リリカル・スピカ
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ホームルームを終え解散となり、準備ができた部員たちが徐々に集まり始めた練習前の体育館。そこに何やら大きな段ボール箱を抱えた七瀬が姿を現わす。あ、手伝いに行ってやろう。そう思って動き始めるより先に、影山が誰よりも早く七瀬に駆け寄り その手から荷物を取り上げた。影山を見上げて笑顔を浮かべる七瀬と、特に表情は変えずに応える影山。そんな二人の姿を見つめながら、なんともいえない気持ちになる。
「…?どうかしたのか、スガ」
「うーん…嬉しいような、寂しいような…」
「は?」
突っ立っていた俺を不思議に思ったのであろう大地に声を掛けられ、胸の内を素直に言葉にした。大地は一瞬だけ怪訝そうな表情をしたけれど、俺の視線が向く先を見て「あぁ」と納得したような声を出す。保護者かよ。その言葉に反論する気も起きやしない。
俺と七瀬は、いわゆる“幼馴染み”だ。家が近く、毎日毎日 飽きもせず一緒に遊んでいた幼少期。けれど俺が小学4年の時に七瀬の家族が引っ越し 会うことがなくなった。それが去年、偶然にも高校で再会を果たした時には驚いたものだ。8年ぶりに会った彼女は俺の知らない間にしっかり女性に成長していて、けれど俺にとっては妹のように可愛い存在であることに変わりはなかった。そんな七瀬が、今では俺を含めたバレー部員をやきもきさせる“渦中の人”の片割れである。
「娘を嫁に出す父親って、こんな気持ちなんかな…」
「あの鈍行進展で、嫁入りはいつになるだろうな」
「まっ、まだ結婚までは許してねぇよ!?」
「もうお前めんどくせぇよ」
カッと目を見開いて大地の言葉を否定した俺に、大地はげんなりと言う。分かっている、七瀬が幸せならそれでいいし、幸せになってほしいと心から思っている。それでも俺は七瀬に対して確かに家族愛のようなものは抱いているわけで。心から嬉しく思う反面、少し寂しいと思ってしまうのもまた親心なのだ。
◇
練習後の片付けも終わりに近付いたころ、私は倉庫の中にいた。用具を片付けていると 後ろからガタンと何かが落ちたような、或いは ずれたような音が聞こえて視線を向けるけれど、そこには壁面に取り付けられた棚しかなくて 床に何が落ちているわけでもない。でも確かに音がした。不思議に思って首を傾げながら棚の前まで歩み寄り ジッと棚に沿って視線を巡らせる。
「どうかしたんですか」
壁を見つめる私の背後から訝しむような声が聞こえ、振り返ればボールを片付けにやって来たのであろう月島がいた。「あぁ、うん」曖昧な返事をした私に、ボールを定位置に戻した月島は首を傾げながらこちらに歩み寄る。
「ここから音がしたんだけど、何もなくて…」
「…っ、ちょ」
「へ?」
何かに気が付いたような月島が、珍しく慌てた表情を浮かべた。焦ったように伸ばされた大きな手に腕を引かれ、肩を抱き寄せられる。飛び込むように月島の胸元に収まったのと同時に、背後でけたたましい音がなった。恐る恐る後ろを振り返れば、ほんの今まで私が立っていた場所に物が散乱している。その中には板のようなものも混ざっていて、ちらりと視線を壁に向ければ、あるはずの棚の一部が抜け落ちていた。目に見える光景と先ほどの音を考えれば、棚が壊れて落ちてきたのだと分かって サァッと血の気がひく感覚がする。もし月島が助けてくれなければと考えただけでゾッとした。
その事実を理解した途端に怖くなって 固まったように動けないでいた私の耳元に、はぁ、と 心底安堵したような息が聞こえた。
「~~っ、ほんと、トラブルメーカーも大概にしてください」
「ご、ごめん……ありがと月島」
「七瀬さん、すごい音しましたけ、ど……」
心配そうな声と共に倉庫に姿を現したのは影山で、私たちの姿を確認すると同時に 入口付近でカチンと固まってしまった。どうしたのだろうと思った疑問を口にするより先に、ずんずんと大股で近付いて来た影山が私の腕を強く引いて 肩を抱かれたままだった私を月島から引き剥がす。そしてまるで庇いでもするかのように今度は影山に肩を抱き寄せられ、そこでようやく 安堵感で忘れていたけれど月島と触れ合ったままだったことを思い出した。でも、それよりも、影山が、近い。バクバクと痛いほどに暴れ出した心臓がうるさい。
「……なに。言いたいことあるなら言えば?」
「…怪我してないですか」
「え?あ、うん、平気…月島のおかげ」
視線をつま先に向けていた私の頭上から声が降ってきて、弾かれるように顔を上げた。近い距離で目があって、きゅっと心臓が鳴る。なんとか答えたその声は我ながらぎこちなくて、私の動揺を悟られてしまうのではないかと怖くなった。それでも影山は、私の言葉を聞いて ほっと息を吐く。
「… 七瀬さんに怪我がないなら文句ねぇよ」
睨むような視線を月島に戻した影山の表情は、とても“文句がない”顔には見えないけれど。月島は心底 不愉快そうな顔をして、それから あからさまに大きく溜め息を吐く。「ドウゾごゆっくり」皮肉にも聞こえるそんな言葉を残して月島は倉庫を出て行った。
シンと静まり返った倉庫に、影山と2人きり。その事実を認識した途端に私の中心をしめつけられたような感覚がして、少し息苦しくなった気がした。「…本当に」自分で自分が分からなくなって身動きがとれないでいた私の耳に、力が抜けたような吐息と共に そんな声が届く。
「わざとじゃないの分かってますけど、心臓に悪いんでやめてください」
ぎゅっと 私の肩に回されていた影山の腕に力が込められる。その瞬間に私は呼吸もままならなくなって、急速に脈打つ心臓は壊れてしまうのではないかと思えてしまう。
どうしてだろう。大地さんや旭さんが頭を撫でてくれる時も、孝支くんの親愛のハグも、田中や西谷がじゃれるように纏わりついてくる時も、さっき月島に肩を抱かれた時も。私は平静で、意識することなんて何もなくて、なんてことなく笑っていられたはずだ。なのに、影山だけは違う。ちょっとした言動で いとも容易く私から呼吸を奪って、思考を奪って、少し触れられるだけで 壊れんばかりに心臓は暴れ出す。そんなことが出来る人、影山の他に一人として存在していなくて、これじゃまるで 影山は特別だって言ってるみたいじゃないか。
諭すような、懇願するような、そんな影山のその言葉に 私はどんな返事をしたのか記憶にも残らなかった。
「…?どうかしたのか、スガ」
「うーん…嬉しいような、寂しいような…」
「は?」
突っ立っていた俺を不思議に思ったのであろう大地に声を掛けられ、胸の内を素直に言葉にした。大地は一瞬だけ怪訝そうな表情をしたけれど、俺の視線が向く先を見て「あぁ」と納得したような声を出す。保護者かよ。その言葉に反論する気も起きやしない。
俺と七瀬は、いわゆる“幼馴染み”だ。家が近く、毎日毎日 飽きもせず一緒に遊んでいた幼少期。けれど俺が小学4年の時に七瀬の家族が引っ越し 会うことがなくなった。それが去年、偶然にも高校で再会を果たした時には驚いたものだ。8年ぶりに会った彼女は俺の知らない間にしっかり女性に成長していて、けれど俺にとっては妹のように可愛い存在であることに変わりはなかった。そんな七瀬が、今では俺を含めたバレー部員をやきもきさせる“渦中の人”の片割れである。
「娘を嫁に出す父親って、こんな気持ちなんかな…」
「あの鈍行進展で、嫁入りはいつになるだろうな」
「まっ、まだ結婚までは許してねぇよ!?」
「もうお前めんどくせぇよ」
カッと目を見開いて大地の言葉を否定した俺に、大地はげんなりと言う。分かっている、七瀬が幸せならそれでいいし、幸せになってほしいと心から思っている。それでも俺は七瀬に対して確かに家族愛のようなものは抱いているわけで。心から嬉しく思う反面、少し寂しいと思ってしまうのもまた親心なのだ。
◇
練習後の片付けも終わりに近付いたころ、私は倉庫の中にいた。用具を片付けていると 後ろからガタンと何かが落ちたような、或いは ずれたような音が聞こえて視線を向けるけれど、そこには壁面に取り付けられた棚しかなくて 床に何が落ちているわけでもない。でも確かに音がした。不思議に思って首を傾げながら棚の前まで歩み寄り ジッと棚に沿って視線を巡らせる。
「どうかしたんですか」
壁を見つめる私の背後から訝しむような声が聞こえ、振り返ればボールを片付けにやって来たのであろう月島がいた。「あぁ、うん」曖昧な返事をした私に、ボールを定位置に戻した月島は首を傾げながらこちらに歩み寄る。
「ここから音がしたんだけど、何もなくて…」
「…っ、ちょ」
「へ?」
何かに気が付いたような月島が、珍しく慌てた表情を浮かべた。焦ったように伸ばされた大きな手に腕を引かれ、肩を抱き寄せられる。飛び込むように月島の胸元に収まったのと同時に、背後でけたたましい音がなった。恐る恐る後ろを振り返れば、ほんの今まで私が立っていた場所に物が散乱している。その中には板のようなものも混ざっていて、ちらりと視線を壁に向ければ、あるはずの棚の一部が抜け落ちていた。目に見える光景と先ほどの音を考えれば、棚が壊れて落ちてきたのだと分かって サァッと血の気がひく感覚がする。もし月島が助けてくれなければと考えただけでゾッとした。
その事実を理解した途端に怖くなって 固まったように動けないでいた私の耳元に、はぁ、と 心底安堵したような息が聞こえた。
「~~っ、ほんと、トラブルメーカーも大概にしてください」
「ご、ごめん……ありがと月島」
「七瀬さん、すごい音しましたけ、ど……」
心配そうな声と共に倉庫に姿を現したのは影山で、私たちの姿を確認すると同時に 入口付近でカチンと固まってしまった。どうしたのだろうと思った疑問を口にするより先に、ずんずんと大股で近付いて来た影山が私の腕を強く引いて 肩を抱かれたままだった私を月島から引き剥がす。そしてまるで庇いでもするかのように今度は影山に肩を抱き寄せられ、そこでようやく 安堵感で忘れていたけれど月島と触れ合ったままだったことを思い出した。でも、それよりも、影山が、近い。バクバクと痛いほどに暴れ出した心臓がうるさい。
「……なに。言いたいことあるなら言えば?」
「…怪我してないですか」
「え?あ、うん、平気…月島のおかげ」
視線をつま先に向けていた私の頭上から声が降ってきて、弾かれるように顔を上げた。近い距離で目があって、きゅっと心臓が鳴る。なんとか答えたその声は我ながらぎこちなくて、私の動揺を悟られてしまうのではないかと怖くなった。それでも影山は、私の言葉を聞いて ほっと息を吐く。
「… 七瀬さんに怪我がないなら文句ねぇよ」
睨むような視線を月島に戻した影山の表情は、とても“文句がない”顔には見えないけれど。月島は心底 不愉快そうな顔をして、それから あからさまに大きく溜め息を吐く。「ドウゾごゆっくり」皮肉にも聞こえるそんな言葉を残して月島は倉庫を出て行った。
シンと静まり返った倉庫に、影山と2人きり。その事実を認識した途端に私の中心をしめつけられたような感覚がして、少し息苦しくなった気がした。「…本当に」自分で自分が分からなくなって身動きがとれないでいた私の耳に、力が抜けたような吐息と共に そんな声が届く。
「わざとじゃないの分かってますけど、心臓に悪いんでやめてください」
ぎゅっと 私の肩に回されていた影山の腕に力が込められる。その瞬間に私は呼吸もままならなくなって、急速に脈打つ心臓は壊れてしまうのではないかと思えてしまう。
どうしてだろう。大地さんや旭さんが頭を撫でてくれる時も、孝支くんの親愛のハグも、田中や西谷がじゃれるように纏わりついてくる時も、さっき月島に肩を抱かれた時も。私は平静で、意識することなんて何もなくて、なんてことなく笑っていられたはずだ。なのに、影山だけは違う。ちょっとした言動で いとも容易く私から呼吸を奪って、思考を奪って、少し触れられるだけで 壊れんばかりに心臓は暴れ出す。そんなことが出来る人、影山の他に一人として存在していなくて、これじゃまるで 影山は特別だって言ってるみたいじゃないか。
諭すような、懇願するような、そんな影山のその言葉に 私はどんな返事をしたのか記憶にも残らなかった。