リリカル・スピカ
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机に肘を立てて頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。昼休みに入った教室はざわざわと賑わっていて、あぁお弁当の時間だとそこでようやく思い至る。ふぅ、とゆっくり息を吐いて教科書を机の中に仕舞って 机の横に掛けていたお弁当を取り上げた。
「なになに、七瀬どうしたー?」
「今日はなんか珍しく悩んでるっぽいじゃん」
お弁当を片手に椅子を引きずりながら集まってきた友人たちは、楽しそうに笑いながらそんな事を言う。心配した風な言葉を発しつつ、面白がっているのは明白だ。月島みたいなこと言わないで。顔を顰めてそう言う私に、私の机を囲むように配置した椅子に腰かけながら 彼女たちは首を傾げた。
「月島って、バレー部の可愛い子?」
「かわ…!?」
「綺麗な顔してるじゃん」
「背も高いし」
年下だけどあの子はアリだね。そんなことを言って盛り上がる友人たちに、へぇ、と純粋な驚きから間抜けな声を漏らす。なるほど、月島に対する世論はそうなのか。確かに綺麗な顔立ちをしているし、後輩のくせに私よりよっぽど落ち着いてもいるし、黙っていればクールビューティーみたいなところはあるのかもしれない、黙っていれば。口を開けば皮肉ばかりの捻くれ坊主だよ、なんてことは 彼女たちの夢と月島の名誉のため、言葉にしないで 曖昧に笑ってやり過ごす。
「で、何を珍しく難しい顔してるわけ?」
お弁当箱のふたを開けたところで改めて問われた言葉に、うっと言葉が詰まる。言いたくないわけではない。彼女たちは気が置けない友人であり、心から信頼もしている。ただ、何をどう言葉にしたらいいのか分からなくて、うーんとしばらく唸るように悩んだ私の口から出たのは「誰かを意識するって、どういうこと?」そんな抽象的な質問だった。
「七瀬がついに恋バナ…!?」
「ちがう!ただ疑問を口にしてるだけ!」
「それなら難しく考えなくていいんじゃない?」
「……?」
「他の人とは違うと思ったら“そう”なんじゃないの」
端的に返されたその言葉にどきりとした。他の人とは違う。あの時、私は確かにそう自覚した。そしてその先の可能性を考え、逃げるように思考から目を逸らしたわけで。それを認めてしまったら、私はどうすればいいの。「そうか、ついに」「影山くんよく頑張ったなぁ」「面識ないけど泣ける」お弁当のおかずを口に運びながら感慨深そうにそんなことを言う友人たちに、私はピシャリと固まった。
だっておかしいじゃないか。私は影山の名前なんて、一言も出していない。それなのになぜ彼女たちは、何の疑いもなく当然のようにその名を口にしているのだろう。
「待って、なんで影山?」
「じゃあなに、“コウシくん”なの?」
「や、違うけど…ていうか頑張ったって何」
「だって影山くん、七瀬のこと大好きじゃん」
「………は?」
例えば、離れたところからでも私を見かけたら 挨拶しに駆け寄ってきてくれるとか。私が荷物を持っていれば 必ず手伝ってくれるとか。私と影山が校内で会話をしている様子を何度となく見たことのある彼女たち曰く、影山は「七瀬が好きだって全身で叫んでる」らしい。そんな言葉を聞いて自分の顔に面白いほど熱が集まったのを感じた。だって、まさかそんな訳がない、だってあの影山だから。律儀で、優しい一面を見せてくれたに過ぎないだろう。それに彼女たちは断言するけれど、もしそうじゃなかったら?
「……好かれてて当然、みたいに思うのは 違った時に怖いじゃん」
「七瀬自身はどうなの?」
「うん?」
「影山くん。好きか好きじゃないか」
好きかどうかと聞かれたら、もちろん影山は好きだ。でもそれは可愛い後輩という意味であったはず、なのに、私は今 “影山が私を好きだ”という友人の言葉を信じることを恐れている。好かれていることが怖いのではなくて、そうだと信じて違った時が怖い。そこまで自覚しているのくせに、まだ目を背けていたいと思う情けない自分が嫌になる。
「……難しくて分かんない」
机に顔を伏せて逃げるように弱々しく呟いた私の言葉に、友人たちはカラカラと笑った。「急ぐことじゃないよ、ゆっくりやんな」そんな言葉を掛けてくれた友人の声に、なんだか泣きたくなった。私を取り巻く世界はこんなにも優しいのだ。
◇
部活が終わり、ドリンクボトルを洗いながら ゆっくりと息を吐く。お昼休みにあんな話をしたせいで、影山とどんな顔で向き合えばいいのか分からなかった。私は今まで 彼とどんな風に接していたのだろう。
ふぅ、と もう一度息を吐いたところで、ずしりと背中から重みが加わった。「…孝支くん」顔だけ振り返れば負ぶさるように私の肩にのしかかる我が部の副主将でもある幼馴染みの顔が見えて、名前を呼べばすぐに私から離れて身体が軽くなる。「悩み事?」難しい顔してるぞと私の眉間を突いた彼に苦笑いを浮かべる。そんな大したことじゃないよ。そう答えれば孝支くんは納得したのかしてないのか、ふーんと さほど重大ではなさそうに言う。「ま、何かあればいつでも言えよ」そう言って私の頭を撫でてくれる手の温かさに、心の真ん中から温かくなった気がした。
「孝支くんって昔から優しいよね」
「だべ?俺と結婚したくなったらいつでも言えよー」
「えー、私だってプロポーズされたい夢ぐらいあるよ」
「言ってくれれば俺から言ってやるじゃん」
「結婚したいからプロポーズしてくれって私が言うの?なにそれ」
なんとも間抜けな会話に顔を合わせて2人で笑い、洗い終えたボトルを抱えようと伸ばした手が 横から伸びてきた手に掴まれてドキリとする。私の手首を握る腕を辿るように視線を上げれば、そこには影山の姿があって息が止まったような気がした。
そんな私を気にもせず、影山は真っ直ぐに孝支くんを見て言う。
「…菅原さんでも、それはダメです」
“それ”って、どれ。ダメって、どうして。影山が何を考えているのか分からなくて、知りたいのに知るのが怖くて、もう頭がパンクしそうだ。私に触れる影山の手を払うように腕を振れば、影山と孝支くんの視線が同時に向けられる。
「――影山はそういうこと簡単に言うけど、どういう意味?」
「…?そのままの意味ですけど」
「深い意味はないんでしょ?じゃあ簡単に言わないで」
「七瀬さん?」
「影山には大した意味はなくても、私は意味とか色々考えちゃうし」
「七瀬さん」
「…私は、怖いよ」
自分が期待してしまうことが。抱いた期待を裏切られてしまうことが。ただ怖いと思う。驚いたように目を見開いた影山にそれ以上何も言えなくて、私は逃げるようにその場から足早に立ち去った。
もう決定的じゃないか。ここまで自覚しておきながら逃げた私の弱さに、どうか気付かないでと願う事しかできなかった。
「なになに、七瀬どうしたー?」
「今日はなんか珍しく悩んでるっぽいじゃん」
お弁当を片手に椅子を引きずりながら集まってきた友人たちは、楽しそうに笑いながらそんな事を言う。心配した風な言葉を発しつつ、面白がっているのは明白だ。月島みたいなこと言わないで。顔を顰めてそう言う私に、私の机を囲むように配置した椅子に腰かけながら 彼女たちは首を傾げた。
「月島って、バレー部の可愛い子?」
「かわ…!?」
「綺麗な顔してるじゃん」
「背も高いし」
年下だけどあの子はアリだね。そんなことを言って盛り上がる友人たちに、へぇ、と純粋な驚きから間抜けな声を漏らす。なるほど、月島に対する世論はそうなのか。確かに綺麗な顔立ちをしているし、後輩のくせに私よりよっぽど落ち着いてもいるし、黙っていればクールビューティーみたいなところはあるのかもしれない、黙っていれば。口を開けば皮肉ばかりの捻くれ坊主だよ、なんてことは 彼女たちの夢と月島の名誉のため、言葉にしないで 曖昧に笑ってやり過ごす。
「で、何を珍しく難しい顔してるわけ?」
お弁当箱のふたを開けたところで改めて問われた言葉に、うっと言葉が詰まる。言いたくないわけではない。彼女たちは気が置けない友人であり、心から信頼もしている。ただ、何をどう言葉にしたらいいのか分からなくて、うーんとしばらく唸るように悩んだ私の口から出たのは「誰かを意識するって、どういうこと?」そんな抽象的な質問だった。
「七瀬がついに恋バナ…!?」
「ちがう!ただ疑問を口にしてるだけ!」
「それなら難しく考えなくていいんじゃない?」
「……?」
「他の人とは違うと思ったら“そう”なんじゃないの」
端的に返されたその言葉にどきりとした。他の人とは違う。あの時、私は確かにそう自覚した。そしてその先の可能性を考え、逃げるように思考から目を逸らしたわけで。それを認めてしまったら、私はどうすればいいの。「そうか、ついに」「影山くんよく頑張ったなぁ」「面識ないけど泣ける」お弁当のおかずを口に運びながら感慨深そうにそんなことを言う友人たちに、私はピシャリと固まった。
だっておかしいじゃないか。私は影山の名前なんて、一言も出していない。それなのになぜ彼女たちは、何の疑いもなく当然のようにその名を口にしているのだろう。
「待って、なんで影山?」
「じゃあなに、“コウシくん”なの?」
「や、違うけど…ていうか頑張ったって何」
「だって影山くん、七瀬のこと大好きじゃん」
「………は?」
例えば、離れたところからでも私を見かけたら 挨拶しに駆け寄ってきてくれるとか。私が荷物を持っていれば 必ず手伝ってくれるとか。私と影山が校内で会話をしている様子を何度となく見たことのある彼女たち曰く、影山は「七瀬が好きだって全身で叫んでる」らしい。そんな言葉を聞いて自分の顔に面白いほど熱が集まったのを感じた。だって、まさかそんな訳がない、だってあの影山だから。律儀で、優しい一面を見せてくれたに過ぎないだろう。それに彼女たちは断言するけれど、もしそうじゃなかったら?
「……好かれてて当然、みたいに思うのは 違った時に怖いじゃん」
「七瀬自身はどうなの?」
「うん?」
「影山くん。好きか好きじゃないか」
好きかどうかと聞かれたら、もちろん影山は好きだ。でもそれは可愛い後輩という意味であったはず、なのに、私は今 “影山が私を好きだ”という友人の言葉を信じることを恐れている。好かれていることが怖いのではなくて、そうだと信じて違った時が怖い。そこまで自覚しているのくせに、まだ目を背けていたいと思う情けない自分が嫌になる。
「……難しくて分かんない」
机に顔を伏せて逃げるように弱々しく呟いた私の言葉に、友人たちはカラカラと笑った。「急ぐことじゃないよ、ゆっくりやんな」そんな言葉を掛けてくれた友人の声に、なんだか泣きたくなった。私を取り巻く世界はこんなにも優しいのだ。
◇
部活が終わり、ドリンクボトルを洗いながら ゆっくりと息を吐く。お昼休みにあんな話をしたせいで、影山とどんな顔で向き合えばいいのか分からなかった。私は今まで 彼とどんな風に接していたのだろう。
ふぅ、と もう一度息を吐いたところで、ずしりと背中から重みが加わった。「…孝支くん」顔だけ振り返れば負ぶさるように私の肩にのしかかる我が部の副主将でもある幼馴染みの顔が見えて、名前を呼べばすぐに私から離れて身体が軽くなる。「悩み事?」難しい顔してるぞと私の眉間を突いた彼に苦笑いを浮かべる。そんな大したことじゃないよ。そう答えれば孝支くんは納得したのかしてないのか、ふーんと さほど重大ではなさそうに言う。「ま、何かあればいつでも言えよ」そう言って私の頭を撫でてくれる手の温かさに、心の真ん中から温かくなった気がした。
「孝支くんって昔から優しいよね」
「だべ?俺と結婚したくなったらいつでも言えよー」
「えー、私だってプロポーズされたい夢ぐらいあるよ」
「言ってくれれば俺から言ってやるじゃん」
「結婚したいからプロポーズしてくれって私が言うの?なにそれ」
なんとも間抜けな会話に顔を合わせて2人で笑い、洗い終えたボトルを抱えようと伸ばした手が 横から伸びてきた手に掴まれてドキリとする。私の手首を握る腕を辿るように視線を上げれば、そこには影山の姿があって息が止まったような気がした。
そんな私を気にもせず、影山は真っ直ぐに孝支くんを見て言う。
「…菅原さんでも、それはダメです」
“それ”って、どれ。ダメって、どうして。影山が何を考えているのか分からなくて、知りたいのに知るのが怖くて、もう頭がパンクしそうだ。私に触れる影山の手を払うように腕を振れば、影山と孝支くんの視線が同時に向けられる。
「――影山はそういうこと簡単に言うけど、どういう意味?」
「…?そのままの意味ですけど」
「深い意味はないんでしょ?じゃあ簡単に言わないで」
「七瀬さん?」
「影山には大した意味はなくても、私は意味とか色々考えちゃうし」
「七瀬さん」
「…私は、怖いよ」
自分が期待してしまうことが。抱いた期待を裏切られてしまうことが。ただ怖いと思う。驚いたように目を見開いた影山にそれ以上何も言えなくて、私は逃げるようにその場から足早に立ち去った。
もう決定的じゃないか。ここまで自覚しておきながら逃げた私の弱さに、どうか気付かないでと願う事しかできなかった。