3章 白松リリア

 ねぎさん、家は世田谷って言ってたな。
 どこかで会えないかな、とか思った。
 彼が遊ぶとしたらどこだろう。三軒茶屋かな。新宿とか原宿とかは絶対に行きそうになさそうだし、秋葉原もたまにしか行きそうにない。
 リリコも夜の仕事も辞めて、毎日が暇だったから、三軒茶屋に遊びに行った。男に声をかけられたら、すぐに話に乗って付き合った。南にある居酒屋に連れて行かれて、たくさん奢ってもらった。
 スーツのお兄さんと遊んでいる時のことだ。
 道を歩いていると、どこからか、ギターと歌声が聞こえてきた。
 小さな居酒屋の軒先で、ベリショ頭の女の人が、ギターを抱えて歌っていた。周りには誰もいない。
「ねえ~、みて、ひとりで歌ってる。誰も聞いてないよ、かわいそー」
 酔っていたあたしは、聞こえるように言って、指差して笑った。
 お兄さんは困ったように笑った。あ、今、あたしをバカにしたな。もうこいつとは遊ばないと決めた。
 女の人は、あたしをちらりと見て、それからギターを思いっきり鳴らした。
 うるさい、と言われたような気がした。
 それから、三軒茶屋に行くたびに、あたしはその女の人をバカにしに行った。彼女の前にしゃがんで、音楽を聴く。
 なんで誰も聞いていないのに、ずっと一人で歌えるんだろう。バカなんじゃないの。
 そうやって、誰かをバカにしていないと、どうにかなりそうだった。
 一か月ほどそれが続いて、ようやく女の人はあたしに喋りかけてきた。
「あんた、前から聴きに来てくれるけど。わたしをバカにしに来てるんでしょ」
「そうだよ。売れないものを歌って、バカみたい」
「そうやって人をバカにしていないと生きてられないあんたも、相当バカだと思うけど」
「……そうだよ。バカだよ。あたし、バカやった。どうしようもないバカ」
 口にすると、途端に涙がボロボロ出てきた。
 女はあたしの手を握って、店の中に入れてくれた。店長らしきおじさんが奢りだといって、カルピスを出してくる。
 あたしが泣きじゃくっているあいだ、ギターの弦を軽くはじいていた。
「あんたが何やったのかは知らんけどさ」
 あったかいお手拭きを渡してくれる。
「話、聞くよ。あんた、友達いないでしょ」
「うるっさい、バカ」
「はいはい、バカって言ったほうがバーカ」
 越智真由。よろしく。
 そう言って、右手を差し出してきた。

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