リリカル・スピカ
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あの日から、何かがおかしい気がする。
(あんなところに置いたの誰よ…!)
練習開始直前の体育館倉庫の中で、私は震えていた。今日はゲーム形式の練習もすると聞いたから 予めビブスを用意しておこうと倉庫に来たけれど、ビブスが入った箱が今日は定位置より一段上の棚に置かれている。普段なら軽く背伸びをしたぐらいで届く位置なのに、あの場所では そうはいかない。左手を棚について、目一杯に右腕を伸ばす。少しでも高さを求めるうちに、左足一本での爪先立ちになり、ふるふると震える身体を棚に触れる左手で支える。
あと少しなのに届かない。あと少し、もう少し―――そう思ったところで ふっと影が落ちて、背後から長い腕が伸びる。その手は易々と目的の箱を棚から取り出してしまった。箱の動きを目で追うように振り返れば、私の後ろで一歩と離れない近い距離に立っていたのは 背の高い後輩だった。
「あ、影山」
「こういうの、言ってくれれば取りますから」
「でも私の仕事だから」
「七瀬さんは 頑張りすぎたら転びますよ」
「あ、馬鹿にした」
「…?いえ、心配しただけです」
不思議そうに、だけど さも当然のように言われた言葉に ぎゅっと心臓が締め付けられるような感覚がして、それからドキドキと暴れだす。ほら、やっぱりおかしい。気恥ずかしくてパッと視線を逸らしたところで 顔の横を通る影山の腕が視界に入った。きっとビブスの箱を取るときに私と同じように棚に突いたのであろう彼の左腕は、未だに棚に触れたまま。箱を小脇に抱えて私の目の前に立つ影山との距離は、あれ、うそ、こんなに近かったの、なんて 今更気付く。それよりも、棚を背に立つ私と 棚に手をつきながら近距離で向かい合って立つ影山。この状況って なんだか―――そこまで考えてしまったら、かぁっと顔に熱が集まったのが自分でもよく分かる。
「… 七瀬さん?どうかしました?」
「な…!何でもない!ありがとう!はい練習するよ!」
私の異変に気付いた影山が、覗き込むように顔を寄せた。更に近付けられた端正な顔にグッと息を呑んだけれど、動揺を悟られまいと 影山の肩を押して彼の体を反転させる。それから背中をぐいぐいと押しながら 半ば追い返すように倉庫から出るように促した。影山は不思議そうに首を傾げたけれど特に何かを言うわけでもなく、ビブスが入った箱を抱えたまま大人しく倉庫を出て行った。その背中を見送りながら私はゆっくりと息を吐く。
そう、最近なんだか影山が優しい。中学時代から同じ部活で過ごしてきて、直情的で単細胞バレー馬鹿な面が目立つけれど、何かと助けてもらったことは数えられないほどあった。だから影山がそういう気配りのできる優しい子なんだと知っていたけど、最近はこれまで以上にその頻度が多い気がするのだ。私が間抜けになったのだろうか、なんて思ったら悲しくなったから それ以上は考えるのをやめるけれど。
別に、優しくされて助かることはあっても 困ることなんて何も一つとして存在しない。だけど最近の影山は、その後の1対1の状況で心臓に悪いことを口走るのだ。それに深い意味はないのだろうと分かっていても、どんな顔をしたらいいのか分からない。困ることがあるとすれば、そうなった時だ。
練習が始まり選手たちの声が響く体育館の隅で、そんなことを考えていた私の視線は無意識のうちの影山を追っていたことに気が付いてハッとする。いやいや、余計なことを考えている暇なんてない。思考を断ち切る様に頭を左右に振ってから、仁花ちゃんのもとへと向かう。まだ入部して日の浅い彼女に教えてあげなきゃいけない事はたくさんあるのだから。
(あれ、でもそれって、おかしいのは影山じゃなくて私?)
休憩に入り、選手にドリンクを配り終えたところでそんな思考が降ってきた。確かに私も反応が過剰になっている気はするけれど、それは私がどうこうではなく影山の言動によるものであって、それはつまり 私がおかしいのは影山がおかしいからであって―――。
思考の渦に呑まれそうになっていた私の方に近付いてきた足音が、キュッと隣で止まる。反射的に視線を向ければ視界に入ったのは、私の顔を覗くように少し身を屈めた 私よりずっと背の高い後輩だった。
「どうしたんですか、今日は柄にもなく深刻な顔してますね」
「…心配するようなこと言うフリして、月島は馬鹿にしてるだけでしょ」
「まさか。先輩を馬鹿にするなんて とんでもない」
佐倉先輩には笑顔が似合うって言ってるだけですよ。胡散臭いことを言いながら へらりと笑う月島に、べーっと舌を出す。それだってどうせ「普段はへらへらしてるくせに」とか その程度の意味でしかなくて、言葉通りの意味などないって分かる。本当に、なんて可愛くないやつだろう。何だかんだで憎めなくて総合的には可愛い後輩であることは認めるけれど、生意気なものは生意気だ。
でも一年生同士だし、からかわれてるのだろうけど 私を心配するような言葉をかけられたわけだし、聞いてみる価値はあるのだろうか。
「ねぇ月島。最近の影山、なんだか変じゃない?」
「は…?別に、いつも通りの王様ですけど」
「うーん…なんか、優しいというか」
「………はぁ」
「な、なによ」
「王様が優しいのは いつものことじゃないですか」
何を今更、と 嘲るように鼻で笑いながら言われた言葉に ぴくりと眉を寄せる。今のセリフの最後には絶対に“かっこわらい”が付いていて、分かりやすく馬鹿にされたのだと断言できる。挙げ句の果てには、はぁバカバカしい、なんて隠しもせずため息を吐いて離れていく月島に「この性悪眼鏡!」なんて叫んでみるけど、きっと月島には何のダメージも与えられていないのだろう。日向と山口はあんなに素直で可愛いのに、影山と月島の中での私の立ち位置が少し心配になる。先輩の威厳って何だろう。あとで大地さんに聞いてみよう。
うー、と 悔しさに似たものを押し殺して 睨むように月島の背中を見ながらそんなことを考えていたら、ふと 視線を感じて顔を向ける。そうすれば ばちりと目があったのは影山に他ならなくて、私は息の仕方も忘れてしまったような気がした。
ほら、こんなにも簡単に 私から呼吸を奪ってしまえるなんて、それは一体どんな魔法なの。
(あんなところに置いたの誰よ…!)
練習開始直前の体育館倉庫の中で、私は震えていた。今日はゲーム形式の練習もすると聞いたから 予めビブスを用意しておこうと倉庫に来たけれど、ビブスが入った箱が今日は定位置より一段上の棚に置かれている。普段なら軽く背伸びをしたぐらいで届く位置なのに、あの場所では そうはいかない。左手を棚について、目一杯に右腕を伸ばす。少しでも高さを求めるうちに、左足一本での爪先立ちになり、ふるふると震える身体を棚に触れる左手で支える。
あと少しなのに届かない。あと少し、もう少し―――そう思ったところで ふっと影が落ちて、背後から長い腕が伸びる。その手は易々と目的の箱を棚から取り出してしまった。箱の動きを目で追うように振り返れば、私の後ろで一歩と離れない近い距離に立っていたのは 背の高い後輩だった。
「あ、影山」
「こういうの、言ってくれれば取りますから」
「でも私の仕事だから」
「七瀬さんは 頑張りすぎたら転びますよ」
「あ、馬鹿にした」
「…?いえ、心配しただけです」
不思議そうに、だけど さも当然のように言われた言葉に ぎゅっと心臓が締め付けられるような感覚がして、それからドキドキと暴れだす。ほら、やっぱりおかしい。気恥ずかしくてパッと視線を逸らしたところで 顔の横を通る影山の腕が視界に入った。きっとビブスの箱を取るときに私と同じように棚に突いたのであろう彼の左腕は、未だに棚に触れたまま。箱を小脇に抱えて私の目の前に立つ影山との距離は、あれ、うそ、こんなに近かったの、なんて 今更気付く。それよりも、棚を背に立つ私と 棚に手をつきながら近距離で向かい合って立つ影山。この状況って なんだか―――そこまで考えてしまったら、かぁっと顔に熱が集まったのが自分でもよく分かる。
「… 七瀬さん?どうかしました?」
「な…!何でもない!ありがとう!はい練習するよ!」
私の異変に気付いた影山が、覗き込むように顔を寄せた。更に近付けられた端正な顔にグッと息を呑んだけれど、動揺を悟られまいと 影山の肩を押して彼の体を反転させる。それから背中をぐいぐいと押しながら 半ば追い返すように倉庫から出るように促した。影山は不思議そうに首を傾げたけれど特に何かを言うわけでもなく、ビブスが入った箱を抱えたまま大人しく倉庫を出て行った。その背中を見送りながら私はゆっくりと息を吐く。
そう、最近なんだか影山が優しい。中学時代から同じ部活で過ごしてきて、直情的で単細胞バレー馬鹿な面が目立つけれど、何かと助けてもらったことは数えられないほどあった。だから影山がそういう気配りのできる優しい子なんだと知っていたけど、最近はこれまで以上にその頻度が多い気がするのだ。私が間抜けになったのだろうか、なんて思ったら悲しくなったから それ以上は考えるのをやめるけれど。
別に、優しくされて助かることはあっても 困ることなんて何も一つとして存在しない。だけど最近の影山は、その後の1対1の状況で心臓に悪いことを口走るのだ。それに深い意味はないのだろうと分かっていても、どんな顔をしたらいいのか分からない。困ることがあるとすれば、そうなった時だ。
練習が始まり選手たちの声が響く体育館の隅で、そんなことを考えていた私の視線は無意識のうちの影山を追っていたことに気が付いてハッとする。いやいや、余計なことを考えている暇なんてない。思考を断ち切る様に頭を左右に振ってから、仁花ちゃんのもとへと向かう。まだ入部して日の浅い彼女に教えてあげなきゃいけない事はたくさんあるのだから。
(あれ、でもそれって、おかしいのは影山じゃなくて私?)
休憩に入り、選手にドリンクを配り終えたところでそんな思考が降ってきた。確かに私も反応が過剰になっている気はするけれど、それは私がどうこうではなく影山の言動によるものであって、それはつまり 私がおかしいのは影山がおかしいからであって―――。
思考の渦に呑まれそうになっていた私の方に近付いてきた足音が、キュッと隣で止まる。反射的に視線を向ければ視界に入ったのは、私の顔を覗くように少し身を屈めた 私よりずっと背の高い後輩だった。
「どうしたんですか、今日は柄にもなく深刻な顔してますね」
「…心配するようなこと言うフリして、月島は馬鹿にしてるだけでしょ」
「まさか。先輩を馬鹿にするなんて とんでもない」
佐倉先輩には笑顔が似合うって言ってるだけですよ。胡散臭いことを言いながら へらりと笑う月島に、べーっと舌を出す。それだってどうせ「普段はへらへらしてるくせに」とか その程度の意味でしかなくて、言葉通りの意味などないって分かる。本当に、なんて可愛くないやつだろう。何だかんだで憎めなくて総合的には可愛い後輩であることは認めるけれど、生意気なものは生意気だ。
でも一年生同士だし、からかわれてるのだろうけど 私を心配するような言葉をかけられたわけだし、聞いてみる価値はあるのだろうか。
「ねぇ月島。最近の影山、なんだか変じゃない?」
「は…?別に、いつも通りの王様ですけど」
「うーん…なんか、優しいというか」
「………はぁ」
「な、なによ」
「王様が優しいのは いつものことじゃないですか」
何を今更、と 嘲るように鼻で笑いながら言われた言葉に ぴくりと眉を寄せる。今のセリフの最後には絶対に“かっこわらい”が付いていて、分かりやすく馬鹿にされたのだと断言できる。挙げ句の果てには、はぁバカバカしい、なんて隠しもせずため息を吐いて離れていく月島に「この性悪眼鏡!」なんて叫んでみるけど、きっと月島には何のダメージも与えられていないのだろう。日向と山口はあんなに素直で可愛いのに、影山と月島の中での私の立ち位置が少し心配になる。先輩の威厳って何だろう。あとで大地さんに聞いてみよう。
うー、と 悔しさに似たものを押し殺して 睨むように月島の背中を見ながらそんなことを考えていたら、ふと 視線を感じて顔を向ける。そうすれば ばちりと目があったのは影山に他ならなくて、私は息の仕方も忘れてしまったような気がした。
ほら、こんなにも簡単に 私から呼吸を奪ってしまえるなんて、それは一体どんな魔法なの。