Short story
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ミアレシティの夜は明るい。石畳の道を照らす街灯も、ガラス越しに漏れる店の灯りも、人々の笑い声も、長い月日を生きてきた中でも当然ながらいつだって“今”が最も新しく、かつて彼が生きていた時代には存在しなかったものばかりだった。
(―――ばかばかしい)
いつもそうだ。自分はどうも無意識のうちに“あの時代”と比べてしまう癖がある。その事実を突きつけられたような気がして腹が立つ。
“あの時代”に出会った奔放で、純粋で、無防備で、自分を狂わせたあの少女。共に過ごした時間は決して長くはない。けれど確かに自身を狂わせた彼女が姿を消して――いや、先に彼女の前から姿を消したのは自分の方だったか。
数年経った後に気まぐれで立ち寄ったコトブキ村にその姿はなく、自分の時代に帰ったのだとコンゴウの長から伝え聞いたのは何百年前の事だっただろうか。
彼女に未練があるわけではない。彼女に会えない事実に絶望したこともなければ、自分を狂わせる存在と二度と対峙する必要がなくなったことに安寧を得た気さえしたほどだ。
何百年と経った今も“あの時代”のことが頭から離れないのは、狂おしい日々があまりにも騒がしく、忘れようにも忘れられないだけである。
どの時代に、いるのだろうか。
そんな事を考えた自分に気付いて、舌打ちをもらす。これではまるで、彼女を探しているみたいではないか。
何千年と続くこの世界で、自分の命が彼女の時代に届く保証などない。仮に届いたとして、自分の赴いた場所が彼女の生きる場所である可能性の低さだって考えるまでもない。
そう、思っていたのに。
何気なく足元から視線を上げたその瞬間、ウォロは呼吸を忘れた。
街灯に照らされた白い肌。歩調に合わせて揺れる髪。隣を歩く相棒に向ける優しい視線。何もかも覚えている。忘れたことなど一時もなかった。
だから理解してしまったのだ。理解などしたくなかったのに。
――七瀬だ。
ありえない。そんなはずがない。そう思ったのに、自分の意思とは関係なく目は彼女を追っていた。
考え込む時に少しだけ眉が寄ることも。人を見つけた時に表情が柔らかくなることも。笑う直前、ほんの僅かに睫毛が伏せられることも。
全部知っている。全部覚えている。何百年経とうと、忘れられるわけがなかった。
その時だった。不意に七瀬が顔を上げ、視線がぶつかる。
時間が止まったような気がした。
街の喧騒が遠ざかる。人々の足音も、タクシーのエンジン音も、巨大ビジョンから流れるCMの音楽も、何も聞こえない。ただ、自分の拍動だけが聞こえている。
七瀬の瞳が大きく見開かれていた。信じられないものを見るように。そして、薄く形の良い唇が震えた。
「ウォロ、さん……?」
街の雑音に掻き消されそうな小さな声、けれどウォロには十分すぎた。
胸が痛い。息が苦しい。どうしてだろう。二度と会いたくないと言い聞かせながら、本当はずっと会いたかった、ずっと探していた、今すぐ駆け寄りたいはずなのに。ウォロの足は足が動かない。
七瀬の瞳が揺れる。その瞳の中に映っているのは自分だけだった。その事実に気付いた瞬間、自分を縛っていた何かが切れた気がした。
絶対に見つからないと思っていた。もう会えないと思っていた。何度も諦めた。何度も忘れようとした。けれど、ほんのわずかな希望を手放せずにいた。
何百年も胸の底に沈めてきた感情が、“あの時代”のまま浮かび上がる。
「ウォロさん…」
もう一度自分の名を呼ぶその声が酷く懐かしい。たまらなく、苦しいほど。
気付けば身体が動いていた。一歩、また一歩と確かめるように距離を詰める。
七瀬は逃げない。視線を逸らすこともせず、まだ信じられないようにこちらを見ている。
彼女の前に立つ。いつの間にか人通りはなくなっていた。
手を伸ばせば届く距離。こんなにも近くにいる。それが信じられなかった。
「……ウォロさん」
懐かしい声が鮮明に聞こえた瞬間、ウォロは七瀬を抱き締めていた。強く、あまりにも強く。腕の中の温もりが本物だと確認するように、逃がさないように、失わないように。
七瀬が小さく息を呑んだのが分かった。けれど拒まない。その事実がどれほどウォロを救っているのか、きっと彼女は気付きもしないのだろう。
「…っ、また会えると 思ってなかった」
胸元に顔を埋めた七瀬が、震える声で言う。温かい。生きている。ここにいる。腕の中にいる。
何百年もの孤独が、後悔が、執着が、一度に押し寄せてくる。苦しい。こんなにも苦しいのに。
こんなにも、満たされている。
「……二度と」
自分でも驚くほど掠れた声だった。それでも羞恥心も、自尊心も、そんな物はどうでも良かった。
「二度と会いたくなかった」
それは本心だ。会えば何もかもを狂わされるから。諦めたはずの感情が蘇るから。欲しくなるから、また失うのが怖くなるから。
だから会いたくなかった。本当に、会いたくなかったのだ。会いたくないと思いながら、探し続けていた。
ウォロの口から出たのは、拒絶とも取れる言葉だったはずだ。けれど七瀬は、ギュッと控えめにウォロの服を握りしめ、ゆるゆると視線を上げた。
至近距離で視線が交わる。あの頃と何も変わらない真っ直ぐな瞳を綺麗だと思った。
「お願いだから、黙っていなくならないで」
縋るような表情、声、言葉―――ああ、また狂わされてしまう。そう思ったのに。
腕の中のこの温もりを感じてしまったら、七瀬の呼吸を感じてしまったら。もう、言い訳のしようがない。
抱き締める腕に僅かに力が入る。七瀬には聞こえないかもしれない、聞こえなくても良いと思った。伝えたかったわけではない。何百年も胸の奥に閉じ込めていた思いが、抑えきれずに溢れただけ。
「……もう一度、あなたに触れたかった」
いくつもの時代を越える己の運命に感謝したのは、これが初めてだった。
(―――ばかばかしい)
いつもそうだ。自分はどうも無意識のうちに“あの時代”と比べてしまう癖がある。その事実を突きつけられたような気がして腹が立つ。
“あの時代”に出会った奔放で、純粋で、無防備で、自分を狂わせたあの少女。共に過ごした時間は決して長くはない。けれど確かに自身を狂わせた彼女が姿を消して――いや、先に彼女の前から姿を消したのは自分の方だったか。
数年経った後に気まぐれで立ち寄ったコトブキ村にその姿はなく、自分の時代に帰ったのだとコンゴウの長から伝え聞いたのは何百年前の事だっただろうか。
彼女に未練があるわけではない。彼女に会えない事実に絶望したこともなければ、自分を狂わせる存在と二度と対峙する必要がなくなったことに安寧を得た気さえしたほどだ。
何百年と経った今も“あの時代”のことが頭から離れないのは、狂おしい日々があまりにも騒がしく、忘れようにも忘れられないだけである。
どの時代に、いるのだろうか。
そんな事を考えた自分に気付いて、舌打ちをもらす。これではまるで、彼女を探しているみたいではないか。
何千年と続くこの世界で、自分の命が彼女の時代に届く保証などない。仮に届いたとして、自分の赴いた場所が彼女の生きる場所である可能性の低さだって考えるまでもない。
そう、思っていたのに。
何気なく足元から視線を上げたその瞬間、ウォロは呼吸を忘れた。
街灯に照らされた白い肌。歩調に合わせて揺れる髪。隣を歩く相棒に向ける優しい視線。何もかも覚えている。忘れたことなど一時もなかった。
だから理解してしまったのだ。理解などしたくなかったのに。
――七瀬だ。
ありえない。そんなはずがない。そう思ったのに、自分の意思とは関係なく目は彼女を追っていた。
考え込む時に少しだけ眉が寄ることも。人を見つけた時に表情が柔らかくなることも。笑う直前、ほんの僅かに睫毛が伏せられることも。
全部知っている。全部覚えている。何百年経とうと、忘れられるわけがなかった。
その時だった。不意に七瀬が顔を上げ、視線がぶつかる。
時間が止まったような気がした。
街の喧騒が遠ざかる。人々の足音も、タクシーのエンジン音も、巨大ビジョンから流れるCMの音楽も、何も聞こえない。ただ、自分の拍動だけが聞こえている。
七瀬の瞳が大きく見開かれていた。信じられないものを見るように。そして、薄く形の良い唇が震えた。
「ウォロ、さん……?」
街の雑音に掻き消されそうな小さな声、けれどウォロには十分すぎた。
胸が痛い。息が苦しい。どうしてだろう。二度と会いたくないと言い聞かせながら、本当はずっと会いたかった、ずっと探していた、今すぐ駆け寄りたいはずなのに。ウォロの足は足が動かない。
七瀬の瞳が揺れる。その瞳の中に映っているのは自分だけだった。その事実に気付いた瞬間、自分を縛っていた何かが切れた気がした。
絶対に見つからないと思っていた。もう会えないと思っていた。何度も諦めた。何度も忘れようとした。けれど、ほんのわずかな希望を手放せずにいた。
何百年も胸の底に沈めてきた感情が、“あの時代”のまま浮かび上がる。
「ウォロさん…」
もう一度自分の名を呼ぶその声が酷く懐かしい。たまらなく、苦しいほど。
気付けば身体が動いていた。一歩、また一歩と確かめるように距離を詰める。
七瀬は逃げない。視線を逸らすこともせず、まだ信じられないようにこちらを見ている。
彼女の前に立つ。いつの間にか人通りはなくなっていた。
手を伸ばせば届く距離。こんなにも近くにいる。それが信じられなかった。
「……ウォロさん」
懐かしい声が鮮明に聞こえた瞬間、ウォロは七瀬を抱き締めていた。強く、あまりにも強く。腕の中の温もりが本物だと確認するように、逃がさないように、失わないように。
七瀬が小さく息を呑んだのが分かった。けれど拒まない。その事実がどれほどウォロを救っているのか、きっと彼女は気付きもしないのだろう。
「…っ、また会えると 思ってなかった」
胸元に顔を埋めた七瀬が、震える声で言う。温かい。生きている。ここにいる。腕の中にいる。
何百年もの孤独が、後悔が、執着が、一度に押し寄せてくる。苦しい。こんなにも苦しいのに。
こんなにも、満たされている。
「……二度と」
自分でも驚くほど掠れた声だった。それでも羞恥心も、自尊心も、そんな物はどうでも良かった。
「二度と会いたくなかった」
それは本心だ。会えば何もかもを狂わされるから。諦めたはずの感情が蘇るから。欲しくなるから、また失うのが怖くなるから。
だから会いたくなかった。本当に、会いたくなかったのだ。会いたくないと思いながら、探し続けていた。
ウォロの口から出たのは、拒絶とも取れる言葉だったはずだ。けれど七瀬は、ギュッと控えめにウォロの服を握りしめ、ゆるゆると視線を上げた。
至近距離で視線が交わる。あの頃と何も変わらない真っ直ぐな瞳を綺麗だと思った。
「お願いだから、黙っていなくならないで」
縋るような表情、声、言葉―――ああ、また狂わされてしまう。そう思ったのに。
腕の中のこの温もりを感じてしまったら、七瀬の呼吸を感じてしまったら。もう、言い訳のしようがない。
抱き締める腕に僅かに力が入る。七瀬には聞こえないかもしれない、聞こえなくても良いと思った。伝えたかったわけではない。何百年も胸の奥に閉じ込めていた思いが、抑えきれずに溢れただけ。
「……もう一度、あなたに触れたかった」
いくつもの時代を越える己の運命に感謝したのは、これが初めてだった。
1/15ページ
