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宮城遠征初日の練習試合を終えてから合宿所に移動し、食事や入浴を含めた就寝準備を進めていく。当然と言えば当然だが、そこで私に割り当てられたのは1人部屋だった。教員の利用を想定しているのだろうか、広すぎて寂しいなんていうことはない適当な広さの部屋ではあるけれど、慣れない部屋に1人というのは少し心細いものがある。
(1人が寂しいなんて今更なのになぁ…)
ずっと、1人でいるのが当たり前だった。それなのに、家族が増えてからのたかだか1ヶ月ほどの生活に 私はすっかり慣れてしまったのだ。当たり前に鉄くんがいて、1人ではないことに。何年も過ごしてきた生活が、たった1ヶ月のことで上書きされるんだからすごいよなぁ と、他人事のように考える。
その時、床に置いていた携帯が震える音が部屋に響いてビクリと肩が跳ねた。そろそろと画面を見れば見慣れた名前が表示されていて、私は嬉しくなって急いで通話ボタンを押す。
『お、七瀬?』
「コウちゃん」
『宮城どう?俺東北って行ったことねぇなー』
「やっぱり東京よりは少し涼しいよ」
偶然なんだろうけれど、少し寂しく思っていたタイミングでの幼馴染からの電話は私を喜ばせるには充分すぎた。こんな物を見た、とか こんなことが東京とは違った、とか そんな私のくだらない話も、コウちゃんは電話口でも伝わるぐらいに大きなリアクションで興味深そうに聞いてくれる。
『せっかくだし、しっかり楽しめよ』
「うん。ありがとうコウちゃん」
『あと気を付けろよ!七瀬は意外と抜けてるから』
「携帯忘れて帰ったりとか?ふふ、気をつけるね」
『そうじゃなくて…あーまぁいっか。うん、疲れてるのに悪かったな』
「ううん、嬉しかったよ。コウちゃんもお疲れ様」
最後にコウちゃんが何かを言い淀んだような気がしたけれど、彼の性格からして言いたいことは言うだろう。それならきっと私が知る必要のないことや、私には関係ないことなのだろうと解釈する。だからそこには言及しないで、おやすみなさいと挨拶を交わして、十数分に及んだ通話を終えた。
◇
通話を終えた瞬間に、シンと静まり返った部屋が今まで以上に寂しく感じる。楽しい会話があったからこその、祭りの後の静けさというやつだろうか。
そんな事を考えて小さく息を吐いた時、廊下を挟んで向かい側にある選手たちの部屋からは 騒がしいほどに賑やかな声が聞こえてきたから少し羨ましくなった。暇だから、なんて言い訳をして あちらの部屋に顔を出してみようか。そうすればきっと、夜久さんや走くんは笑顔で明るく接してくれて、山本は逃げるように私から距離を取って 遠目から睨むように視線を送ってくるのだろう。私のことなんてお構いなしに布団に潜り込んで携帯を触る研磨と、まるで親のようにそれを咎める鉄くんの姿も容易に思い浮かび、思わず小さな笑みが漏れる。
ちょっと行ってみようかな、と そんな思考に至った時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。それは訪問を告げる為というよりは、気付かれなければ気付かれないで構わないとでも言うような控えめなもので、首を傾げながらゆっくりとドアを開ける。
「お、まだ起きてた」
「鉄くん!」
開いたドアの隙間から顔を出せば、そこに居たのは我が兄に他ならなかった。どうかしたのかと問うた私に返されたのは「七瀬が寂しがってんじゃないかと思って」と どこかイタズラっぽい笑顔だったから、全てに合点がいく。
ノックが控えめだったのは、私が疲れてもう寝ているのなら それでも構わないいう意味で。まだ起きていて、かつ あの控えめな戸を叩く音に気付くぐらいに暇を持て余しているのであれば 相手をしてくれるということなのだろう。鉄くん本人も疲れているはずなのに私のことも気にかけてくれたことが嬉しくて、私のことなどお見通しなのもさすがの一言で、小さく笑った。
「すごい、よく分かったね」
「素直かよ」
「構ってくれるの?」
「ご希望でしたら」
東京から新幹線で宮城まで移動してきて、その間も鉄くんは部員たちの動きに気を配り続けていたはずで、移動の後に練習試合をして今ようやく夜になって気を休められる時間になったと言うのに。今度は1人部屋で寂しいなんて子供みたいな私の相手をしてくれると言うのだから、本当にこの人は。だけど申し訳ないよりも嬉しい気持ちが勝ってしまったのもまた事実で、私は彼を招き入れるために部屋のドアを大きく押し開けた。
「立ち話もなんだし、どうぞ」
「………」
「…鉄くん?」
どこか驚いたように固まった彼に、私はキョトンと首を傾げる。どうしたのかと言う意味を込めて彼の名前を呼べば、鉄くんは何でもないとそう言った。何か私の部屋ではまずかっただろうかと思案して、ハッとする。主将である鉄くんには他の部員たちの監督義務のようなものもあって、彼を部屋に招くより私が選手たちの大部屋に行った方が良かっただろうか。
「ごめん、鉄くんはあっちの部屋を離れない方がいいのかな」
「…そこは大した問題じゃねぇよ」
私の横を通り抜けて室内に入る鉄くんが、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。“そこは”とは、どう言う意味だろう。そこではない他に問題があると言うようにも聞こえるけれど。再び首を傾げながらも深く考えることはせず、扉を閉めて私も室内へと戻った。
「七瀬は疲れてない?」
「うん。私なんかより鉄くんの方が心配だよ。気疲れとか」
「俺はもう慣れてるから」
慣れってすごいな、なんて少し前の自分も感じていたことだから、彼のその言葉に思わず笑ってしまった。そうか、鉄くんは慣れているのか。そう思えば言葉では説明できない説得力があって、じゃあ大丈夫なのだろうと思ってしまいそうだ。慣れていても大変なことは大変で、労ることを忘れてはいけないのだと自分に言い聞かせる。
「さっきまでコウちゃんと電話しててさ」
「木兎?」
「うん。ずんだ餅が食べたいからお土産に買って来てって」
「あれ日持ちすんの?」
「あ、そうか、渡せるまでの日にちも考えなきゃだね」
私が引っ越してからは、前までのご近所さんではなくなってしまっている。会おうと思えば会える距離だけど、帰宅したからお土産を持って行こう、と言える距離ではなくなったのだ。その事を改めて実感して、なんだか少し寂しくなった。
「でも、鉄くんもコウちゃんもすごいよね」
「俺ら何かすごいことしたっけ」
「私のことは何でもお見通しだもん」
寂しい時に電話をくれる、部屋を訪ねてくれる。まるで私のことが見えてるみたいだと思う。幼馴染という付き合いの長さのせいか、持ち前の観察眼の賜物か。どちらにしても2人の行動は私には等しく嬉しかった。
なんだか嬉しくて、と へらりと笑った私を見る鉄くんは何かを問いたそうにしている気がした。私は彼のように察しがいいわけではないから、あくまでも“気がした”というレベルだけれど。
何も返事がないことを不思議に思って首を傾げて鉄くんを見つめていたら、小さなあくびが漏れてしまう。手で口元を隠したけれど、まさか気付かれないわけがない。「疲れたよな、寝るか」その提案もまた私を気遣ってくれているものだとは分かったけれど、また1人になるのはやっぱり少し寂しくて。何も言わない私に、鉄くんはニヤリと笑った。
「お兄ちゃんが寝かしつけてあげましょうか」
「え、添い寝とかしてくれるの?」
「…する?」
「鉄くんと一緒だとすごくよく眠れそう」
添い寝云々は冗談だとしても、くすくすと笑いながら言った言葉は本心だ。鉄くんと一緒にいると、とても落ち着く。だからきっと、あっという間に深い眠りに落ちていくのだろうとそう思った。高校生にもなって「お兄ちゃんと一緒に寝る」なんて、恥ずかしすぎるから絶対にしないけれど。
そんな私の思考も全て伝わっているのだろう。鉄くんは小さく笑ってから、こちらに伸ばされた手が ぐしゃぐしゃと私の髪を撫でる。その手が撫でるように髪を滑り 後頭部に触れたところで、グイと頭を引かれた。加えられた力のままに鉄くんの肩口に顔を埋めた私の頭を、大きな手が子供をあやすみたいにぽんぽんと撫でる。子供扱いされていると不満に思う気にもならないぐらい、心地いいと思う。
「疲れてるだろうから、ゆっくり寝ろよ」
「うん。鉄くんもね」
耳元で聞こえる穏やかな声に、なんの不安も抱くことなく穏やかに眠れると確信した。
(1人が寂しいなんて今更なのになぁ…)
ずっと、1人でいるのが当たり前だった。それなのに、家族が増えてからのたかだか1ヶ月ほどの生活に 私はすっかり慣れてしまったのだ。当たり前に鉄くんがいて、1人ではないことに。何年も過ごしてきた生活が、たった1ヶ月のことで上書きされるんだからすごいよなぁ と、他人事のように考える。
その時、床に置いていた携帯が震える音が部屋に響いてビクリと肩が跳ねた。そろそろと画面を見れば見慣れた名前が表示されていて、私は嬉しくなって急いで通話ボタンを押す。
『お、七瀬?』
「コウちゃん」
『宮城どう?俺東北って行ったことねぇなー』
「やっぱり東京よりは少し涼しいよ」
偶然なんだろうけれど、少し寂しく思っていたタイミングでの幼馴染からの電話は私を喜ばせるには充分すぎた。こんな物を見た、とか こんなことが東京とは違った、とか そんな私のくだらない話も、コウちゃんは電話口でも伝わるぐらいに大きなリアクションで興味深そうに聞いてくれる。
『せっかくだし、しっかり楽しめよ』
「うん。ありがとうコウちゃん」
『あと気を付けろよ!七瀬は意外と抜けてるから』
「携帯忘れて帰ったりとか?ふふ、気をつけるね」
『そうじゃなくて…あーまぁいっか。うん、疲れてるのに悪かったな』
「ううん、嬉しかったよ。コウちゃんもお疲れ様」
最後にコウちゃんが何かを言い淀んだような気がしたけれど、彼の性格からして言いたいことは言うだろう。それならきっと私が知る必要のないことや、私には関係ないことなのだろうと解釈する。だからそこには言及しないで、おやすみなさいと挨拶を交わして、十数分に及んだ通話を終えた。
◇
通話を終えた瞬間に、シンと静まり返った部屋が今まで以上に寂しく感じる。楽しい会話があったからこその、祭りの後の静けさというやつだろうか。
そんな事を考えて小さく息を吐いた時、廊下を挟んで向かい側にある選手たちの部屋からは 騒がしいほどに賑やかな声が聞こえてきたから少し羨ましくなった。暇だから、なんて言い訳をして あちらの部屋に顔を出してみようか。そうすればきっと、夜久さんや走くんは笑顔で明るく接してくれて、山本は逃げるように私から距離を取って 遠目から睨むように視線を送ってくるのだろう。私のことなんてお構いなしに布団に潜り込んで携帯を触る研磨と、まるで親のようにそれを咎める鉄くんの姿も容易に思い浮かび、思わず小さな笑みが漏れる。
ちょっと行ってみようかな、と そんな思考に至った時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。それは訪問を告げる為というよりは、気付かれなければ気付かれないで構わないとでも言うような控えめなもので、首を傾げながらゆっくりとドアを開ける。
「お、まだ起きてた」
「鉄くん!」
開いたドアの隙間から顔を出せば、そこに居たのは我が兄に他ならなかった。どうかしたのかと問うた私に返されたのは「七瀬が寂しがってんじゃないかと思って」と どこかイタズラっぽい笑顔だったから、全てに合点がいく。
ノックが控えめだったのは、私が疲れてもう寝ているのなら それでも構わないいう意味で。まだ起きていて、かつ あの控えめな戸を叩く音に気付くぐらいに暇を持て余しているのであれば 相手をしてくれるということなのだろう。鉄くん本人も疲れているはずなのに私のことも気にかけてくれたことが嬉しくて、私のことなどお見通しなのもさすがの一言で、小さく笑った。
「すごい、よく分かったね」
「素直かよ」
「構ってくれるの?」
「ご希望でしたら」
東京から新幹線で宮城まで移動してきて、その間も鉄くんは部員たちの動きに気を配り続けていたはずで、移動の後に練習試合をして今ようやく夜になって気を休められる時間になったと言うのに。今度は1人部屋で寂しいなんて子供みたいな私の相手をしてくれると言うのだから、本当にこの人は。だけど申し訳ないよりも嬉しい気持ちが勝ってしまったのもまた事実で、私は彼を招き入れるために部屋のドアを大きく押し開けた。
「立ち話もなんだし、どうぞ」
「………」
「…鉄くん?」
どこか驚いたように固まった彼に、私はキョトンと首を傾げる。どうしたのかと言う意味を込めて彼の名前を呼べば、鉄くんは何でもないとそう言った。何か私の部屋ではまずかっただろうかと思案して、ハッとする。主将である鉄くんには他の部員たちの監督義務のようなものもあって、彼を部屋に招くより私が選手たちの大部屋に行った方が良かっただろうか。
「ごめん、鉄くんはあっちの部屋を離れない方がいいのかな」
「…そこは大した問題じゃねぇよ」
私の横を通り抜けて室内に入る鉄くんが、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。“そこは”とは、どう言う意味だろう。そこではない他に問題があると言うようにも聞こえるけれど。再び首を傾げながらも深く考えることはせず、扉を閉めて私も室内へと戻った。
「七瀬は疲れてない?」
「うん。私なんかより鉄くんの方が心配だよ。気疲れとか」
「俺はもう慣れてるから」
慣れってすごいな、なんて少し前の自分も感じていたことだから、彼のその言葉に思わず笑ってしまった。そうか、鉄くんは慣れているのか。そう思えば言葉では説明できない説得力があって、じゃあ大丈夫なのだろうと思ってしまいそうだ。慣れていても大変なことは大変で、労ることを忘れてはいけないのだと自分に言い聞かせる。
「さっきまでコウちゃんと電話しててさ」
「木兎?」
「うん。ずんだ餅が食べたいからお土産に買って来てって」
「あれ日持ちすんの?」
「あ、そうか、渡せるまでの日にちも考えなきゃだね」
私が引っ越してからは、前までのご近所さんではなくなってしまっている。会おうと思えば会える距離だけど、帰宅したからお土産を持って行こう、と言える距離ではなくなったのだ。その事を改めて実感して、なんだか少し寂しくなった。
「でも、鉄くんもコウちゃんもすごいよね」
「俺ら何かすごいことしたっけ」
「私のことは何でもお見通しだもん」
寂しい時に電話をくれる、部屋を訪ねてくれる。まるで私のことが見えてるみたいだと思う。幼馴染という付き合いの長さのせいか、持ち前の観察眼の賜物か。どちらにしても2人の行動は私には等しく嬉しかった。
なんだか嬉しくて、と へらりと笑った私を見る鉄くんは何かを問いたそうにしている気がした。私は彼のように察しがいいわけではないから、あくまでも“気がした”というレベルだけれど。
何も返事がないことを不思議に思って首を傾げて鉄くんを見つめていたら、小さなあくびが漏れてしまう。手で口元を隠したけれど、まさか気付かれないわけがない。「疲れたよな、寝るか」その提案もまた私を気遣ってくれているものだとは分かったけれど、また1人になるのはやっぱり少し寂しくて。何も言わない私に、鉄くんはニヤリと笑った。
「お兄ちゃんが寝かしつけてあげましょうか」
「え、添い寝とかしてくれるの?」
「…する?」
「鉄くんと一緒だとすごくよく眠れそう」
添い寝云々は冗談だとしても、くすくすと笑いながら言った言葉は本心だ。鉄くんと一緒にいると、とても落ち着く。だからきっと、あっという間に深い眠りに落ちていくのだろうとそう思った。高校生にもなって「お兄ちゃんと一緒に寝る」なんて、恥ずかしすぎるから絶対にしないけれど。
そんな私の思考も全て伝わっているのだろう。鉄くんは小さく笑ってから、こちらに伸ばされた手が ぐしゃぐしゃと私の髪を撫でる。その手が撫でるように髪を滑り 後頭部に触れたところで、グイと頭を引かれた。加えられた力のままに鉄くんの肩口に顔を埋めた私の頭を、大きな手が子供をあやすみたいにぽんぽんと撫でる。子供扱いされていると不満に思う気にもならないぐらい、心地いいと思う。
「疲れてるだろうから、ゆっくり寝ろよ」
「うん。鉄くんもね」
耳元で聞こえる穏やかな声に、なんの不安も抱くことなく穏やかに眠れると確信した。