リリカル・スピカ
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影山が去った後も暴れる心臓から目をそらす様に布団に潜り込んだ私はいつの間にか眠ってしまっていて、目が覚めた時には5限目の終盤だった。朝はあんなに重たかった身体も なんて事なくなり、もう大丈夫だと判断する。最後の授業には出ようと身体を起こして 髪を手櫛で整えて、5限終了のチャイムが鳴ったところで 保健室を出て教室へと向かった。
◇
教室に戻ってまずは西谷に制服のお礼と、しっかり寝たからもう心配ないという旨を伝えた。部活が始まる前には 体育の授業中にきっと騒動を遠目で見ていたであろう成田にも大丈夫だからと告げ、それとなく釘を刺しておく。縁下は大地さんにも知らせないでいてくれたようで、練習は普段と何ら変わらず進んで行った。違う点があるとすれば、縁下と影山の視線を浴び続けたぐらいだろう。練習が始まってから終わるまで、まるで監視でもされているかのように 交互に向けられたその視線は、私を心配してくれてのことだと分かる。だから何となく居た堪れなくはなったけれど、そんなに視線を寄越してくれるなと文句も言えず、いつもよりほんの少し大人しく過ごすようにした。
部活が終わった後は、いつも通り 潔子さんと仁花ちゃんと並んで暗くなった通学路を歩く。2人と別れて1人なって数分もしないうちに「七瀬さん!」後ろから名前を呼ばれて足を止めた。振り返れば影山が駆け寄って来ていて、何か忘れものでもしていたのだろうかと首を傾げる。
「おつかれ影山、どうかした?」
「家まで送ります」
「……うん?」
確かに私と影山は同じ中学校の出身で、それはつまり ざっくりとした家の方向も同じということにはなるけれど。だからと言って「じゃあ家までよろしく」と言えるほど近いわけでもない。普段ならこうして潔子さんや仁花ちゃんと別れた後に同じ方面の選手たちが追い付いてきて 途中で別れるまで賑やかに帰っているけれど、今日は影山1人しかいなくて なんだかイレギュラーだ。
「え、大丈夫だよ」
「また倒れられても困るんで」
「う……もう大丈夫だけど、じゃあ途中まで」
「家まで送ります」
俺が心配なんで、と真っ直ぐ目を見て言われた言葉に ぎゅうっと心臓が痛くなる。やっぱり、最近の影山はなんだか心臓に良くない。逃げるように目を伏せて、ありがとうと呟いた声は ちゃんと影山に届いていたらしい。
それからは特に会話もなく、静かに影山と並んで歩く。不思議と居心地は悪くない。けれど昼休みのことを思い出してしまってドキドキと騒ぎ出した心臓の音が影山に聴こえてしまわないかと心配で、何か話さなくてはと そんな思考に駆られた。話題を探すために彷徨わせた視線が、前方に2つの人影を捉える。(……あれって)その人影が知人だと分かったその瞬間、私は無意識に駆け出していた。
「岩泉さん!」
「あ?…あぁ七瀬か、おつかれ」
駆け寄った先の岩泉さんは私に気付いて少し驚いたようにしたけれど、元気そうだな、と頭を撫でてくれたから自然と目を細める。試合会場で顔を合わせることがあっても、そうゆっくりと話をする時間もないし、何より今は敵対チームなのだ。和気あいあいともしていられないと分かっている。それでも、敵味方だとか関係なしに尊敬できる先輩が存在しているのも事実だから、こうしてバレーを離れたところで会えるのは素直に嬉しいと思う。弾んだ心を隠すこともせず、ちらりと 岩泉さんの隣へと視線を動かした。
「お疲れ様です、及川さんも」
「ちょっと何その“ついで”みたいな言い方」
「どちらがメインかと言われれば、そりゃやっぱり いわいず」
「はい生意気!」
私が言い終わる前に言葉を遮った及川さんが、両手で私の両頬を引っ張った。「い、いひゃいれす」正しい発音ができない私の抗議の声に聞く耳も持たず、マヌケな顔、だなんて言いながらケラケラと笑う及川さんは、一向に手を放してくれる気配がない。それなら自力で引き剥がしてしまおうと及川さんの両手首に触れたところで「…ああ、ほんと」そんな彼の声が耳に届いた。いつもより一段低いその声に、びくりと肩が跳ねる。
「生意気すぎるから、喰っちゃおうかな」
「………え」
抓るように私の両頬を引っ張っていたはずの及川さんの手は いつの間にか掌で挟むように私の顔を捕らえていて、いつもの軽い雰囲気が消えた綺麗な顔がぐっと寄せられる。間近に見えた彼の目に冗談の色なんて少しも見えなくて、脳の奥底で警鐘が響いた気がした。今の私は、まさに蛇に睨まれた蛙。
「いい加減にしろ、クズ川」
「いだっ!」
及川さんの脇腹に岩泉さんの容赦ない蹴りが入ったのと、後ろから肩を強く引かれたのは同時だったと思う。気が付いた時には及川さんは離れていて、庇うみたいに私の前に立つ背中が見えた。あ、影山だ。そんなことを思ったら、不安に駆られていたはずの心が 落ち着いて行くのを感じる。
「オツカレサマデス」
「…はっ、相変わらずの番犬ぶりだな」
火花を散らすように睨み合う2人にハラハラしながら、ちょっと影山、と 目の前に立つ後輩を諌めるように その背に触れた時「帰るぞ及川」と岩泉さんの声がした。先に歩き始めた岩泉さんと、じゃあね と何やら含みのある視線をこちらに向けた及川さんに頭を下げて、影山も刺々しい雰囲気を放ってはいたけれど 2人の先輩にぎこちなく頭を下げて その背中を見送る。
遠退いて行く先輩の姿を見ながら妙な緊張感から解かれ、ほっと息を吐く。するとすぐ隣にいる影山から視線が注がれていることに気付き、首を傾げてその顔を見上げた。
「七瀬さんって、岩泉さん好きですよね」
「うん、すごく尊敬してる」
選手としては言わずもがな、岩泉さんは人として尊敬できる人だと思っている。面倒見が良くて、しっかりしていて、一緒にいると安心感がある。たとえ岩泉さんがエースと呼ばれる選手じゃなかったとしても、もしくは控え選手だったとしても、それでも私はきっと彼を尊敬しただろう。そういう意味では大地さんと似ているのかもしれない。きっと、彼らのような人たちを人格者と呼ぶのだと思う。そんな話をすれば、影山がゆっくりと息を吐いた。
「ただの“尊敬”だけですか?」
「…?そうだけど、他に何かある?」
「いえ、それだけなら良いんです」
「どういう意味?」
「そのままです」
どこかスッキリしたような表情で歩き始めた影山を、私は首を傾げながら追いかけた。問いかけても はぐらかされるばかりで明確な答えはない。そんなやり取りがなんだか楽しく思えるぐらいに私の心はふわふわしていて、ねぇ私、今ならどんな理不尽なことでも笑い飛ばせる気がするよ。
◇
教室に戻ってまずは西谷に制服のお礼と、しっかり寝たからもう心配ないという旨を伝えた。部活が始まる前には 体育の授業中にきっと騒動を遠目で見ていたであろう成田にも大丈夫だからと告げ、それとなく釘を刺しておく。縁下は大地さんにも知らせないでいてくれたようで、練習は普段と何ら変わらず進んで行った。違う点があるとすれば、縁下と影山の視線を浴び続けたぐらいだろう。練習が始まってから終わるまで、まるで監視でもされているかのように 交互に向けられたその視線は、私を心配してくれてのことだと分かる。だから何となく居た堪れなくはなったけれど、そんなに視線を寄越してくれるなと文句も言えず、いつもよりほんの少し大人しく過ごすようにした。
部活が終わった後は、いつも通り 潔子さんと仁花ちゃんと並んで暗くなった通学路を歩く。2人と別れて1人なって数分もしないうちに「七瀬さん!」後ろから名前を呼ばれて足を止めた。振り返れば影山が駆け寄って来ていて、何か忘れものでもしていたのだろうかと首を傾げる。
「おつかれ影山、どうかした?」
「家まで送ります」
「……うん?」
確かに私と影山は同じ中学校の出身で、それはつまり ざっくりとした家の方向も同じということにはなるけれど。だからと言って「じゃあ家までよろしく」と言えるほど近いわけでもない。普段ならこうして潔子さんや仁花ちゃんと別れた後に同じ方面の選手たちが追い付いてきて 途中で別れるまで賑やかに帰っているけれど、今日は影山1人しかいなくて なんだかイレギュラーだ。
「え、大丈夫だよ」
「また倒れられても困るんで」
「う……もう大丈夫だけど、じゃあ途中まで」
「家まで送ります」
俺が心配なんで、と真っ直ぐ目を見て言われた言葉に ぎゅうっと心臓が痛くなる。やっぱり、最近の影山はなんだか心臓に良くない。逃げるように目を伏せて、ありがとうと呟いた声は ちゃんと影山に届いていたらしい。
それからは特に会話もなく、静かに影山と並んで歩く。不思議と居心地は悪くない。けれど昼休みのことを思い出してしまってドキドキと騒ぎ出した心臓の音が影山に聴こえてしまわないかと心配で、何か話さなくてはと そんな思考に駆られた。話題を探すために彷徨わせた視線が、前方に2つの人影を捉える。(……あれって)その人影が知人だと分かったその瞬間、私は無意識に駆け出していた。
「岩泉さん!」
「あ?…あぁ七瀬か、おつかれ」
駆け寄った先の岩泉さんは私に気付いて少し驚いたようにしたけれど、元気そうだな、と頭を撫でてくれたから自然と目を細める。試合会場で顔を合わせることがあっても、そうゆっくりと話をする時間もないし、何より今は敵対チームなのだ。和気あいあいともしていられないと分かっている。それでも、敵味方だとか関係なしに尊敬できる先輩が存在しているのも事実だから、こうしてバレーを離れたところで会えるのは素直に嬉しいと思う。弾んだ心を隠すこともせず、ちらりと 岩泉さんの隣へと視線を動かした。
「お疲れ様です、及川さんも」
「ちょっと何その“ついで”みたいな言い方」
「どちらがメインかと言われれば、そりゃやっぱり いわいず」
「はい生意気!」
私が言い終わる前に言葉を遮った及川さんが、両手で私の両頬を引っ張った。「い、いひゃいれす」正しい発音ができない私の抗議の声に聞く耳も持たず、マヌケな顔、だなんて言いながらケラケラと笑う及川さんは、一向に手を放してくれる気配がない。それなら自力で引き剥がしてしまおうと及川さんの両手首に触れたところで「…ああ、ほんと」そんな彼の声が耳に届いた。いつもより一段低いその声に、びくりと肩が跳ねる。
「生意気すぎるから、喰っちゃおうかな」
「………え」
抓るように私の両頬を引っ張っていたはずの及川さんの手は いつの間にか掌で挟むように私の顔を捕らえていて、いつもの軽い雰囲気が消えた綺麗な顔がぐっと寄せられる。間近に見えた彼の目に冗談の色なんて少しも見えなくて、脳の奥底で警鐘が響いた気がした。今の私は、まさに蛇に睨まれた蛙。
「いい加減にしろ、クズ川」
「いだっ!」
及川さんの脇腹に岩泉さんの容赦ない蹴りが入ったのと、後ろから肩を強く引かれたのは同時だったと思う。気が付いた時には及川さんは離れていて、庇うみたいに私の前に立つ背中が見えた。あ、影山だ。そんなことを思ったら、不安に駆られていたはずの心が 落ち着いて行くのを感じる。
「オツカレサマデス」
「…はっ、相変わらずの番犬ぶりだな」
火花を散らすように睨み合う2人にハラハラしながら、ちょっと影山、と 目の前に立つ後輩を諌めるように その背に触れた時「帰るぞ及川」と岩泉さんの声がした。先に歩き始めた岩泉さんと、じゃあね と何やら含みのある視線をこちらに向けた及川さんに頭を下げて、影山も刺々しい雰囲気を放ってはいたけれど 2人の先輩にぎこちなく頭を下げて その背中を見送る。
遠退いて行く先輩の姿を見ながら妙な緊張感から解かれ、ほっと息を吐く。するとすぐ隣にいる影山から視線が注がれていることに気付き、首を傾げてその顔を見上げた。
「七瀬さんって、岩泉さん好きですよね」
「うん、すごく尊敬してる」
選手としては言わずもがな、岩泉さんは人として尊敬できる人だと思っている。面倒見が良くて、しっかりしていて、一緒にいると安心感がある。たとえ岩泉さんがエースと呼ばれる選手じゃなかったとしても、もしくは控え選手だったとしても、それでも私はきっと彼を尊敬しただろう。そういう意味では大地さんと似ているのかもしれない。きっと、彼らのような人たちを人格者と呼ぶのだと思う。そんな話をすれば、影山がゆっくりと息を吐いた。
「ただの“尊敬”だけですか?」
「…?そうだけど、他に何かある?」
「いえ、それだけなら良いんです」
「どういう意味?」
「そのままです」
どこかスッキリしたような表情で歩き始めた影山を、私は首を傾げながら追いかけた。問いかけても はぐらかされるばかりで明確な答えはない。そんなやり取りがなんだか楽しく思えるぐらいに私の心はふわふわしていて、ねぇ私、今ならどんな理不尽なことでも笑い飛ばせる気がするよ。