リリカル・スピカ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
体育館が使えなくて部活が休みだった月曜日。友人と別れ一人帰途を歩く私の頭にあるのは、ここ数日間となんら変わりない。あの日以来、影山と気まずい。そうなった原因は間違いなく私で、影山“と”気まずいと表現するのだって語弊がある。私が一方的に影山に対して気まずさを抱いていて、声を掛けられても目を合わせられなかったり、そもそも逃げ出してしまったり。格好悪い、情けない、影山は何も悪くないのに。一人でいる時はそう思えるのに、いざ影山を前にすると どう接していいか分からなくなる。ごめん影山、もう少しだけ猶予をください。視線を足元に落として 届きもしない謝罪を心の中で述べる。
ゆっくりと息を吐いた時、あれ、と前方から軽い調子の声が聞こえた。釣られるように顔を上げて、視界に捉えた人物にギクリとする。無意識のうちに足が止まり、身体に力が入っているのが自分でも分かった。
「及川さん…」
「ヤッホー七瀬、こないだぶり」
「おつかれさまです」
ペコリと軽く会釈をすれば、心の読めない笑顔で及川さんが私の前で立ち止まった。私の足は、動かない。いや、この状況で“はい さようなら”と逃げ出すのも不自然だし、先輩に対して失礼すぎる話だけれど。
下げていた視線をちらりと上げて、及川さんの様子を窺うように見上げたところで ふと気が付いたことを口にする。
「今日は岩泉さんと一緒じゃないんですね」
「何それ、俺と岩ちゃんをセットみたいに言わないでくれる?」
「っ、すみません…」
反射的に謝罪を述べると、やだなぁ怒ってないよ、なんてカラカラと笑う及川さんに困惑する。
中学の時から及川さんと岩泉さんは大体いつでも一緒にいて、岩泉さんが及川さんのブレーキ役になっている部分も多いように思っていた。及川さんのことは選手としてとても尊敬しているし、基本的にはいつでも穏やかで気さくな優しい人だとも思っている。だけど、岩泉さんがいない時の及川さんは、時々 少し―――。
そこまで考えたところで、ああ、と 今までの軽い調子を引っ込めた 静かで冷たい及川さんの声が聞こえた。
「俺が怖い?」
「…!いえ、そんなことは」
「まぁ確かに七瀬はいつも隙だらけだしさ」
「あの、…?」
「岩ちゃんの邪魔がなければ、何でもできちゃうよね」
私と視線の高さを合わせるように身を屈めた及川さんの顔が、額が触れ合いそうになるほど間近に迫ってドキリとする。逃げるように後退るよりも先に腕を掴まれ、それも叶わなかった。
「飛雄は元気?」
「え…?あ、はい、元気だと思います、けど…」
「そう。じゃあさ」
二の腕に触れていた及川さんの手がするすると私の腕を滑り、手首を掴んで持ち上げられる。何をするのだろうかと 声も出せずに様子を見ていると、持ち上げられた左手首の内側に 及川さんが唇で触れた。その微かな熱に身体が跳ね、手を引っ込めようとしたけれど 掴まれている手首はビクともしない。「お、いかわ さん…?」不安に押しつぶされそうな感覚に 彼の名前を呼ぶと、楽しそうに細められた目と視線が合う。これ以上は危険だと防衛本能が叫んでいるのに、身体が竦んで身動きが取れない。
手首の薄皮を食まれるような感触がしたかと思うと チリ、と 確かな痛みが走った。一瞬 顔を顰めた私を見下ろしながら ゆっくりと離れる彼の口元には満足そうな笑みがある。そして視線を向ける先、私の手首の皮膚の下には くっきりと滲む紅が存在していて。
「それ、“及川さんに咬まれた”って 言ってみなよ」
「な…!」
「ははっ、いい顔だね」
にこにこと嬉しそうに笑う及川さんが私の頭を撫でて、その手がひどく優しくて困惑する。今、この人は 何をした?
私は夢でも見ていたのかと思うほど及川さんは“普段通り”なのに、手首に残る痕が夢ではないと主張している。早鐘を打つ心臓が鈍く痛む。
「送って行こうか」
「だ、大丈夫、です!」
「そう、なら良いけど。気を付けて帰りなよ」
そう言って及川さんが体の向きを変えたところで、七瀬さん、と 後ろから私を呼ぶ声がした。弾かれるように振り返ると駆け寄って来る影山の姿が見えて、影山だ、そう思った私はひどく安堵したのだ。一方的に気まずさを抱いていたくせに、こんな時だけなんて都合のいい。
私の隣に並んだ影山が睨むように見上げた先の及川さんが、ハッと鼻で笑う。
「残念、ちょっと遅かったねトビオちゃん」
「…何してたんですか」
「別に?ただ…お前があんまりチンタラしてると、俺が掻っ攫っちゃうかもね」
精々頑張りなよ。そう言って振り返りもせず立ち去る及川さんの背中を見送って、ほっと息を吐く。極度の緊張から解放されたような感覚がして、だけど今度は影山と2人きりだということに 今までと少し種類の違う緊張感を抱く。「私に何か用だった?」その緊張を誤魔化すように、そんな事を問いかける。
「七瀬さんと ちゃんと話そうと思ったんですけど…」
「けど?」
「及川さんがいるから、焦りました」
はあああ、と 盛大に息を吐き出しながらその場にしゃがみ込んだ影山を ぱちくりと目を瞬かせて見つめて、それから堪らず ふっと笑ってしまった。影山って、ほんと及川さん苦手だよね。彼に倣うようにしゃがんでそう言えば、影山は何も言わず ただジッとこちらを見ているから首を傾げる。
「ん?なに?」
「やっと笑った」
「あ…」
「俺、七瀬さんが笑ってるの好きです」
「へ………え、え!?」
動転する私なんて意に介さず、影山は立てた膝の上に腕を乗せて、その腕に こてんと首を傾げるように頬を乗せる。ジッと私を見たまま こちらに伸ばされた指先が、耳元の髪を撫でるように絡めとる。その仕草が じゃれ付く猫みたいでなんだか可愛く思えるとか、どうしようもなく愛おしいとか。沸きあがるのはそんな感情で、こんなの、もう処理のしようがない。真っ赤になっているであろう顔を隠すように俯けば、耳元で髪と戯れていた手が離れ そのまま腕を掴まれる。立ち上がった影山に腕を引かれ釣られるように立ち上がって顔を上げれば、視線が絡んで息が止まった。
「七瀬さんと、ちゃんと話がしたいです」
真っ直ぐに言われた言葉はそのまま胸に突き刺さる。私は、期待している。そして、その期待が外れることを恐れている。期待と不安が織り交ぜで、胸は痛いのに温かい。思考から逃げようとしても無駄だと分かっているし、もう自覚もしている。彼はずっと前から特別だった。だからきっとこの感情は、紛れもなく。
ゆっくりと息を吐いた時、あれ、と前方から軽い調子の声が聞こえた。釣られるように顔を上げて、視界に捉えた人物にギクリとする。無意識のうちに足が止まり、身体に力が入っているのが自分でも分かった。
「及川さん…」
「ヤッホー七瀬、こないだぶり」
「おつかれさまです」
ペコリと軽く会釈をすれば、心の読めない笑顔で及川さんが私の前で立ち止まった。私の足は、動かない。いや、この状況で“はい さようなら”と逃げ出すのも不自然だし、先輩に対して失礼すぎる話だけれど。
下げていた視線をちらりと上げて、及川さんの様子を窺うように見上げたところで ふと気が付いたことを口にする。
「今日は岩泉さんと一緒じゃないんですね」
「何それ、俺と岩ちゃんをセットみたいに言わないでくれる?」
「っ、すみません…」
反射的に謝罪を述べると、やだなぁ怒ってないよ、なんてカラカラと笑う及川さんに困惑する。
中学の時から及川さんと岩泉さんは大体いつでも一緒にいて、岩泉さんが及川さんのブレーキ役になっている部分も多いように思っていた。及川さんのことは選手としてとても尊敬しているし、基本的にはいつでも穏やかで気さくな優しい人だとも思っている。だけど、岩泉さんがいない時の及川さんは、時々 少し―――。
そこまで考えたところで、ああ、と 今までの軽い調子を引っ込めた 静かで冷たい及川さんの声が聞こえた。
「俺が怖い?」
「…!いえ、そんなことは」
「まぁ確かに七瀬はいつも隙だらけだしさ」
「あの、…?」
「岩ちゃんの邪魔がなければ、何でもできちゃうよね」
私と視線の高さを合わせるように身を屈めた及川さんの顔が、額が触れ合いそうになるほど間近に迫ってドキリとする。逃げるように後退るよりも先に腕を掴まれ、それも叶わなかった。
「飛雄は元気?」
「え…?あ、はい、元気だと思います、けど…」
「そう。じゃあさ」
二の腕に触れていた及川さんの手がするすると私の腕を滑り、手首を掴んで持ち上げられる。何をするのだろうかと 声も出せずに様子を見ていると、持ち上げられた左手首の内側に 及川さんが唇で触れた。その微かな熱に身体が跳ね、手を引っ込めようとしたけれど 掴まれている手首はビクともしない。「お、いかわ さん…?」不安に押しつぶされそうな感覚に 彼の名前を呼ぶと、楽しそうに細められた目と視線が合う。これ以上は危険だと防衛本能が叫んでいるのに、身体が竦んで身動きが取れない。
手首の薄皮を食まれるような感触がしたかと思うと チリ、と 確かな痛みが走った。一瞬 顔を顰めた私を見下ろしながら ゆっくりと離れる彼の口元には満足そうな笑みがある。そして視線を向ける先、私の手首の皮膚の下には くっきりと滲む紅が存在していて。
「それ、“及川さんに咬まれた”って 言ってみなよ」
「な…!」
「ははっ、いい顔だね」
にこにこと嬉しそうに笑う及川さんが私の頭を撫でて、その手がひどく優しくて困惑する。今、この人は 何をした?
私は夢でも見ていたのかと思うほど及川さんは“普段通り”なのに、手首に残る痕が夢ではないと主張している。早鐘を打つ心臓が鈍く痛む。
「送って行こうか」
「だ、大丈夫、です!」
「そう、なら良いけど。気を付けて帰りなよ」
そう言って及川さんが体の向きを変えたところで、七瀬さん、と 後ろから私を呼ぶ声がした。弾かれるように振り返ると駆け寄って来る影山の姿が見えて、影山だ、そう思った私はひどく安堵したのだ。一方的に気まずさを抱いていたくせに、こんな時だけなんて都合のいい。
私の隣に並んだ影山が睨むように見上げた先の及川さんが、ハッと鼻で笑う。
「残念、ちょっと遅かったねトビオちゃん」
「…何してたんですか」
「別に?ただ…お前があんまりチンタラしてると、俺が掻っ攫っちゃうかもね」
精々頑張りなよ。そう言って振り返りもせず立ち去る及川さんの背中を見送って、ほっと息を吐く。極度の緊張から解放されたような感覚がして、だけど今度は影山と2人きりだということに 今までと少し種類の違う緊張感を抱く。「私に何か用だった?」その緊張を誤魔化すように、そんな事を問いかける。
「七瀬さんと ちゃんと話そうと思ったんですけど…」
「けど?」
「及川さんがいるから、焦りました」
はあああ、と 盛大に息を吐き出しながらその場にしゃがみ込んだ影山を ぱちくりと目を瞬かせて見つめて、それから堪らず ふっと笑ってしまった。影山って、ほんと及川さん苦手だよね。彼に倣うようにしゃがんでそう言えば、影山は何も言わず ただジッとこちらを見ているから首を傾げる。
「ん?なに?」
「やっと笑った」
「あ…」
「俺、七瀬さんが笑ってるの好きです」
「へ………え、え!?」
動転する私なんて意に介さず、影山は立てた膝の上に腕を乗せて、その腕に こてんと首を傾げるように頬を乗せる。ジッと私を見たまま こちらに伸ばされた指先が、耳元の髪を撫でるように絡めとる。その仕草が じゃれ付く猫みたいでなんだか可愛く思えるとか、どうしようもなく愛おしいとか。沸きあがるのはそんな感情で、こんなの、もう処理のしようがない。真っ赤になっているであろう顔を隠すように俯けば、耳元で髪と戯れていた手が離れ そのまま腕を掴まれる。立ち上がった影山に腕を引かれ釣られるように立ち上がって顔を上げれば、視線が絡んで息が止まった。
「七瀬さんと、ちゃんと話がしたいです」
真っ直ぐに言われた言葉はそのまま胸に突き刺さる。私は、期待している。そして、その期待が外れることを恐れている。期待と不安が織り交ぜで、胸は痛いのに温かい。思考から逃げようとしても無駄だと分かっているし、もう自覚もしている。彼はずっと前から特別だった。だからきっとこの感情は、紛れもなく。