4章 土井谷雅紀
編集を開始した時の桜里の力量は、紺野さんと同じかそれ以下。まあつまり、コンテストの受賞は見込めないということだ。同人誌が売れないのも、そのせいだろう。
編集には多くの時間を費やした。アドバイスという形で提案をすると、彼女はすぐに理解して修正をかけていった。大掛かりな修正になったこともある。
もともと書く力がなかったというより、知識がなかっただけで、書く力そのものはあるような作家だった。
この出版を通して、彼女はまだ成長するような気がした。自費出版に頼らずとも、自分の力で他の編集者に見込まれ、本になるようなものを書くようになるかもしれない。
彼女はまだ若い。これからもいくらでも書ける。
夢を叶えるのと同時に、夢を叶える力をつけてやるのが、俺の本当の仕事だった。
紺野さんもそうだったのかもしれない。きちんと教えてやれば、めきめきと育つ作家だったのかもしれない。
俺は、彼女の芽を潰した編集者の一人となった。彼女は、今までも何度も何度も持ち込みで編集者に雑な評価を言い渡され、強い不信感を抱いていた。俺のところに来ていたのは、俺を信頼していたからだ。そこに下心なんて一切ない。
彼女を作家として、もっと尊重してやるべきだった。それができていなかったから、だから俺は、あんな間違いを犯したのだ。
本当は、紺野さんの夢を叶えたかったのだ。仕事じゃなくとも、俺は紺野さんの夢を叶えてやるべきだった。
作家になりたいという夢を。
だから、桜里の作品には、いつも以上に時間をかけた。
太海社から出るライトノベルは初めてだったというのもある。社内で戦略を何度か練ったし、市場の調査もした。
桜里はライトノベルのジャンルだったので、表紙絵はイラストレーターに頼むことになる。フリーの中でもいいものを描くイラストレーターを見つけ出して依頼した。他のレーベルにも負けないものにする。
見本が仕上がったのは秋。黒猫で桜里に手渡した。
「いかがですか」
「とてもいい本です。ありがとうございます」
潤んだ目で、彼女は本を抱いた。
「まだこれからですよ。書店に置いてもらって、手に取ってもらって、はじめて桜里先生の夢が叶うんですから」
「分かっています。でも、形になったら、それだけで嬉しくて」
スマホで写真を撮ったあと、彼女は誰かに連絡をしていた。
「あおさんに、すぐ伝えるって約束してたから」
すぐに返信が来て、桜里は、安心した顔を見せた。画面をそのまま俺に見せてくる。
『その本、出版されたら買うから。山河以外の書店を教えてほしい。あと、土井谷さんにも言っておいて。またいつかお世話になるかもしれないって』
「ってあおさん言ってますけど。どうするんですか。あおさんから連絡が来たら、会うんですか」
「夢を叶えたいのならお手伝いします、と伝えてくれませんか」
「はーい」
桜里は少し考えたあと、俺に言った。
「土井谷さん、お願いします、ほんとに。あおさん、ああ見えて、結構ブレッブレなんです。ネットの友達も私くらいしかいないって言ってたし。文芸部にも入ってなかったって言っていたから、リアルで創作の話ができるの、ほんとに少ない……というか、いないんだと思います。あおさん、ずっと一人で書いているんです。私だけじゃ、あの人を支えてやれません」
スマホを両手で握る桜里は、深々と頭を下げた。
「本のこともですけど、あおさんのことも、何卒、よろしくお願いします」
編集には多くの時間を費やした。アドバイスという形で提案をすると、彼女はすぐに理解して修正をかけていった。大掛かりな修正になったこともある。
もともと書く力がなかったというより、知識がなかっただけで、書く力そのものはあるような作家だった。
この出版を通して、彼女はまだ成長するような気がした。自費出版に頼らずとも、自分の力で他の編集者に見込まれ、本になるようなものを書くようになるかもしれない。
彼女はまだ若い。これからもいくらでも書ける。
夢を叶えるのと同時に、夢を叶える力をつけてやるのが、俺の本当の仕事だった。
紺野さんもそうだったのかもしれない。きちんと教えてやれば、めきめきと育つ作家だったのかもしれない。
俺は、彼女の芽を潰した編集者の一人となった。彼女は、今までも何度も何度も持ち込みで編集者に雑な評価を言い渡され、強い不信感を抱いていた。俺のところに来ていたのは、俺を信頼していたからだ。そこに下心なんて一切ない。
彼女を作家として、もっと尊重してやるべきだった。それができていなかったから、だから俺は、あんな間違いを犯したのだ。
本当は、紺野さんの夢を叶えたかったのだ。仕事じゃなくとも、俺は紺野さんの夢を叶えてやるべきだった。
作家になりたいという夢を。
だから、桜里の作品には、いつも以上に時間をかけた。
太海社から出るライトノベルは初めてだったというのもある。社内で戦略を何度か練ったし、市場の調査もした。
桜里はライトノベルのジャンルだったので、表紙絵はイラストレーターに頼むことになる。フリーの中でもいいものを描くイラストレーターを見つけ出して依頼した。他のレーベルにも負けないものにする。
見本が仕上がったのは秋。黒猫で桜里に手渡した。
「いかがですか」
「とてもいい本です。ありがとうございます」
潤んだ目で、彼女は本を抱いた。
「まだこれからですよ。書店に置いてもらって、手に取ってもらって、はじめて桜里先生の夢が叶うんですから」
「分かっています。でも、形になったら、それだけで嬉しくて」
スマホで写真を撮ったあと、彼女は誰かに連絡をしていた。
「あおさんに、すぐ伝えるって約束してたから」
すぐに返信が来て、桜里は、安心した顔を見せた。画面をそのまま俺に見せてくる。
『その本、出版されたら買うから。山河以外の書店を教えてほしい。あと、土井谷さんにも言っておいて。またいつかお世話になるかもしれないって』
「ってあおさん言ってますけど。どうするんですか。あおさんから連絡が来たら、会うんですか」
「夢を叶えたいのならお手伝いします、と伝えてくれませんか」
「はーい」
桜里は少し考えたあと、俺に言った。
「土井谷さん、お願いします、ほんとに。あおさん、ああ見えて、結構ブレッブレなんです。ネットの友達も私くらいしかいないって言ってたし。文芸部にも入ってなかったって言っていたから、リアルで創作の話ができるの、ほんとに少ない……というか、いないんだと思います。あおさん、ずっと一人で書いているんです。私だけじゃ、あの人を支えてやれません」
スマホを両手で握る桜里は、深々と頭を下げた。
「本のこともですけど、あおさんのことも、何卒、よろしくお願いします」