5章 浅葱智哉
「いえーい、遊びに来たぜー」
「お土産は、酒ともみまんだ~」
ドタドタと上がり込んでくるのは、あの二人である。
僕はキッチンにいて、出迎えたのは紺野さんだった。
二人のライブ成功の会を、うちですることになった。言い出しっぺはリリアさんである。
僕がいなかったら、越智さんとリリアさんはここまで深く仲良くなれなかった。だから僕と一緒に祝いたい、というのが理由らしい。
僕と紺野さんは、二人へのお祝いでちょっと高めのワインを買っておいた。
お祝いといえば、もうひとつあった。
紺野さんの友人の桜里さんが、自費出版で本を出した。ライトノベルだったから僕も読ませてもらった。女性向けの恋愛小説だったけど、目まぐるしく展開が変わっていくので面白かった。紺野さんも面白いと絶賛していた。
土井谷さんが担当したというのも知っている。桜里さんは紺野さんのために土井谷さんを選んだ。
紺野さんはそれを聞いて、本を読んで、土井谷さんのことを少しだけ許したらしい。また新しいのが書けたら、原稿を読んでもらうかも、と言っていた。タイトルはなんだったっけ。『がらんどうの私たちは虚無を抱く』だったと思う。僕らが元ネタになっていて、こういうのを、紺野さんは私小説だと言っていた。もう少し取材がしたいと言っているから、時間がかかりそうだ。出来上がったら、僕にも読ませてくれるらしいから、楽しみにしている。
桜里さんの本は、リビングに飾っている。紺野さんは自分の事のように喜んでいた。紺野さんにとって、桜里さんは心から信じることができる、唯一の作家仲間だった。僕では分かってやれないところも、桜里さんなら分かってやれるんだと思う。桜里さんも、いつか、遊びに来てくれたらいいなと思う。
ワインには合わないのを承知で、広島のお好み焼きを出した。これは紺野さんの提案である。
「二人とも、忙しくて、広島の食べれなかったでしょ」
と紺野さんがにこにこ顔でお好み焼きを出す。
「これが、正真正銘のお好み焼きだからね。越智さんは愛媛出身だから、そのくらい知ってるよね。ね」
「いや、紺野さん、圧がすごい」
「あたしは麺が入ったの初めて食べる。おいしそー」
「リリアさん。違う。美味しそうじゃない。美味しいの」
越智さんとリリアさんは、紺野さんの顔を見て爆笑した。焼いたのは僕なんだけど、とは言えなかった。
「冷めるからさ」
言うと、みんなグラスを持って乾杯した。ちなみにこのグラスは、父と母が趣味で集めたグラスである。どこのかは忘れたけど、切子細工の高級なグラスだ。ありがたく使わせてもらうことにした。
「ライブ成功と、浅葱くん紺野さんカップル成立祝いでかんぱーい」
「うぇーい」
紺野さんは、まずは桜里さんの本に向かって、ひとりで乾杯。それから僕とグラスを合わせた時、少しだけ恥ずかしそうな顔をしていた。その様子を、越智さんとリリアさんはニヤニヤしながら見ていた。
ソースの匂いが充満しているなかで、紺野さんはたくさんのワインを飲んだ。この中で一番飲んでいたと思う。
越智さんとリリアさんは酔った勢いで意味不明の歌を歌った。オタクがどうとかこうとか。本当に二人はすごいと思う。僕の家に来るときはちゃらちゃらしているし、意味不明の歌も歌うけど、ステージに上がったら、プロになるんだから。
そんな二人と友達になれたというのが、少し誇らしい。
紺野さんは、二人の前だとオタクだった。とにかく越智さんの曲をべた褒めした。そして、それを完璧に歌い上げるリリアさんをべた褒めした。紺野さんはやっぱり物を書くから、言語化能力がすごい。僕も喋ったら止まらないってよく言われるけれど、紺野さんは僕の倍以上は喋っている気がする。
そんな紺野さんの言葉のシャワーにのぼせた二人は、帰る頃にはゆでたタコのように真っ赤になっていた。
二人が帰って、楽しい時間が終わると、家はまた静かになる。
でも、紺野さんがいる。それが、とてつもなく嬉しかった。
紺野さんは、今日は洗い物が多いから手伝うと言って、自分からすすんで皿を洗い始めた。僕はその隣に立って、皿を受け取って拭いていく。
「そういえば、私が智の家に来た時、なんで断らなかったの。私がここに来るのを提案したとき、ちょっとだけ考えてたけど、何を考えてたの、あの時」
「ああ……あんまり覚えてないんだけど……この人と一緒に、この家で生活してみたいって、思ったような気がする」
「誰でも良かったとか、そんなのじゃなくて?」
「違うよ。なんか、直感。この人なら、たぶん大丈夫、みたいな。そのなんとなくの直感は、間違いじゃなかった。紺野さんで正解だった」
ガチャガチャと大きな音が聞こえてくる。皿を落としたのかと思って横を見た。
紺野さんは顔を真っ赤にして、スポンジをギュッギュッと何度も握っていた。
彼女のこの盛大な照れは、とても可愛かった。
「お土産は、酒ともみまんだ~」
ドタドタと上がり込んでくるのは、あの二人である。
僕はキッチンにいて、出迎えたのは紺野さんだった。
二人のライブ成功の会を、うちですることになった。言い出しっぺはリリアさんである。
僕がいなかったら、越智さんとリリアさんはここまで深く仲良くなれなかった。だから僕と一緒に祝いたい、というのが理由らしい。
僕と紺野さんは、二人へのお祝いでちょっと高めのワインを買っておいた。
お祝いといえば、もうひとつあった。
紺野さんの友人の桜里さんが、自費出版で本を出した。ライトノベルだったから僕も読ませてもらった。女性向けの恋愛小説だったけど、目まぐるしく展開が変わっていくので面白かった。紺野さんも面白いと絶賛していた。
土井谷さんが担当したというのも知っている。桜里さんは紺野さんのために土井谷さんを選んだ。
紺野さんはそれを聞いて、本を読んで、土井谷さんのことを少しだけ許したらしい。また新しいのが書けたら、原稿を読んでもらうかも、と言っていた。タイトルはなんだったっけ。『がらんどうの私たちは虚無を抱く』だったと思う。僕らが元ネタになっていて、こういうのを、紺野さんは私小説だと言っていた。もう少し取材がしたいと言っているから、時間がかかりそうだ。出来上がったら、僕にも読ませてくれるらしいから、楽しみにしている。
桜里さんの本は、リビングに飾っている。紺野さんは自分の事のように喜んでいた。紺野さんにとって、桜里さんは心から信じることができる、唯一の作家仲間だった。僕では分かってやれないところも、桜里さんなら分かってやれるんだと思う。桜里さんも、いつか、遊びに来てくれたらいいなと思う。
ワインには合わないのを承知で、広島のお好み焼きを出した。これは紺野さんの提案である。
「二人とも、忙しくて、広島の食べれなかったでしょ」
と紺野さんがにこにこ顔でお好み焼きを出す。
「これが、正真正銘のお好み焼きだからね。越智さんは愛媛出身だから、そのくらい知ってるよね。ね」
「いや、紺野さん、圧がすごい」
「あたしは麺が入ったの初めて食べる。おいしそー」
「リリアさん。違う。美味しそうじゃない。美味しいの」
越智さんとリリアさんは、紺野さんの顔を見て爆笑した。焼いたのは僕なんだけど、とは言えなかった。
「冷めるからさ」
言うと、みんなグラスを持って乾杯した。ちなみにこのグラスは、父と母が趣味で集めたグラスである。どこのかは忘れたけど、切子細工の高級なグラスだ。ありがたく使わせてもらうことにした。
「ライブ成功と、浅葱くん紺野さんカップル成立祝いでかんぱーい」
「うぇーい」
紺野さんは、まずは桜里さんの本に向かって、ひとりで乾杯。それから僕とグラスを合わせた時、少しだけ恥ずかしそうな顔をしていた。その様子を、越智さんとリリアさんはニヤニヤしながら見ていた。
ソースの匂いが充満しているなかで、紺野さんはたくさんのワインを飲んだ。この中で一番飲んでいたと思う。
越智さんとリリアさんは酔った勢いで意味不明の歌を歌った。オタクがどうとかこうとか。本当に二人はすごいと思う。僕の家に来るときはちゃらちゃらしているし、意味不明の歌も歌うけど、ステージに上がったら、プロになるんだから。
そんな二人と友達になれたというのが、少し誇らしい。
紺野さんは、二人の前だとオタクだった。とにかく越智さんの曲をべた褒めした。そして、それを完璧に歌い上げるリリアさんをべた褒めした。紺野さんはやっぱり物を書くから、言語化能力がすごい。僕も喋ったら止まらないってよく言われるけれど、紺野さんは僕の倍以上は喋っている気がする。
そんな紺野さんの言葉のシャワーにのぼせた二人は、帰る頃にはゆでたタコのように真っ赤になっていた。
二人が帰って、楽しい時間が終わると、家はまた静かになる。
でも、紺野さんがいる。それが、とてつもなく嬉しかった。
紺野さんは、今日は洗い物が多いから手伝うと言って、自分からすすんで皿を洗い始めた。僕はその隣に立って、皿を受け取って拭いていく。
「そういえば、私が智の家に来た時、なんで断らなかったの。私がここに来るのを提案したとき、ちょっとだけ考えてたけど、何を考えてたの、あの時」
「ああ……あんまり覚えてないんだけど……この人と一緒に、この家で生活してみたいって、思ったような気がする」
「誰でも良かったとか、そんなのじゃなくて?」
「違うよ。なんか、直感。この人なら、たぶん大丈夫、みたいな。そのなんとなくの直感は、間違いじゃなかった。紺野さんで正解だった」
ガチャガチャと大きな音が聞こえてくる。皿を落としたのかと思って横を見た。
紺野さんは顔を真っ赤にして、スポンジをギュッギュッと何度も握っていた。
彼女のこの盛大な照れは、とても可愛かった。