4章 統治を忘れた国王

 わしの国は広大すぎる。
 城は丘の上にあった。尖塔からは丘の下にある賑やかな城下町を見下ろすことができる。城の庭には色とりどりの花が咲いている。それぞれの花は、この国に住まう、多種多様な民を表していた。それも二十以上ある。
 この高い塔からでは見渡すことのできないほど広大な領土。治めるのはわし一人ではできなかった。
 わしは、最初、この土地に友二人と一緒にやってきた。
 今の右大臣と左大臣である。当時、まだわしらは若かった。右大臣は若い女で、左大臣はわしと同い年の男であった。
 わしらは、まだ国にもなっていなかったこの土地を旅して回った。
 躍起になって結婚相手を探している女はいくらでも見たし、冒険者が人を襲うモンスターを倒してなんとか成り立っている場所もあった。また、あるところでは魔術師たちが力を競っている場所もあった。それぞれ自由にやっていたし、無駄な争いもなく、平和だった。
 この愉快な者たちを一つにまとめ上げたら、どれだけ面白い国ができるだろうか。
 私達三人は旅をしながら語った。様々な文化があるこの土地を国としてまとめ上げたら、必ず面白いことになると、毎晩毎晩語った。それぞれの民たちが交流し、文化を交えていったら、素晴らしい国に発展するのではないかと。
 そして、旅をしながら、様々な民たちに語りかけた。
 この国ができるまで、一年とかからなかった。わしは王となり、右大臣はわしの右腕として毎日目まぐるしく働いている。
 左大臣は、十年経った頃に、ふと消えてしまった。今は空位となっている。彼以上の人材に出会わないので、仕方がなかった。彼は素晴らしいアイデアを持っていた。だが、引き止める間もなく、彼は城から去っていった。
 右大臣は言った。彼は国を興した時の情熱を無くしてしまったのか、と。わしはそうではないと思いたかった。
 彼とは、毎晩毎晩語り合ったのだ。右大臣が寝ている時も、わしと彼は語った。わしたちがこの土地にいる民たちを一つにまとめ上げたらどこにもない、唯一無二の素晴らしい国が出来上がると。わしと彼の夢はいつも一緒だった。わしと彼の関係は、右大臣よりもずっと長く深かったのだから、そんな彼が情熱を無くしてしまったなんて考えたくなかった。またきっと帰ってくる。信じていた。あれから何十年と経ったが、未だに彼は帰ってこない。それでもわしは、今でも待っている。
 右大臣とは、わしと左大臣が旅に出ようかと語らっている時に出会った。彼女はつまらない日々から脱したいと願っていた。それはわしも左大臣も同じだった。何か新しいことを始めよう。わしらはこの気持ちを貫き、そして国を興した。
 尖塔から、国を一人で眺めるのが好きだった。
 政治は、右大臣はじめ、家臣たちに任せている。
 国が出来た時は面白かった。わしも熱心に意見を述べた。この国がどのような国になっていくか決めるのは楽しかった。民たちの自由を尊重しつつ、一つの国としてまとまることを願った。だが、左大臣がいなくなり、家臣たちだけで国が動き出してから、わしはこの国が平和であればそれでいいと思うようになった。実際、平和だった。何もかもが穏やかで、平和で、良い国ができたと、わしは心の底から思っていた。結婚もし、息子も生まれ、充分すぎるほどの人生を送っていた。
「王! マスタング王!」
 ごほごほ、と咳き込みながら尖塔のてっぺんに右大臣がやってくる。右大臣は神に仕える身でもあるため、真っ白の装束を纏っていた。
「早くお逃げください! 何をしているのですか」
「わしは、民の望むように、死んだほうがいいのではないか?」
 窓からわしは丘を見た。
 武装した民たちが城に押し寄せてきている。彼らは叫んでいる。新しい王を、新しい王を立てよ、と。
 わしを失脚、あるいは殺そうと、民が城に攻め込んでいた。
 何故こうなってしまったのだ。今までずっと平和だったではないか。家臣たちもうまいことやってくれていたはずだ。
「右大臣。何故こうなってしまったのだ。国は上手くいっていただろう!?」
「すみません、私にも分かりません。あなたが死ぬのは、私は嫌です。とにかく、早く逃げてください。もう手配しています」
 右大臣の体がふわりと浮き、わしの体を抱き上げた。
 尖塔の窓から飛び出す。右大臣はさらに呪文を唱え、わしの姿を他人から見えなくした。この国の終わりを歌うかのような真っ赤な空の下を飛んだ。
 連れて行かれたのは、駅だった。杏子駅という名だった。城でよく出されたフルーツは杏子だったな、そういえば。
 右大臣は魔法でわしを庶民の老人と姿を変えさせた。どこをどう見ても、ただの老人となった。
「王、これから向かうのは、星の間中央駅です。そこの総合案内所に行って、とにかく安全な場所に行きたいと伝えてください。ここから遠くに逃げるのです。国外へ逃げるのです。よろしいですか」
「右大臣は」
「私はここに残り、騒動を鎮めます」
 ゲームプラネット線上り。寝台特急ハヤミがホームにやってきて、右大臣はさあ、と私の背中を押した。
 蒸気機関車だった。騒動を知らないのか、呑気にもうもうと蒸気を吹き上げている。
 ピューッと車掌が笛を鳴らす。
 ごとりと動き始めた瞬間、右大臣は感情のない顔で呟いた。
「――もう二度と、ここへ帰ってこないでください」
「なにっ……!」
 落ち着いたら帰って来い、ではないのか!?
 まさか、右大臣が一緒になって仕組んだことだったのか……!?
 そう思った時には手遅れだった。蒸気機関車は速度を上げ、走り始める。
 わしはずるずると床にへたり込んでしまった。
 何故……、何故なんじゃ……、わしの国は、見るからに、平和だったのに――何が足りなかったんじゃ、わしの国には――。


「こんにちは、ようこそ星の間中央駅へ。お客さん、顔色悪いっすけど、どうしました?」
 若々しい男性がわしに話しかけてきた。
 円状のカウンターにいる男性は、眩しい金髪に、瑞々しいブルーの瞳を持っていた。名札を見ると『異世界鉄道会社、星の間中央駅、総合案内係、ジョー』と書かれていた。
 ああ、そうか、とわしは自分がどこにいるのかようやく悟った。
 右大臣が教えてくれた通り、わしは星の間中央駅に来ていた。
 きょろきょろしていると、ジョーという若者はははっと笑った。
「お客さん、もしかして、痴呆?」
 ははは、と若者が笑っていると、若者の後ろから拳が伸びてきて、若者の頭の上に落ちた。
「馬鹿ッ!! お客様になんてことを言うの!! すみませぇん、うちのジョーが、失礼しました。お詫びです、どうぞ」
 中年の女性がわしに何かを差し出す。
 星の形をしたキャラクターがデザインされたポケットティッシュだった。『星の間中央駅へようこそ』と書かれていた。
「あんたも謝りなさい!」
「へーい、すみませんでしたー……あでっ、すみませんでした!」
 なんとも礼儀のなっていない駅員で不快だったが、彼は元々こういう人なのだろうと思わせるところがあった。
「で、お客さん、総合案内所に何か用っすか? 迷子っすか? それとも旅行パッケージをお探しで?」
 若者はわしをただの老人と思っているのだろうか。まあ、右大臣の魔法が解けず、みすぼらしい老人なのだが。
「国外追放されてしまってな。安全なところに行きたい……とは思っておるんじゃが、どこに行くのがいいんじゃろうか。わしが住めるようなところがいいんじゃが」
 若者はふーむなるほどーと腕を組み考える仕草をしたが、すぐに質問をしてきた。
「ところで、お客さんは転生者っすか?」
「転生?」
「そうっす。前世の記憶とか、あったりします?」
「よく分からんな」
「そうっすか。では、お忘れ物センターにご案内します。前世の世界が一番平和だったりして。バンドウという職員に見てもらったらいいっす。まずそこで、転生者かどうか確かめてみるといいっすよ」
 言われるままにそうしようかと頷くと、若者はやったぜ、と喜んでカウンターから出てくる。
「北口改札前です。じゃあ、行きましょうか。たぶん、もう大丈夫だと思いますよ」
「大丈夫?」
「ちょっと昨日、お忘れ物センターで事件があったんすよ。まあ、昨日のことだし、今日は通常通りやってると思います」
 じゃあ行きましょう、と若者はポケットに手を突っ込んで歩き始める。
 どこまでも礼儀の足りない駅員だなと思いながらも、わしは黙って着いていく。照明の数が徐々に減っていき、薄暗い通路を歩いていると、ぼんやりと白く光る部屋を見つける。
「到着っす。あ、ムゲンちゃん!」
 一人の女性が部屋から小走りで出てきて、若者に何か話しかけだした。わしはセンターの中に入る。
 一人の男がわしを迎えた。
「こんにちは、いらっしゃいませ。今日は何をお忘れですか?」
 何故だろう。細い目と、何を考えているのか分からないような笑みを見た時。
 わしは、左大臣を思い出した。

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