価されていると。だから、突然社長室に呼ばれ、慧斗から言われた言葉には驚いたのだ。
「速水様は……、私のシナリオのせいだ、と言いましたね」
「言ったな。いや、分かってたんだ。優一郎のせいではないって、分かってたんだ……」
「でも、速水様は、私を責めました。私のシナリオがソシャゲ向けではなかったから、シナリオで引き留めることができなかったんだと。ハピプラのゲームの要であるシナリオがコケたからだと。ガチャのせいにするな、お前のせいだと、言ったんです。お前が会社を潰すんだ、と速水様は私に言ったんです」
「でもそれは、八つ当たり……、そうだ、八つ当たりだったんだ! 旧友の優一郎にしか、言えなかったんだ!」
バンドウは自分の思い出がつまった棚から、慧斗に視線を移す。
慧斗は四つん這いになり、バンドウの足元にやってきて、しがみついた。
「何でお前は死んでしまったんだ! 何でッ! お前が死ななければ、会社はもう少し存続できたかもしれなかったのに!」
会社が潰れたのは、お前が死んだせいだ、と言いたいのだろうか。
バンドウは分かりませんか、と言いながらしゃがみ、慧斗に視線の高さを合わせた。
「大型アップデートのために、私は、第二部のシナリオを書こうとしていました。でも、私は、速水様にシナリオのせいだと言われてから、書くことができなくなりました。今まで書けていたものが、何も、書けなくなったんです。クリエイターではなくなったあなたには分からないでしょうが、あの時の苦しみは、死を選びたくなるほどのものでした。締切と、ユーザーからの期待からも逃げたかった。だから、私は、取材に行くふりをして、新幹線の前に、身を投げ出したんです」
だが、誰に死なせてくれと言ったのかは、分からなかった。
誰だったのだろう。
慧斗になのか、杏奈になのか、MUGENになのか、一緒に開発した仲間たちなのか、ソシャゲからハピプラを知ったライトユーザーたちなのか、同人時代から応援してくれているコアなファンたちなのか。
僕はもう駄目なんです。
死なせてください、逝かせてください、ごめんなさい。
その言葉は、誰に向けられたものだったのかは、思い出すことができなかった。