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そして、5月6日。最終日にして今回の宮城遠征のきっかけとなった烏野高校との練習試合。近年はすっかり疎遠だけれど音駒と烏野は、東京と宮城という距離ながら昔は交流も盛んだったらしい。ネコとカラスで“ゴミ捨て場の決戦”と呼ばれたりもして。
(…まぁ、全部 鉄くんから聞いた話だけど)
今日の会場は烏野総合運動公園の球技場。到着して出迎えてくれた烏野高校の選手たちと挨拶をした後、体育館へと移動して準備を進める。その最中も至る所で烏野の選手と盛り上がっている場面を目撃した私は、このチームとの相性の良さのようなものを感じずにはいられなかった。バレーの試合相手としてという意味ではなく、純粋に選手同士が“友人として”の相性が良さそうで。
(みんな楽しそうだな…)
「七瀬」
「!」
賑やかな選手たちを少し羨ましく思いながら試合の準備をしていると後ろから名前を呼ばれた。ぼんやりと思考していた時に声をかけられビクリと身体が強張ったけれど、平静を装って何食わぬ顔で振り返れば、そこには手元を気にするような様子をした研磨がいる。
「研磨、どうかした?」
「爪切りある?」
「あるよ、ちょっと待ってね」
手元の気にしていたのはその所為か。納得して救急箱を手に取り、爪切りを探しながら 朝から気になっていたことを彼に問うた。
「研磨も烏野に知り合いがいたんだね」
「知り合いというか…初日にたまたま会っただけ」
「そう?でも研磨が珍しく楽しそう」
「…そうだね。楽しみ」
爪切りを手渡しながらそんな話をして、私は目を瞬かせる。あの研磨がこれからの試合を“楽しみ”だと形容したことに驚きを隠せなかった。
鉄くんが聞いたら泣いて喜ぶんじゃないだろうか。そんなことを考えながら、私もなんだか嬉しくて笑ってしまった。
◇
期待の中で始まった烏野との練習試合も、音駒得意の繋ぐバレーで勝利を収める。けれど烏野の10番…日向くんの「もう一回」のコールに応える形で 再試合が始まる。まだやるのか、という驚きと、お互いの選手が楽しそうで何試合でも見ていたいような気持ちと。猫又先生もどこか楽しそうで、烏野というチームはなんだか不思議だ。
(さて、急がないと)
結局、帰りの新幹線の時間ギリギリまで試合を繰り返し、「もう一回」と第四試合を希望する日向くんを、烏野コーチが抑え込むことで終了となる。次にやるのは公式戦だ、という約束と共に。
そういう訳でようやく試合終了と帰京が決まった今、私は荷物の片付けに勤しんでいる。もともとマネージャー業には不慣れなことも多かったけれど、合宿期間の数日で随分と手際も良くなったのではないかと自画自賛しながら。
(まずは水道をお借りして…)
少しでも乾かす時間を取れるよう、まずはドリンクボトルを洗うことから始める。ボトルをまとめたカゴを抱えて、水道へ行こうと体育館の外に足を踏み出した瞬間。そこにあった小さな段差に気付かず踏み外す形で ガクン、と 私の身体はバランスを崩した。
声にならない悲鳴が漏れ、全てがスローモーションのように感じられる。倒れる、と 来たる痛みに備えて全身に力が入ったのは防衛本能だ。
「…っと!」
なのに感じたのは支えるように二の腕を掴まれた力だけで、予測したような痛みは一向に訪れなかった。一瞬耳に届いた小さな声と、腕に加えられた力が背後に誰かがいることを明確に物語っているから 私は確かめるようにそろそろと視線を向ける。
そこで目が合ったのは、安堵したように息を吐いた烏野のキャプテンで、名前はたしか―――
「…!さ、わ むら さん」
「大丈夫?段差が多いから気を付けて」
「すみません、ありがとうございます」
恥ずかしいところを見られてしまったとか、予想外の人物に助けてもらってしまったとか、そんな思考で頭の中は軽くパニックになっていたけれど、それより大切なことがある。支えてもらっていた身体を立て直してから、頭をさげてお礼を述べた。
気にするなとでも言うように笑った澤村さんが、けれど不意にその爽やかな笑顔を引っ込める。どうかしたのだろうかと首を傾げようとしたところで こちらに伸ばされた彼の指先が 私の目元に触れた、瞬間。
後ろから強い力で肩を引かれ、よろけるように後退りした私は必然的に澤村さんとの距離が開いた。何事かと驚いて振り返れば、そこには見慣れた人がいる。
「え、鉄くん…?」
「………」
「あー…悪い、髪が目に入りそうなのが気になって」
女の子に不用意だったと 申し訳なさそうに苦笑する澤村さんに、そんなことはないのだと全力で首を振った。
実際、異性とのスキンシップを苦手に思う同世代の女の子も多いだろう。けれど私はそうではない。一人っ子の母子家庭で母娘2人で育ったきたけれど、コウちゃんという幼馴染がいて、こうして男子バレーの世界にも片足を突っ込んでいるし、鉄くんという兄もできた。慣れているというのは大きな語弊があるけれど、少し指先で触れられたぐらいで狼狽える人種ではないのだ。そういう私の意図は伝わったのだろうか、澤村さんは安堵の表情を浮かべる。
そのことに私もホッとした直後、鉄くんが私の顔を覗き込んだ。
「で?ケガとかしてねーの?」
「もしかして、鉄くんも見てたの…?」
「転びかけたのがバッチリ」
「……じゃあ、ご覧いただいた通り澤村さんのおかげで無傷です」
「そうか、なら良かった」
段差を踏み外して転びそうになった姿を見られていたなんて、恥ずかしすぎる。足元に視線を落としてボソボソと小声で発した私の言葉に返された鉄くんの声は、驚くほど優しいものだった気がする。
妹が迷惑をおかけしてすみません、ありがとうございました。澤村さんにもそんな兄としての言葉を述べた鉄くんを、彼は思案顔で見ていた。
「どちらかといえば、兄というより」
「……?」
澤村さんが何かを言いかけたけれど、苦笑いで言葉を区切る。不思議に思って首を傾げながら、苦笑する彼の視線が向いている自分のすぐ後ろに立つ人へと目を向ければ そこにいる鉄くんは、スラリと長い人差し指を口元に当てて 表情こそいつも通りの余裕を漂わせているものの、確かに「言うな」と澤村さんを制しているようだ。ますます訳がわからず、私1人が置いてけぼりを食らっているような気になって、さらに首をひねるけれど 答えが与えられるわけなどないと分かっている。
ふっと軽く笑った鉄くんは グシャグシャと私の髪を撫でて、帰る準備するぞ、とそう言って私の手の中から荷物を取り上げて歩き始めた。そうだ、新幹線の時間。そこではっとして私は、ありがとうございました と澤村さんに再度お辞儀をしてから、パタパタと鉄くんの後を追って水道へと向かうである。
(…まぁ、全部 鉄くんから聞いた話だけど)
今日の会場は烏野総合運動公園の球技場。到着して出迎えてくれた烏野高校の選手たちと挨拶をした後、体育館へと移動して準備を進める。その最中も至る所で烏野の選手と盛り上がっている場面を目撃した私は、このチームとの相性の良さのようなものを感じずにはいられなかった。バレーの試合相手としてという意味ではなく、純粋に選手同士が“友人として”の相性が良さそうで。
(みんな楽しそうだな…)
「七瀬」
「!」
賑やかな選手たちを少し羨ましく思いながら試合の準備をしていると後ろから名前を呼ばれた。ぼんやりと思考していた時に声をかけられビクリと身体が強張ったけれど、平静を装って何食わぬ顔で振り返れば、そこには手元を気にするような様子をした研磨がいる。
「研磨、どうかした?」
「爪切りある?」
「あるよ、ちょっと待ってね」
手元の気にしていたのはその所為か。納得して救急箱を手に取り、爪切りを探しながら 朝から気になっていたことを彼に問うた。
「研磨も烏野に知り合いがいたんだね」
「知り合いというか…初日にたまたま会っただけ」
「そう?でも研磨が珍しく楽しそう」
「…そうだね。楽しみ」
爪切りを手渡しながらそんな話をして、私は目を瞬かせる。あの研磨がこれからの試合を“楽しみ”だと形容したことに驚きを隠せなかった。
鉄くんが聞いたら泣いて喜ぶんじゃないだろうか。そんなことを考えながら、私もなんだか嬉しくて笑ってしまった。
◇
期待の中で始まった烏野との練習試合も、音駒得意の繋ぐバレーで勝利を収める。けれど烏野の10番…日向くんの「もう一回」のコールに応える形で 再試合が始まる。まだやるのか、という驚きと、お互いの選手が楽しそうで何試合でも見ていたいような気持ちと。猫又先生もどこか楽しそうで、烏野というチームはなんだか不思議だ。
(さて、急がないと)
結局、帰りの新幹線の時間ギリギリまで試合を繰り返し、「もう一回」と第四試合を希望する日向くんを、烏野コーチが抑え込むことで終了となる。次にやるのは公式戦だ、という約束と共に。
そういう訳でようやく試合終了と帰京が決まった今、私は荷物の片付けに勤しんでいる。もともとマネージャー業には不慣れなことも多かったけれど、合宿期間の数日で随分と手際も良くなったのではないかと自画自賛しながら。
(まずは水道をお借りして…)
少しでも乾かす時間を取れるよう、まずはドリンクボトルを洗うことから始める。ボトルをまとめたカゴを抱えて、水道へ行こうと体育館の外に足を踏み出した瞬間。そこにあった小さな段差に気付かず踏み外す形で ガクン、と 私の身体はバランスを崩した。
声にならない悲鳴が漏れ、全てがスローモーションのように感じられる。倒れる、と 来たる痛みに備えて全身に力が入ったのは防衛本能だ。
「…っと!」
なのに感じたのは支えるように二の腕を掴まれた力だけで、予測したような痛みは一向に訪れなかった。一瞬耳に届いた小さな声と、腕に加えられた力が背後に誰かがいることを明確に物語っているから 私は確かめるようにそろそろと視線を向ける。
そこで目が合ったのは、安堵したように息を吐いた烏野のキャプテンで、名前はたしか―――
「…!さ、わ むら さん」
「大丈夫?段差が多いから気を付けて」
「すみません、ありがとうございます」
恥ずかしいところを見られてしまったとか、予想外の人物に助けてもらってしまったとか、そんな思考で頭の中は軽くパニックになっていたけれど、それより大切なことがある。支えてもらっていた身体を立て直してから、頭をさげてお礼を述べた。
気にするなとでも言うように笑った澤村さんが、けれど不意にその爽やかな笑顔を引っ込める。どうかしたのだろうかと首を傾げようとしたところで こちらに伸ばされた彼の指先が 私の目元に触れた、瞬間。
後ろから強い力で肩を引かれ、よろけるように後退りした私は必然的に澤村さんとの距離が開いた。何事かと驚いて振り返れば、そこには見慣れた人がいる。
「え、鉄くん…?」
「………」
「あー…悪い、髪が目に入りそうなのが気になって」
女の子に不用意だったと 申し訳なさそうに苦笑する澤村さんに、そんなことはないのだと全力で首を振った。
実際、異性とのスキンシップを苦手に思う同世代の女の子も多いだろう。けれど私はそうではない。一人っ子の母子家庭で母娘2人で育ったきたけれど、コウちゃんという幼馴染がいて、こうして男子バレーの世界にも片足を突っ込んでいるし、鉄くんという兄もできた。慣れているというのは大きな語弊があるけれど、少し指先で触れられたぐらいで狼狽える人種ではないのだ。そういう私の意図は伝わったのだろうか、澤村さんは安堵の表情を浮かべる。
そのことに私もホッとした直後、鉄くんが私の顔を覗き込んだ。
「で?ケガとかしてねーの?」
「もしかして、鉄くんも見てたの…?」
「転びかけたのがバッチリ」
「……じゃあ、ご覧いただいた通り澤村さんのおかげで無傷です」
「そうか、なら良かった」
段差を踏み外して転びそうになった姿を見られていたなんて、恥ずかしすぎる。足元に視線を落としてボソボソと小声で発した私の言葉に返された鉄くんの声は、驚くほど優しいものだった気がする。
妹が迷惑をおかけしてすみません、ありがとうございました。澤村さんにもそんな兄としての言葉を述べた鉄くんを、彼は思案顔で見ていた。
「どちらかといえば、兄というより」
「……?」
澤村さんが何かを言いかけたけれど、苦笑いで言葉を区切る。不思議に思って首を傾げながら、苦笑する彼の視線が向いている自分のすぐ後ろに立つ人へと目を向ければ そこにいる鉄くんは、スラリと長い人差し指を口元に当てて 表情こそいつも通りの余裕を漂わせているものの、確かに「言うな」と澤村さんを制しているようだ。ますます訳がわからず、私1人が置いてけぼりを食らっているような気になって、さらに首をひねるけれど 答えが与えられるわけなどないと分かっている。
ふっと軽く笑った鉄くんは グシャグシャと私の髪を撫でて、帰る準備するぞ、とそう言って私の手の中から荷物を取り上げて歩き始めた。そうだ、新幹線の時間。そこではっとして私は、ありがとうございました と澤村さんに再度お辞儀をしてから、パタパタと鉄くんの後を追って水道へと向かうである。